西風騎士団のワーカホリック侍たる俺は、ここ数年で何度も命の危機に瀕して来た。
稲妻と璃月からの逃亡者と言う立場であった以上、それは仕方の無い事だろう。
時に追手に囲われ、時に宝盗団と鉢合わせし、時にモンスター共に襲われる。
泥水と木の実で辛うじて命を繋ぐ、まさに地獄のような日々であった。
そんな二度に渡る逃亡生活の中で、俺の勘はまるで刀の如く鋭利に研ぎ澄まされていた。
モンドに辿り着く直前の俺は、既に軽い未来予知と呼べる領域にあったとすら言えよう。
夜の闇に紛れた遠距離からの狙撃すら、完全に読んだ事もある。
そんな俺の勘が今、今までに無い勢いで警鐘を鳴らしていた。
代理団長があの瞳孔の開き切った目で、俺に詰め寄って来てからだ。
それはつまり、俺が10日以内に帰らなければ、本当にとんでもない事が起きるという事を意味する。
正直なところ10日で稲妻に行って帰って来るとか無理ゲーにも程があるが、無理だったとしても出来る限り早く帰って来なければならない。
代理団長のことだ。方法は兎も角、単身で稲妻に乗り込むとか言いかねん。
「と、言うわけで急いで飛び出して来たが……アテはあるのか?」
『チ虎魚焼き』をクレーと遊んでいたガイアさんに押し付け、モンド城の門を出たところで旅人に問いかける。
稲妻へ行くには、基本的に船を使わなくてはならない。
俺のように元素力だけで渡ることも出来なくは無いが、それは降り注ぐ雷を身一つで対処する術を持っておく必要がある。
いくら規格外な彼女でも、流石に今回ばかりは正規の方法でなければ無理だろう。
「おう! 北斗の船に乗せて貰うんだ!」
「腕試しの大会で勝って、乗せてもらえる事になった」
「……成程」
北斗とは南十字船団と呼ばれる武装船団の頭領であり、その航海能力と戦闘力は他の追随を許さない。
一時的にとは言え璃月七星に所属していた身として、彼女と多少の関わりはあったが、確かに彼女の船ならば今の稲妻に行く術も持っているだろう。
しかし、腕試し大会とは。相変わらずあの人はそういう事が大好きなようだ。
「うん、それなら安心だ。しかし、彼女達の船は今、何処に?」
「孤雲閣に停泊してる」
「……ああ、孤雲閣……孤雲閣なぁ……」
孤雲閣とは、聳え立つ数々の大岩が特徴的な、璃月北東部に位置する島々である。
伝説によると、聳え立つ大岩はかつて岩神モラクス──岩王帝君が投げた槍であるとのことだが……問題はそこでは無い。
孤雲閣は、移動がとにかく面倒なのだ。
孤雲閣が璃月の北東部に位置すると言ったが、そこにモンドから行くとすると、アカツキワイナリーから望杼旅館を通り、風の翼で海を飛び越すルートか、ドラゴンスパインの麓を通り、海を歩いて行くルートの二択になる。
その二択で安全な方は勿論アカツキワイナリーを通る方であるが、近さで考えるのなら断然ドラゴンスパインだ。
「……仕方ない。久々に海歩くか……」
「お前もそう言うのか……ガイアといいお前といい、何で西風騎士団の氷元素使いは海を渡りたがるんだ?」
「便利だからに決まってるだろう。取り敢えず時間が無い。さっさと行くぞ」
「わかった」
俺が先陣を切ってドラゴンスパインに向けて歩き出すと、旅人が後ろから追従して来る。
普段は話し終えた瞬間に何処かへワープしてしまう旅人だが、こう言う時はちゃんとこちらに合わせてくれるのは、彼女の良いところだと思う。
それはそれとして、面倒事を持ち込んでくるのはやめて欲しいのだが。
ドラゴンスパインは、モンド城から伸びる道をドラゴンスパインが見える方向にひたすら進んで行けば簡単に着く。
勿論道中にヒルチャールやスライムと言ったモンスターは出るが、それだけだ。
旅人と俺ならば、容易く蹴散らせる。
「フンッ!!」
『ギャアアアアアッッ!!?』
アビスの魔術師だってこの通り。
氷元素のバリアだか何だか知らんが、切れば倒せる。
