金なしヘイローなし呪力なし天与呪縛あり
ブラックマーケット―
学園都市キヴォトスの中にある街一つくらいの規模の市場。
キヴォトスの中でも治安が悪く、合法から違法まで何でも揃う場所。
そんな場所で最近いくつかの噂が流れ出した。
曰く― キヴォトスの外から来た大人が住み着いてると。
曰く― いい加減な性格で面倒くさがりだと。
曰く― ギャンブルが大好きだが勝っているところを見たことがないと。
曰く― その大人はシャーレの先生と仲がいいと。
そのような噂が多い中、他にも到底信じることのできない噂もある。
人の身であるにも関わらず銃弾よりも早く動く、戦車を軽々しく持つだとか、重火器ではなく鈍器や刃物を好んで使うなどなど。
このように噂される人物は今、ブラックマーケット内にある建物から出てきたところだ。
190近い身長にガタイの良い体。
口元の傷が少し目立つが顔はイケメンと呼ばれる類だろう。
噂の人物 ―
実際に甚爾の顔は表情を失ったようだった。
それもそのはず甚爾はつい先程自身が持てる金を全てギャンブルで溶かしてしまったのだ。今日まで貯めに貯めた金は財布圧迫し自分に幸せを与えてくれるはずだった。それがどうだ、ブラックマーケットの住人には一回も勝ち星をあげることも無く、有り金を全て溶かす始末。
「あそこでハートの9が来てれば俺の勝ちだったんだが」
そうぼやいても結果は変わることなど当然なく、イライラが増すだけだった。甚爾は舌打ちをし、無造作にポッケに手を突っ込み携帯を取り出す。今から失った金を稼ぐためだ。
甚爾はいつも荒事で報酬や賞金を受け取るアウトローのような生活をしている。そのため何らかの仕事を受ければいいと思い、依頼が来ていないか確認する。だがメール欄やモモトーク、裏サイトにもそれらしき通知は来ていない。念入りに何度も確認するが依頼らしきものは見当たらない。
イラついても仕方がない、とりあえず食べそこねた昼飯を食べようと思い財布を確認しようとするが金が無いことを思い出す。なぜなら賭けた金は文字通り全財産、今日の昼どころか今後の生活も立ち行かない。最悪今日の分の飯は家にあるがそれ以降のものはない。
明日からの暮らしをまともなものにするためにも金が必要だ。ただ依頼が無い以上金を稼ぐ手段を甚爾は持っていない。
甚爾は行き詰まったことを悟り二度目の舌打ちをし思案する。
――こうなったらあいつから金を借りるか、いやあいつは金を溜め込む人間じゃない。それにすでにそれなりの金を借りちまった。しかも他に金を借してくれる人間なんて俺にはいない。詰みだな。
そう悪い方向に思考が持っていかれる中、手に持っていた携帯が震えだす。
何かと思いそちらに目をやると、一つの着信が入っていた。
画面には先生の文字。
そう、先程甚爾が金を借りようとした知人であった。
先生から連絡が来ることは少なくはない、色々な理由から連絡してくるがその中に依頼があることもしばしば。ただし依頼じゃない場合もある。
それはただの雑談で終わることもあれば厄介ごとを持ってくることもある。
「どうしたもんかね」
ため息にも近い言葉が漏れる。
雑談ならすぐに通話を切れば良い、後日会うときに多少不機嫌になるだけで済む。それもそれで面倒だがそれだけだ、甚爾は一度も気にしたことはない。前者ならどうでもいいがが問題は後者だ。厄介ごとのほうになると途端に辛くなる。なぜなら時間も労力もかかる癖にこちらには一銭も入ってこない。その上断ろうとすると今貸りている金のことをちらつかせてくる。
甚爾には断りたくても断ることはできないのだ。
そう、いはばこれは賭けだ。今までの経験則上出たら最後、自身が望む内容と違えばただの時間の浪費になることは間違いない。だが依頼が無い今最短で金を得るにはこの電話に出るしか無い。
「出るか」
甚爾は考えの末電話に出ることにした。どの道金がなければ明日の生活すらままならない状態だ。
