まるで侵食されていくように、沖合はその黒さを増していた。
この海岸だけではない。
島全体が黒いモノに覆われているのだとわかった。
まさに孤立無援。
逃げ場のない袋小路へと水上都市は追いやられていた。
私は砂浜を走りながら横にいるナギサの方を向く。
今は少しでも情報を集めなければ。
ヒカリはそう遠くには行ってないはずだが、もしもモンスターに囲まれるようなことがあれば――。
「クラーケンって何なんですか……!? どんなモンスターなんです……!?」
「大昔にここを襲ったと……そう一部の人の記憶に刻み込まれている……それがクラーケン……」
記憶を失ったはずの世界で、ふと直感のような形でそれが甦る。
私にも覚えはあった。
一部の人という以上、それは複数人ということで、だから実際に脅威であった可能性が高い。
多くの人の記憶を越えて、存在に刻み込まれる程の。
「クラーケンは……大量の触手を持っていて……そのひとつひとつが普通のモンスターくらいの強さを持ってるの……!!」
ナギサは必死に走りながら一息に説明した。
……ナギサと出会うきっかけになった触手モンスターもヒカリが倒してくれたけど、正直私ひとりでは勝てたか怪しい。
もしもそんな存在が、この街に大量に現れればどうなるか。
街がパニックに陥る――なんてことでは済まない。
恐らくこの水上都市は滅んでしまう。
綺麗で、ご飯がおいしくて、活気があったこの街が――。
「ナユタさん……!! あれ……!!」
ナギサが指さした方を見れば、天に向かう光の帯。
出力を絞ってはいるがヒカリが放ったもので間違いない。
今、触手と交戦しているのだ。
走ってるんじゃ間に合わない!!
一刻も早く助けにいかないと――。
「……!! ナギサ!! 近くに貝殻がないか探して!!」
「え……こんな時に何を……?」
「いいから!! 早く!!」
ナギサが拾ってくれた貝殻を手に取る。
他でもないヒカリが教えてくれた方法を実行するために。
「変身!!」
私の体が水着に包まれる。
あっけにとられるナギサをおんぶしてそのまま海に飛び込んだ。
思った通り、まだ砂浜に近い浅瀬なら侵食は始まっていない。
安全に泳げるということだ。
私が手足をバタバタとさせれば、不釣り合いなスピードで前へと進む推進力が生まれる。
これが、
「待ってて……!! ヒカリ……!!」
水しぶきをあげながら速度を上げる。
背中からナギサの悲鳴が聞こえているが、
光の帯が上がった地点の近くで
そのまま砂浜へと上がり走り出す。
ヒカリの姿は、すぐに見えた。
でも、それだけじゃない。
大量の触手に囲まれている。
一体一体はヒカリの敵なんかじゃない。
しかし、多勢に無勢。
手にした剣の勢いはもう落ちていた。
必死に叫ぶ。
そうしたところでどうなるわけでもないのに。
「ヒカリ!!」
「ナユタちゃん……!! それにナギサちゃんも!! 来てくれたんだね!! 待っててこんなやつらすぐに……きゃっ!!」
その時だった。
触手の一本がヒカリの体に巻き付いて、そのまま体を持ち上げたのは。
「ヒカリ!!」「ヒカリさん!!」
触手はヒカリの細い体にグルグルと巻かれ、解ける気配がない。
そうなると自力での脱出は無理だ。
触手がそのまま海へ引き上げようとする。
まずい、このままだとヒカリが海に――。
「やめろおおおおぉぉぉぉ!!」
ナギサの制止を振り切って突進する。
だが、か弱い少女のタックルが意味を成すはずない。
逆に弾かれて、地面を転がっていく。
何か、武器さえあれば……。
頭はそれだけを考えていた。
そして、気づいた。
視線の先には、ヒカリが落としたもの。
これだ、と思った。
「うおおおおぉぉぉぉりゃああああぁぁぁぁ!!」
この世界では何でも魔法少女になるのなら。
棒でも紫の光を放つ武器となる。
私は触手に棒を突き刺していた。
触手がのたうつ。
放されたヒカリは自由落下。
私の体でクッションのように受け止める。
「ヒカリ!!」
「ケホッケホッ……。ありがとう、ナユタちゃん……。よーし、ここから反撃開始だよ!!」
ヒカリが剣を構える。
その光はいつもより心なしか揺らいでいる。
明らかに本調子でなくても、黄の少女は腹の底から叫んだ。
「魔法の回転斬りーーーー!!」
周囲の触手が上下に別れて吹っ飛んでいく。
黄色い嵐が私のすぐそばで吹き荒れている。
ヒカリがゆっくりと回転を止めるころには、周囲の触手は全て消え去っていた。
「どうだ!! これが魔法少女の……って、フラフラする~~~~」
千鳥足でもたれかかるヒカリを受け止める。
申し訳なさそうにナギサがこちらに寄ってきた。
「ご、ごめんなさい……私が本当は戦わないといけないのに、またヒカリさんとナユタさんに……」
――そうだよ。一体なんのためにいるんだ? いる価値のない無能ってはっきり言ってみれば?
私は頭をぶんぶん振った。
「いいよ……。こうして私達みんな無事だったし……」
「そうそう!! こうしてこの街にも平和が訪れましたとさ!! ちゃんちゃん!!」
「……。まだなんです」
え? と私とヒカリはナギサの視線を追った。
その先――海のど真ん中では黒い山がそびえているように見えた。
違った。
黒い山は、水面に出てるモンスターの顔の部分だ。
そこを中心として無数の触手が四方八方に発進していた。
さっき戦ったのは
モンスターの狙いはこの島全体を触手で取り囲むことだった。
……ヒカリが力をほとんど使い果たして、やっとさっきの一団を倒したのだ。
もしも大量の触手が乗り込んでくれば――。
「そんなこと……させないよ!! 魔法のエクス……っ……」
「ヒカリちゃん!! 無理しないで!!」
確かに巨大両手大剣であれば、距離の問題は解決してあの本体を直接攻撃できたかもしれない。
だが、ヒカリはもう限界だった。
ただでさえ一人で戦ってたのに、触手に巻き付かれて直接ダメージを負ったのだ。
そして、私はそもそも何もできない。
「……」
ナギサは何か考え込んでいた。
「おお、ナギサちゃん!! こんなところにいたのか!!」
突然の声に振り返れば、大勢の人がこちらへと来た。
騒ぎに気づいた街の人々に違いなかった。
ナギサの目に恐怖の色が宿る。
街の人々はナギサのことを『B級魔法少女』と称していたんだったか。
いまさらになって頼りにきたのなら、虫の良い話に思える。
集団から見覚えのある一人の男性が前に進む。
私達がお昼に利用したカフェのマスターだった。
こういう時に出てくるのは街の中心人物なのが普通だが、彼がそうなのだろうか。
「ナギサちゃんに言っておきたいことがある……」
カフェのマスターが口を開く、
ナギサがツバを飲み込む音が聴こえた。