アビスだろうが何だろうが、テイワットにいる以上は逃れられない真理だ。
「……う、うへぇ……」
「ん? どうしたパイモン」
「いやぁ、今の見て、稲妻にはヨシノリみたいなのがいっぱいいるのかと……」
パイモンが怯えるようにそう言う。
成程。確かに、今のところ彼女らは俺以外に戦える稲妻人に会う機会が無かったから、そう思ってしまう事も仕方ない事か。
「俺が単純に強いだけだ。そう心配する事はない」
「ほ、ホントにそうなのか……?」
「稲妻ではとんでもない良家の剣術指南役を頼まれるくらいには、剣が上手い事で有名だったからな」
事実、俺の名は将軍様を差し置いて稲妻最強と言われるくらいには轟いていた。
まぁ、だからと言ってあの家から剣術指南の依頼が来るとは思わなかったのだが。
あの時は本当に驚いた記憶がある。
いくら俺の剣が源流を同じくするとは言え、あんな良家に剣を教える事になろうとは。
「そうなのか……ふぅ、よかったぞ」
「そりゃ良かった」
安心したように息を吐き、旅人の頭にへばりつくパイモン。
「あ、宝箱」
しかし、旅人はそんなもん知らんとばかりに虚空から宝箱を見出していた。
……毎度のことながら、どうやって虚空から宝箱を取り出せるのだろうか。
普通、他人が虚空に収納している物には干渉できないはずなのだが……やはり旅人はこの世界のルールに囚われない存在だと言う事なのだろうか。
「……まぁ良い。行くぞ」
「了解」
そのまま道なりに歩き、ドラゴンスパインに着いたら、海へ向かって川沿いに進んで行く。
そうすれば崖があるので、そこを風の翼で降り、後はいい感じに孤雲閣が見えるところから海を渡っていけば、孤雲閣へ到着だ。
「と言うわけで今から海を凍らせるから、落ちないようにぴったり着いて来いよ」
そう言って海を歩き出すと、本当にぴったりと俺の真後ろを歩いて来る旅人。
かなり鬱陶しいが、歩く事に支障は無い。今は元素力を出しながら歩く事に集中しよう。
数十分ほどかけて海を渡り、孤雲閣に到着する。
太陽の位置から鑑みるに、所用時間は大体4分の1日と言ったところだな。
アカツキワイナリーの方のルートは普通に日を跨ぐと考えれば、相当速いだろう。
しかし、北斗船長の死兆星号は何処に……あそこか。
「さ、こっちだ」
幾つかの島を経由しながら海を渡って、ようやく目的地である死兆星号に着く。
死兆星号は竜の頭を模した立派な船頭を持つ、巨大な帆船だ。
垂らされた縄梯子を登り、甲板へと上がる。
甲板の上では船団の団員達が右へ左へと忙しなく動いており、準備を続けていた。
「…………お、やっと来たね、旅人」
その中心で指揮を取っていた北斗船長が、目聡くこちらに気付く。
「それと……ん? アンタは確か……」
「お久しぶりです、北斗船長。2年半ぶりくらいでしょうか」
「おお! やっぱりあの時の稲妻人か! 旅人が知り合いを連れて来るとか言ってたから、ナヨナヨした奴なら追い返すつもりだったんだが……いいじゃないか、アンタなら大歓迎だよ!」
ハッハッハと大口を開けて笑う北斗船長。
相変わらずその豪快さは変わっていないようで安心した。
「ん? 北斗とヨシノリは知り合いだったのか?」
「ああ、ちょっと前にね。ああそうだ、実は最近ウチにも稲妻人の団員が入って来てね……おーい! 万葉ー!」
「む? 何かあったので──────は?」
万葉と呼ばれた青年が飛んで来たと思ったら、俺の姿を見て硬直した。
……本当に動かないのだが、大丈夫だろうか。
「…………ら」
……ら?
「雷切…………殿…………?」
………………………………誰?
ガイア:ヨシノリについて
ああ、ヨシノリか……ヨシノリな……ううむ、まぁ……優秀な部下だが……御愁傷様だな。背中を刺されなければいいが。
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