「ヒカリ!!」
体がとっさに動いていた。
早く十字架から引き
いくら体を引っ張っても、ヒカリの体は十字架から離れない。
「この……!!」
黒い十字架に悪態を吐こうとして、息を呑んだ。
十字架に埋まっていた目がぎろりとこちらを向いた。
十字架は大量のコウモリの塊だった。
背後から声が聞こえる。
「私としたことが不覚を取りました。バンパイアは体の一部を拘束具に変え、私達の動きを封じにきたのです!! ちょうど今の私のように……!!」
振り向けばセイカも十字架はり付けになっていた。
とりあえず、状況を説明する程度には元気らしい。
「ごめんなさいセイカさん……!! ヒカリは変身を解除してるんです……!! 後で必ず助けますから……!!」
魔法少女は想いの力で戦うもの。
ヒカリの心はどんな状態でも決して折れない強さを持っている。
だが、今のヒカリは半ば気絶している。
それはつまり、大切なものに想いを馳せたりすることもできないということだ。
これでは魔法少女の力を発揮することは当然できない。
今のヒカリは一般人と変わらない状態。
状況は思ったよりも深刻なのかもしれなかった。
「クソ……!! 離れろ……!! ヒカリの体から離れてよお!!」
「ナユタさん!! 下がってください!!」
「え……!?」
風圧。
間一髪で後ろにかわす。
ばくばくと心臓が鳴っているのを抑え込むように前を見据える。
拘束しているだけにとどまるわけがなかった。
ヒカリとセイカ、二人を拘束してなおも敵は力を余らせていたのだ。
目の前に黒い人影――いや、怪人が浮かび上がる。
『マホウショウジョ……コロス!!』
羽と牙を生やしたモンスターが私の前へと現れた。
「……!!」
どうする?
相手はヒカリでも敵わず、セイカをあっさり捕らえたやつだ。
二人の拘束に力を割いてるとはいえ、私に勝てるのか……?
「逃げ……て……」
……!!
声は、ヒカリのものだった。
いつもの元気さからは想像できない、か弱い声。
「お願いナユタちゃん……子供たちを連れて……逃げて……」
「……」
「ほら……私は後で何とかするから……だからまずは……子供たちを……」
無理に作っているその笑顔で、私の決意は固まった。
置いてあった椅子に手を取り、抱え上げた。
「ナユタ……ちゃん……?」
「ごめん、ヒカリちゃん……いくらヒカリちゃんのお願いでも、それ、聞けない……。だって……!!」
私は、洋服のただの少女に言った。
「今のヒカリちゃんはただの女の子だから……!! だから、私が守る!! うおりゃああああぁぁぁぁ!!」
私は椅子を放り投げた。
紫色の光を帯びたそれが、バンパイアへを強襲する。
魔法の椅子ぶん投げ。
しかしその攻撃は不発に終わった。
「……!! また分裂した……!!」
コウモリが部屋を飛び回る。
すれ違うように私の体を切り裂いていく。
「あ、あうう……」
「ナユタちゃん!!」「ナユタさん!!」
二人分の悲鳴が聞こえた。
考えろ。
この状況をどうにかできるのは自分だけなんだ。
考えるんだ。
それくらいしかできないだろ!!
「……!!」
私は手にした蝋燭に力を込めた。
そうだ。
蝋燭の原理は私の魔法力を拡散して周囲に覆いつくすこと。
だったら最大まで力を込めれば――。
「魔法の蝋燭・フルパワァァァァー!!」
紫の光が爆発する。
思った通り、自己を中心とした全方位攻撃。
これならコウモリがどこに、何匹いようが関係ない。
私の全力をもって、倒れてくれるのを祈るだけだ。
だが、それはすぐに無意味だとわかった。
「そん……な……」
黒い影がゆらりと動く。
やつは私の攻撃を受ける直前、コウモリの一部を固めていた。
結果、私が倒したのは表面の一部だけ。
敵のいくらかは残ることとなったのだ。
ナゼジャマヲスル……。
オマエハワレワレノ……。
「え……? な、何か言ってる……?」
「ナユタさん!! モンスターはしゃべったりしません!! それはあなたの弱い心が産む幻です!! 魔法少女
セイカが叫んだ時には遅かった。
バンパイアは牙を立てこちらへ瞬時に移動し――。
「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
「ナユタちゃーーーーん!!」
首の左側。
そこに黒い牙を突き立てられていたのだろう。
なぜ推測か?
私の意識は朦朧とし、今にも失神しそうだったから。
全身全霊で敵を突き飛ばす。
そのままふらふらとヒカリが磔になっている十字架によたれかかった。
私の頭に滴が落ちた。
「お願いだから……もう逃げて……ナユタちゃん……」
「いやだ……それだけは……」
わかっている。
私がどんなに頑張ったって無駄だと。
でも、そういう問題じゃないんだ。
「私はヒカリを守るって決めたから!! そうしたいってずっと思ってたから……!! だから……!!」
「ナユタちゃん……」
「やはりナユ×ヒカですか……」
ねっとりとした声が聞こえた。
私とヒカリは、信じられないものを見ていた。
黒い十字架に磔になったまま、セイカは燃え上がっていた。
否、あふれ出る大量の光がそう見せていたのだ!!
