「ただいま...みんな無事だった?」
仮拠点の洞窟に入ると、サディナさんが俺を出迎えてくれた。
「あらー、早かったわねコウヤちゃん」
サディナさんがゆらゆらと手を振って来る。
「えぇ、一刻も早く帰りたくて...でも一応やれる事はやってきましたよ。とりあえず明日にはみんなの呪いを解除できると思います」
「本当?良かったわー。みんな、体が動かなくて辛そうだったから」
「こっちは特に問題無かったですか?」
「えぇ。平穏そのものだったわー。魔物も刺客も来なかったもの」
「なら良かったです。ひとまず今日はここで過ごして、明日呪いを解除次第、冒険者ギルドの依頼をこなしていく事になりそうです。ルロロナ村の人達については...あまり期待は出来ませんけど、今後の剣の勇者としての活躍が三勇教にとって満足する物だったなら少しづつ集められるんじゃないかと思います」
「そう...なら、頑張らないとね」
「はい。とりあえず...俺は今からニーナちゃんを最低限レベリングしてきます。このままレベル2だと流れ弾一発で大変な事になってしまいますし」
「そうね...ニーナちゃんは臆病な子だから気遣ってあげてね」
「もちろんです。本人が望まないなら戦闘をさせるつもりもありませんし」
「ま、コウヤちゃんなら心配無いかしらねー。それなら私はこのまま周囲を警戒しておくから、晩御飯の具材集めもお願いねー」
「もちろんです。皆がお腹いっぱいになれるよう頑張ってきますよ」
俺は洞窟の奥に向かって、キール君達が寝ている場所にたどり着いた。
「みんな、ただいま」
「おー、おかえり兄ちゃん!どうだった!?上手くいった!?」
「あぁ、とりあえずみんなの呪いは明日解除出来ると思うよ」
「よっしゃー!!」
「ようやく動けるようになるなの!早くコウヤの役に立てるようになりたいなのー!」
「ふふ...良かったね」
喜んで騒ぐ皆を見て、ニーナちゃんが嬉しそうにしていた。
良かった。俺が何もしていないのが少し情けないけど、ちゃんとみんなと馴染めているみたいだ。
「それでね、ニーナちゃん。お願いがあるんだけど...明日城下町に行くにあたって、最低限でも君のレベルを上げておきたいんだ。だから、俺と一緒に魔物の狩りに来てくれるかな?もちろん、戦闘は全部俺がするし絶対危険な目に遭わせないって誓うよ」
「えっ...そ、その...う...い、嫌...怖い...」
さっきまで笑っていたニーナちゃんの顔があっという間に曇ってしまう。
震える体を自ら抱きしめ、きょろきょろと視線を動かして、なんとか嫌な事から逃れようとしているみたいだ...
けど、ここは心を鬼にしてやるしかない。ニーナちゃんの命の為だ...
「ごめんね。怖いのは嫌だよね...でも、ニーナちゃんがこれから生きていくために...もう二度と、この国の人達にいじめられないようになるためにも...勇気を出して欲しいんだ」
俺はニーナちゃんに視線を合わせて、頭を撫でてあげる。
少しびくりとしたけれど、受け入れてくれた。
...良かった、まだ短い付き合いだけれど多少は信頼してくれているみたいだ。
「絶対に大丈夫。俺が君を...皆を守るよ。もう絶対に君を誰にも傷つけさせない」
「そうそう!大丈夫だぜニーナちゃん。兄ちゃんすっげぇ強いんだ!!どんな魔物だって一発で倒しちゃうんだぜ!」
「そういう事じゃないでしょ...けど、私も勇気を出して頑張るべきだと思う。弱かったら、自分の事も、大切な物も...何も守れないから」
ウィンディアちゃんが噛みしめるように呟く。
あんまりそんな素振りは見せてなかったけど、あの転生者との戦いはウィンディアちゃんにとって大きかったんだろうな。俺のパーティでどんどんレベルが上がって成長を実感していた中で、守るべき妹のガエリオンちゃん共々理不尽な暴力に為すすべなく倒された...俺もそうだけど、あいつが遊ばずに殺すつもりだったら皆死んでたんだ。
そんな深い実感の籠った言葉を聞いたからか...やがて、ゆっくりとニーナちゃんが頷いてくれた。
「ありがとう。よく勇気を出してくれたね」
ニーナちゃんが俺にぎゅっとしがみついてくる。
「こ...こわい、けど...剣の勇者様は、私の事...助けてくれた、から...頑張る」
「あぁ。信頼には答えるよ」
子供をあやすようにポンポンと頭を優しく叩いてあげれば、少しづつ体から力が抜けて来た。
「よし、よし...それじゃあ、準備が整ったら出ようか」
「...うん」
俺はニーナちゃんにせがまれ、手をつなぎながら洞窟を後にした。
────────────────────────────────────────
森の中は魔物達の声が何重奏にもなって響き渡っており、それを聞くたびにニーナちゃんがびくびくと体を強張らせながら小さく悲鳴をあげる。
俺はそれをなんとか宥めながら、ずんずんと魔物のテリトリーへと進んでいった。
「...そろそろかな」
魔物達が警戒しながらも俺達を包囲しだす...
