暗がりの一室に音が響く。
無造作にかき鳴らされていたそれらが、互いに歩み寄るようにハーモニーを奏でる。
橙の少女が弁を弾いた。
彼女の音はこの大樹の幹。
全体を支える中心であり、魂だ。
黄の少女も負けじと弦を打ち鳴らす。
不釣り合いに大きい子供用ギターが、身の丈に合わない音を出す。
彼女の音はこの大樹の枝。
どこまでも鳴り響く未来への音。
私……じゃなくて紫の少女も、弦を弾く。
よくわからないので、適当にそれっぽい動きをする。
この音は大樹の……葉っぱとかでいいかな。
軽くてひらひら飛びます。
「……って全員弦楽器だけど、いいの、これ?」
「ナユタちゃん!! 魔法少女の音楽は魂で奏でるもの……みんなが自分の好きな楽器を使うのが、一番いいんだよ!!」
そう言って胸を叩くヒカリは黒ジャンパーに短めのスカート、白黒でしましまの長いソックス。
魔法少女、
子供用ギターを変身アイテムとして変化した姿だ。
「まあ~いいんじゃね? 弦楽うん重奏とかって言うような気がするし……」
ワオンがコーラを片手に気だるげな声を出す。
ここまでやる気がないと清々しいまである。
……楽器のチョイスもツッコミところだと思うけど、もういいかと思えてきた。
私達がいるのは街にある音楽ルーム的な場所。
楽器と共にヒカリとワオンが折半したドングリで借り、こうして今に至る。
どうしてこんなことになってしまったのか?
困惑を反映してか私の手は何もわからぬまま、じゃかじゃかと手持無沙汰に行ったり来たりしていたのであった。
「ほら、ナユタちゃん!! 適当にジャカジャカやらない!! お客さんにはすぐわかっちゃうよ!! そういうのは!!」
「そんなこと言われても……。だいたい私、音楽の知識まったくないよ……」
もちろんこの世界で目覚めてからもだし、残っている記憶もない。
陰気な妖精だって、当然なしのつぶてである。
「いい、ナユタちゃん? 魔法少女と音楽は切っても切れない関係にあるんだよ!! 勝利の後は踊ったり歌ったり……!!」
「そうかな……?」
私の頭に浮かんだのはボスを倒した後にBGMとともにダンスを披露するイメージだが、ヒカリの意図とは違いそうだ。
ともかく、私達は音楽を真面目にやることになったのだ。
「さ、練習やるぞ~」
気の抜けたワオンの声が部屋に響く。
……やる気があるのかないのか、一体どっちなんだろう。
●
「ちょっと休憩にしよっか!! ナユタちゃんもだいぶ仕上がって来たし!!」
「……ごっちゃんです」
数時間くらいは練習しただろうか。
ヒカリの言ったことは決してお世辞ではなさそうだ。
魔法少女の奏でる音楽は、おそらく魔法力によるものだ。
その想いを反映して感情の抑揚が表現されている。
耳よりも心で聞く音楽。
水上都市にいたナギサの歌声も、同じ原理だったのだろう。
「ヒカリちゃんの言ってること……わかってきたかも」
「えへへ。そうかあ、ナユタちゃんがまた一歩魔法少女マスターへと近づいちゃったか~」
後ろでべんべん琵琶の音が聞こえる。
『あまりノロケるな』
メッセージを的確に受け取ることができ、苦笑いを浮かべるしかない。
「頑張ってるナユタちゃんとワオンちゃんのために飲み物買ってくるね!!」
「あ、それなら私も……」
「だーめ。ナユタちゃんは体力ないんだから休んでて!!」
ここまで言われて付いて行く強引さは私にはない。
「気を付けて……」とかすれた声で言うのがやっと。
それでもヒカリは振り返って手を振ると「いってきまーす!!」と大きな声で答えるのだった。
「良い子じゃあないか」
「ひょわ!?」
耳にふっと息が吹きつけられた。
橙の少女――ワオンはいつの間に私の隣に陣取っている。
……正直、少女というにはあまりにも落ち着いた所作だが。
私も、人のことは言えないのかもしれなかった。
「いやあ、人のためにあそこまでするなんて、今時珍しいよ。現代に残る大和撫子……はちょっと違うか。はは」べーん!!
「いきなり琵琶を鳴らすの、止めてください……。あとヒカリが真面目にやってるんですからもっと真面目に……」
「あんたは?」
「え?」
答えに
私は真面目にやっていた。
はずだった。
「音楽なんてどんな曲が売れるか、最初から決まってるようなもんさ。大手の宣伝の前には吹けば飛ぶ儚いもの……てね」
「……ずいぶんと冷めたこと言うんですね」
「私の記憶がささやくのさ。夢を見るのは子供の特権、現実を見るのが大人の仕事……ってね!!」べーん!!
