「はい!! 吸って~吐いて~!!」
レッスントレーナーの快活な声が砂浜に響く。
正面に立つ青い髪の少女は神妙な顔で口を開いた。
「ラ・ラ・ラ~」
「いいよ~!! 発声は魔法少女の基本だからね!! はい、ナユタちゃんもどうぞ!!」
……。
「らららー……」
「うーん。悪くはない……悪くはないんだけど……もっとナユタちゃんは自分を出すべきだね!! こう……ズドーンのババババーンのズギャーン!! みたいな!!」
「それじゃわかんないよ……」
「てへへ」とトレーナー、もといヒカリが
あれから数時間、私達はなぜか砂浜で発声練習をしていた。
青の少女――ナギサが申し訳なさそうにこちらを見る。
「ごめんなさいナユタさん……私のせいであなたまで練習につき合わせてしまって……本当にごめんなさい!!」ブン!!
「いえ……別にいいです……。でも一歩下がらないと頭突きをモロにくらってたから気を付けてほしい……かも」
「はい!! ナユタちゃん!! 足が止まってるよ!! ワントゥ!! ワントゥ!! ワントゥ!! ワントゥ!!」
「ワントゥワントゥ……って何で踊ってるの!? ヒカリちゃんワントゥ言いたいだけだよね!?」
「てへへ」とヒカリトレーナー二度目の頬かき。
……まあ、たまのおふざけくらい許しちゃうんだけど。
ナギサの方はといえば、もつれそうな足をばたばたとさせていた。
この分だとレッスンはしばらく続きそうだ。
汗をぬぐえば、太陽(正確にはそう私の記憶にあるもの)が私達を照り付けている。
視線をそらせば私達がさっきまでいた灯台が目に入った。
そう、こうなった経緯は数時間前。
触手型のモンスターを倒して灯台へ向かった時から始まる――。
●
「ここは……灯台?」
私はその場所に踏み入れるなりつぶやいた。
先を行くヒカリの「何だかワクワクする~!!」なんて声が聞こえてくる。
横にいるナギサは静かに歩みを進めていた。
ナギサが申し訳なさそうに口を開く。
「そうです……灯台なんです……ごめんなさい……」
「そうなんだ……謝らなくていいけど……」
「あ、ごめんなさい……」
「あ、はい……」
「……」
「……」
会話が続かない。
カムバックヒカリ。
当のヒカリは見慣れない建物に興奮しているのか、
上の方にはナギサの普段使ってる部屋があるらしいから、そこまでいけば三人で会話できるんだろうけど……。
「……」「……」
沈黙に耐え切れなくなってきた。
正直、一人でいるよりも気まずい。
私のなけなしのコミュケーション回路をフル稼働させる。
接点。
そう、接点を見つけてそれを糸口にするのだ。
しかし、何を?
私とナギサ、二人の接点。
出会ったばかり、名前くらいしかしらない
……!!
「私とナギサ……。名前がナから始まる三文字でいっしょだね……?」
「え……? ご、ごめんなさい……?」
「あ……忘れてください……」
何で疑問形だったのだ。
我ながら、内容がなさすぎる一言。
余計に恥ずかしくなってきたし、言うんじゃなかった……。
がんがんがんがん……!!
「わあああ~!! 二人とも先に行っててゴメンね!! 私ってばまた周りが見えなくて~!!」
ものすごい勢いで階段を駆け下りてきたヒカリ。
同時に、隣から小さく息を吐く音が聴こえた。
……ほっとしたのは私だけじゃなかったらしい。
●
階段を上り、ドアを開ければベッドと小机くらいの質素な部屋。
他には窓が二方向にあるくらい。
あんまり決めつけるのも良くないけど、ナギサの人となりがわかるような気もする。
「わあ~!! 窓から海が見えるよナユタちゃん!! きれ~!!」
「本当だ……すごい輝いている」
ヒカリといっしょに窓を見ようかと思ったが、後ろに何というか……オーラを感じた。
振り返れば、ナギサが話を聞いてほしそうにモジモジしていた。
口に出してほしさは、なくもない。
「ごめんなさい……私の話なんか聞きたくないですよね……。お二人は世界を救う旅の途中、私はしがないただの魔法少女……ウワーン!!」
「そ、そんな手で顔をふさいで泣かなくても……。海、ちょっと見ていただけですし……」
「そう、海しか見えないんです……」
私達は小首をかしげた。
さっきモンスターも退治したし、海は平和そのものだ。
何かいけないのだろうか。
「サメが……見えないんです……」
「……いいことじゃないですか? 人を襲いますよね、サメ」
「ナユタちゃん!!」と横から思いっきり小突かれる。
私もうっかりしていた。
ヒカリから聞かされていたではないか、この町の伝説を。
「私は……魔法少女歌姫。この歌声でサメを
魔法少女歌姫。
もうそのネーミングに突っ込む必要はないだろう。
この世界では不思議なことができる人の頭に魔法少女の文字列が付く。
「でも最近はサメさんが全く姿を現さなくて……。きっと私の歌がダメダメだからサメさんが愛想を尽かしてどこかに行ってしまったんです」
「それって……けっこう問題なんじゃ?」
さっきナギサがぎりぎりまで逃げなかったのもそうなのだろう。
本当はサメが出てきてモンスターを撃退するはずだった。
だが、サメは現れなかった。
この街を守るはずのサメが。
