「すまねええええ!! ナギサちゃんんんん!!」
「え……?」
地面に倒れ込む勢いで頭を下げるカフェのおじさんに、私達は困惑した。
当のナギサがおろおろと顔を上げるように頼んで、やっとカフェのおじさんはこちらを見た。
カフェのおじさんの顔には、涙が浮かんでいた。
「俺だったんだ……!! ナギサちゃんが落ち込むことになった原因は……!!」
「カフェのおじさん……順を追って話をしてください……!! わけがわかりません……!!」
私に促されてカフェのおじさんはまたもや「すまねええええ!!」と絶叫していた。
この街の人は謝らないと気が済まないのだろうか。
「カフェで客がナギサちゃんのことを話してて、ちょっとその……悪い様に言ってたんだ……俺はそれが我慢できなくて……」
「それで……?」
「言っちまったんだ……」
『いいじゃねえか!! ナギサちゃんはB級魔法少女なんだからな!!』
「って……」
「え……!?」
困惑する一同。
話が繋がらない。
カフェのおじさんはナギサを
なのにB級魔法少女なんてけなすような言葉を使った?
いや、もしかして――。
私とヒカリがカフェを利用した時も言っていたではないか。
『うちのはB級だよ』と。
あの時のカフェのおじさんの顔は優しく朗らかであった。
つまり――。
「カフェのおじさんは……『B級』を良い意味で使っていた……?」
「ああ……その通りだ……。俺の記憶の片隅に残っていた『B級』って言葉は……何というか、ものすごいメジャーじゃないけど実力派っつーか、本格派っつーか、とにかく俺達をワクワクさせてくれるもんだと思ってたんだ……。だが、他の人にとってはそうじゃなかった……」
ここは記憶を失った世界。
そしてそれは、何も自分の生い立ちだけではない。
頭の中にあった言葉の意味。
それすらも、人によって違うものだった。
いつかどこかの世界で使われていた『B級』という言葉の真の意味は、私達の知るところではない。
しかし、その言葉に深い愛着を持っていた人間もいたのだ。
そして、
他の者がその言葉にどんなイメージを持っているか気づかないまま。
……カフェは様々な人が集まる場所だ。
人伝いに情報を共有しているこの世界において、流行の最先端でありもっとも強い広告塔なのだ。
そのカフェのマスターが使った言葉はあっという間に町中に
結果、ナギサの耳にも届いて悪口だと勘違いすることになったのだ。
「そう……だったの……」
ナギサが申し訳なさそうに顔を下げた。
私とヒカリは顔を見合わせるばかりだ。
島が揺れた。
集まっていた町人たちがざわめき、避難してきた人もぞくぞくとここへ集まり出した。
誰かが叫んだ。
「桟橋が落ちた!!」と。
遠くでは建物が触手に巻き付かれていくのが見えた。
もしも灯台から町を見下ろせば、そこには大量の触手が街を徘徊しているのが見えたに違いない。
カフェのおじさんの
「おうううう……みんなすまねえ……!! 俺が余計なことを言ってナギサちゃんのやる気を削いだから……!! 守り神であるサメも現れず、町がこんな危険な目に……すまねええええぇぇぇぇ!!」
「……」
「ナギサ……もう一度歌ってみるのはどうかな……」
私の一言に、ナギサが、カフェのおじさんが、街の人たちが驚く。
ヒカリだけは、にっこりと笑って私の後に続くのだ。
誰よりもボロボロで、
「うん!! 私もそれがいいと思う!! この綺麗な街がこのままなくなっちゃうなんて……絶対にイヤだもん!! それに……いたたっ!!」
痛みを抑えるヒカリを静止して、残りは私が継いだ。
思ってることは同じのはずだったから。
「ナギサの歌声……すごく透き通って綺麗だったから……。きっと通じるよ……今度こそ!!」
「……ナユタさん。でも私ひとりで街の命運が決まっちゃうなんて……」
「ひとりじゃないぜ」
やや渋めの声色で会話に割り込んできたのは、やはりカフェのおじさんであった。
涙は出尽くしたのか、すっきりとした顔をしている。
「俺達だってナギサちゃんのことを応援するぜ!! 俺達全員でサメが出てくるように歌うんだ!!」
「うんうん!! こうやってみんなと協力するのが魔法少女!! 私とナユタちゃんだって協力するよ!!」
「みなさん……!! わかりました……!! 私、やってみます……!!」
決意の表情を固めるナギサ。
こころなしか眉がピンと張っている気がする。
「いよいよこっちまで触手がきた!!」誰かが上げたその声に緊張が高まる。
