本島の方で祭りが終わり、民衆が日常に戻り始めた頃、離島は空前絶後の緊張状態にあった。
万国商会に参加している商人達は隅の方で息を潜め、普段は威張り散らかしている勘定奉行の役人ですら道の端をそそくさと歩くその様相は、まさに異常。
その原因は、言わずもがな港に停泊する二隻の船の船員達であった。
と言うのも、あまりにも彼らが怖すぎるのである。
「────確かに今の稲妻に思う事はあるでしょうが、それにしても多くの用心棒を雇われましたね。私も大勢雇いましたが、どうやら貴女方はそれ以上のようだ。さぞ大変な費用がかかったと思われますが……」
「ええ、本当に。……しかし、命あっての物種とも言う事もあるでしょう。私は今回の航海に、それだけの費用をかける価値があると判断させていただきました。貴方もそう思ったからこそ、大勢と思えるだけの人数を揃えたのでしょう?」
「まさに仰る通りです。しかし、我々は────」
こんな会話を道のど真ん中で、両者共に薄っぺらい笑みを貼り付けて、とんでもない威圧感を放ちながら続けるものだから生きた心地がしない。
更には、雇われたのであろう用心棒達も酷い。
喋るカラスを引き連れた、訳の分からないことをずっとブツブツと呟いている少女を始め、槍の鍛錬を延々と続ける長身の女性、なんかずっとウキウキしながらとんでもなく物騒なことを呟くハイライトが宿っていない青年。
それ以外は大抵まともではあるのだが、いかんせんこの辺りの面子が酷過ぎる。
『さっさと何処かに行ってくれ……!』
それが、離島に居る商人達や勘定奉行の役人達、全員の総意であった。
そんな島民達の願いが届いたのか、異例とも言える通行の許可が双方共に出されたのだった。
□
「────さて、通行許可証も出た。これより僕達は本島に移り、本格的な捜索を開始する」
モンド側の船、その船室の一つに集められた者達を見回し、そう言い放つディルック。
船室の中は緊張感で満ちており、誰もが口を真一文字に結んでいた。
「今から行うのは最終確認だ。まず、我々の目的は全員が生存した上で梅山義徳と合流し、モンドへ帰還すること。差し当たっての徹底事項についてだが、『常に二人以上で行動する』『定期報告会には確実に参加する』『目立つ行為は控える』『梅山義徳と合流した場合、即座に船に戻る』……これについて質問は無いな?」
そう問い掛ければ、返ってくるのは無言の肯定。
ディルックはそれに一つ頷き、話を続ける。
「捜索範囲は鳴神島とその周囲に限定し、それを三分割した上で、それぞれの担当場所に絞って捜索を行う」
そう言って視線を落とし、卓の上に広げられた鳴神島の地図を見る。
その地図は赤いインクで、影向山から紺田村へと流れる川を基準として三つに分けられていた。
「まず今から最初の定期報告会までは、この区画をスクロースとフィッシュル」
そう言って、影向山の北側を指し示す。
「ええ、この私に任せなさい」
「うん、頑張る……素材収集がてら」
自信満々に例のポーズを取るフィッシュルの隣で、堂々と寄り道を公言する緑髪の少女。
彼女の名はスクロース。アルベドの助手で、錬金術師である。
腕は確かであるが、いかんせん何事にも研究を最優先にしてしまう節があり、先程の発言からも分かる通り、今回も彼女は素材収集を主目的としていた。
しかし、そんな事は歯牙にもかけずにディルックは話を続ける。
「南側の区画をロサリアとモナ」
「…………不安しかありません」
「はぁ……」
項垂れるモナの横でそっぽを向いて気怠げにため息を吐くのは、シスターの格好をした女性。
彼女の名はロサリア。生臭シスターとして有名な彼女であるが、その実態はモンドの不安分子を裏で排除する、言わばモンドの掃除屋である。
そんな事もあり、非常に腕の立つ彼女であるが、実はかなりの気性難だ。
と言うのも、彼女は生い立ちが少々特殊と言う事もあり、あらゆることに対して無関心で、基本的に団体行動というものをしない。
一応、徹底事項という事で二人行動はするし、定期報告会にも参加はするだろうが、しない可能性も十分に考えられてしまう。
となれば、モナの不安も頷けるだろう。
しかし、今はそんな事について考えている場合ではない。
「そして、川を隔てた紺田村から南を僕とウェンティで捜索する。アルベドは船で待機。万一に備えて船の防衛を行ってくれ」
「ああ、異論は無い」
そう言って頷くのはアルベド。
西風騎士団の主席錬金術師である彼であれば、十分に船とその他の船員を守れるだろうと考えての待機だ。
「お酒飲めるかなぁ……飲めないんだろうなぁ……嫌だなぁ……」
