魔法少女。
頭にうっすらと浮かんだその単語を、私はもう一度
それは想いを力に変える者。
それは日常を守るために戦う者。
それは戦うために
そして、それは架空の存在――のはずだった。
だが、確かに、私を助けようとしている少女は黄を基調とした姿に全身を包み、『魔法少女』という単語のイメージ通りの恰好をしている。
『魔法少女』は一般的に常人離れした戦闘能力を持っているとされる。
無論、それは作り話の中で……だが。
とはいえ、こうして現実に存在している以上、その実力は高いと見るのが妥当であろう。
はたしてどんな戦い振りを――。
狼が、爪を振った。
「わああああ!! 意外と鋭い!! つよ!! こわ!!」
魔法少女は後ろに回避したものの、涙目になりながら若干腰が引けていた。
さっきまでの威勢は……?
優勢と見たか、狼は魔法少女との距離を詰めていく。
一方で魔法少女はドレスをひらひらとさせながら、軽くバックステップを決める。
……どうやら飛んだりとかはできないらしい。
それどころか、よくみると魔法少女は武器を持っていなかった。
あれでは自分から進んで
いったいどういうつもりなのか。
少女の方を見やれば、なぜかこちらに向かってウィンクを――。
気付く。
狼が自分から離れ、魔法少女の方へと近づいていっていることに。
その狼の背中には、いまだ黄色い剣が突き刺さっていることに。
恐らくはこうだ。
あの剣は魔法少女にとって唯一の武器なのだ。
私を助けるために、後先を考えずに
そして、今、できる限りモンスターの注意を引きつけて私を逃がそうとしている。
「こっちだよ!! モンスター!!」
狼が突貫をする。
黄のドレスをはためかせながら、魔法少女は全力で逃げ出していた。
取り残される形になった私は、ただその場に呆然と立ち尽くした。
どうしよう?
あの少女は自分の身を
だったら、できる限り遠くに逃げることが、彼女の意図を
彼女とあの怪物を追ったところで、できることなんて何もない。
このまま逃げ出せば、彼女は恐らくどこかで生き永らえているだろう、という幻想を抱くこともできる。
でも、一番の理由はもっと違うところにあるはずだった。
私は、目の前で人が死ぬのが怖かった。
脳の理性的な部分は告げている。
あの魔法少女は、このままいけば危険な状態になる。
打開策があるなら、彼女は既にそれを実行していたはずだからだ。
未知は怖い。
それなら、彼女がどうなったかわからないのが怖いはずだ。
確かめるべきだ。
自分のせいで危険な目に陥った少女の
震える足に、半ば誤魔化すように言い聞かせる。
私は歩み出した。
先ほど、少女と狼が駆けだした方向に。
頭の中では、声が聞こえていた。
自分をこの場所に導いた不思議な声が、また聞こえたのだ。
――死ね。死ぬならお前が死ね。
同じ意見だとわかった。
●
崖から離れ、森との境界沿いを走る。
息が切れるころには、黒くて大きな図体が目印になっていた。
その背中には、いまだ黄色い剣が突き刺さっている。
私の不安は的中していた。
怪物の向こう側で、魔法少女は息を切らしていた。
華美だったドレスは、爪を避けきれなかったのか傷ましい直線が三本ほど入っていた。
胸のリボンも取れかかっている。
明らかに劣勢だった少女は、こちらに気づくと驚きの声を上げた。
「あれ!? 何で戻ってきちゃったの!? こいつ思ったよりも強いし、あなたは……きゃあ!?」
「……!!」
狼が鋭い爪をもう一度振る。
魔法少女のいた周辺が、黒い円弧に薙ぎ払われる。
明確に相手の命を奪うための行為。
魔法少女は、またもリズミカルなバックステップで上手く回避した――。
かと思われたが、違った。
「――っ!!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
少女は、もう限界だったのかもしれない。
避けきれずにドレスの一部が破かれ、肌が露出していた。
