乙女ゲー転生モノに出てくる性悪お花畑転生者女を曇らせてみたwww   作:見てアホ女がいるよ! かわいいね

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悪役令嬢モノの婚約者王子が転生者の悪女に騙される理由がわかる回です。


いつからゴリラが重くないと錯覚していた?

 世界は艱難辛苦に満ちていると、理解したのは随分と昔の話になる。

 人間は生まれながらにして平等ではない。

 出生、血筋、人種、障害。勝ち組は生まれながらにして勝ち組で負け組は生まれながらにして負け組だ。

 

「俺は出来たぞ、そんなものはまやかしに過ぎん」

 

 それを乗り越えることができる人間も居る。

 ドゥエイン・アーレンはその一人だった。

 

 彫りの深い美男子。自身を貴族の落胤で庶子の生まれというが、おそらくは詐称だろう。

 没落貴族であるアーレン家に取り入り、娘婿としてアーレン男爵家の当主となったこの男を傭兵上がりの成り上がり者と周囲は揶揄する。

 

「泥を食ったことがあるか? 尿で喉を潤したことは? 俺はあるぞ、アレは惨めだ……。その惨めさが俺をここまで連れてきた」

 

 自己中心的で欲深く、狡猾で手段を選ばない野心家。

 曲りなりにも没落したアーレン家を建て直した手腕は本物であり、自身も騎士として王都の治安を預かる治安維持に卓越した腕を持つ。警邏騎士の筆頭であり、王都行政長官の懐刀としての地位を築き上げた。

 

「お前も、お前の母親も俺の地位を固めるための道具だ」

 

 父は怜悧で冷たい氷のような男だった。

 親としては落第であることは否めない。しかし、貴族として──或いは教育者としては理論に基づいた才人であった。

 

「貴族ってのはお上品でな。とても(ぬる)い。──温い奴は怖くねぇんだ。お前は(こわ)くなれ」

 

 人の殺し方を教えてもらった。人の壊し方を教えてもらった。人の騙し方を教えてもらった。

 

「正しさとは勝利だ。自分の意志を貫きたくば勝ち続ける他ない」

 

 その言葉通りドゥエイン・アーレンは常に勝ってきた。

 勝利を積み重ね決定的な敗北を避け、地位と財貨を手に入れた。

 

「武器を持てヘクター。暴力でも知恵でも、卑劣さでもいい。貫き極めればそれで構わない。俺が上手く使ってやる」

 

 ひどい人間だと思う。決して清廉ではない。その男を評価するなら十人が十人、悪と断ずるだろう。

 それでも陥れた人数の何十、何百という数を救ってきた。

 

「──お前は俺の道具(つるぎ)だ」

 

 この身はドゥエイン・アーレンによって精錬された一振りの剣であれとされた。

 

「化け物が……」

 

 魔族と呼ばれる存在が居る。ほとんどはお伽噺のような存在で人が生涯を於いて辿り着けぬ魔法の神秘に最も近き種とされている。

 優れた知性と優れた膂力。種として優れたこの種は優秀故に、群れることはない。

 社会性が欠如し、個人主義的な存在ゆえに個体によっては倫理観が欠如し人類にとって害になり得る種である。

 

 例外は帝国のアンドロニコスや英雄王に仕えるエウリュディケ等だろう。

 

 地獄を見た。

 四肢を切り落とされ、魔物の苗床になっているナニカだった。

 或いは知能の低下した体がブヨブヨに膨れ上がった人間のようなナニカ。

 奇声を上げる人の顔を取り付けた木だったり、昆虫の巣となった人の姿だったり。

 魔族という存在は、好奇心によってここまで残酷になれるのか、と。

 

「どうして、こんなことを?」

「どうして、だと?」

 

 不意にそんな疑問が口から溢れた。血のように赤い瞳が孤を描くように歪み、魔族は告げた。

 

「──こいつ等が弱いからだ。弱くて余りにも可哀想だから、俺が強くしてやろうと思ったんだ」

 

 魔族が本当に邪悪な存在だったらどれ程良かっただろう。

 悪意をもって悪逆を成すなら、どれ程良かっただろう。

 この魔族は人間に心から同情していた。そして善意から行動を起こしていたのだ。

 

