お兄さま曇らせIF√   作:栗鼠

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次話で終わります。四話分近い量になったので、少し推敲に時間がかかるかもしれません。


致死量のメランコリー

 調査兵団に拘束されたロット・レイスが隙を突いて人間をやめる場面はあったが、事はどうにか収まった。

 

 ケニー・アッカーマンの部隊は王政を事前に裏切っていたことも明らかになり、彼らは新女王として即位したヒストリア・レイスの護衛隊になった。

 

 そして、これまでケニーの犬として働いていたアウラ・イェーガーは、その行方をくらませた。

 

 

 

 

 

 時はまた過ぎ、ウォールマリア奪還作戦が決行された日。

 

 顎の巨人は隠していた結晶を口に入れ、壁の上をとっとこ駆けていた。

 鋭い歯ではうっかり本体を噛み殺しかねないため、繊細なコントロールが強いられる。さすがにそれでヘマをする女でもないが。

 

(ユミルちゃんも大忙しだね)

 

 咥えられたアニはマーレに送られ次第、ユミルが覚醒させる手筈になっている。

 

(五年経ったお兄さまって、どんな姿になるんだろ)

 

 ユミルがアウラに教えた、未来の記憶。

 過去と未来がつながるあの世界にずっといたユミルだからこそ、知り得るものらしい。

 

 その未来にたどり着けばユミルは救われるのだと言う。しかし予想外の“キッカケ”が起こり、その未来を迎えられるかはわからなくなったのだそうだ。

 

 アウラはユミルのため、そして兄を救うため、ユミルに従いここまで来た。

 

(おっ、シガンシナ区が見えてきた。ここらで一旦降りますか)

 

 壁外に降りた彼女は、アニをお持ち帰りしやすいよう、戦士が帰還するルートに結晶転がす。

 

 側から見れば違和感だらけの物体だが、今壁の中は超大型や鎧、獣の戦闘で大乱戦であり、戦士も兵士もまだとっとこアギ太郎の存在に気づいていない。

 

 そしてシガンシナ区側を避け、再び壁をよじ登った顎は、獣の巨人がいるウォールマリア内に向かって叫んだ。

 

 

『ギャアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 今日も元気いっぱいで早く死にたい美女は誰でしょう? えぇ、アウラちゃんですね。

 

 いやはや、長かったです。この五年、お兄さまに会いたい気持ちを抑えきれず、毎晩毎晩血に濡れて過ごしてきました。巨人の力には感謝してもしきれません。痕が残りませんからね。

 

 あとはここで感動の再会に見せかけてお兄さまを本気で殺しに行けば、確実にアウラちゃんはマーレの裏切り者として扱われるでしょう。

 狙うのがお兄さまなのは、ことジーク・イェーガーに関しては絶対に裏切らないと向こうが思っているからです。

 

 それはまぁ事実ですが、逆に言えば、これを利用すれば私とお兄さまの関係性を断ち切ることができる。

 

 つまり、裏切った妹の兄もまた裏切り者かもしれない──という疑惑を、極力減らすことができる。

 

 アニちゃんを助けた時点で私の裏切り行為は矛盾している。

 でも、父に会いたい、と呟いていた彼女の姿がどうしても頭から離れなかったでね。ここは見逃してください。

 

 必要な犠牲は払わなければなりませんけど、そこは割り切ります。私が一番に優先するのはお兄さまの命だから。

 

 

 当たり前というか、パラディ島側にも居場所がないので、完全に四面楚歌になる。

 

 まぁ、それが何だという話だが。

 

 私が死にたいのはずっと昔から、変わらないのだから。

 

 

(あと、もう少しだけ)

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 調査兵団側にとっては、最悪の事態だった。

 

 ストヘス区で結晶に包まれたアニ・レオンハートを攫った針毛(ハリ)の巨人が、このタイミングで再び現れたのだ。

 

 あの時この巨人が突如現れたのは、事前にアニが本体の人間を街へ手引きしていたからだろう──と、推測されている。憲兵所属のアニならば十分に可能だった。

 

『………!!』

 

 先ほどまで砕いた岩を投げ、兵士を肉塊にしていた獣の巨人の動きが止まる。

 四つ足で駆ける針毛の巨人は、横から一直線に獣の元へ向かっていた。

 

(今はそんな状況じゃないだろ!!)

