私はただ、そこに立ち尽くしていた。
黄の少女はもう行ってしまった。
この町に魔法少女がどの程度いるかはわからない。
ギルドと称して組織化されているくらいだから、それなりの数はいるのだろう。
それでも、あの翼竜の群れに一番に
どうする?
避難しろと言われた。
実際、自分にできることなんて恐らくない。
それどころか足を引っ張る可能性が高い。
頭がずきりと痛む。
――あなたにできることなんか、何もない。
「わかってる……そんなことは……わかってるよ……」
「何やってるの!?さっさと逃げなきゃ!?」
声の方を見やれば、露店のお姉さんが血相を変えて叫んでいた。
どうやらずっと私に訴えかけてたらしいが、気づいていなかった。
「ほら、自分で走れる!? お姉さんの背中に乗って!!」
「でも、お店が……」
「……。しょうがないさ。命あってのモノダネ……私の頭にはそう刻まれてんだよ!!」
「いいんですか、それって? 逃げちゃっても……いいんですか?」
「はあ!?」
明らかに自分の迷いが投影された質問。
私はこの非常事態に、一体どんな答えを期待しているのか。
しかしお姉さんも答えた方が早いと判断したか、早口でまくしたてた。
「どうもこうも……モンスターと戦えるのは魔法少女だけなんだからしょうがないだろ!! 私だってこの世界で目ぇ覚ましてから試したさ!! そんでも魔法少女にはなれなかった!!」
黒だと思っていたお姉さんの髪は、うっすらと橙色を帯びていた。
この世界では魔法少女の適性のある人間ほど、髪の彩度が高い。
そう推測できた。
「それでも少しでも力になりたいと思ってこうしてアイテム屋を始めたんだよ!! 戦える力があったらどれだけよかったか……!! ほら、わかっただろ!! おいで!!」
「……」
わけのわからない世界とだけ、思っていた。
でも、その中でみんなわからないなりに生きようとしているんだ。
自分にできることを考えながら。
そして、ヒカリは独りで戦いに
それが自分の役割だと言わんばかりに。
私の暗い
「お姉さん、支払いって後でもいいですか……?」
返ってくるのは素っ頓狂な声だった。
●
手にした武器が重たい。
小さな体が悲鳴を上げている。
それでも、ただ走った。
遠くに光の柱が上るのが見えた。
狼を倒した時と同じものだ。
巨大な剣となったそれが、翼竜の一団へと振り下ろされる。
……敵の方が数が多いし、長期戦になれば不利は明らかだ。
初撃で勝負をかけるのは、間違ってないはずだった。
黒い翼竜たちが光に飲まれていく。
私は食い入るようにその光景を見つめる。
これでモンスターを全滅させれたら、全ては
だが、私の瞳は光の帯から抜け出す黒い一点を確認した。
逃げおおせてた一匹の翼竜は、光の帯の発生源となった地点へと急降下を開始した。
「ヒカリ……!!」
胸が早鐘を打つ中、足に力を込める。
この体がどうなってもいい。
そう思った。
●
黄のドレスを身に
「一匹残っちゃったかあ……。まあそうなっちゃうよねえ……」
深い考えはなかった。
少しでも多くの敵を、少しでも早く倒せば、少しでも多くの人が助かる。
その程度のものだった。
魔法のエクスカリバー。
自身の力を時間的に集約して放つその技の弱点は連発ができないこと。
剣士フォームにも戻れそうにはない。
それどころか少女を守る黄のドレスは不安定となり揺らいでいた。
黒い翼竜が、町へと降り立った。
胴体に対して不釣り合いに大きな翼と頭部。
口を開けば、弱っている魔法少女へと狙いを定めた。
●
私の視界にそれが入った時には、翼竜は攻撃の動作に入っていた。
大口を開けての漆黒の吐息。
よくみれば、口がグネグネと、吐息と一体化している。
細胞が分裂していくように、伸びていったそれが、黄の少女を襲った。
「ヒカリ!!」
思わず叫ぶが、もう遅い。
ヒカリは既に縮んだ剣で受け止めようとするも、吹き飛ばされる。
急いで落下点に駆け寄る。
「ナユタ……ちゃん?」
狼と戦っていた時のダメージだって抜けきっていなかったはずなのだ。
黄のドレスは一瞬、弾けるように発光したかと思えば次の瞬間には洋服へと戻っていた。
変身解除。
ヒカリはもう、戦えない――。
それでも翼竜は、なおもこちらを向き敵意を示している。
強力な攻撃には溜めがいるのか、即座に動く様子はない。
だが、もしも次にあの攻撃がきたら――。
「どうして……? 逃げてって言ったのに……?」
「ヒカリがこんな無茶するから……!! どうしてこの世界のために、あなたが戦わなくちゃいけないの!?」
「だって……守りたいから……」
「守るって……何を!?」
「みんなを」
みんなとは果たして誰のことか?