 俺はひどい勘違いをしていた。

 自己中心的な理由であることには変わりない、悲劇を生み出したことには変わりない。

 魔族という種は善意でこれほどのことを引き起こす。

 

 ある種の悍ましさと嫌悪感が俺の中にあった。

 

「だが、俺は間違っていたのだろう」

 

 魔族の男は剣を振り上げる俺にそういった。

 

「オマエは強い、だったら正しいのはオマエだ……」

 

 その言葉を最期に魔族は事切れた。

 

 世界は弱者に優しくない。

 弱さは罪であり、敗北は悪である。

 

 では強者が善であり、強き者は正義であるのか?

 俺はそれを肯定したくはなかった。

 

 たぶん俺は嫌いだったんだ。

 弱いということが悪だという理屈が嫌いだったんだ。

 

「ウオオオオーーッ王子ぃ!! ウオオオオーーッ!!」

 

 とんでもねぇ女と出逢った。

 淡い水色の髪、慎ましやかな胸、飾り立てられたドレス。

 そして貪欲に血走った目。

 

「グワーーーッ!!」

 

 俺はその女に対して顎に一撃を喰らわせていた。

 女は盛大にひっくり返り、口から泡を吹いて白目を剥く。

 

「ブッ、ブハハハハハ!!」

 

 失礼でまったく持って嫌な話だが、まるで喜劇を見てるかのような滑稽で無様な姿に笑いが収まらなかった。

 

 フランカ・ウォルコットは阿呆の女で、突拍子もないことを言って、品がなくて、阿呆で、時々聡明で、それでも阿呆で、恥をよくかいて、阿呆で、感情的で、性格も悪くて、やはり阿呆で。

 馬鹿にされても、否定されても、批判されても。誰よりも図太く、恥知らずで。

 いつも楽観的で太陽のような女だった。

 

 こいつと過ごす日々が、俺は楽しかったんだ。

 こいつはすごい女で、誰かを笑顔にできる女だった。

 

「おもしれー女」

 

 俺はこの女が好きになった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 吹きすさぶ山風に髪を煽られる。

 

「東部諸侯領は王国きっての山間地帯ってのは知ってるよね〜?」

 

 帆を張った艀の上で私の隣に居座る中年の禿男、パルメは間延びした口調で問いかける。

 

「山間地帯に囲まれた天然の要衝。この山間地帯を抜けるには廻廊を進むしか無く、当然のことだけど大軍の行軍には向かないんだよね〜」

「……そうですね、山間部は鬱蒼とした森林地帯で軍の展開には向きません」

 

 山間地帯で戦うのならば辺境伯家の猟兵部隊によって一方的に殲滅もできただろう。しかし、相手は此方の得意のフィールドで戦うほど愚かではなかった。

 

「それに、相手は万を超える軍勢だ。いくら森林が資源豊かといえども腹を満たすほどの実りはないからね〜。戦うなら平野部を攻めて街道を制圧すれば事足りるんだ〜。そこがパルメさん達が唯一裏をかける部分でもあるんだよね〜」

 

 男たちは木々を切り倒し、声を上げながらそれらを加工する。

 

「王都徴用兵は土木建築の専門家だよ〜。元々は城壁の補修だったり王宮の設営だったり、街道の整備だったり、そういう作業に駆り出すための人員で、普段は地元から出稼ぎに赴く比較的若年で健康的な青年たちだからね〜」

 

 鼻歌を響かせながら、パルメは地図を開く。

 私はそれに目を疑った。

 

「……貴様、これは」

「どう? すごいでしょ、パルメさんの描いた地図」

 

 精巧な地図は戦略において秘匿されるべきものである。

 そして精巧な地図は相応の専門的な知識と経験に裏打ちされなければ作れるものではない。高度な幾何学と数学知識。地理に対する強い興味を持ち合わせなければ作れるものではないのだ。

 

「河川は平野や街道とは比べ物にならないほど早く利便性のある交易路だよ〜。そこには流れがあり、一昼夜動き続けることができる」

 

 どうして、これほどまでに専門的知識と素養のある人間が塩の密売人などという日陰にいるのか、私は意味がわからなかった。

 これほどの智慧と知識があれば、どこぞの貴族家の陪臣にでもなったほうが遥かに安定するはずだ。

 

