マサヒメに連れられ、私は街の中央にある噴水に腰かけた。
ハート型のオブジェから水がまかれているのは、何というかシュールの一言だ。
「急にすいません、ですがあなたと二人でどうしても話したいと思ったもので」
「あ、はい。別にいいですけど……」
一応はもう旅に出ることに決めたのだけれど、何を言われるのだろうか。
世界を救うための旅らしいけど、正直あまり期待をされても困る。
「二つほど話があります」そんな風に切り出されて、私はちょっと構える。
二つと言い切るのは、当人の中で話が整理されてるということだ。
大事な話、そう思えた。
「ナユタさん、あなたはこの世界が明日にでも滅びると言われたらどうしますか?」
「え? どうって……言われても……」
いわゆる思考実験だろうか。
明日滅びるのが前提だったら、何をしてもしょうがない。
というより、たぶん恐怖のあまり自分の思ったような行動はとれないだろう。
冷静さを欠いて、叫んで暴れるか、あるいは理解を拒んで混乱したまま何もできないか――。
しかし、目の前の魔法少女が言いたいことは、そういうことではないようだった。
「私なら絶対に、食い止めます。どんなに望みが薄くても、少しでも希望を
「……」
立派な答えだと思う。
私にはおよびもつかないような――。
「あなたはどうなのでしょう?」
「え?」
「わたくしはあなたに、伝説の魔法少女として希望を託す覚悟です。本当は自分で
桃色の瞳が私をしっかりととらえた。
「あなたにとってここは、不思議な土地でしょう。不合理で、わけがわからなくて。それでも私達は、ここで生きている。……などと、少し堅苦しかったでしょうか?」
「いえ……。言いたいこと、わかります」
「本当でしょうか。少し瞳を見せてください」
「え、えええ……?」
マサヒメのぷっくりとした顔が、文字通り私の目と鼻の先まで迫る。
これで何かわかるのだろうか……?
とりあえず、眼前の少女からは桃のような甘い匂いがした。
変身の効果だろうか、不思議。
「ふむ……なるほど、そうですか」
「あの……そろそろやめていただけると……」
「まあ、良しとします!! ヒカリちゃんがいますからね!! 旅の間にでも少しずつわかってくだされば!!」
「はあ……」
正直、私はヒカリを守りたいから旅に出るので、あんまり深堀りされると危険だったかもしれない。
……気付かれてないよね、たぶん。
「では次の話です!! こちらがむしろ本題なのですが……」
思わずツバを飲み込んだ。
さっきよりも重たい話なのだろうか。
いったい、どんな話が……。
「ヒカリちゃんのこと、呼び捨てで呼んであげてください」
「……は? 呼び方なんてどうでもよくないですか……?」
この一言が桃色魔法少女の
「何を言っているのですか……!! 呼び方は私達魔法少女の『関係性』を表すもの!! それは日常の象徴であり、絆を体現するものなのです!! わかっているのですかナユタさん!! ヒカリちゃんは自分から言い出さないだけでずっと待っているのです!!」ゆさゆさゆさゆさ
「ひぃぃ……肩をゆさゆさしないでください……」
私の体は小刻みに揺さぶられた。
常時変身状態みたいな魔法少女だからか、結構な力が加わってる気がする。
「ヒカリちゃんといっしょに旅をするのですから、あなたにもしっかりしてもらわねばなりません!! でないと私も安心できないので」
「そ、その気持ちは立派だと思うんですけど……でも、やっぱ恥ずかしいというか……」
「恥ずかしい!? 呼び捨てが恥ずかしい!? ならばわたくしで練習なさってください!! ほら、ヒメって!!」
そうなるのか。
そもそも言ってる本人は私を『さん』付けで呼んでるのだから理不尽な気がする。
いや、本当にヒカリのことを心配してるのはわかるし、悪気はないんだろうけど……。
