翼竜が飛び立ちこちらへと滑空する。
……狙いは私。
空に飛ばれると厄介だったから好都合だ。
どうもこの怪物たちは近くにいる魔法少女を優先的に排除しようとするらしい。
私は武器を構えた。
マグロの付け根を両手で持ち、少し寝かせるように。
私の力で振り回すなら、これしかない。
一世一代の一発勝負。
感覚が研ぎ澄まされたからか、時間がゆっくりに感じられる。
……たった今、変身したばかりの私に怪物が倒せるのか?
そもそも恰好が変わったからといって、本質的に意味があるのか?
全ては私に都合の良い思い込み、そんな可能性だって――。
「ナユタちゃん!! 浄化技だよ!!」
我に帰る。
そうだ、私はこの子を助けないといけない。
最初に出会った時を思い出す。
ヒカリは技を繰り出すとき、その名を叫んでいた。
だったら――。
「魔法の……マグロ!!」
マグロから紫のオーラが溢れ出す。
片足を踏み込んで重心を前に。
遠心力を利用したフルスイング。
翼竜が私の前に到達した瞬間、弧を描くマグロが無慈悲に横断する。
翼竜の前側半分は、吹き飛んでいた。
それでもよたよたとこちらに向かってくるものだから、私はマグロを振り上げた。
「ずおおおおりゃああああぁぁぁぁ!!」
ビターン!! とマグロを景気よく叩きつけてやる。
翼竜の翼とかいろんな部分がもげて飛散する。
そのまま形を崩して風に乗って消えていった。
脅威は過ぎ去った。
しかし、そんなことより重要なのは――。
「ヒカリ!! 大丈夫!?」
「私は大丈夫だけど……!!」
とりあえず無事だったらしい。
それだけで私は十分だ。
ガクンと膝が崩れた。
……あれ?
力が全く入らない。
マグロも手から落ちて微動だにしなくなった。
私はそのまま倒れた。
「ナユタちゃん!? ナユタちゃーーーーん!? 目を覚ましてよーーーー!!」
どうやら私は失神しているらしい。
無理もない。
初めての変身、初めての戦闘。
それらの経験が体の容量を超え、過剰な負荷を与えたのだ。
でも、気分は晴れやかだった。
わけのわからない世界で、せめて自分が正しいと思うことができた。
「ナユタちゃーーーーん!!」
悲痛な叫びと裏腹に、私の意識は世界から遠ざかっていった。
●
遠いどこかの世界。
女は涙を流していた。
それがどういう意味のものなのか、知りようがなかった。
人の心は、目に見えないものだ。
それはいわば未知だ。
未知とは、怖いものだ。
だから、女はずっと、知ることを求めていた。
それが到底、できないことだと知って、涙を流していたのだろうか。
全てを法則性の
それは整然とした大人の倫理のようでいて、子供じみた夢にも感じられた。
この世界は、未知の脅威に襲われていた。
私を呼ぶ声が、聞こえた。
それは私の名前なのだとわかった。
誰がそうしてるのか、多くの心当たりはない。
平たく言えば、私は目を覚ました。
●
「ナユタちゃん!!」
目を覚ませば、眼前には少女の心配する表情。
私はゆっくりと起き上がると周囲を確認する。
目を覚ましたばかりだからか、何だか動きがぎこちない気がする。
ここはベッドの上。
木造の建物の一室。
周囲の小机の上には薬草やら布やらが雑然と置かれていた。
(マグロも壁に立てかけられたが、雰囲気をぶち壊すので触れないことにした)
それらを用意しただろう少女は瞳に涙をためていた。
……別に自分のためのそこまで、とは思うものの私は彼女にお礼を言わないといけないだろう。
「あいふぁふぉ……ひぃふぁふぃふぁん……」
……!?
