西暦2023年。
私が産まれたその年にモンスターと呼ばれる存在は初めてこの星に現れた。
既存のあらゆる兵器が通じないその『存在』は、まるで最初からそこにいたのかように、唐突に存在が確認されたのだ。
『存在』と呼んだのは明らかにそれは生き物ではなかったからだ。
光を一切通さないその体は、おおよそこの世界の
それでも、その存在が我々や他の生物――ひいては星に与える影響は小さいだろうと考えられた。
しょせん数が少なかったのだ。
ある者は終末論を唱え、ある者は政府の対応をなじり、ある者はその危険性を大袈裟に吹聴した。
ある意味でいつも通りだった。
人類全体が正常バイアスにかかっていた。
私はと言えば、星を見ていた。
小さい頃からずっとだ。
夜になれば、部屋のベランダから外を眺めた。
星には引き寄せられるようなそんな力があった。
どうしてなのか?
電気を消して、布団をかぶれば、毎日考えた。
気付く。
未知だからだ。
私はそれに魅力を感じていたわけではない。
宇宙はどこまで広がっているのか考えれば、自分のちっぽけさに青ざめた。
あの星々の中には既に消滅したものもあるのだろうかと考えれば、いずれは私達の星も……と思い至り吐きそうになった。
私達の星が生まれ、人類が誕生したのがすごい偶然?
ならば、もしも生まれていなければ?
人類がいない状態こそが自然なのか?
未知は恐怖だと知った。
少しでも未知をなくしたいと思った。
私は科学者を志すことにした。
生きている間に全てが解明されなくとも、気がまぎれるだろうとは思った。
そうして毎日生きていくのだろうと漠然と思っていた。
しかし、状況は変わった。
モンスターは、人類の予想したスピードを遥かに超え、増えていった。
指数関数的なその伸び方は、この世界の在り方を変えてしまった。
やがて戦いが始まった。
無駄なあがき、といってもいいかもしれない。
混乱が起きた。
人類の
喚けば喚くほどに、モンスターはその勢いを強めた。
正式な名前は別に付けられていたが、俗称のそれは結局定着したままだった。
直感的に付けられたその名前は、皮肉にも完全にその『存在』の在り方を示していた。
まるでゲームの無限に湧いてくる敵だった。
私の研究も、その敵を調査するように方針が変えられた。
興味はさほどなかった。
子供のころから感じていたことだ。
この世界の仕組みがわかってないのなら、いつ壊れてしまってもおかしくない、と。
モンスターは宇宙から降り注いでくるとわかった。
要するに手の打ちようがなかった。
その内、モンスターを倒すことができる力が発見された。
どういうわけか、小さな子供、それも女性にしか行使できない。
議論など挟む余裕もない。
少女達は『自分の意志』で『世界』を守りたいのだと、そういうことになった。
しかしもう全ては遅かった。
夜の空は、星空も見えないほどの暗闇だった。
天を覆いつくすほどの敵。
全ての生物にとっての天敵。
滅びの時は近かった。
●
「……夢」
まどろむように目を覚ます。
世界を観測する自意識は、今日も世界から見放されて
机につっぷすように寝ていた。
ここ数日こんな感じだ。
いや、もっとかもしれない。
もうどこまでが現実で、どこまでが夢なのかわからない。
だから、まずは名前を思い出すことにしている。
5W1Hのひとつには、これで解が出た。
今は人類最後の時。
ここは地下の研究所。
見苦しい悪あがきを、みっともなくしている。
中央にある吹き抜けのポットを私は苦々し気に見つめた。
世界を支える柱だと称えられたそれは、突貫工事のバベルの塔。
人類の醜悪さの塊にも思えてくる。
本当に、何で、私が……。
「ひょわ!!」
尻に何かが当たる。
慌てて振り返れば、黄色い髪の少女が私の方を見て笑みを浮かべていた。
手にしているのは、プラスチックの
「
「えへへ~。ちゃんと刃の部分じゃない方で突っついたよ!! これならケガしないよね!!」
少女が髪の毛と同じ黄色い瞳をキラキラさせて刃の部分を握って振り上げる。
……その理論だと刃の部分を思いっきり握ってるのは危険なのだが。
私はため息を吐いてその少女を見る。
こんな状況で私が正気でいるのは、この女の子が傍にいるからだ。
モンスターに対抗できる『能力者』。
その特徴として、髪の毛と瞳が本来の色から黄色に変色している。
本人はこの色を気に入っているらしいが、私は人間が生き残るために無理やりその在り方を変えたようで、あまり好きではない。
もっとも、純真無垢な笑顔を向けるこの子には何の罪もないのだけれど。
「なゆたお姉さん、今日は何をしていたの?」
屈託のないその表情に私は思案する。
……適当にぼかすという選択肢もあったはずだった。
だが、話すことにした。
結局考えたことを口に出してしまうのは悲しき人間の
「……この星を変性させる最後の準備」
「へんせー? 変身させちゃうってこと?」
頷く。
変に言葉を重ねるよりも直感的に理解できている。
「……私はこれから、この星をつくり変えるの」
「星を!? 私、キラキラしたのがいいなあ」
光はキラキラしたものが大好きだ。
皮肉にも、この子が物心ついた時には、星空は見えなくなっていたはずだけど。
能力者はいつしかこの星に発生していた未知粒子に影響を受けて能力を発現させたとされている。
