西風騎士団のワーカホリック侍   作:POTROT

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各所での一幕 その1

「………………」

 

 蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている外とは逆に、幕府軍の陣幕内は痛いほどの沈黙に包まれていた。

 床几を囲むのは大将である九条裟羅を始め、九条政仁、市川虎之助、松平嶋吉、金沢寅介、黒沼純義と言った、天領奉行指折りの重鎮達。

 そんな彼らが、揃いも揃って難しい顔をして黙りこくっていた。

 全員が全員、何をどう言い出せばいいのかわからないのだ。

 

「……何をやっているんだ、あの馬鹿は……」

 

 そんな中沈黙を破ったのは、上座に座る九条裟羅。

 普段は毅然とした態度を貫き、どんな時であれ強くはっきりした語調で話す彼女であるからこそ、額に手を当て、まるでぼやくように呟く今の様は、酷く憔悴して見える。

 そして、その発言を切っ掛けに、他の面子も漸く口を開き始めた。

 

「……随分と長いこと見ていなかったが、相変わらず見事なものだ」

「ええ、どうやら、腕は鈍っておらぬようですな」

「奴の事です。向こうで鍛錬ついでに山の三つや四つほど斬り倒して来たのでは?」

「まぁ、彼奴ならばやりかねませんな」

「「「「はっはっは」」」」

 

 そう言って笑う、裟羅を除いた四人。

 

「ええい、笑い事ではない! 奴の帰還が意味する事を分からない貴様らでは……ッ!?」

 

 裟羅はバッと顔を上げて笑う四人を叱咤するが、その四人の顔を見て、言葉を詰まらせる。

 口角を大きく上げて笑う彼らの瞳が、まるで塗り潰したが如き真っ黒であったからだ。

 

「……裟羅よ。俺たちがわからんわけもあるまい」

 

 裟羅を宥めるような口調でそう言うのは、裟羅の兄にして九条家長男、そして義徳の直上の上司であった九条政仁。

 

「……そ、それどころではないとわかっていたのならば、何故このようなことをなさったのです」

「いや何。ただ少し、これからの事を考えたくなくてな」

「人はそれを現実逃避と言うのです!!」

 

 そう、現実逃避であった。

 彼らはそれぞれが天領奉行の重鎮だ。

 良家に生まれ、人の上に立つための教育を受けて育った、生粋のエリートだ。

 政仁の言葉通り、『梅山義徳の帰還』の意味する事をわからないわけがない。

 実際、彼らはその意味を既に十二分に理解していた。

 

 だが、それを口に出したくない。

 口に出してしまえば、それが否定されなければ、自身が脳裏に思い描く『最悪の未来』が確定してしまう。

 そんな気がしてならないからだ。

 

「そんな事をしていても何も始まらないでしょう! 今すべきは未来の話ではなく、目先の話だ!」

 

 しかし、裟羅が今言い放った言葉こそが真理である。

 そう、現実から逃げ、目を逸らしている間にも、事は進むのだ。

 その言葉に目を覚ました重鎮達は、再び目に光を取り戻す。

 

「……そうだな」

「ええ、その通りでございます。お見苦しいところを見せました、裟羅様」

「我ら幕府軍の将、この場に居る意味を果たしましょうや」

 

 うむと頷き、居住まいを正す裟羅。

 そこに先程まで見えていた憔悴はなく、普段通りの、毅然とした態度の彼女が戻っていた。

 

「私も突然の事で少々取り乱していた。仕切り直しだ。今一度、軍議を再開する」

「「「はっ!」」」

 

 その一声で抜けた雰囲気が一瞬で吹き飛び、場が緊張を纏う。

 

「先ず確認だが、アレをやったのはあの馬鹿(義徳)だな?」

「ええ、間違いなく」

「確実でしょう」

「疑いようがありません」

「それ以外ないだろうな」

 

 仕切り直して初手で満場一致である。

 もし義徳がこの場に居れば、目を覆って天を仰いだであろう。

 しかし、よく考えるまでもなく当然の話。

 そもそもとして雲を真っ二つに斬るなんて所業、将軍と義徳以外に誰ができるのだと言う話である。

 将軍が稲妻城から動いていない以上、義徳がやったのは自明の理というものだ。

 

「そうなると、だ」

「奴の意図が何なのか、ですな」

 

 全員が神妙な面持ちで頷く。

 梅山義徳は強い。本当に強い。

 実は現代まで生き残っていた魔神でした、なんて言われてもギリギリ納得できてしまう程には強い。

 

 今までは、それが味方であると確信できたからよかった。

 だが、もしかしたら敵かもしれないとなれば、どうしても慎重にならざるを得ない。

 

「現状、考えられる奴の目的と言えば……やはり目狩りの廃止か」

 

 今更ではあるが、彼らは逃亡直前の義徳から手紙を受け取っている。

 故に、義徳の逃亡理由が『目狩り令』である事を把握している。

 

「だが、奴の目的が目狩りの廃止であるとして、このような場所に来る理由がわからん。奴ならば、直接稲妻城へ行くはずだ」

 

 今一度言うが、梅山義徳は強い。

 それこそ、幕府軍など相手にもならないだろう。

 義徳の目的が『目狩り令』の廃止ならば、守衛を全員薙ぎ倒して、直接将軍の下へ行けばよい。

 このような、自分の身一つで幾らでも勝敗を変えられる戦争にわざわざ首を突っ込む必要など、無いはずなのだ。

 

「右に同じです。それに、奴が我々と敵対を選んだとしたのならば、今ここで襲撃されていない事の説明がつきません」

「まぁ、そうだな。奴からすれば俺たちの軍など、そこらの蟻の群れと大して変わらんだろう」

 