「──山谷風ってのがあってね〜、昼は麓から山頂へ向かう谷風。夜間は山頂から麓に向かって強い風が吹く。夕方までに千人を運ぶ艀さえ作れればあとは夜間に流れに沿って山河を降るだけでいいんだ〜」

 

 そして気候や気象に対する深い知識。これはもう専門的知識というより多角的な視野をもつ内政知識と言っても良い。

 

「──貴様は何者だ?」

 

 気味が悪い。有能なことは認める。だが、有能すぎて何故に罪人にまで落ちぶれた意味がわからない。

 クリストフ・パルメは目を細めてニヤニヤとした笑みを浮かべて答えた。

 

「パルメさんはパルメさんだよ〜ただ『民衆を苦境から救いたいだけ(民主共和制主義者)』のね〜」

「民主共和制……?」

「それに耳を貸す必要はねぇぞ」

 

 ニンマリと笑みを浮かべたパルメの言葉を制すように、アーレン卿は私に不意に声をかける。

 

「病気になるぞ」

「えぇ〜、人の理想を病気扱いするのは酷いなぁ〜」

「ビョーキだよビョーキ。しかも感染性がある分たちが悪ぃ」

 

 アーレン卿は首をゴキゴキと鳴らしながら半目で恨んそうにパルメを見る。

 

「民主共和制には欠点がある。俺の親友(フランカ)は言ってたぞ」

「如何なる政治制度にも長所と短所はあるでしょ? 民主制ほど平等を謳う制度は無いと思うけどねぇ〜」

「人間はお前の思うほど理性的で賢くはねぇさ」

「人間は賢いよ、霊長の頂点に立ち優れた社会性を持つのは我々只人だよ〜」

「えぇ……っと」

 

 軽口を言い合うようにパルメとアーレン卿は互いに互いの思想を否定し合う。

 

「ほら見ろパルメ、お前のせいでローラが困ってるじゃねぇか」

「えっ、これパルメさんのせいなの。酷くない?」

 

 ガビーン! とパルメはショックを受けたかのように硬直するが、私の心は平静ではいられなかった。

 精巧な地図というものはそれだけで戦略的に大きな意味を持つ。

 どこを焼けば、効率的に民を虐殺できるのか。どの街道を通れば効率的に行軍が可能なのか。

 防衛に有利な地形、敵の行軍を阻む地形。そのすべてがそこに詰まっている。

 

 不意に槍を握る手に力が入る。

 

「アーレン卿、この男は殺すべきです」

「俺もそう思う」

「!?」

 

 殺人による排除を求める私、それに対して肯定するアーレン卿。そして…えっ、パルメさん死んでしまうん? とスカスカの額に汗を滲ませて身体を震わすクリストフ・パルメ。

 

「だが、勝つためにはこいつの智慧が必要だ。パルメは重犯罪者で、民主制に心から期待して、神を侮蔑し、人間の可能性を誰よりも信じてる。善意で世界を滅茶苦茶にするような人間だ」

軍神(ヘクトール)、それ褒められてるの? 貶されてるの?」

「生まれるのが五百年は早かったタイプの男だ」

 

 アーレン卿はパルメの首根っこを抑えて、持ち上げる。

 パルメはぐぇぇ…と嗚咽を吐き出しながら、借りてきた猫のように大人しくなった。

 

「それに俺を軍神だのなんだの持ち上げるのが気に入らねぇ……俺はただの貧乏男爵家の木端騎士だぜ? 本物の華と比べたら雑草みたいなもんだ」

「「いや、それはない」」

 

 私とパルメの意見が一致する。

 紛いなりにも真っ当な教育を受けていない兵士たちの中で数において常に劣勢を強いられながら軍事行動を組織化しているアーレン卿の統率力は本物だ。

 パルメの机上の空論を現実的な段階に持ち上げるためにはこの男の指揮統率能力が前提なのである。

 

「俺は本物を知っている。そいつに比べれば……あー、なんだ。そいつの言葉を借りるなら力任せのゴリラって奴だよ」

「ゴリラ?」

 