「……」
頭に絡みつくようにその言葉が
だとしたら、この世界で目覚めてから、私が見ていたものは――。
「ワオン……さん」
「ん、なんだい?」
「どこまで……覚えてるんですか?」
人は不思議だ。
怖いものから自分を遠ざけるべしと理性は判断しているはずなのに。
本能は望んでいる、体験したことのない恐怖を。
身に余るほどの未知を。
「んー、いや、正直全然。大した内容じゃない。吹けば飛ぶ……ひとえに風の前のホニャララさ。あんたは? 明らかにあんた、いろいろ覚えてるだろ?」
「私は……」
じんじんと、頭が脈打つ。
覚えていない。
何も覚えていない。
そうずっと信じていた。
――現実から目をそらしてね。
じゃあ頭に鳴り響く声は何だ?
私にだけに聞こえるこの声は――。
「ま、ヒカリ……あの女の子のことは大事にしてあげなよ。言うて私は不釣り合いな条件で仕事の世話までしてもらってるけど、はは」
「言われなくても……!!」
ウワサをすれば何とやら。
どうやらヒカリが帰ってきたようでドタドタと足音が――。
「あ、ヒカリちゃ」「大変だよ二人とも!! 街が危ないんだよ!! すぐに戦いに出なきゃ!!」
血相を変えたヒカリを慌ててなだめる。
まずはどういうことか把握しなければ。
「街の人が話してたの……!! もうすぐこの街は、ゴブリンの大軍に襲われるって!!」
「ゴブリンの……大軍!? それって昼にもいた……!?」
「もっと……もっといっぱいだって!! こう……ものすごくいっぱい!!」
ゴブリンの恐ろしさは身に染みている。
単純な物量で押し寄せてくるその姿は、もはや雪崩や津波といった自然現象を想像させる。
私とヒカリもワオンに助けられなければ危ないところだったのだ。
昼間の時よりも多く、となれば街そのものが危なくなるのも頷ける。
「もともとこの街はゴブリンに襲われることが多かったけど……遠くの方から押し寄せてくるのがわかったらしくって、それで……!!」
「うん……もう大丈夫……だいたいわかった」
そんな日に運悪くこの街を訪れたのが私達というわけだ。
来るのはあと一日遅ければ、私達は廃墟を訪れることになったのかもしれない。
もしくはゴブリンの大軍と鉢合わせて逃げ惑っていたかだ。
「猛きものも何とやら……だねえ」
ワオンが諦めたように琵琶を奏でていた。
既に何をしても遅い。
だったら各自、好きなことをすればいい、そんな調子が音から伝わってくる。
「……ヒカリ、戦いに出向くのより良い方法がある」
ヒカリが意外そうな声をあげる。
私達は一度助けられてるではないか、その音色に。
「ワオン、あなたの音楽ならどんなに大軍でも一度に攻撃できる……違う?」
「そっか!! ワオンちゃんは範囲攻撃が得意だからここから攻撃できるんだ!! さすがナユタちゃん!!」
何が不服なのか、ワオンが面白くなさそうな顔をする。
他に選択肢はないはずだけど……。
「そんな無理に生き延びなきゃいけないのかね? 人間」
「え?」
「だってそうだろ? 別に人間が滅んだって別の生き物はいるだろ? そもそも今から1億年だか、100億年後には滅んでるんだろ? 今、ここで私達が死んだって何も変わらなくないか? なんてね」
ワオンはべんべんと琵琶を弾いている。
この無常観がワオンの根っこであり、本音なのだろう。
私にも、わからなくはない。
だが――。
ヒカリが何かを言おうとするより早く、行動していた。
私は正座の後、床にこすりつけるように頭を垂れる。
俗に言う土下座である。
「ワオン……お願い……力を貸して……」
この時の私が何を考えていたのか?
ヒカリと旅を続けたい一心だったのか?
街の人を純粋に助けたいと思ったのか?
ただ、そうしなければと思った。
たとえいつか終わりがくるものだとしても。
何かができるのなら、やってみたい。
きっとそれは隣にいる少女から教えてもらったことで――。
「私からもお願いします!!」と大きな声がする。
ワオンが弦の代わりに頬をぽりぽりとかく。
参ったといわんばかりにため息を吐いた。
「やれやれ……私と似た者同士かと思ったら、そんなことはなかったね……。ま、じゃあやりましょうか、タソガレワオン……一世一代のライブってやつを……」
「それじゃあ……!!」
「おっと今すぐじゃないよ」
ワオンが私達を制止する。
曰く、自分一人で魔法力を行使したところで、大軍を倒しきれるかはわからないそうだ。
一人でなら、だが――。
「さあて、面白くなってきたじゃないか……」
橙の瞳は、踊るように揺らめいていた。