 

 突進する気だと、ジークは察した。そしてハリをぶつけて、過激な愛情表現をする。懐かしい五年前の猪突猛進な妹の姿が男の脳裏にフッとよぎって、同時に怒りが湧く。

 

 壁内に来た後に姿を眩ましたアウラ・イェーガーは、いったいこれまで何をしていたのか。

 マーレに戻ったら問い詰めねばならない。お帰りを言って抱きしめるのは、その後だ。

 

 いや、場合によっては顎の継承権がポルコに移るやもしれない。

 

 それだけは────。

 

 

『グルルル』

 

 

 ケモノのようにうなり声をあげて駆ける顎の背中が、逆立った。しかしそれは一点に集中する動きを見せる。

 そして巨人化時に発生する光がその中心に集まり、小さな光の玉が生み出された。

 

『なっ……!?』

 

 発射された光球は獣の右肩に当たり、衝撃で切り離された右腕が地面に落ちた。

 

 ジークの利き手は右である。投げる時に使うのも、右だ。

 

「何ッ……考えてやがる!!」

 

 顎の突進は止まらず、鋭い爪が獣の足の腱をねらった。

 

『ジーク戦士長!』

 

 しかし岩を転がしていた車力のピークが体当たりをしたことで、横に吹き飛んだ。その拍子に無数のハリが車力の顔から肩、腹にかけて突き刺さる。

 

 幸い、ピーク本体に致命傷はなかった。

 

『ぐっ…戦士長!』

 

 頭が真っ白になった男を諌めるように、顎の間に割って入る車力の声が届く。

 

 今は戦況化で、別のことに思考をとらわれている場合ではない。だが、肝心の頭が上手く働かない。

 

『────戦士長ッ!!』

 

『………ッ!』

 

 再度ピークが叫び、ジークの思考が切り替わった。

 

 心臓が未だ不可解な音を立てているが、それを無視して彼は再生していた右腕に意識を集中させる。回復速度の上がった腕は、たちまち本来ある形状へ治った。

 

『あぁ…わかってるよ』

 

 始祖を保有しているのがエレン・イェーガーという人物で。その父親はライナーとベルトルト曰く、現在は行方不明で、医者をやっていたと。

 

 その男がグリシャ・イェーガーだったならば? 

 もし仮に、その男とアウラ・イェーガーが出会ったのだとしたら? 

 

 絶対にあり得ない…という可能性はない。エレンは恐らく巨人化したダイナと接触し、一瞬であれど始祖本来の力を使っている。

 それを考えれば、アウラが父親と再会した可能性の方がよっぽど高い。

 

 そこで彼女が父親に看過されたならば、任務を放棄して失踪した理由も十分に考えられた。

 

 

(お前は……お前はまさかッ、グリシャ(あの男)の思想に賛同したとでもいうのか……!?)

 

 

 もしそうなら、いよいよジークはグリシャへ激らせていた憎悪を、妹にまで向けてしまいそうだ。

 

 アウラの「家族」を壊したのは、誰でもない、グリシャ・イェーガー(その父親)だったはずだろう────!! 

 

「ハァー…落ち着け、あんなに「戦士長」って言ってきたピークちゃんに呆れられるぜ?」

 

 ジークは石をつかみ、砕いて、信煙弾を発射しながら向かってくる兵士たち…ではなく、起き上がり再度突進してくる顎の巨人を見やる。

 

 ケンカは、幾度となくしてきた。口で妹に勝てたことはほとんどなかったが、取っ組み合いなら負け知らずである。

 

 兄として、また仲間として、道を踏み外したなら教えてやらなければならない。

 グリシャ・イェーガーの道は間違っていて、その跡を妹が引き継いだのたとしたら、お前も間違っていると。

 

 

「ちゃんと、背中で守れよ」

 

 

 顎の巨人と、そしてその後方にいる兵士も巻き込むようにして、広範囲に石の礫が降り注ぐ。

 

 

 頭にぶち当たり首が吹き飛んだ顎はそれきり、ピクリとも動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎

 

 

 人類が忘れていた巨人の脅威を思い出してから一年後、領土奪還作戦が行われ、さらに多くの人間が巨人のエサとなった。

 

 開拓地に残ったのは子供や老人ばかりで、彼らは過酷な労働に従事させられた。

 

 エレン・イェーガーもまた、その中の一人だった。

 

