ゴブリンが来るまで数時間を切っていた。
ヒカリが街の人たちに呼びかければ、人が集まっていった。
絶望に沈んでいた人々の顔が、少しずつ上向いてく。
ワオンは相変わらず気だるそうに琵琶を弾いていたが、それも中断される。
街の魔法少女達がワオンをくるっと囲い込んでいたからだ。
ただならぬ事態に緊張が走るが、彼女たちのうちの一人が一歩進むと、ぺこっと頭を下げた。
「ワオンさん、街を守るためにあなたの力が必要なんです。力を貸してくれませんか?」と。
ワオンはいかにもしょうがなさそうに「小さい子に頼まれちゃね~」と言っていた。
(周囲では同い年くらいでしょと笑い声とともにツッコミが飛び交っていた)
琵琶をべんべんと弾いていたのは照れ隠し……なのかもしれない。
私はと言えば、街の人たちといっしょに即席のステージ作り。
街の外れでワオンが座っていた大きな石。
あれこそがヒントだった。
魔法少女の力は想いの力。
当然、気分が高揚すればするほど魔法力は上がるのだ。
この街中の魔法少女が、全員乗れるようなステージを作りあげることにした。
私が簡単な設計図を引くと、街の人たちがそれをもとに切り出した石を並べ、敷き詰めていった。
……あまりに飾り気がなく遺跡の祭壇にも見えて「我ながらどうなんだ」と思ってしまった。
しかしそれも
ヒカリが柱から柱に横断幕を垂らす。
リボンやハートマークでただの石造りがカラフルな色彩を帯びていく。
橙色の夕光りに映えたその姿は、魔法少女の『変身』に似ていたかもしれない。
改めて一同が集まり作戦、もといライブの段取りを確認していく。
その間も二足歩行の怪物どもは、歩みを止めることはない。
決戦の時は迫っていた――。
●
「10万……いや、20万はいるかな……? ワオン、いけそう……?」
「ふあああ……え? 何だっけ?」
「ゴブリンの数……あなたの力で倒せそうかって聞いてます……」
私はアクビをするワオンに双眼鏡を押し付けた。
のぞけば魔法力に呼応して街を中心とした土地一帯を
私とワオンの二人は、監視用の塔、そのてっぺんで最後の確認をしている。
率直に言えばこの作戦が成功しそうか、だ。
さっき確認した限りでは、状況はだいぶ
この街を取り囲むように、びっしりとゴブリンの大軍が押し寄せてきてるのだ。
包囲網を狭めるような進軍に、一切の隙はない。
機械的なまでに統率が取れた動き――。
「ボスとかはいないのかな……? いればヒカリの浄化技で一点狙いの策もあったんだけど……」
「数にモノを言わせてくるからねえ。特定のボスは少なくともあの集団にはいない。それがやつらの取った戦術ってわけさ」
大型化も目指さず、鋭い爪や牙も持たず。
ひたすらに同種の個体を増やす『数』に特化した存在。
それがゴブリン型のモンスター。
持てる力の全てを『数』に回したそれは、むしろ集団が一つの個体を形作っているようにさえ見せる。
ある意味、今までで一番厄介な敵だ。
「どこかを一点突破するのもやっぱり無理……。ワオン、それでどうなの?」
「んー、私の力じゃ無理だねえ」
あまりにもあっさりとした白旗。
がくっと肩の力が抜けるのを感じる。
「こんな時にふざけてる場合じゃあ……」
「いや、真面目に答えてるからこそだよ。私の特性は広範囲に減衰しない伝搬……奴らを倒すにはうってつけだけど、数が数だからね~。ま、でも言っただろ?」
はてと考える。
私の力じゃ無理。
それはつまり――。
「みんなの力を合わせればいけるってこと……?」
「ま、やってみないとわからないけどね。私はあんまり熱血するキャラじゃないから音頭はヒカリとかに取ってもらうとするかね」
「……」
「なんだい、意外そうな顔をして?」