「はい……今は他の魔法少女にサポートに入ってもらったりして大丈夫なんですが……。そもそもサメに街を守ってもらうのが変なんじゃないかって声も出てて……今日も必死に歌いましたけど、全然サメが出てきてくれなくて」
普通なら見た瞬間に死を覚悟するサメを呼び寄せるとは。
「でも!!」とヒカリが明るい声を出した。
たぶん雰囲気が暗くなりすぎないように気をつかったのだと思う。
「今日もこうやって頑張ってたんだよね!! きっといつかサメさんにも通じるよ!!」
「……。その……、私が街で何て言われてるか知ってますか?」
「え?」
『B級魔法少女』
「サメを使う魔法少女なんて変だって、きっとそんな風に思われているんです……」
「そんな……!! 今までこの町を守ってきたのはサメさんなんじゃないの!?」
二方向ある窓の片方からは、街が見えた。
確かにカフェでもサメの話をしている人はいなかった。
「でも……もういいかなって思ってるんです。たぶん、陸にいる別の魔法少女とかにお願いして街を守ってもらうことになります……。みなさん忙しいですし、いつも頼めるとは限らないのですが……」
「……ねえ、ナギサ」
青の少女の眉がわずかに動いた。
自分でも何で口をはさんだかわからない。
でも、何かを言わないといけないと感じたのだ。
「私達に……何か手伝わせてくれない……かな? 明日には出発しちゃうけど、それまでなら……」
「……!! い、いいんですか!? こんな私のために……!!」
ナギサの表情はほとんど変わっていない。
でも、喜んでいるのだということはわかった。
そして、それは横にいる魔法少女も同じことだった。
「私も言い出そうと思ったけどナユタちゃんが先に言ってくれた!! 今夜はお赤飯だね!!」
そんな大げさな……と思いつつ、私の顔は真っ赤になっていた。
……人から感謝されるのも悪くないかもしれない。
「でも、どうやって……?」
「うーん、わからないけど歌でサメさんを呼ぶんだよね? だったら発声練習をすると効果があるかも!! 私、得意だから教えてあげる!!」
「ヒカリさん……私のために……。ごめんなさいっ!!」
「ごめんなさいよりも、もっと良い言葉があるよ!! たとえば……」
「……!! そうですよね!! すいません!! 失礼いたしました!! お手数をおかけし申し訳ありません!! 深くお詫びを申し上げます!!」
「そうじゃなくて……」とヒカリが困惑する。
ナギサ、どれだけ謝罪のレパートリーがあるんだ。
「こういう時は、ありがとうって言ってもらえると嬉しいよ!!」
「……あ、ありがとうございます、ヒカリさん」
何やら良い感じに収まったようだ。
結局、私は何もしていない気がするけど一件落着……。
「あ、ナユタちゃんもいっしょに声出ししよっか!! 魔法少女としてやっぱり声は通った方が良いしね!!」
「え」
こうして私達の特訓はスタートした。
●
しばらく続いた特訓も休憩タイム。
ヒカリは元気が有り余ってるとかで砂浜を駆けて行った。
……途中で用意していた指揮棒もそのまま持っていったけど、まあ振り回したりしなければ大丈夫だろう。
後に残されたの私とナギサは砂浜にへたりこんでいた。
くっつくわけでも、離れるわけでもなく。
たまに聞こえる息遣い。
私もたまに大きめの息を吐いた。
たぶん、きっかけがほしかったのだと思う。
でも自分からしゃべる勇気はなくて、ぎこちないアクションで相手からの反応を待っていた。
でも、もしも。
ナギサも同じ気持ちなんだったら――。
「あ……ナギサ」
「あ……はい……なんでしょう」
「その……練習、大変だったね……」
「はい、大変でした……」
傍から見てればぎこちないだろう会話。
ヒカリがいればもっとスムーズに話ができたのだろう。
でも、私は続けたいと思った。
ナギサが自分を変えようとしたように、私も自分と向き合うべきだと思ったから。
内気である、自分の内面を。
「ヒカリちゃん、元気あるもんね……」
「ありますね……。ヒカリさんとはずっと旅してるんですか?」
「ずっと……っていっても10日間くらいかな? うん、その間はずっと」
「そうなんですか……なんか、いいですね……」
「……うん」
「ごめんなさい……ナユタさん」
「……どうしたの?」
自分と話すのがつまらなかったのだろうか……?
などと思ったが、そういうことではないらしい。
「ナユタさんが……私のこと、何とかしたいって言ってくれたから……それで」
「ナギサ、そういう時は……」
あ、と青の少女の瞳が
きっと思い出したのだろう。
「ありがとうございます……」
「うん、でも気にしなくていいよ……。私達、名前似てるし」
「……一文字だけ……ですよね?」
くすっと二人分の笑みがこぼれる。
ナギサのそれは穏やかで、どこか神秘的。
ちょうど目の前の海みたい。
やっぱり、今日はこれで良かったのかも。
こうやって私もナギサも一歩を踏み出すことが――。
――そんなに都合よく物事が進むわけないじゃない。
頭がずきりと痛んだ。
「ナユタさん……?」
波が強くなる。
遠くの海は黒く染まっていた。
あれは――。
「クラーケン……!! この辺りのモンスターの主が……!!」
「……!! ヒカリちゃんを探さなきゃ……!!」
穏やかな時間は、一瞬で壊れた。