 ゴリラとは何なのか、私が疑問を感じているとアーレン卿は歯をむき出しにしながらニヤリと笑う。

 

「安心しろローラ・スカーレット。あいつはな、すべての涙を洗い流し、幸福な明日を作れる。そんな神様みたいな偉い女だよ」

 

 思えば、アーレン卿はすべてを理解してたのかもしれない。

 すべてを理解して、そして滅びの道へ進み続けたのだろう。

 

「其の為なら、俺はたった一欠片の薪で構わねぇんだ」

 

 彼には夢があったから。

 彼には希望があったから。

 彼には未来があったから。

 

 彼は後に『冷鋼女伯』と呼ばれる女(フランカ・ウォルコット)を信じてたのだろう。

 だからこそ、彼は喜んで処刑台への道を歩んだんだろう。

 誰かの胸を灯す炎の糧になっていいと、そう言って死んでいったのだろう。

 

「こいつはすごいぞ、ローラ・スカーレット。あの女は……千年先の未来を見通せるんだ」

 

 その瞳を私は知っていた。その輝きを私は知っていた。それは嘗ての私にあったものだったから。

 爛々と輝く黄金の瞳に吸い寄せられるかのように、私はヘクター・アーレンという男に魅せられ始めていた。

 

 いつしか、兵士たちの作業の手は止まり、続々と艀の上に集合する。

 

「──良い風だ、この風は俺達に勝利を齎す追い風だ」

 

 艀はやがて山河を下り、帆には山頂から吹き下ろされる風が私達の背を押していた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ──圧倒的な勝利だった。

 アーレン卿の読み通り、敵の輸送部隊を叩き私達は敵の虎の子である大砲の輸送を阻止した。

 側面からの奇襲と正面から敵の指揮官を即時叩き潰したことで相手の士気は容易に瓦解した。

 敵の一部の兵士は大砲の破壊を行ってたもののそれでもすべてを破壊し切るには時間が足りなかった。

 大砲全八門。200頭ばかしの馬に捕虜39名。

 

「捕虜の首を切れ」

 

 アーレン卿は無慈悲に捕虜の処刑を決定した。

 

「アーレン卿、それは……」

「やつらを養える飯はない」

 

 私の諫言をアーレン卿は一蹴する。

 

「余裕がねぇんだ。飼料も限られてる以上、馬も潰す」

 

 冷静に、冷徹にアーレン卿は判断する。

 怒りの表情、或いは怯えや命乞いをするをするウルスの兵士たち。生き残った彼らは平等にその場で処断される。

 

「さて、問題はコイツだな」

 

 幌馬車の中にはあの大砲があった。

 

「重いな、鈍重で幌馬車でなきゃ動かせん。威力はあるだろう。ローデヴェイクの城門を削るほどだ投石機(カタパルト)に成り代わる新しい攻城兵器だ……」

 

 アーレン卿は顎に手を当て、ゆっくりと考え込む。

 

「アーレン卿」

「輸送の機動性は幌馬車で補う。飛ばすには力がいる……臭うのはこいつだな」

 

 アーレン卿は分析する。眼の前にある鹵獲された大砲を。

 おもむろに幌馬車を漁り、黒色の粉末状のナニカを見つけ、大砲に顔を近づけ鼻を利かせる。

 

「筒状……焦げの匂い。となると火か。……なるほど玉薬の類か……なるほど…なるほど……」

 

 その顔はゾッとするほど穏やかで口元には笑みが浮かぶ。しかし、爛々と光る黄金の瞳だけはまるで冷たく怜悧な印象を与える。

 

「……幌馬車、馬、玉薬に大砲。さて、俺達に出来ることは何だ……俺達の手には何がある……」

 

 ギョロリと開いた瞳孔で周囲を見渡すアーレン卿。私を見つめ、義兄上を見つめ、そしてその視線はパルメに向かう。

 

「──ゴームリー卿を呼んでくれ」

「へぇ…、良いね。パルメさんワクワクしてきたよ」

 

 パルメはアーレン卿の瞳に身震いさせながら、周囲の兵に指示を飛ばす。

 

「デュドネイ卿、艀をバラして幌馬車の側面に板材を打ち付けろ」

「は? ……なぜそんなことを」

「嗚呼、つまりだな──」

 