「ワオン、どうして急に乗り気になったの?」
「ん? そんなことかい? ただの気まぐれだよ。この世界なんて正直消えても大事じゃないだろ……なーんて思ってたけど、そうじゃないと思う子もいるってことさね。私は面白ければ何でもいいのさ。生き残る方が面白そうなら、そうするってだけさ」
「照れ隠し……? 子供に頼み事されて嬉しかったんでしょ……」
「は? あんたにだけは言われたくないよ」
「……え? 何を言ってるのか……ぜんぜんわからん……」
ヒカリたちには大丈夫そうだった、とだけ伝えておこう。
二人で小突き合いながら塔を降りていく。
やっぱり私達は似た者同士なのかもしれなかった。
●
「闇夜に溶け込むように、軍勢が押し寄せてきた」
その知らせを受けて、ステージの上に緊張が走る。
既に私達、ライブを担当する魔法少女はステージの上にいる。
準備こそ既に整っているが、ライブはまだ上映前だ。
ライブは一度限り。
ぎりぎりまでゴブリンの大軍を引きつけなければ
数を残したが最後、またやつらは際限なく増えていく。
深呼吸をしても、胸の鼓動は抑えれなかった。
「緊張してる、ナユタちゃん?」
「あ、ヒカリちゃん……」
ヒカリは既にバンドスタイルの恰好だ。
その表情はいつもと変わらず、朗らかな笑顔を見せている。
「ヒカリちゃんは……怖くないの?」
「うん、もちろん怖いかも。ちょっと前にボロボロにされちゃったしね」
胸に何とも言えない薄暗さが広がる。
そうだ、私達がゴブリンに袋叩きにされたのだって今日の出来事である。
ヒカリにとってもトラウマになっておかしくない出来事なのに――。
いや、今回だけじゃない。
ヒカリはいつも、モンスターと戦う度に命の危険にさらされていた。
「どうして……? どうしてヒカリちゃんは戦えるの……?」
こんな時に聞くべきではなかったかもしれない。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「うん、前も言ったけど私はみんなを守りたいだけだから。それに……」
「ナユタちゃんと旅を続けたいから……じゃダメかな?」
「……!!」
この街に来てから思っていたこと。
私もずっとヒカリとの旅が続けばと思っていた。
でも、それは決して前向きな気持ちじゃなくて。
「私は……卑怯な子だから……」
「……ナユタちゃん?」
「ずっと一緒に旅を続けたいけど、それは、いつか終わるのが怖くて……!!」
「……。大丈夫だよ。私達が世界の柱に着いて、この世界の平和を守ったとしても――」
「それぐらいでいいかい?」
ワオンが鼻くそをほじっていた。
後ろにいる街の魔法少女のみなさんも口笛をぴゅーぴゅー吹いている。
私とヒカリは少しバツが悪そうに向きなおす。
……頬がすこし熱いのは、私だけだったのかもしれない。
ワオンがマイクを手に取った。
「あー、じゃあそろそろ……やります、はい、やります」
辺りから苦笑が漏れる。
今から数分でこの街の命運は決まるのに、気楽なものだ。
だからこそ、魔法少女はどんな困難でも跳ねのけるのかもしれない。
私とヒカリも顔を見合わせる。
大丈夫、音楽は全くの素人だけど――。
魔法少女の音楽は、想いの力で奏でるものだ。
「それじゃあ始めるよ……!! 魔法のステージ!!」
ワオンが琵琶を打ち鳴らす。
高い建物から、照明係の魔法少女がスポットとなる光を照射する。
街の魔法少女達がシンバルを、カスタネット、トライアングルを鳴らしていく。
街の取りまとめ役の魔法少女もマラカスをしゃかしゃか振っていた。
その顔は真剣そのものだ。
各自が好きな楽器で。
寄せ集めのそれらは、しかし一つの目標に向かって一体となっていく。
街を守りたいという想いで。