黄の少女の瞳が雄弁に語っていた。
みんなとは、本当にみんなのことだ。
目についた人、知り合った人、言葉を交わした人――。
本当にみんなのことだと言っている。
そんなこと、できるはずがないのに。
……この世界はわからないことだらけだ。
いつ、世界が私に牙をむくかなんてわからない。
そんな世界のために命をかけるなど、バカらしいと私の頭は結論付けている。
記憶がなくても、もっと深い部分。
人間の奥底に刻み込まれた因子が、そうだと言っている。
しかし、それでもわかっていることがある。
「ナユタちゃん……?」
私は少女の前に一歩立つ。
翼竜の注意はこちらへと向いたようだった。
……本当に、小さな子供が戦わないといけない世界なんて、バカげていると思う。
だから――。
「私は……ヒカリを守るために戦う」
今、
それだけは、この世界ではっきりとわかっている。
背中から声が聞こえる。
「でも……ナユタちゃん、その武器……」
「露店でもらってきました。魔法少女だってウソをついて。……大丈夫です。私はあなたを守るって『ビチビチビチビチビチ!!』ああっ!? マグロが!?」
そう、私が選んだ変身アイテム――兼武器はマグロだった。
化粧ポーチなどは使い方がわからないし、そもそも変身できるのかどうか。
とすれば武器を兼ねてるものの方が潰しが効く。
しかし槍などは扱いが難しいことが容易に想像できる。
だとすれば、単純に質量がありそうな殴打系の武器。
マグロこそがこの場で最適な選択だと『ビチビチビチビチビチ!!』うわあああよく跳ねる!!
両の腕に抱えていたマグロが勢いよく跳ねだした。
というか動くのかこのマグロ……。
さっきまでは静かにしていたのに……。
翼竜が大口を開いた。
もう待ってはくれないらしい。
「お願い……逃げて……!!」
悲痛な声が背中に刺さる。
いったん武器を放り捨ててヒカリとこの場を離れるのは?
……ダメだ。
少女が少女を背負って、翼を持った怪物から逃げおおせるとは思えない。
マグロは私の手でいまだに跳ねている。
何ならさっきからその勢いを増していってるようにすら思う。
翼竜から黒い吐息が吐かれた。
それは、正面から見ると
私の身を案じてか、ヒカリの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
私はマグロを構えた。
最後になるかもしれない瞬間に思う。
未知は恐怖だ。
そう思っていた。
法則性がなければ、世界が上手く回っていくはずない。
けれど、もしも、この世界が法則がないことを良しとするならば。
物語の中でしか許されない、綺麗ごとが許されるのなら。
だったら――。
「小さな子供くらい、守らせてよ!!」
その時だった。
私の武器が紫色に輝いたのは。
輝きを放ち宙に浮かんだそれは、漆黒のブレスをかき消し、なおも光を強めていた。
「……これは!?」
「……応えたんだよ。ナユタちゃんの想いに、武器が!!」
ここは認識が力になる世界。
さっきからマグロの活きが良くなっていたのも、私の想いに呼応していたのだ。
正直、どこがどうなっているのかわからない。
でも姿形は
これが変身アイテム兼武器なのだと、受け入れられたら――。
叫ぶ。
心の底から。
「変身!!」
私の体が紫の光に包まれる。
身に付けていた衣服が解け、踊るように編み上げられる。
「那由他の想いを力に変えて……今!!」
紫のブーツ、紫の手袋、紫のドレス。
そして、胸には大きな紫のリボン。
「魔法少女……ナユタ……です!!」
私は、魔法少女になっていた。