 アーレン卿の指示に義兄上は困惑し、そして話を聞くうちに、目を開き、冷や汗を出す。

 

「確かに……それならば効果的です……」

「やってくれるな。ウチの副将なんだ。今後のことを踏まえればお前さんにも指揮を任せたい」

 

 ヘクター・アーレンにはこの時点で勝利の方程式が見えていたのだろう。

 私は知っている。否、雑草の騎士団(彼に付き従ったわれわれ)しか知らないのだ。

 ヘクター・アーレンが戦争の天才であるということを。

 たった一つの大義のためなら感情と行動を切り離し、最善の用兵を魅せる。

 天才は居るのだ。それが誰にも認められないモノだとしても。本人が無価値と断言するものでも、戦争の天才(軍神)は居るのだ。

 

「連れてきたよ〜軍神(ヘクトール)

 

 クリストフ・パルメが連れてきたのは一人の中年の男だった。

 

「…ンダ……丈夫……さんが……大……」

 

 その男は異常だった。

 禿げ上がった頭髪、窪んだ瞳には光を移さず。頬が痩け、手入れもしてないのか無精髭が生えていた。

 元は上質な衣服だったのだろう。泥に汚れ、所々に血痕がつき汗のツンとした匂いが臭い臭いがする。

 ブツブツと口から小さな声が溢れ、小さな子ども用のくまの人形を抱える姿はどうみても頭の可怪しくなった狂人でしかない。

 

「アーレン卿……彼は一体?」

「ジェイムズ・ゴームリーと言えば後は判るだろ?」

 

 その名前に私は目を見開く。

 

「馬鹿な……死んだはずでは!?」

「生きてたさ、あぁ、死んだほうがマシだったろうが生き残っちまったんだ」

 

 アーレン卿は深くため息をついて、ゴームリー男爵の前に立つ。

 そして彼の眼の前で彼が抱きしめていたくまの人形をひったくり。

 

「──あ…あぁ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 

 喉奥から掠れた男の声が響く。

 ゴームリー男爵は奇声をあげ、アーレン卿に──アーレン卿のもつ人形に向かって飛びかかる。

 

 ジェイムズ・ゴームリー男爵は宮廷貴族。王国では名代官と呼ばれる地方行政の名臣と呼ばれた男である。

 理知的で温厚。博識でとんでもなく頭の切れる貴族だ。

 スカーレット辺境伯家で開かれた立食会(パーティー)にも何度か招かれて人となりは私も知っている。

 

 知っているからこそ、私は絶望した。ジェイムズ・ゴームリーはこんな男ではなかった。

 こんな風に奇声を上げるような男ではなかったのだ。

 

 ──パァン

 

 ゴームリー男爵の頬に張り手の音が響く。

 

「ジェイムズ・ゴームリー。ローデヴェイクから王都に至る大街道を避け、赤龍山を経由する道とリオ・ヴェルデの川に沿って王都へ向かう場合、一万の軍勢が移動するのに最適な街道はどちらだ?」

「あ゙、あ゙あ゙……」

「俺は知ってる。お前は誇りある貴族であることを。臣民の安寧と平和を守り、育み、幸福を第一とすることができる人間だと。今、臣民が苦しんでる。多くが苦しんでる、多くが悲嘆の中にいる、多くが命を、家財を誇りを奪われる。お前しかいないんだ、お前だけが、お前の知識が必要なんだ。多くの笑顔を守るために」

「臣民……苦しみ……」

「俺は、お前の愛国心に期待してる」

 

 囁くように、アーレン卿は無理やりゴームリー男爵と目を合わせて言葉を紡ぐ。

 その言葉にゴームリー男爵の瞳には徐々に理性の光を帯びる。

 

「──敵は?」

「ウルスだ。東方の軍事国家、蛮族だ」

「スカーレットは反ウルスの急先鋒。デュドネイ、ロー、ハドリーといった派閥もそれに続くだろう。彼らを抜けば王都まで一直線の大街道を使えば良い」

「それを避けるとしたら?」

「内通者というわけだな、であるなら融和派だな。スコット伯、ボーデン侯、シルヴェスター公爵あたりは臭うな」

 