 厳しい寒さにさらされた時は手が赤くパンパンに腫れて、針で少しでも突けば、そこから面白いように空気が出てきそうだった。

 配給される食事も粗末で、ろくに暖も取れないような薄い毛布が寒い夜の命綱だ。

 

 

「アウラ・チャンと申します。みなさん、これからどうぞよろしくお願いします」

 

 

 そんなある日、エレンやミカサたちが働く場所で、一人の女が流れ着いた。

 

 こうして他の人間が入ってくることはよくあった。疲労の末、死ぬ者も多かったが。

 

 雪の到来とともに訪れた女は肌が白く、布で隠した髪も老婆のように真っ白で、その瞳も白く濁っていた。

 その姿を見たアルミンが思わず「雪の妖精…?」と言っていたくらいに、人間離れした容姿だった。

 

 まだ二十歳ではない女は、色々あった結果、エレンたちの元に流れ着いたらしい。

 

 性格はやさしく、子供にもすぐにお姉さん的な立ち位置で懐かれた。エレンもまたその女と会話するようになり、髪のことを尋ねたことがある。

 

「年寄りみたいな髪だけど、それってどうしたんだ?」

 

「あぁ、コレ?」

 

「ちょっ、エレン…!」

 

 慌てて止めに入ったアルミンの制止は一歩遅く、アウラは笑って「辛かったことが多かったら、気づいたらこの色になってたの」と返した。

 

 当然、場はシン…とした。

 

「元の色はエレンくんと似てたかな。この真っ白な色も気に入ってるけどね」

 

「そ、そうか…」

 

「ミカサちゃんの黒色も綺麗でいいよね。ツヤツヤだし、サラサラだし」

 

 髪に触れようとしたアウラの手をミカサはスッと避け、距離を置く。まだ二人の心の距離は遠かった。

 

 

 そんな日々も長くは続かず、うわさ話で女の容姿を聞いた裕福な家の主人が彼女を気に入ったことで、使用人として雇われることになった。

 

 短い付き合いだったけれど、行ったら嫌だな、と思うほどにはなつき始めていたエレンは、人目を盗んで出発前の女にこっそりと会いに行った。

 

「……本当に行っちまうのか?」

 

「うん。短い間だったけど、エレンくんやミカサちゃんたちに会えて楽しかったよ」

 

 彼女は微笑み、小さな頭を撫でようとして、寸前でその手を止める。

 

 

「私はあなたの──────」

 

 

 じゃあまたね、とまるで再び会うような言葉を残して、アウラは去った。

 

 雪が降って、溶けるような短さで、あっという間に消えていった女だが、エレンの心には不思議とその白さが残り続けていた。

 

 女が発した最後の言葉は、時が経つにつれて忘れてしまったけれど。

 

 

 

 そしてその女と瓜二つの存在に出会ったのが、ロット・レイスの件の時だ。

 

 しかしその少女は「アウラ」ではなく「ユミル」という、ヒストリア曰く、彼女の幼少期から一緒にいるオバケらしい。

 

 

 それから新たな女王が即位し、ヒストリアの手に忠誠の(キス)を示した時、エレンは見た。

 

 世界を終わらす悪魔が、いったい誰なのか。

 彼は知ってしまう。

 

 

 

 エレン・イェーガーが白い女と再開するのは、もうしばらく後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 調査兵団はウォールマリアを奪還することに成功し、二つの巨人を手中に置くことになった。

 

 四足歩行、鎧、獣の巨人、また行方がわからなくなっていた結晶に包まれたアニ・レオンハートには逃走を許してしまった。

 

 ちなみに四足歩行の巨人は獣や鎧の本体と、その他の荷物があり、仕方なく結晶を蹴っ飛ばしながら帰還した。

 

 そして、超大型はアルミンに継承された。

 

 針毛(ハリ)の巨人は────。

 

 

 

 蒸発していた巨人の体から出てきたのは、顔の右半分が大きく欠け、結晶に包まれていた白髪の女だった。

 

 結晶の中の女の左目や口元はうっすら開いており、見目麗しい顔をしていた。

 

 エレンの硬質化でもその結晶は破壊できず、その結晶はシガンシナ区に移され、地下室へ保管されることになった。

 

