…先生、ことハンドラー・ウォルターは
基本的に生徒を頼らない。
例外的に治安維持のための戦闘行動などに生徒を出張らせる事はあるが
しかしそれも契約した上報酬を約束している、アルバイトのような立ち位置だ。
現に、当番という機能も存在、活用してはいるが
形上当番の銘を持っているのみで
その実態はただその生徒の課題、部活動業務を片付けるだとか
あるだけで放置された、本人は一切使うことのないビーズクッションで昼寝をするだとか
果ては当番でありながら外へ行くことすら許している。
「休息を取れるのは、好ましい事だ。」とは彼本人の談だが。
とにかく、仕事という仕事を振らないようにしている素振り。
それどころか、困ったことがあれば知識を貸し
悩みがあればそれを聞き、解決の助言を吐く。
どう見ても、ハンドラー側への利点の方が少ない様相だった。
…それでいて給料も出るというのだから、なおさら。
そんなモノなので、比較的お節介焼きの気質がある少女ことユウカは
当番になる度、少々困っていた。
キヴォトス内でも、比較的真面目なミレニアム。
その中でも優秀なセミナー部員である彼女は繁忙時期を除いては、基本的に業務をため込まない。
然して、ほかの生徒の如くうたた寝やゲームにのめり込むほど不真面目にもなり切れない。
それなので、今回彼がユウカに頼んだ些細な雑務も
頼られた、というのも勿論。暇が潰せるというのも本音だった。
ヒール靴の子気味いい音が廊下を反射する。
暫く続いたそれは、ある部屋で停止する。
小さく文字が書かれたプレートには、「給湯室」。
とても上質とは言えないインスタントのコーヒー。
ユウカのお目当てはソレ。
彼がよく使うデザインもない無機質なマグカップに
軽く2.3杯、粉を落とす。
コトコト音を立てる電子ケトルの中で
湯が出来上がるまでは、2.3分。
手持ち無沙汰のユウカは、思考の海に飛び込むことにした。
本日の題は、『先生』こと『ハンドラー・ウォルター』。
最初に彼女が。
正しくは、彼女らが出会った際の彼。
その様子と言えば
正しく言葉どうりに心身此処に在らず。
すべてを出し切ったもぬけの抜け殻。
第一印象はソレだった。
杖を突き、後ろに纏められた髪色が、何か妙齢を感じさせた
というのもある。
だが
使命を終えた、やるべきことをやり切った。
もう何もない。
…今にも消えてしまえる。
そんな、嫌な不安定さが
彼の立ち姿から見て取れた。
連邦生徒会代理会長、こと七神リンに様々諭された言葉も上の空。
本格的に、生徒会長が直々に指名した『大人』であることを疑いだそうとした、
その時だった。
強い揺れ、そして銃声。
屋上階で、不良共が暴れ出した音。
「…先生には、一度ここで待機していただきましょう
対応は、こちらにいらっしゃる暇そう…いえ、頼もしそうな
生徒の方々にでもお任せいたしますか。」
呼び出された彼のことを、自らも疑い出していたのか
七神リンは、皮肉とため息たっぷりにそうつぶやいた。
「いや。」
だが、それを吐き捨て移動を開始する寸前で
言葉で遮った者が居た。
「…そうか。」
「争いか。」
「…一度生まれたものは、そう簡単には死なない。」
「…いや、死ねない、のか。」
さっきまで、風が吹けば折れる枯れ木のように突っ立っていた彼だった。
「…先生…?」
そう口に出したのは、誰だったか。
その言葉を、催促と捉えたのか
彼は言葉を続ける。
衝撃、それが体を射抜いた。
「諸君。」
さっきまで乾ききって、光の無かった目つき。
「各武装、チェンバーをチェック。後、初弾を装填。
エレベーターに乗り込み、上階に到着次第、全弾をフルオートで撃ち尽くせ。」
弱弱しく、曲がりつつあった腰。
「それを終えた後、各自で目に入った近くのカバーに入り込め
そこまで終えればまた追って作戦を伝える。」
「…理解できたか?」
それら全てが。
強く、鋭く、真っ直ぐな
敵を切殺す刃を思わせる強者の面に様変わりした。
今さっきまでの様相を見て感じていた不安も
気づけば一気に改められた。
「は、はい。」
「上出来だ。
無線でもあれば話は別だったが、あいにく今は口頭でしか指示を伝えられない。
故に、各戦員を仮称としてA.B.C.Dと。」
指さしで、右から並んでいた生徒にそう告げる。
「本名で呼べば、恐らく指示が相手にバレる。
対応を取られてしまっては指示の意味がないのでな。」
「了解です。」
「よし、ならば全員エレベーターへ移動しろ。」
「…なんとしてでも、無傷で還らせる。」
低く落ち着いた、その重厚さを感じさせる声は
まさに磨き上げられた歴戦の戦士そのもの。
現場は、弾丸1.2発では死どころか
怪我すら負わないキヴォトス人ばかりだというのに
異様な緊張と、油断を一切許さない雰囲気に包まれた。
…あの時の彼に、一体何があったというのか。
弱冠16才のユウカには計りかねるが
然しそれから現在まで
彼があの不安定な老人のような雰囲気を
再びその体に宿しているのは見ていない。
成熟した顔と、意図せず威圧的な低い声質が少し怖がられ
だがなんだかんだと言って生徒の身を一番に考える、良い先生。
今では共通認識としてそのようなご様子。
「…ま、大丈夫でしょう。あの様子なら。」
結局頼りになる先生であることには変わりないし
ここキヴォトスにいる先生というのは、どの道彼一人なのだから。
そう結論付け、思案を終えるユウカ。
テーブルの上に置かれた電子ケトルがカチッと音を鳴らし
100度を超えたことを知らせたのは丁度同時の事だった。
結局購入に踏み切れず、しかし書いてしまった。