「ま、まさひめ……」
「照れが残っています!! あと親しい人は私のことをヒメと呼びます!!」
「ひ、ひめ……ちゃん」
「うつむかない!! 目をそらさない!! ちゃん付けはセーフとします!!」
「……ヒメちゃん」
「……!! いい。いいですよナユタさん!!」
「ヒメ!!」
「よくできましたわ~~~~!!」
マサヒメ……もといヒメが変身状態で抱き付いてくる。
ドレスが触れれば、くすぐったい感じがする。
これが桃色魔法少女の質感……。
もしも私も変身していたら、いったいどんなことになるのか……。
「ひゃっ」と小さな叫びが聞こえた。
背後から。
「……」
振り返れば植え込みから、黄色い毛がはみ出している。
決まりが悪そうにもぞもぞと動いていた。
「ひ、ヒカリ……さん」
「ば、ばれちゃったか~!! あはは~!! 私二人がうまく話せてるかなって気になっちゃって様子を見に来たんだけど……心配いらなかったね!! ハグしてるしね、私よりも、先にヒメちゃんと……」
「ち、違います……!! これは無理やりで……!!」
「私とは遊びでしたの……酷いですわ……よよよ」などとウソ泣きしているヒメは放っておいてヒカリの誤解を解く。
ヒメの話も終わったので、その後は冒険の準備のためお店を回ることにした。
……準備にはヒメもついてきた。
私とヒカリが話すたびにニヤニヤしていたが、さすがに大きなお世話だと思った。
●
いよいよ旅立ちだ。
大きなリュックを背負って、私達は街の門の前に。
見送りなどはない。
この冒険は、
魔法少女は本来、人知れず戦うもの。
ヒメは準備の間、そんなことを言っていた。
だからこの冒険は魔法少女の本来の在り方に近いのだと。
「……」
「ナユタちゃん? どうしたの?」
「魔法少女が冒険するなんて、やっぱり変わった世界だなって」
「あはは!! そうかも!! 冒険者さんみたいだもんね!!」
振り返れば相も変わらず洋風の城を中心とした街並みが広がっている。
考えてみれば、この街にいたのもあっという間だった。
……ほとんど冒険の準備くらいしかしなかったけど。
魔法少女ギルドには一度だけ顔を出したけど、威勢の良い魔法少女のたまり場という感じだった。
街の平和は彼女達とヒメに任せておけば大丈夫なのだろう。
変身アイテムは結局、何も持って行かないことにした。
基本フォームであればアイテムなしでできるようになったし、何よりしっくりくるものがなかったのだ。
ヒカリ曰く「売りものじゃなくても、思い入れがあるものなら何でも変身アイテムになるよ!!」ということらしい。
「行先は……大丈夫かな」
「うん!! 私がナユタちゃんのガイド役として頑張る!! ヒメちゃんからもらった地図もあるしね!!」
『世界の柱は脅威の源泉』
妖精が言っていたその言葉はヒメにちゃんと伝えてある。
その結果、最近になってモンスターが活発になった地域があり、どうもそこが怪しいということになった。
とりあえず、私達はそこに向かって移動することになる。
「それじゃあ行こうか……その……」
「……?」
きょとんとした顔をするヒカリ。
深呼吸。
大丈夫だ、そんなに緊張するような話じゃない。
呼び方を変えるだけなんだから。
「行こう、ヒカリちゃん」
「……!! うん!! うん!! 頑張ろうね、ナユタちゃん!!」
こうして誰にも知られることのない、私達の旅が――。
背後で何かが弾ける音がした。
何だろうと振り返れば、空には桃色の花火が上がっていた。
「わあ……!! ヒメちゃんだ!!」
「こんなことしてくれなくてもいいのに……」
「お二人の旅の無事を祈っていますわ~」
頭にそんな声が聞こえてくる。
花火に後押しされるように、桃色のベールを潜り抜ける。
こうして、私達の旅は始まった。