嵐を抜け、順調に前進を続ける船の上に、軽やかな楽器の音色が響く。
「ん〜、いい気持ち。あんな大太鼓みたいな音より、やっぱりこっちの音色の方が僕は好きだな」
帆桁に腰掛け、遠くに見える島を眺めながらライアーを弾くのは、緑色の帽子を被り、それと同色のマントを風に靡かせる、一風変わった吟遊詩人。
モンド中に数居る吟遊詩人の中でも、特に風と酒が好きな彼の名はウェンティ。
「それにしても……」
ウェンティが甲板を見下ろす。
すると見えるのは、慌ただしく動きまわる船員達。
少なくとも、ウェンティの奏でる曲や、周囲の景色を楽しんでいるような雰囲気ではない。
「うーん……折角の船旅なのに、損してるなぁ。……あ、そうだ!」
ひょいっと、ウェンティは甲板へ飛び降りる。
彼は一切の音を軽やかに着地すると、鼻歌をしながら意気揚々と船内へと入る扉に向けて歩き出した。
「おい」
「あ」
そんな彼の肩を、横合いから伸びて来た手がガシリと掴む。
ギギギ、とウェンティが手の伸びて来た方を向けば、そこに居たのは無表情の船の主こと、アカツキワイナリーのオーナー、ディルック・ラグヴィンド。
「君は船内に立ち入り禁止だと、すでに言っていた筈だが?」
「え、えへへ……でもさ、折角いっぱいお酒があるんだよ? 飲んであげないのは、お酒に失礼ってものなんじゃないのかな?」
「それは君が決める事じゃない。それに、今回の件は君が散々ツケて来た酒代の代わり、つまり仕事だ。君は酔い潰れたままで仕事に望むのか?」
「酔ってない吟遊詩人なんて、室内の風見鶏くらい役に立たないと思わない?」
「酔い潰れた吟遊詩人はそれ以下だ」
そう言い捨てると、ディルックはさっさと船内に入って行く。
扉を閉める前にチラリと覗いた赤い目は、明確な拒絶の意思を孕んでいた。
このまま船内に入れば、海に放り出されはしないだろうが、船首から吊り下げられるくらいはされてしまいそうだ。
「ちぇっ。まぁいいや。稲妻にも美味しいお酒はあるからね」
踵を返し、何か良い暇つぶしはないかとウェンティは甲板を散策する。
すると、何やら船嘴に足をかけ、稲妻を見つめながら、何やらポーズをとっている、何とも面白そうな少女を見つけた。
「待っていなさい、絶滅の騎士、サー・ヨシノリ……この断罪の皇女フィッシュルが、貴方を絡め取ろうとするあらゆる因果の悉くを滅し、悍ましき雷霆の地より我が幽夜浄土へと呼び戻して────」
「何してるの?」
「わひゃあっ!?」
「む? おや、これはこれは。ウェンティ殿。これはお嬢様の、言ってしまえば景気付けのような物でございます」
突然現れたウェンティに少女が驚いて尻餅をつくと、少女の側に浮いていた、カラスのような黒鳥が至極丁寧に現場について教えてくれる。
「へぇ。景気付け、ねぇ。じゃあ、僕もやってみようかな。うーん……碧き風に乗り、自由の地に舞い降りた
両手を広げ、堂々とそう宣言して見せるウェンティ。
すぐに普段のふざけた雰囲気に戻ってしまったが、その雰囲気は、どこか厳かに感じられた。
「……み、見事だわ、吟遊詩人。貴方を宮廷詩人として任命し、幽夜浄土に歓迎してもいいわよ」
「わぁ、光栄だなぁ! でも、それはちょっと遠慮させてもらおうかな」
「そう、残念ね。幽夜浄土は去る者を追わずよ。……しかし、それと同時に幽夜浄土は来る者を拒まないわ。気が変わったら、いつでも貴方を歓迎しましょう」
そう言って、少女は再びポーズを取る。
恐らく、決めポーズというものなのだろう。
「うん、それじゃあ、お互い頑張ろうね! ……とは言ったものの、彼女が睨みを利かせている地で僕が出来ることなんて、たかが知れてるんだけどなぁ……しかも彼女、殆ど摩耗してないんだろ? お酒でも飲みながら、適当にふらついてようかな……」
「何ですか。堂々とサボり宣言ですか」