「もうやめてください!! かないっこありません!!」
私は叫んでいた。
何を考えてか、自分でもわからなかった。
でも、当の少女はといえば、ちょっと困ったように考えた後、答えるのだ。
「大丈夫……!! 魔法少女にこれくらいのピンチは付き物だから……!! だから……」
こちらを安心させるような笑顔で、続けた。
「あなただけでも、逃げて」
少女の露出した肌からは、赤色が見えていた。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
私の中で何かが弾けた。
思考が全部、しゃらくさかった。
少女、狼、剣。
少女、狼、剣――。
武器がないがゆえに、あの少女は
だったら――。
あのデカブツの背中に刺さっている剣。
それを引き抜いて、少女に渡せばいい。
正しい解はいつだってシンプルなものだ。
私は両の足でジャンプ。
狼の背中に飛びついた。
狼が、私を振り落とそうと乱暴に動き回る。
落とされまいと、毛に当たる部分にしっかりと腕に巻きつける。
もしも振り落とされれば、モンスターは私を標的とするだろう。
あの鋭い爪が、私の体を襲うのだ。
でも、そんなことよりも――。
今、自分のために血を流した少女が、そのまま命を落とすことの方がよっぽど怖かった。
狼が動きを反転させる一瞬、
黄色い剣を握ればその温もりが伝わってくるようだった。
剣は思ったよりも軽かった。
引き抜いたところで、手に巻き付けていた毛が
手に巻き付いた部分がトカゲの尻尾みたいに切り離されたのだ。
私の体が地面に激突する。
少女の悲鳴が聞こえた方へと、向き直り私は叫んだ。
「受け取ってええええぇぇぇぇ!!」
剣は吸い込まれるように魔法少女の手に。
黄の魔法少女が、黄色のキラキラした剣を掲げる。
そして、高らかに言うのだ。
「ありがとう……!! 今すぐに助けるから!!」
モンスターは私の体を覆うように立ちふさがる。
まるで、夜になったかのように視界が真っ暗になる。
光が差し込んだ。
それは黄色い光だった。
きっと、救いの光に違いなかった。
脅威であるはずの怪物より、私の目はそちらに奪われたのだ。
体を起こして確認してみれば、魔法少女がバカでかい両手大剣を――。
「え……?」
「はああああぁぁぁぁ!!」
魔法少女が黄色いオーラを増していく。
それに呼応するように剣は空を突き抜け、先端が見えなくなった。
何だか私の知っている魔法少女と違う気がしてきた。
もっと、こう、ファンシーでメルヘンな浄化技的なのを繰り出すんじゃないの?
でも、武器が剣だったしなあ……。
「変身!! 剣士フォーム!!」
少女の解れていたドレスが高速で弾け飛ぶ。
瞬きの後には胸当てにベルト。
そして両手には、もうどれくらいの大きさかもわからない両手大剣。
「くらえ……必殺!!」
黄の魔法少女が、叫んだ。
「魔法のエクスカリバアアアアァァァァ!!」
黄のクソデカ両手大剣が、モンスターに向かって振り下ろされる。
当然、その方向には、私も、いる。
「うわああああぁぁぁぁ!?」
黄色い爆風に飲みこまれて2~3回転。
収まってきて見上げれば、狼の形をしたモンスターは蒸発したかのように消えていた。
私は無事だ。
どうやらあの光は人間には効果がないらしい。
そういうところはちゃんと魔法少女をしていて助かった。
「大丈夫!?」
黄の少女が駆けよってくる。
その姿は既に戦士のものではなく、普通の洋服に戻っている。
とりあえず少女も無事なようなので、傷がどうなったかは後で確認しよう。
私は小さく頷くと、差し伸べられた手を取った。
少女はにっこりと笑顔。
黄色い髪を揺らしながら、黄の瞳でこちらを捉えながら聞くのだった。
「名前、まだだったよね。私はヒカリ!! あなたは?」
「……ナユタ」
「ナユタちゃんって言うんだ!! よろしくね!!」
口にして初めて、私は自分の名前を知るのだった。