ヒカリと共に旅に出ていろんなところを巡ってきた。
刻一刻と目的地に近づいていることを笑顔で告げるヒカリに対して、私の心は晴れなかった。
きっと私は、終わりが来ることを恐れているのだ。
『柱』に行って何も起こらなかったとしても、きっとヒカリは怒ったりはしないだろう。
笑顔で「何か特別な条件がいるのかも!!」って言い出して、また二人で旅を続けるのだ。
心の中に、一握りの罪悪感と微かな嬉しさ。
――これでずっと、ヒカリといっしょに旅を続けられる。
その願いがどんなにバカげたものか、深く考えなくたってわかる。
……絶対にヒカリには知られるわけにはいかない、知られたくない。
今日も新しい街に着き、また同じような一日が始まる。
そのはずだった。
●
「過去の記憶を持っている魔法少女……!? そんな子がいるんですか!?」
私はメモを取る手を止めた。
町人から話を聞いて大声を上げるヒカリに驚いたわけではない。
曰く、街の外れの草原に楽器を奏でる風変わりな魔法少女がいるらしい。
何でもわけのわからないことを歌いあげてるのだとか。
かいつまんで言えば、以下のようなことを言っていたらしい。
『世界をモンスターが覆いつくした』
「すごいよナユタちゃん……!! このお話が本当なら私達の旅に関係してるかも!!」
「……」
「ウソの可能性もあるんじゃないかな……?」
「ナユタちゃん……?」
自分は当たり前のことを言ったはずだ。
確かに誰しもが記憶を失ったこの世界で、何かを覚えているのだとしたら重要なことだ。
私達はどこから来たのか、この世界はもともとどんな場所だったのか知る手掛かりになる。
でも、記憶なんてものは外から
その魔法少女が自分で言っているだけ……なんてことはあるはずだ。
町人に一礼をして私達は歩き出す。
どこへともなく。
少なくとも私はそう思っていた。
でもヒカリは違うようだった。
「でもでも、その魔法少女さんが知っていることがこの世界を救うカギになるかもしれないんだよ!! やっぱり話を聞かなくちゃ!!」
「……。うん、そうだね」
目的地を街の外れに再び歩き出す。
――世界のことなんてどうでもいい。
喉まで出かかったその言葉は、自分でも恐ろしく感じた。
●
「この辺りだって聞いたけど。おおーい、魔法少女さん、いませんかー!?」
街の外れは背の低い草と石がいくつか転がっているくらい。
ヒカリの声がよく通るのも気のせいではないだろう。
ここには何もない。
「帰ろう……ヒカリちゃん」
「え? 来たばっかりだよ? 今はたまたまどこかに行ってるのかもしれないし、もう少し……」
――何もない、この世界には。
「う……!!」
「ナユタちゃん!? どうしたのナユタちゃん!?」
地鳴りのような声に頭が揺さぶられる。
何もない、何もない、そうだ、この世界には何もない。
だったら――。
――壊れてしまって、何の問題がある?
音がした。
ヒカリが
私達は黒い人型のモンスターに囲まれていた。
どこから湧いてきたのか、周囲を覆いつくすくらいいる。
一体一体は私達と同じくらいの背丈だが、手にした棍棒には確かな殺意が感じられた。
全員が、一斉に突っ込んでくる。
物量にものをいわせた、シンプルで効果的な動き――。
「魔法の回転斬りーーーー!!」
ヒカリが回転斬りで応戦する。
しかし多勢に無勢。
斬っても斬ってもどこからか敵は湧いてきた。
無限ともいえるくらい、果てしなく。
ヒカリの息が切れてくる。
「ナユタちゃん……何とか抜け出して街の人に危険を伝えれないかな……!? 私が時間を稼ぐから!!」
「え……? それじゃあヒカリちゃんが……!!」
そんな手段あったとしても使いたくない。
私にとって大切なのは、世界よりヒカリだ。
だから、このままいっしょに――。
――その
頭が、痛い。
私はそのままうずくまった。
ヒカリが私を心配してか叫び声をあげていた。
その間も当然、敵は突っ込んでくる。
一体が振りきった棍棒がヒカリを打ちつけた。
ヒカリが叫び声と共に完全に態勢を崩す。
そこからは早かった。
殺到する獣人たちが、魔法少女を打ちつけていく。
一発一発は決して今までモンスターに比べれば重たくはない。
しかし絶え間ない攻撃は、決して反撃の隙を与えてくれない。
(そ……んな……)
こんなにもあっさりと終わってしまうのか。
私達の旅も、その命も。
自分の痛みには興味がなかった。
思えばこの世界で目覚めて、モンスターに追いかけ回された時からだ。