 ゴームリー男爵は目線を地図に向ける。

 

「読めてきた、ローデヴェイクを抜けぬとなると別の街道から王都を包囲して士気を削るというわけだな。河川沿いは北部諸侯に通ずる。あそこはゴールドスタイン公爵一強だ。傲慢で自尊心のたかいゴールドスタイン公爵がウルスへの降伏を認めるとは思えん。赤龍山街道からレイ子爵家を抜けてシルヴェスターを通る。ここしか無い」

「……レイ子爵が融和派?」

 

 レイ子爵は融和派というわけではなかったはずだ。中央の権利争いに興味のない中立派で領地を第一とする田舎貴族。それが私の子爵家にたいする印象だった。

 

「あそこの子爵家はシルヴェスターの影響が大きい。シルヴェスターから圧力があれば必ずブレる。表面上融和派から距離をおいてるだけの政治的ポーズをしてるに過ぎん」

「さすがは辺境再生請負人」

 

 貴族にも愚か者はいる。領地経営に破綻し多額の借金を抱える貴族や飢饉を引き起こして仕舞うもの。不正が発覚し領地を改易される者。

 そういう領地には繋ぎとして代官が派遣される。主として王都の法衣貴族だが、多くがそのまま領地を在地化して新たな領主となることが多い。

 

 ジェイムズ・ゴームリーは唯一の例外と言える。代官として辺土に派遣された数は二十以上を超え、破綻した領内財政や産業を復活させていた実績をもつ。

 政治実務者として有能でなおかつ、野心に乏しく直言を憚らない。

 辺境統治で多大な実績をあげてるにも関わらず大臣に登らないのは政局を読まずに正論を唱えて煙たがられるから。

 だからこそ、我々領地貴族からすればジェイムズ・ゴームリーとは身の程をわきまえ、領民に優渥に接し、腐った領内政治を再生させる優秀な政治巧者として見られていたのだ。

 

 付いた二つ名は『辺境再生請負人』である。

 

「シルヴェスターは頭は傀儡でも家臣団は有能だ。汚物のようなクソ野郎どもだが、悪党が善政を行うことなど多々ある。どちらかといえば現実が見えてるのは彼奴らよ、俺もウルスと戦をするより軍門に入ったほうが……」

 

 不意に、ゴームリー男爵はあたりを見渡す。

 

「ここは、どこだ? わしはスカーレット辺境伯領に居たはずでは? そうだ、バスティウムでウルスが向かって、る…と……」

 

 ゴームリー男爵の身体が震える、目を見開き、呼吸が粗くなる。

 

「そうだ、俺は…村が襲われてると……騎士団と共に……、そして……あ、あ゙あ゙──」

「……時間切れ、か」

 

 冷静にアーレン卿はそう呟く。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙、リンダっ!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! 俺、はっ…あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 

 双眸からは涙が溢れ、掠れた喉から悲鳴が響く。頭を抱えてそれを強く強く地面に打ち付け、ゴームリー男爵は発狂する。

 

「ジェイムズ・ゴームリー。ほらお前の娘だ」

「あ゙あ゙……」

 

 娘という言葉にゴームリー男爵はゆっくりと頭を上げ暗く淀んだ瞳でくまの人形を見つめる。

 

「大丈夫だ、ここに居る。ちゃんといる、ほらちゃんと抱いてやれ。離すんじゃないぞ」

「あ゙あ゙……リンダ……あ゙あ゙っ゙」

 

 ゴームリー男爵はアーレン卿から人形を譲り受けると両腕で人形を離さないとばかりに握りしめ人形に顔を近づけに匂いを嗅ぐ。

 

「あ゙あ゙……リンダ……リンダ、リンダ……一緒、お父さん、一緒。守る、守る……離さない……」

 

 ゴームリー男爵はくまの人形を抱きしめると最初の状態に戻ったかのようにブツブツと呟く。

 その言葉はゴームリー男爵の一人娘にあてた言葉だった。

 

「アーレン卿……」

「立派な人だったんだ。俺、結構憧れてたんだぜ? 男爵のこと」

 

 アーレン卿は自嘲する。

 