『力の根源たる剣の勇者が命じる。理を今一度読み解き、彼の物を覆う雷を生み出せ』
「ツヴァイト・プラズマ・スフィア!!」
ニーナちゃんの周囲を囲うようにプラズマの壁が発生する。
触れれば感電するので、魔物も警戒してすぐに触れるような事は無いだろう...まぁ、一匹たりとも近づけるつもりは無いけど。
ついに我慢できなくなった一匹が飛び出し、それに釣られるように他の魔物も飛び出して来た。
「ニーナちゃんはそこから動かないでね!!」
「ひっ!きゃああ!!!」
俺が言うまでもなく、悲鳴を上げて蹲ってしまった。
怖い思いをさせるのは心苦しいけど...今は諦めてもらうしかない!
「水斬波Ⅴ!!」
俺は飛び上がって視界に映る魔物全てをなぞるように剣を振った。
それらは瞬く間に体を分断される。
遅れて飛び出して来た魔物には別のスキルを放つ。
「ハンドレットソードⅢ!!」
マルチロックで残りの魔物に光の剣が突き刺さる。
数少ない飛び出さなかった残りの魔物が逃げ出したのを確認し、俺は警戒を解いた。
「終わったよ、ニーナちゃん」
「ひぐっ...ひぅ...お、わった...?」
「あぁ。怖い思いをさせてごめんね...でも、大丈夫だっただろう?」
「うん...ひっ!!」
「おっと...」
ニーナちゃんが顔を上げて、周囲を見てしまったせいか腰を抜かしてしまった。怪我しないように支えてあげる。
「血...血が、いっぱいで...!!」
「ほら...落ち着いて。大丈夫、俺が全部消してあげるから...目を瞑っていたらいいからね」
「ひぅ...う、ん...ぐすっ」
抱きしめてあげれば少しづつ落ち着いてくれた。
流石にこの光景は刺激が強すぎたか...けど、いずれ慣れてもらうしか無いし...目隠しをして連行しながら狩りをするのもそれはそれで怖がりそうだしなぁ...