 戦いが終わってから時間が経ち、エレン・イェーガーはその結晶に触れてみたが、何も起こらない。

 地下室にあったグリシャ・イェーガーの手記により、この女が自身(エレン)の腹違いの姉で、さらにヒストリアと同じ王家の血を持つということも判明している。

 

 この女もまたアニを救ったことから、「戦士」であるとされた。

 

 しかしてなぜその仲間を裏切るような行動を起こしたのかは、不明だった。

 

「アンタはどうしてわざわざオレに会いにきたんだ? オレのことを知っていたのか? 始祖ユミルはなぜ、お前にそっくりなんだ?」

 

 少年が尋ねても、やはり答えは返ってこない。

 エレンは顔を歪めて、結晶を叩き、ズルズルと床に尻をついた。

 

 

「……なぁ、あの時見たバケモノは、確かにオレだったんだ。もしそれが本当なら、オレが本当に…………」

 

 

 悪魔に、なるのか? 

 

 静寂の中に、少年の息遣いだけが存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

 

 

 あがいても、あがいても、あがいても、あがいても。

 

 楽園に未来はなかった。

 

 あるのは世界が向けるひたすらの憎悪と、生きることすら許されない現実だった。

 エルディア帝国の犯した過去の罪が、今を生きるエレンたちによって清算されようとしている。

 

 

 

 その真意を確かめるべくマーレで会った異母兄さえ、『エルディア人の安楽死』などという、エレンには理解できない思想を持っていた。

 

 ジーク・イェーガーはグリシャへ尋常ならざる憎しみを持っていて、弟妹含めて「父親の被害者」と語っていた。

 エレンは色々あったが父のことは愛していたので、二人の温度差が違い過ぎた。

 

「姉さんは、父親を愛していなかったのか?」

 

「………」

 

「ジーク?」

 

 突然黙った男を見たエレンは、そう言えば、と思い出した。

 

 ジークの顔が死んでいる。絶望とか、そんな黒い感情を吐いて、そのままお亡くなりになりそうなくらいには目が危ない。

 

 まぁ、獣の巨人の投石攻撃に顎の巨人はやられたのだから、当然か。

 その表情でうっすらと察したが、どうやら四年間もずっと妹を殺したと思っていたようである。

 

「あー……あのな、兄さん」

 

「………」

 

「姉さんはな…」

 

 エレンが顎の巨人から発見された結晶のアウラ・イェーガーが、パラディ島に保管されている旨を話した。

 

「……え?」

 

「それにアウラ・イェーガーがグリシャに会って洗脳された…どうこう言っていたが、それはないんじゃないか?」

 

「なぜ、そう思う」

 

「……泣いてたんだ」

 

 目尻に滲ませた涙ごと、白い女は結晶の中に閉じ込められていた。

 

 謎の多い行動を取っていた顎の巨人だが、その涙の意味は単純のように思える。

 

 

「兄さんに会えて、嬉しかったのか。それとも攻撃したくなかったのか。もしくはその、両方だったのかもな」

 

 

 エレンは、顔の半分が欠けた女が生きているのか死んでいるのか、わからないことまでは言わなかった。

 

 膝から崩れ落ちた哀れな(ジーク)に、しかし腹の底では同情など一切やらず、賛同する。

 

 あぁ、グリシャは間違っていて、自分(オレ)たちは被害者であると。

 

 

「兄さんの言うとおり、『安楽死計画』はエルディア人を救い、そしてきっと、姉さんのことを救うことにもつながるよ」

 

「エレン……ッ」

 

「必ずオレたちの計画を成功させよう、ジーク」

 

 

 

 

 

 あがいた、あがいた、あがいたんだ。

 

 けれど、エレン・イェーガーに残ったのは、彼自身が悪魔になる方法だけだった。

 

 

 

 

 

 そしてマーレ強襲後に、シガンシナ区でマーレ勢力やエレンが率いるイェーガー派、アルミンやミカサなど調査兵団側によるそれぞれの思惑が入り乱れた戦闘が勃発した。

 

 エレンはジークと接触し、地鳴らしを発動する気だった。

 

 始祖の力を持つ人間と、王家の血を継ぎ、さらに巨人の力を持つ人間。

 この二つがそろうことで、初代レイス王の「不戦の契り」に縛られることなく始祖の真価を引き出せる。

 

 ここで重要なのはこの力を操るのがジークではなく、エレンである点だ。わざわざ兄に賛同するように見せかけたのも、地鳴らしを行うために必要だったからだ。

 

 

 そんな巨人が戦い、雷槍や銃弾が飛び交う状況で、シガンシナ区の建物は次々と崩壊していった。

 

 エレンは到着したジークとの接触のタイミングを測っていたその時、ふと思い出した。

 爆発の余波で倒壊した建物。その下には確か、結晶が保管されている。

 

 

(ッ、何だ……?)