「ふん!!」
セイカが拘束を引きちぎった。
そのまま真っ赤な光をまとった裏拳で衝撃を伝搬させ十字架を完全に破壊する。
それらを形づくっていたコウモリは、当然消えた。
「ナユタさん、ヒカリさん……あなた達のおかげです。魔法少女は想いの力で戦うもの……。あなた達こそは私が心に信じるものを体現してみせたのです。すなわち……」
赤い光が、燃え上がった。
「人と人との関係性です!!」
「人と人との……関係性……!?」
記憶を失っているはずなのに、眩しいくらいに心をひかれる言葉だと思った。
……ちょっと言いたいこともあるが、それは後でいいだろう。
ヒカリは「よくわからないけどすごい!!」と無邪気に応援している。
何となく、ほっとした。
「汝、聖火の前に悔い改めよ……!! 魔法少女セイカ!! 参ります!!」
この場で一番の脅威と判断したか、バンパイアがセイカの方を向く。
またも鋭い牙を立て――。
「ナユタさん!! 蝋燭をこちらに!!」
「……!!」
だが、それが良かった。
セイカはジャンプしていた。
それは攻防一体の動き。
バンパイアの攻撃を遥か上空にてかわし、一回転してキャッチ。
蝋燭を手に着地した。
「たとえ目に見えなくとも……人と人との結びつきはそこにある……!! 信じるものは救われるということです!!」
赤い炎が
セイカが炎に手を突っ込む。
天高く届くと錯覚するくらいその炎をは気高く燃え上がっていた。
「魔法の聖火!!」
上方からの激しい打ち付けは、バンパイアの脳天に直撃。
慌ててコウモリに分裂していく。
だが、もう遅い。
赤い炎は既に全てのコウモリに燃え広がっていた。
バンパイアの本体は既に崩れ落ち、赤い炎に焼かれていた。
「ナユタさん!!」
「え……? わわ!!」
なぜだかこちらに蝋燭が投げられる。
私は察した。
ヒカリを磔にしている十字架もバンパイアの一部だ。
「待ってて、ヒカリちゃん……!!」
紫色に変わった炎で十字架を焼く。
ヒカリの拘束が解けて、崩れ落ちるのを私は抱えて受け止めた。
見上げた時には、セイカが再び手にした蝋燭で着火していた。
魔法少女を磔にした憎き十字架は赤い炎に包まれる。
隠れていたちびっ子二人が歓声をあげた。
私の手の中でヒカリは力なく、けれど確かに微笑んでいた。
セイカはといえば、赤い髪を
「人の恋路を邪魔する奴は、炎に
●
夜も更けた教会の外で、私達は外に出ていた。
子供たちはあるものを掲げている。
カタコンべから外に向かう途中で見つけた「チョウチン」と呼ばれるものだ。
中に本物の炎を灯せばぼんやりと周囲が明るくなる。
この辺りでは見かけない珍しいもので、子供たちはこれがあるというウワサを頼りにカタコンベに突貫したらしい。
(もちろん、セイカに説教をされていた)
チョウチンの薄明りに教会が照らされる。
思えばこの建物の屋根も赤色だった。
「炎」であり「赤」は私達にとって大事な意味を持つ……のかもしれない。
「やっぱり火とか炎ってこう、すごいですもんねセイカさん!!」
ヒカリの屈託のない笑顔に、糸目で頷くセイカ。
……セイカがすごいのはもう炎とか関係なくない?
でも、私の頭にうっすらと浮かんできた記憶でも「火属性はどんな分け方でもだいたい入るメジャー属性」などと豆知識が浮かんできた。
魔法少女の力がどのような形を取っていても、あまり関係ないだろうが……。
それはそれとして、だ。
「もう無理はしないでね……ヒカリちゃん……」
「え? 無理だなんてそんな~。みんなを助けるのが魔法少女の仕事だよ!! だから……」
「それでヒカリちゃんがケガしたら……!! 私……!!」
「ナユタちゃん……?」
「ご飯が進みますね。そのまま続けてください」
セイカのニコニコ笑顔が強度を増す。
私のからの
「この世界で目覚めた人間は誰しもが記憶を持ってない……信じるものが無い世界では誰も生きていくことができない……しかし、それでも人々は助け合い、励まし合い、確かに存在していたのです。人と人との関係性というものが……!! ああ!! この世界にこれほど尊いものがあるのでしょうか!?」
「いいことを言ってるような、そうでもないような……」
ヒカリはきょとんとしているが、まだ知らなくてもいいことだろう。
それにしても、目の前の人間たちをそういう目で見るのは図太いというか……。
「セイカさん、あの姉妹ももしかしてそういう目で……?」
「何をおっしゃいます。彼女たちが大きくなるまでは保護者として全力を尽くすつもりです。ゆくゆくは姉妹で助け合い、大輪の花を咲かせてほしいと思いますが……」
「あ、はい……」
「何ですかその目は。しかし、信じるものが己の中にしかないのは、現実のことですよ。より物事を素朴にとらえるほど、この世界は不可思議になってくる……この世界を理解できるよう『解釈』するには、自身の信仰が必要となるのかもしれませんね」
――この世界のことなんて、どうでもいい。ヒカリと二人だけでいれればそれで。
己の中にある心。
私のは薄暗い、冷たい。
子供たちがチョウチンを片手に寄ってくる。
ヒカリが気を取り直してと言わんばかりに子供たちと遊んだ。
無垢な光が私には少しまぶしかった。
●
翌日、出発する段になって教会をでようかという時、私はセイカに呼び止められた。
ヒカリを待ってもらってセイカのもとにいけば、耳打ちをされた。
「あなたがどんな想いを抱えていようが、いつか自分を許すことができる日が来たらと願ってやみません」
シスターには最初から全部お見通しだったのかもしれない。
「あなたとヒカリさんの冒険が、幸せに満ちたものであらんことを」
小さな姉妹たちが「バイバイ!!」と
声に送り出されるように、私とヒカリは教会を後にした。