ちっぽけで取るに足りない私が、どこで消えようが世界にとってどうでもいいだろう。
でも――。
獣人の足の隙間からヒカリの姿が見えた。
黒い棍棒に
ヒカリは、ヒカリだけは――。
どうか助けてください、神様。
私は手をかざした。
その行為に意味がないと知りながら。
「やれやれ……魔法少女がゴブリンに負けるなんて世も末だねえ……」
琵琶の音が聞こえた。
既に戦えない私達にトドメを刺すより、優先することができたということだ。
視線の先、やや大きめの石の上には橙の着物を着た女性が座っていた。
私達と同じくらいの少女だったが、纏っている雰囲気が独特だった。
髪の片側が短く、反対側が長い。
そして手にした橙色の琵琶をべんべんと打ちつけていた。
「ぎおんしょーじゃの鐘の声……諸行無常の……あー……響きあり……。しゃら……さら? とにかく花の色。じょーしゃひっすいのナンチャラを表す……うん、言えた」
……。
言えてねーよ。
ゴブリンが少女の腰かけた大きめの石に大挙する。
そこだけ切り取るとライブコンサートのように見えなくもない。
だが少女が一歩でも踏み外せば、地獄へと真っ逆さまだ。
そんな状況なのに、橙の少女だけはどこからか取り出した飲み物をごくごく飲み、げっぷを出した。
「あー、人助けとかガラじゃないんですけどぉ……情けは人のタメならずぅ……正確な意味は忘れましたぁ……えー、あー、とにかく助けまーす」
ヒカリが「気を付けて!!」と声をあげた。
ゴブリンは既に大きめの石によじ登ろうとしている。
「はいはい、お触り禁止ね。それでは一曲……」
橙の少女が琵琶を激しく打ちつける。
琵琶ってそう鳴らすものだっけ?
そんな疑問を一蹴するほど心地よい
そしてモンスターにも変化が訪れる。
音とともに流れてきた橙色の波動がその表面を削っていたのだ。
どこまでも遠くまで鳴り響く音色が無差別全方位に
この空間を支配しているのはもはやモンスターではない。
橙の少女だった。
「魔法の琵琶!! じょーしゃひっすいのナントカじゃボケどもーーーー!!」
曲が終わるころには獣人は完全に消え去っていた。
私は力を振り絞るとすぐさまヒカリへと駆け寄った。
「大丈夫……!? ヒカリ……!!」
「うん……!! それよりナユタちゃんは? 痛いとこない?」
「私は……別に……。こんなことになったのは私のせいで……」
「……? よくわかんないけなど悪いのはモンスターだよ!! それにあの橙色の魔法少女さんにお礼を言わなくちゃ!!」
ヒカリが大きな石の上に視線を向ければそこにはもう人影はなかった。
「あれ……?」
橙の少女は背を向けて既にふらふらと歩いていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
しょうがなく私も着いて行く。
そういえばもともとこの辺りにいる魔法少女に話を聞くつもりだった。
……だとしたらこの少女がそうなのだろうか。
確か、町人の話ではモンスターについて歌っていたらしいが……。
ヒカリが橙の少女に追いついた。
「あの!! さっきは助けていただきありがとうございました!! 私はヒカリって言います!! こっちはナユタちゃん!!」
「……ヒック。話すことなんてなんて何も……ヒック……。私は歌いたいだけだよ……この世の無常ってやつをさーーーー!!」
「……? よくわからないですけど、さっきの曲、とっても良かったです!!」
「……」
「あれ、どうしました?」
「うわああああーーーーん!! 曲を褒められたーーーー!! 好き!! もう好き!! 一生囲い込む!!」
橙の少女がヒカリに抱き付こうとするから、私は間に入って阻止をした。
この人、変だ。
情緒が不安定すぎる。
「ん、なになに? そっちの子も私のファン? 私、褒められて伸びるタイプだからどんどん褒めてー!!」
「酔っ払いみたいなテンション……!! だいたいこっちが名乗ったからそっちも名乗るべきだと思います……!!」
「ん、私の名前? ワオン、
「タソガレワオン……?」
名前が七文字なのはこの世界では珍しい。
だいたいは三文字か四文字だ。
けれど私の頭にあったのは違和感とは別の感覚。
まるであるべきものが、そこにすっぽりと収まるような――。
「そう、私はこの世界の真実を知るもの……魔法少女琵琶法師……黄昏和音とは私のこと!!」
琵琶の音が空気を切り裂くように鳴り響いた。