「我が騎士団はバスティウム救援のために向かい、誰一人帰ってきませんでした。我軍の精鋭と叔父上と家宰を失いました。その一人にゴームリー男爵は従軍してました」

「……バスティウムの近郊の村でな、呆然と座り込んでいたんだ。酷い有り様だった」

 

 アーレン卿は目を伏せる。やりきれないとばかりに苦い表情でゴームリー男爵を見つめていた。

 

「村に娘さんが居たんだろうな……生き残ってる人は一人も居なかった」

「それは……」

 

 見てしまったのだろう。娘の骸を、戦争に巻き込まれて一方的に略奪された果ての骸を。

 

「ひどい男だろ? 壊れた男を更に酷使して何度もトラウマをぶつけてんだ。軽蔑するだろ?」

「……」

 

 人として憚ることだろうと、勝利のためならば肯定される。

 それが戦場で、それが戦争だった。

 騎士の戦いではないのだ。ウルスもアーレン卿も。

 

 雑草の騎士団(ナイト・オブ・ヴィード)というのも半分は皮肉だろう。真っ当な騎士団ではウルスには勝てない。

 誇りに泥を塗り、泥にまみれて、踏まれて華に届かなくて誰にも振り向かれなくても。ただ懸命に立ち、懸命に生きる。

 

「アーレン卿、貴方は……ろくな死に方をしません」

「知ってるさ。ローラ…俺はな、篝火になりてぇんだ」

 

 アーレン卿は鉄帽子(ケトルハット)を目深く被る。

 

「俺は、暗闇を照らす薪の一欠片でいいんだ。使われ、消費され、燃え尽きるその日まで、次に進むモノの導きの灯になれるなら。俺はそれで構わない」

「篝火……」

「俺には人殺しの才能があるらしい。最高にくそったれな才能だ。自覚もしたくなかった」

 

 私は理解しかけている。ヘクター・アーレンという男を。

 

「平時にはクソの役にもたたねぇ才能だ。ローラ・スカーレット。俺はな誰かを笑顔にしたかった。誰かを幸せにしたかった。人々の困難を手助けしてやりたかった。重荷を背負う人々の荷物を半分でいい、代わりに持ってやりたかった」

 

 ヘクター・アーレンは愚かな男だった。戦場の軍神はなんてことない平穏な世界を愛し、多くの人々の苦しみを少しでも和らげたい気持ちに溢れた好青年だったのだ。

 だが、神は彼に治世の才能を与えず、戦争の天稟を与えた。

 

「──俺よりも向いてるやつが居たんだ。ゴームリー男爵のような、デズモンド殿下のような、フランカ・ウォルコットのような。多くの幸福を生み出せる魔法使いが居るんだ。俺はさ、彼奴等の作る世界がきっと素晴らしいものになるってことを信じてんだ」

『──わたくしは貴方がたの幸せを願います』

 

 その姿が、姉と重なる。

 

「──俺は、彼奴等の一歩先を照らすことさえ出来ればいいんだ。それがあれば彼奴等は何処へだって行ける。俺の友達はすげーおもしれー奴らなんだぜ?」

 

 きっと彼は後悔する。でもそれはもっと上手くやれたかもしれないというだけの後悔だろう。

 きっと何度生まれ変わっても、ヘクター・アーレンは何度でも処刑台への道を進むだろう。

 だって彼は友のことを信じているから。罵声と骸の山の先に多くの笑顔が灯ることを理解してるから。

 

 自身を雑草と揶揄するこの男。たった一ヶ月しか居なかったそんな人生の一瞬の瞬きでしかない時間を過ごした男。

 これは、私の人生で一番濃密な一ヶ月で疾風の如く過ぎ去った『山賊将軍ヘクター・アーレン』の栄光と破滅の物語だと理解した。




ゴリラ「フランカに目を焼かれました」
フランカ「ゴリラに脳を破壊されました」
コルネリア「ゴリラとフランカで脳を回復させてもらいました」
ローラ「姉に脳を破壊されて、ゴリラで目を焼きました」
ゴームリー「ウルスに精神を破壊されました」
ウルス「聖女とゴリラに戦略を破壊されました」
パルメ「共和制に目を焼かれました」
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