ただし依頼じゃない場合はすぐに通話を切る。後のことなど自分の知ったことではない。最悪金を借りれそうなら借りよう。
甚爾はそう決め電話に出る。
「もしもし、甚爾?」
携帯から聞こえて来る声は久々に聞く先生の声。
彼は久しぶりに話すからかいつもより声のトーンが上がっているようだ。
「ああ、依頼か?」
だが今の甚爾は依頼かどうか、それしか考えていない。そのため先生とは対照的に冷たい声で切り出してしまう。
先生はそれを感じ取り少し寂しそうにため息をだす。携帯越しのため分からないが、きっと先生の表情はいつもの困った顔だろう。
「久しぶりなんだから少しは雑談にでも付き合ってよ」
「いいから用事を話せ」
機械越しから今日二回目のため息が聞こえてくる。きっと先生は呆れているだろう、だが金の為なのだから仕方ない。
甚爾は
「またギャンブルかい?キヴォトス内でパチンコも競馬もなかったと思うんだけど?」
「わかってねぇな、場所が無くても人と金さえあればできるんもんだ」
「さては違法だね?」
「賭け事に違法もクソもあるか」
なんとも言えない表情を浮かべてる先生が思い浮かぶが甚爾は悪びれた様子もない。もちろんここで先生に何を言われても辞めることはないだろう。そんなことよりも要件が気になり始めてきた。そこで先生に問いかける。
「それより要件は何なんだよ」
「そうだね、これは個人的なお願いにしようと思ったんだけどやっぱり変えようかな」
「あ?それなら依頼か?」
「そうなるね。報酬は50万でどうだい?」
「本当か?」
思わず甚爾の口角が上がる。正直先生の依頼で10万円を超えることは無いと思っていた。だからこそ、この金額は少し、いやだいぶ行き過ぎだ。だが甚爾にはそんなことどうでもいい。先生がこの金額を提示したのだ。
甚爾は嬉しさのあまり口角が上がったままだった。
「太っ腹だな」
「でしょ~、だけどお金分は働いてね」
「心配しなくても働くさ、本命馬だと思えばいい」
「なにそれ、もしかしなくても競馬の話?」
「勝つ確率の高い馬のことだ、説明させんな」
そんなことを言いつつも今の甚爾は機嫌が良い。なんたって50万だ。生活費に10万も回したとて残りはその四倍もの額が残る。これならまた自身の趣味でもあるギャンブルができる。この金で次はこそは勝つ。甚爾はそんなこと考えているとふと今回の依頼の内容を聞いていなかったことに気がつき先生に問いかける。
「そういや、今回俺は何をすりゃいい?」
「あれ、話していなかった?」
「聞いてないな、まぁここの雑魚ども相手ならなんだっていい」
「余裕だね」
「まぁな、それで?」
「それちゃったね、依頼なんだけど今回は護衛をして欲しい」
その言葉を聞き甚爾は目を丸くする。基本甚爾の依頼は殺しや対象物の破壊など壊す側の依頼が多い。もちろん護衛の経験がないわけではないが自分の好みではない。先生はそれを知っているからか今までは殺し以外の破壊の依頼だった。直近の先生からの依頼だと暴走した不良どもが使用していた最新型の戦車を数台壊した。
そのような依頼ばかりだったからこそ今回の依頼には色々勘ぐってしまう。ただ
「珍しいな、
「僕だね」
「はぁ?」
おかしい、わざわざ
「ガキどもは使えないって訳か」
「わかっちゃった?」
「大凡な、ガキには見せれない仕事か。それとも危険だからか」
あー、と機械越しから先生の抜けた声が聞こえる。自分の考えが間違っていたかと思い甚爾は首を傾げた。もし考えが外れているなら尚更理解ができない。すると気まずそうな声で先生は云う。
「えっと詳しく言うとね、その生徒たちから護衛して欲しいんだ」
その言葉を聞き終わると同時に甚爾の腹の虫が鳴った。これは依頼であり面倒事でもあると気がついているが、自身の運も金もないことを恨みながら依頼を承諾するしかなかった。