モンスターに干渉できるのも、大量の未知粒子を無意識に操作しているというのが通説だ。
……はっきりしたことが言えないのは、結局わからなかったからだ。
私達は、原理さえも知らないその力に人類の明暗を託していた。
酷く無責任で、
そしてこれからも解明されることはないだろう。
「私はもう、あなた達が戦わなくてすむ、そんな世界をつくりたいの……」
ハテナマークを浮かべる光とは対照的に、私の声は酷くうろたえていた。
手足も震えている。
私がやろうとしているのは、この世界をつくり変える行為だ。
未知粒子は脳に作用することで活性状態となりモンスターに対抗する力となる。
この施設はずっとそれを意図的に引き起こすことを目的としていた。
すなわち能力者の意図的な創出。
結局それはあたわず、私だけがこうして研究を続けていた。
そして、完成させた。
この施設からこの星に存在する未知粒子を、強制的に活性状態にする手段を。
「いわば、星に免疫を持たせるのよ……モンスターに対抗する力を」
「そうなんだ!! ……」
「……どうしたの?」
「なゆたお姉さん、あんまりうれしくなさそう」
ああ、その通りだ。
どんなに大きくなったって他者の感情を理解できない人間もいるのに。
この子は
だからこそ、吐き出してしまった。
「ええ……そうよ!! 私はこの世界の在り方を変えようとしている!! そんなことが許されるの……!? 今までの人類の歴史を踏みにじる行為よ!! 何で私がそんな面倒なことしなくちゃいけないのよ!! 」
「な、なゆたお姉さん……!?」
困惑する小さな子にこんなことを言うのは最悪だ。
でも、もういいだろう。
そうした最悪の行いを続けて、人類は生き延びてきた。
『箱舟』と称されたこの施設だって大嫌いだ。
吐き気がする。
「小さな子を戦わせないといけない世界なんて、滅んでしまえばいいんだわ!!」
「……」
光が私に顔を近づける。
おや、これは……? などと思う暇もなくビンタが飛んできた。
痛い。
「そんなこと言ったらダメだよ!! この世界をほろぼすのは……悪いことだよ!!」
「……」
その通りだ。
光は昔のアニメが好きなようだから、その影響だろうか。
私は産まれる前……2000~2020年のカルチャーが好きでアーカイブをよく確認していたから、妙にシンパシーを覚えなくもない。
私自身、何で好きかはよくわからなかったが。
創作物の中には何かある。
そう思いたかったのかもしれない。
「私がつくる世界なのよ……きっと、冷たくて、何もない世界になるわ……」
「大丈夫だよ」
黄色い瞳が私を照らす。
ああ、すがってはいけないのに。
「こうしたいとか、これが好きとか……そうした想いがあれば、きっとそれは残るよ。どんな形になっても!!」
「半分、精神生命体みたいな状態になっても……?」
「うーん? よくわからないけど……セーシンってのが想いの力なら……そうなのかも!! それに……」
「それに?」
「なゆたお姉さんが一人でやるのが怖いなら、私もやる!!」
ああ、本当は私がやらないといけないのに。
全世界に対して
私は最後の準備をして、光と共にポットへ入った。
結局、光を連れたのはこの世界をよりよくしようなどと思ったわけではない。
自分が寂しかったからだ。
ここから私達の意識を世界中に伝搬させ、未知粒子を活性化させる。
……その後のことはわからない。
一時的にはモンスターの影響は減るだろうが、敵が環境に適応すればまた同じことが起きるだろう。
周期自体は割り出し、
口頭伝承か……あるいは記録媒体としてこの世界に残るのかもしれない。
光がポッドの中で走り回っている。
私はそれを見て、罪悪感があふれ出てしまった。
「ごめんね……本当はもっと広い世界を走りたかったよね……」
涙が溢れていた。
私は子供に、星空すら残せなかった。
「なゆたお姉さんが何とかしてくれるんでしょ? 私も――」
爆音。
黒い影が上から落ちてくる。
「モンスター!! なゆたお姉さん、ここにいて!!」
呆けてる間に、もう光は飛び出していた。
モンスターがここまで来たのだ。
人類最後の光を、かき消すために。
「変身!!」
少女が叫ぶ。
空気中の未知粒子が色を帯び、少女の周囲に渦巻く。
黒い影はドロドロと形を変えながら、上空から流れ落ちている。
凄い量だ。
恐らく、この研究施設などすぐに覆っていまうくらいに。
やつらの形は本質ではない。
だから、いっさい制限となる形を持たないそれは、一番純度が高く、凶悪な存在と言えるわけで――。
「光ちゃん!!」
「私が時間をかせぐから!! なゆたお姉さんは世界を救って!!」
黄色い光はその形を変え、私のいるポッドを守る盾となる。
やがて黒いものに押され出す。
その時に私の胸にあったものは何か。
種の存続をかかげる本能か。
全ての生物に対する責任感か。
あるいは小さな子を戦わせていた罪悪感を払拭したかったのか。
制御盤に左手を置く。
全ての罪は、この左手が担う。
今はただ、星空を見える世界を。
それだけを祈った。
最後に思い出したのは、いつかの会話だった。
――なゆたお姉さん。
――なに?
――私ね、この力のことずっと似てると思ってたんだ。
――なにに?
――うん、キラキラして、変身して、悪いやつをやっつけて。
――魔法少女みたいだって。