 これを本人が聞いていれば「そんな事はない」と言っていただろう。

 だが、この場に居る者達はその表現に一切の疑問を抱かない。

 

 同じ人間ではあるが、方や居合一つで遥か上空の雲を真っ二つに斬る剣豪。方や頑張ってようやく細めの木を切り倒せるような凡夫による烏合の衆。

 まさに月と(すっぽん)。雲泥の差。提灯に釣鐘。

 比べる事すら烏滸がましい、もはや清々しいくらいに隔絶した差だ。

 

「今俺たちが殺されていないとなれば、俺たちと敵対している可能性は排除していいだろう」

 

 そう政仁が結論付け、他の三人もそれに賛同する。

 

「ふむ、では、我々に敵対するものでは無いとして、だ。奴が抵抗軍に敵対している可能性はあるか」

「無いでしょうな」

「動機は作れない事も無いですが、稲妻に帰ってきた理由として意味不明過ぎます」

 

 ばっさりと切り捨てる虎之助と亮介。

 事実、そもそも大陸には伝わっていない上に、仮に伝わっていたとして、いつか倒れると分かっている抵抗軍を、わざわざ危険を冒してまで滅ぼしに行く理由は無い。

 と言うか、『目狩り令』に対して抵抗している抵抗軍を、『目狩り令』から逃げた義徳が滅ぼすなど、常識的に考えればあり得ないと言うものだ。

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 勿論、そんな事は裟羅も分かっている。

 念の為の確認と言うやつである。

 

「しかし、こうなると本当にわからん。奴は一体、何を考えている?」

「アレをやったと言う事は、奴は奴自身の存在を我々、或いは抵抗軍に伝えたかったのでしょうが……」

「その結果がこの混乱だろう。これが奴にとって何になると言う話だ」

「混乱に乗じて何をするにしても、はたまた混乱そのものが目的だったとしても、奴がそんな事をする必要があるかどうかと考えれば、なぁ」

「奴ならば刀一本あればどうとでもできるからな……」

 

 ううむ、わからん。

 後に続いた一言が、この場に居る全員の総意であった。

 

「……取り敢えず、今のところは密偵を出して様子見か」

 

 そのまま数分ほど経って、もうこれ以上何もせず話を続けるわけにもいかないと考えた裟羅がそう提案し、四人もそれに同意する。

 多少想定とは違うのものの、義徳の目的の片方が達成された瞬間であった。

 

 

 

 □

 

 

 

「………………」

「………………」

 

 一方で、抵抗軍の軍幕の中も沈黙が支配していた。

 顎に手を当てて目を閉じ、うんともすんとも言わないのは、現人神の巫女にして抵抗軍の軍師、珊瑚宮心海。

 そんな珊瑚宮を心配そうに見守るのは、抵抗軍の大将たるゴローを始めとした、抵抗軍の将達。

 

 彼らは元々、段々と集結しつつある幕府軍を見て、激しい攻勢が来る事を予測し、その対策会議のために集まっていた。

 そして、順調にとはいかずとも、途中までは有意義な話し合いが出来ていた。

 しかし、ようやく会議が終わると言う頃に、アレである。

 エネルギーにして−5に相当する話し合いが、水泡に帰した瞬間であった。

 

「………………」

 

 それからは、誰も何も喋る事なくひたすらに沈黙である。

 しかし、それも仕方ないだろう。

 梅山義徳など、今の抵抗軍からしたら厄ネタも厄ネタである。

 

 ただでさえ敵である天領奉行所属な上、『雷切物語』では将軍とほぼ婚約関係にあり、極め付けはいつぞやの部下どもによる暴走。

 雷切(歩く天災)になます斬りにされる理由しか見つからない。

 ただでさえ将軍に勝つ手立てが見えていないと言うのに、それが二人に増えて、更に明確な殺意を持って殺しに来るなど、地獄以外の何だと言うのだろうか。

 

 もはや降伏以外に無いのでは。

 そんな事をその場にいた面々が思い始めた時、珊瑚宮が漸く口を開く。

 

「…………ゴロー、一時軍を退き、無想刃狭間で防衛線を引いてください」

「……し、しかし、珊瑚宮様……」

「我々が今この場で殺されていない以上、希望はあります。今は出来る事をやる他ありません。ああ、それと、隠密行動を得意とする者を数名、調査に当たらせてください」

「はっ! 直ちに!」

 

 珊瑚宮の指示を受け、行動を始める将達。

 そして、彼らが去っていった事を確認して、珊瑚宮は考察を再開する。

 

「……義徳さんの事です。彼は意味もなくこのような真似はしない……降伏させるだけならば、戦場で姿を見せればそれで済む……つまり目的はそこに無い。……私に連絡が無いと言うことは、抵抗軍の混乱は計算のうち……となれば、真の目的は混乱の先に……? しかし……ああもう、これだから義徳さんは……! 単騎で戦術も戦法も滅茶苦茶に破壊するのはいい加減止めて下さい……!」

 

 これまた何の疑いも無く義徳の仕業だと確信されていること以外は、まさに義徳が想定していた混乱の仕方である。

 これを本人が聞いていれば、にっこりと満悦の笑みを浮かべていたことだろう。

 それはそれとして、あんまりにもあんまりな己の評価には物申すだろうが。

 

 まぁ、何はともあれ、この通り。

 義徳による工作の結果、一時的に時間を稼ぐ事には成功したらしい。

 実に素晴らしいと言えよう。最良の結果と言っていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後に、この島が第二次魔神戦争と呼ばれる大戦争の舞台となる事を考えなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 カッチカチに凍りついたスパイクに咽び泣いた男、筆者マッ!!

 これからはしっかり倉庫に入れておこうと肝に銘じました(戒め)

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