……多少応戦したところで、時間稼ぎにもならないだろう。
サメを呼び出して、海上のモンスター本体を撃破する。
これが私達の唯一の希望――。
カフェのおじさんの前に、ナギサを中心にして全員が整列する。
「あ!!」と声を上げたヒカリが何かをカフェのおじさんに手渡した。
指揮棒を手にしたカフェのおじさんは一礼をして、あらためて声をあげた。
「よし……じゃあ始めるぞ……!!」
私とヒカリも、ナギサの歌を聞いていたのでだいたいの感覚はわかっている。
でも、きっとこの歌は歌詞を覚えているかとかそんな話じゃない。
魂で唄う、祈りのようなものだ。
指揮棒に合わせて、歌は始まった。
――。
――――。
――――――――。
静かな空間に私達の声だけが響き渡る。
青の少女の澄んだ声は海。
私達全ての声に調和を与える。
まとまるはずのない不協和を、ひとつの作品として仕上げる基盤。
荒れ狂う驚異のど真ん中で、大きな祈りが、そこにあった。
魔法少女だけじゃない。
全員が一丸になって、モンスターに立ち向かっていた。
海に何も変化はない。
いや、まだだ。
ナギサは諦めずに唄っている。
……彼女は独りであっても、その声が届かなくても歌い続けていたのだ。
だから報われるはずだなんて不合理かもしれない。
それでも、報われてほしい。
そう思った。
サメは出てこない。
いまだ海は漆黒に染まっていて――。
「え……?」
海上に巨大な蒼い山が出現していた。
それだけはない。
蒼い山は高速で動いていた。
それに妙に尖がっている気がする。
でかい。
あまりにもでかい。
誰かが、喜びをそのまま声をあげた。
「サメだ!! サメが出たぞーーーー!!」
歌声は歓声に変わる。
ヒカリが抱き付いてきて、遠心力で一回転。
改めて海をみれば尾ひれだけでモンスター本体のサイズを超えていた。
そして気づく。
ナギサの歌声はサメに届いていなかったわけではない。
ずっとその声を力に変えて、サイズを増していっていたのだ。
文字通り、その巨大さをより大きなものへと。
同時に触手が砂浜へと大挙してきた。
まるで私達の一人一人を
狙いは、私達の中心にいる少女に違いなかった。
ナギサが触手に落ちれば、恐らくサメは消えてしまう。
「ナギサちゃんを守らなきゃ!!」ヒカリが叫んで、飛び出す。
そのまま黒い触手に巻き付かれて、砂浜へと落ちた。
「ヒカリさん……!!」
「ナギサ!! 危ない!!」
ナギサを突き飛ばせば間一髪。
触手は私の方に巻き付いた。
まだ触手は残っている。
ダメだもう手が――。
「うおおおおー!!」
カフェのおじさんが触手へと突っ込む。
両腕を広げ、その身を魔法少女を守る盾とした。
「やってくれーーーー!! ナギサちゃんーーーー!! 俺達に……新しい伝説を見せてくれーーーー!!」
「カフェのおじさん……!!」
もうナギサの身を守るものは何もない。
だが、触手に取り囲まれた少女はきりっと眉をあげるのだ。
「私は……もう後ろを向かない……。みんなが私のことを信じてくれたから!! だから……!!」
青の少女が、光を放つ。
「
そして、叫んだ。
「魔法の巨大ザメ!!」
巨大な
海から出たそれは、空を覆いつくすほどの巨大さ。
雄々しきサメの形をしたそれが、ひるがえり、水面に向かい口を開く。
そして、クラーケンのいた周囲一帯を飲み込んだ。
蒼い光のしぶきが上がる。
瞬きの後には、もとの蒼い海だけが残っていた。
私達に絡まっていた触手も完全に消え去っていた。
巨大ザメが伝説の通り――いや、新たな伝説として町を守ったのだ。
集まっていた人々が、
中心にいたナギサは町人に囲まれて、半ばもみくちゃにされている。
「新しい伝説の幕開けだ!!」「ナギサちゃんは俺達にとって特A級魔法少女!!」「サメとナギサちゃんの銅像を作ろう!!」「サメサイコー!!」
そんな声が聞こえてくる。
そして一人の男がナギサへと話しかけた。
「あらためてすまねえナギサちゃん!! 今回の件、全部俺が悪かったんだ……!! 街を守ってもらって本当にすまねえ!!」
「カフェのおじさん……気持ちはわかるんだけど……ひとつだけ……」
「ああ!! 何でも言ってくれ!!」
「そういう時は……ありがとう……って言ってもらえると……嬉しい……」
「……!! そうだな……!! 本当にありがとうよ!! ナギサちゃん!!」
少し照れくさそうに下を向く少女。
私とヒカリは向かいあって、思わず笑みをこぼしてしまった。
海は私達を祝福するように、キラキラと輝いていた。