ちなみにウェンティはと言うと、卓に突っ伏して光ない目でぼやいていた。
「食糧、宿については自己調達。各々の判断に任せる。璃月の船員達と遭遇した場合は各々の判断に任せるが、戦闘は極力避けるように。それと、旅人と接触した場合は彼女にも捜索の協力を要請してくれ。…………さて、確認もこの程度か。それでは、出立だ。僕達は商品を運ばなければならないので少々遅れるが、気にせず進んでくれ」
そう言ってウェンティを掴んで船内の倉庫に向かったディルック。
言われたままにそんな彼を放って、彼らは本島へと向かって行く。
「……何も起きなければ良いのだけど」
まぁ、難しいだろうね。
と、後ろ姿を見送りながら、アルベドは心の中で付け足した。
□
モンドの船で会議が行われている頃、璃月の用心棒達は既に離島と本島を繋ぐ道を進んでいた。
先頭を進むのは、目のハイライトが無い青年こと、タルタリヤ。
彼はファデュイの執行官であり、璃月の人間で無ければ、義徳と何の縁も関係もなく、かと言って本国からの指令があった訳でも無いのだが、『強い相手と戦えそう』と大急ぎで適当な大義名分を作って付いて来た。
つまり戦闘狂の変人である。
そんなタルタリヤの後ろに続くのは六人。
荷台の前を夜蘭が、殿を鍾離が歩き、荷車を警護するのが夜蘭の三人の部下。
そして、荷車を引くのは長身白髪の女性。
彼女の名は申鶴。
留雲借風真君の弟子である彼女は、人間ではあるものの、そのあまりにも特殊過ぎる生い立ちから、つい最近まで俗世とはほぼ無縁の生活を送っており、俗世での常識も殆ど弁えていない。
そんな彼女が今回、船に乗った理由は、凝光からスカウトを受けたからである。
と言うのも、彼女はかつて旅人と共に、凝光の主催していたとある事業に参加していたのだが、その際に彼女は驚くべき怪力を見せたのだ。
それを評価した凝光がスカウトに踏み切り、それを報告した申鶴に留雲借風真君が許可を出した事で、乗船と相なった。
「……良いのか? 随分と置いて来たが」
そんな彼女が、不思議そうに夜蘭へ問い掛ける。
夜蘭は現在この場にいる七人の他に、五人の用心棒を雇っていた。
しかし、夜蘭は出立の際、彼ら全員を船に置いて来てしまったのだ。
それを申鶴は不思議に思ったのだろう。
「構わないわ。元々、彼らは船の護衛に連れて来たのだもの」
そんな疑問に、夜蘭は淡々と答える。
「梅山義徳が本気で逃走を図った場合、並大抵の人間ではその影を踏む事すらできない。彼を相手にするには、追跡の心得があるか、元素力の扱いに長けているか、卓越した技能や身体能力でも無いと、足手纏いにしかならないの」
「そうか」
そう相槌を打つと、申鶴は再び黙った。
「やっぱり、梅山義徳って強いのかい?」
そして、入れ替わるようにタルタリヤが夜蘭に質問する。
「あら、知らないの? 私の知る限り、彼はファデュイの中じゃ相当恐れられているようだけど」
「ああ。ある程度の情報は開示しても良いから、生きて情報を持ち帰れってなってる。でも、実際にその実力を見たのはほぼ居ないし、俺も見たことがない」
「そう……じゃあ、この機に彼の実力について共有しておきましょう」
一拍を置き、彼女は再び話し始める。
「剣術に関しては知っての通り、規格外よ。それに、元素の扱いも巧いし、元素力も非常に強い。一対一で近接戦に持ち込まれれば、まず負けるわ。しかも、遠距離攻撃もほぼ効かない。馬鹿正直に矢を放てば、寝ていたとしても撃ち落とされるわ。それと、彼の周囲、十五から二十メートル以内に入れば、どれだけ気配を消していても一瞬で気付かれる。奇襲は愚策ね」
彼女の脳裏に浮かぶのは、義徳をなんとか捕まえようと四苦八苦し、そのどれもが失敗に終わった、苦い記憶。
「へぇ……じゃあ、どうやって彼を捕まえるつもりなんだ?」
「それに関しては後で説明するわ。ここだと、誰に聞かれているかも分からないじゃない」
「ああ、それもそうだね。じゃあ、俺は後の楽しみに待っておくよ」
そう言って、道を塞ぐように張っていた宝盗団を蹴散らすタルタリヤ。
「……上手く行くといいのだけれど」
そんな夜蘭の呟きは、半ば祈りのようだった。
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
それはそれとして、皆さん大丈夫でしたか?
筆者は平気でしたが、筆者と大富豪やってた親戚の気分が悪くなったり、緊急地震速報で従兄弟が発狂したり、父親がどさくさに紛れて将棋の勝敗を有耶無耶にしようとして大変でした。
新年早々縁起が悪いですが、皆さん今年も元気に過ごされますよう。
筆者でした。