少女に手を振りつつ吟遊詩人は船首を離れ、船の端の方に辿り着くと、誰にも聞かれないよう小さな声で呟く。
しかし、それは近くにいた少女には聞こえていたらしい。
青い三角帽子に薄い服を纏った、偉大なる占星術師モナこと、アストローギスト・モナ・メギストスだ。
「全く、気楽なもんですね。こっちは占えば占うほどとんでもない運命が見えて、戦々恐々としていると言うのに……」
「え、じゃあなんでこの船に乗ってるの?」
それは正しく純粋な疑問であった。
何も知らない者が百人がいれば、百人が彼と同じ疑問を呈していた事だろう。
「いえその……不可抗力と言いますか、理不尽な任意同行と言いますか、名ばかりの自主参加と言いますか……まぁ、そんな感じです」
「ふーん……よくわかんないけど、大変なんだね」
「ええ、本当に大変ですよ……おや?」
「ん?」
突然、モナが何かに気付いたように海を見る。
つられて吟遊詩人もそちらの方を向いて見れば、少し離れた位置に、同じく稲妻へ向かっているもう一隻の船が見えた。
船の帆に描かれている模様や、船の雰囲気を見る限り、どうやら璃月の船らしい。
「……璃月の船……ですか。これは少々まずいことになったかも知れませんね。私はディルックさんを呼んで来ます。貴方はここであの船を見張っていてください」
「うん、わかっ……は!? 嘘!?」
突然、船の方を見ていたウェンティが大声で叫ぶ。
その目は驚愕に見開かれ、口は大きく開けられたまま固まっている。
「……じ、じいさん……? 何で……?」
□
「ふむ。あれはモンドの船か。目的は、やはり俺たちと同じだろうな」
「…………」
後ろ手を組んでそう呟くのは、往生堂の客卿、鍾離。
そして、その隣で双眼鏡を構えるのは、夜蘭の部下の一人である、文淵だ。
「見た所、武装した者の姿はあまり見えませんね。ただ、神の目を持つ者は甲板だけでも数人見えます。十中八九、目的は義徳殿の奪還かと」
「ああ、手強い相手になるだろうな。俺も、出来る限りの全力を尽くそう」
「敵か?」
鍾離の言葉に反応したように後ろに現れたのは、体に張り付くような黒衣に、申し訳ばかりの白い布を纏った、長身と綺麗な白髪の特徴的な麗しい女性。
「いや……いや、そうだな。こちらと競い合い、足を引っ張り合う相手であると言う点で言うのならば、紛れもなく敵だ。ただ、暴力は御法度だが」
「そうか。……ならば、我はどうすれば良い?」
「一先ずは、彼等よりも先に義徳殿を探し出し、連れ戻す事が最優先だろう。だが、向こうが先に攻撃を仕掛けて来たのならば、その時は真っ向から戦うことになるだろうな」
その言葉を受け、そうかと呟くと、女性は来た時と同じように静かに去って行った。
それを見届けてから、文淵は鍾離に問いかける。
「……しかし、このまま行ったとして、モンドとの関係は大丈夫なのでしょうか。姿こそ見えませんが、恐らく西風騎士団もこの件に関与しているでしょうし、モンドと璃月は隣国。友好関係が劣悪になれば、璃月にどのような影響が出るか……」
「それを十分理解した上で凝光殿は今回の作戦を実行したのだろう。俺達が気にする事ではない」
「は、はぁ……では、私は夜蘭様にこの件を報告して参ります」
「ああ」
文淵が船室の方へ走って行ったのを横目で確認してから、鍾離は先程からこちらへ向いている鬱陶しい視線に目を合わせた。
「堂主からの言いつけと言うのもあるが…………甘雨があまりにも気の毒なのでな。申し訳ないが、全力でやらせてもらおう」
それは、正しく宣戦布告であった。
構想練ってる最中の筆者「国を離れても特に問題がない人材で、その上で正当な理由が付けられるキャラだと…………あっ(察し)…………ま、いっか!!」
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