気付けば私は包帯にぐるぐる巻きにされていた。
さっき体が動かしにくかったのもこれが原因らしい。
「うっうっ……ナユタちゃんが目を覚まして良かったよぉ……。包帯で頑張ってグルグル巻きにしたんだよ……」
「むがあー!!」
とりあえず口の部分だけは包帯をずらす。
目以外の部分は全身グルグル巻きの状態だったようだ。
……たぶん、ヒカリも他の人間に聞いた上でやったのではないかと思うが、この世界の医療はどうなっているのだろう。
「ここは……どこ?」
「あ、ごめんごめん。言ってなかったね!! ここは宿屋さん!! 魔法少女が疲れたりしたら休ませてもらう場所だよ!!」
魔法少女が宿屋で休むのか。
もうあんまり深いことを突っ込んでもしょうがないので、別のことを聞く。
「私、どれくらい寝てた……?」
「一日!! ナユタちゃんがモンスターが倒してくれたおかげで、みんな元の生活に戻ってるよ!!」
翼竜のほとんどはヒカリの初手クソデカ剣で巻き込まれていた。
私が倒したのは最後の一体に過ぎない。
それでも、こうして看病(?)もしてくれている以上、ヒカリは元気なのだろうし、何よりだった。
「でも、ナユタちゃん!! あんな無茶するのもうダメだよ!! 初めての戦いだったのに……!!」
「先に無茶をしたのはヒカリさんでは……?」
「うぐ」
ヒカリが口をつむぐ。
だいぶ痛いところを突いてしまったらしい。
「わ、私はみんなを守る魔法少女だから……」
「……私は魔法少女じゃない?」
「あうう、そういうわけじゃなくてえ……」
あわあわと表情を変えるヒカリを見て、思わず笑みがこぼれる。
どうやら私は、少し意地の悪いところがあるようだ。
「魔法少女ってのは何かを守るものなんですよね……? だったら……」
「だったら?」
「……何でもない」
「え~!? 聞かせてよ~!?」と不満を漏らすヒカリを直視できず、私はよそを向いた。
「あなたを守るために戦う」なんて、物語の中だって
……包帯グルグル巻きで助かったかもしれない。
さもなくば、頬をが真っ赤になっているのをヒカリに気づかれたかもしれないから。
――呑気なものだな。
――善人にでもなったつもりか。
――ただの自己満足の行いで。
「……うるさいな」
「え!?」
驚きの声を上げるヒカリ。
我に帰って慌てて弁明する。
「ごめん……私、頭の中で声が鳴り響くことがあって……」
「え? え? え!? 頭の中で声が!? それってもしかして……!?」
確かに記憶を掘り起こさずとも、そんなことを言い出す奴はやばいとわかる。
……純真そうなヒカリにこんな反応をされると、ちょっと傷つくんだけど。
しかし、どうやらヒカリの驚きは私の想定とは違うようだった。
「妖精の声が聞こえるの!? ナユタちゃん!?」
妖精……?
私の記憶にもその単語の意味はうっすらと残っている。
人の形をした、人ならざるもの。
どこかの国の伝承で、子供をさらって代わりにぬいぐるみを置いていく……とかだったか。
とにかく悪さをする印象で、
いや、それだけではないか。
少女に不思議な力を授けて、変身をさせる存在。
考えてみれば、魔法少女がいるのに、妖精がいないというのが不自然だったのかもしれない。
「妖精……そうかも」
「……!! すごい!! すごいよナユタちゃん!! 元気になったらお城に挨拶に行こうね!!」
……お城?
イマイチ要領を得ないまま、答える。
「もう、元気だけど……。とりあえず包帯は外してほしい」
「元気なんだね!! すごい回復力!! お城はここからすぐだから、さっそく行ってみよう!!」
「……包帯」
半ば引きづられる形で私は連れていかれる。
とりあえず、包帯は外してもらおう……。
●
「くーるくるくる……はい!! 包帯取れたよー!!」
「助かった……さすがに苦しかった。皮膚呼吸できないし……」
「……ごめんね!! 私ってばちょっとでもナユタちゃんが早く良くなるようにって……」
「ううん……気持ちは伝わってきたから……ありがとう、ヒカリ……さん」
「……」
「どうしたの、ヒカリさん?」
「昨日、助けてくれた時は呼び捨てだったのになあ……」
「……?」
「何でもない!! 行こっか!!」
「……うん?」
立てかけていたマグロをちゃんと廃棄して私達はお城へと向かった。
(露店への支払いは既にヒカリが済ませていたらしく、頭を下げた)
ヒカリは「記念すべき初めての変身アイテムだし持っておいたら?」と言ったが……さすがにちょっと生臭かった。