私とヒカリも楽器を弾き鳴らす。
人の心は見えなくたって、今この時だけは同じ想いだと信じて。
音符のようなものがステージから広がっていった。
橙を中心にカラフルなそれらが、街の外へと飛び出していく。
そしてゴブリンを
「これが……魔法のアンサンブルコンサートだああああぁぁぁぁーーーー!!」
もともとゴブリン一体一体は大した強さではない。
吹っ飛んでくる音符に
とはいえ私達も初めてのライブ。
一人、また一人と体力を使い果たしその場にへたり込んでいく。
「……っ」「ヒカリ!!」
ヒカリが尻もちをついた。
手にしていたギターが黄の光とともに霧散する。
「おや……頑張るじゃないかい」
「当たり前です……!! みんな、こんなところで終わっていいわけない……!!」
そうだ。
こんなにもシンプルなことだったんだ。
私がどんなにちっぽけな存在であっても、他の人にとっては違う。
キラキラと輝いている世界かもしれないんだ。
だから、そう思う人のために私は戦う。
残っているのは私とワオンだけ。
「ゴブリンは後数十匹だ!!」と塔から聞こえてきた。
行ける、これなら――。
だが、塔の方がざわめいていた。
遠くで起こった爆発のような音とは無関係ではないだろう。
門を破り、巨大なオークが突貫してくる。
残ったゴブリンが合体して突っ込んできたのだ。
ステージへとまっすぐに、巨体が近づいてくる。
私はとっさに飛び出していた。
「ワオン!!」「……!! あんた……!!」
他の魔法少女はもう戦える状態でない。
で、あれば私がワオンの盾になるのがもっとも合理的だった。
紙切れのように吹っ飛ばされる我が身。
叫び声の中にはヒカリのものも混じっていた。
琵琶の音が聞こえた。
「やれやれ……群れなす連中が合体だなんてポリシーもクソもあったもんじゃないね……」
オークの巨腕がワオンへと迫り、そして――。
「反骨
「魔法の琵琶!!」
フルスイングされた琵琶がそれを真っ向から粉砕した。
オークの体が崩れていく。
悲鳴が歓声へと変わっていく。
中心にいるのは、かつて街の外れで独り音楽を奏でていた少女だ。
「ひとえに風の前の……アレに同じってね」
街の平和は、守られたのだ。
●
私達は休息もかね数日の滞在の後、街を出ることになった。
ワオンは今回の働きが認められてギルドからも声を掛けられたそうだが、断ったらしい。
代わりに自分のレコードを買ってくれ、と。
……音楽の方は実力があったので、いざ聞いてもらうとぽつぽつ気に入る人もいたのだとか。
ヒカリの見立て通りだったということだ。
私達が街を出る時もワオンは見送りにきた。
「いやあ、世話になったね、おかげで食っていけるくらいにはなりそうだよ」
「いやあ、良かったです!! あんな良い曲が誰にも知られないなんてもったいないですから!!」
「で、記憶の話だけど」
「え、何ですかそれ?」
「あ~、私が持っていた記憶の……ほら交換条件の」
「あ!!」
ヒカリがぽんと手を叩く。
もともとワオンの持ってる記憶を教えてもらう代わりにレコードを買うという話だった。
……だいぶ紆余曲折があったけど。
「聞かせて!! ワオンちゃん、何を覚えてるの!?」
ごくりと喉を鳴らす。
もちろん大したことじゃない可能性もあるけど。
でも、何だろう。
イヤな予感がした。
「いやあ、まあ、ずっと言っていたけどね、歌で」
「……歌?」
「ああ、言ってたじゃないか」
琵琶がべんべん鳴った。
ワオンの歌といえば『盛者必衰の理をあらわす』で要するに世の無常を示したものと思っていたが。
「歌の通りさ、
背筋が冷えた気がした。
思考が追いつかない。
つまりは――。
「人類は一度滅ぼされてるのさ、モンスターにね」