「も...もう、大丈夫...?」
「あぁごめん。後ちょっとだけ目を瞑って、ここで待っててくれる?」
「!?...やだ!!離れちゃ...いや!!」
死体の処理の為に離れようとすると、逆にしがみついてきた。
「分かった分かった...それじゃあ、このままちょっと抱き上げるよ」
そのまま片手で抱き上げて、魔物の死骸を剣で吸いながら歩き回る。
「よし、これでもう無くなったよ!」
「ほんと...?」
腕の中のニーナちゃんが恐る恐る目を開く。
多少の血痕は残っているが、死骸は消したのであまり目立たない。これなら怖くは無いだろう。
「よしよし、勇気を出せて偉いね。よく頑張ったよ」
「......うん」
最初のように、手をつないで歩く形にするために降ろそうとしたが離れてくれない。
...まぁ、そりゃそうか。こんな恐怖体験の後に、今唯一頼りになる俺から離れたくはないよな。
「ふぅ...ニーナちゃん、もう少し頑張れる?それとももう、帰りたい?」
コクコクとニーナちゃんが頷く。
...まぁ、仕方ないか。やっぱり急にこんな臆病な子を連れまわす方が悪かったな。
出来れば20レベルくらいには上げておきたかったけど...今日はもう充分に頑張っただろう。なに、例え何かあっても俺が守ってあげればいいだけだ。
「それじゃあ、今日はもう帰ろうか...帰りはこのままで良いけど、魔物に遭遇したらまたちょっと怖いかもしれないけれど我慢してね?」
「う、うん...!」
それから、遭遇する魔物はなんとか魔法と片手で打てるスキルで誤魔化しながら洞窟に戻った。一応レベル8にはなったし、まぁ本当に最低限はレベリング出来たかな。
「あらー、随分とコウヤちゃんに懐いちゃったわねー」
「いえ、どちらかと言うと怖くてしがみついてる感じなので...すみません。結局怖がらせちゃったみたいで...」
「それはねー仕方の無い面もあるから...もちろんニーナちゃんを魔物と戦わせるような事はしてないんでしょー?なら、私から言う事は無いわ」
「それはもちろん...ほら、サディナお姉さんだよ?戻って来たよ?」
「サディナお姉ちゃん?...うわーん!サディナお姉ちゃーん!!」
ニーナちゃんは俺の懐から飛び出してサディナさんに飛びついた。
「あらー...よしよし、怖かったわねー。よく頑張ったわ」
「うん!...怖かった...!うぇ──ん!!」
サディナさんがあやすと、あっという間に泣き止んでしまった。流石はサディナさんだ...サディナさんが復活したら彼女にレベリングを任せた方が良いのかな?俺より安心できるだろうし。
「よーしよし。後でニーナちゃんをこーんなに泣かせたコウヤちゃんの事叱っておくからねー」
「ぐす...ううん。勇者様、私の事...守ってくれたよ...?」
「そう?良かったわねー。コウヤちゃんの事嫌いになった?」
「ううん」
「そう。ですってコウヤちゃん?」
「は、はい...その、改めてごめんね?ニーナちゃん。必要な事だったとはいえ、怖がらせちゃって」
「ううん。私も...ごめんなさい。頑張るって言ったのに、頑張れなくて...」
「そんな事無いよ。ニーナちゃんはすごく頑張ってた...!」
こんな小さな子が奴隷として暴行を受けたり、魔物と戦うような事になるこの世界がおかしいのであって、この子は何ら悪くない。
これからの事を考えるとやむを得ないとはいえ、むしろ連れて行った俺が責められるべき事だ。
「明日からは、きっとみんなも動けるようになって...皆でニーナちゃんを守るからね?安心していいんだよ?」
俺はニーナちゃんの頭をゆっくりと撫でてあげる。
「でも...私...」
「ほら、疲れたでしょ?眠っていいよ...?」
「うん...ごめ...なさ...」
少しすると、すっかり気疲れしていたのかニーナちゃんは寝息を立て始めた。
「はぁ...なんか、自分が嫌になりますよ」
「どうしたの急に」
「いや、こんなに幼くて可愛らしい子を無理矢理戦いの場に連れていく自分の事がちょっとね...」
「そうね...まだまだ遊びたい盛りの子達だものねー。私も、本当はキールちゃん達にだって戦いに参加して欲しくは無いわ...でも、こんな世界だもの。私だって皆をずっと守ってあげたいけれど、私の掌はそんなに大きくないから零れ落ちてしまう...強くならなくちゃね。この子も...私達も」
「ですね」
「ところでコウヤちゃん?どうしてかは察して余りあるけれど...晩御飯はどうしたのかしらー?」
「...しまった!すぐ取ってきます!!」
「気を付けてねー」
サディナさんの声を背中に受けて俺は再び森の中へと駆け出して行った。
ほんと、色々と優しくない世界だよなぁ...。
それでも、皆この世界で生きていかなきゃいけないんだ。俺に出来るのはほんの少しの手助けだけ。でも、その手助けがきっとみんなの為になると信じて頑張らないとな...