 

 

 何か、忘れている気がする。

 

 痛みが走った頭を押さえたエレンに、戦鎚の力の串刺しから脱した女型の足蹴りが逼迫する。避けられた打撃は2〜3軒の建物を破壊し、周囲に瓦礫を吹き飛ばした。

 

(オレはいったい何を忘れてるんだ?)

 

 白い、────白い? 

 

 白い髪がサラサラと動いて、口元だけはやけに紅かった。

 

 肌寒い中、エレンはそのまま雪とともに消えてしまいそうな女を見ていた。

 

 まっさらに見えたその女の瞳は少し青みがかっていて、その時の空の色と同じで。

 

 女はエレンの髪に触れようとした手を止めて、言った。

 

 

 

『私はあなたの味方だよ、エレンくん。

 

 ──────もしどうしようもなくなったその時は、私が力になってあげるから』

 

 

 

 その言葉を思い出したエレンは、駆け出した。

 

 あぁ確かにあの時はまだ、世界に希望があるかもしれないと思っていた。

 

 でももう、どうしようもない。

 

 ()()()が、“今”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 随分長いこと寝ていた気がする。場所はユミルちゃんの世界らしい。相変わらず枷が邪魔だ。

 

 あくびをして伸びをしたら、目の前に人が立っていることに気づいた。

 

「オレの味方になってくれるんだろ、姉さん」

 

「……エレンくん?」

 

「そうだけど」

 

「………本当に?」

 

 エレン・イェーガーはもっと小さくて可愛かった。開拓地にいた頃の彼はもう、そりゃあ「弟って素晴らしいな」と思いましたもの。アウラちゃんに明日を生きるエネルギーすらくれていた。

 

 ストヘス区の時は一瞬しか見ていなかったのでね。いやでも、本当にあのエレンくんが、このエレンくんに…。成長は喜ばしいけど、寂しいな。

 

 

「……うん、味方になるよ」

 

「アンタはどこまで知ってたんだ? オレが地鳴らしを起こそうとしてることまで、知ってたのか? 昔、開拓地で会った頃にはすでに」

 

「大体はね。ユミルちゃんが教えてくれたから」

 

「始祖ユミルはアウラ・イェーガーの何なんだ? なぜそこまで容姿が似ている?」

 

「私は彼女の友達だよ。容姿は知らない。一応ご先祖様だし、それで偶然似たんじゃないかな」

 

 ユミルちゃんが私をどうして大切にしてくれるのか、私がなぜお兄さまやユミルちゃんに対してだけ他とは一線を画す愛情を抱いているのか、わからない。

 

 わからないことだらけで、ここまで来た。

 

 でもユミルちゃんの言うことだから、信じられる。

 

 

「私はあなたにお兄さまを利用して欲しくない。だからあなたの味方になって、あなたに利用される」

 

「……姉さんを巻き添えにするけど、いいんだな?」

 

「いいよ。そのためだけにここまで頑張って生きてきたんだもの」

 

「…ジークも言ってたが、どうしてそんなに死にたいんだ?」

 

「死にたいことに理由がいるの?」

 

「そりゃあ……いるだろ、普通」

 

「………? 君はよく、わからないことを言うんだね」

 

 死にたいから死にたい。それでいいじゃないか。

 私がこんなにも死にたくて仕方ないんだから、死んでいいじゃないか。

 これはお兄さまやユミルちゃんに「生きろ」と言われても、覆らないほどに死にたい。

 

 もう、安らかに眠りたい。

 

 生きることが大変な私に、生きることを強要しないで欲しい。

 

 終わらせて欲しい、早く。

 

 

「あぁ、でももしお兄さまに会えるなら、最後に少しだけお話ししたいな」

 

「……わかった」

 

 

 もうウォールマリア奪還作戦の時から、現実だと四年も経ってるんだよね? ……ってことは、最後に会ってから九年も経ってる感じ? じゃあお兄さまは………うん、三十路近いのか。もうおじさんになっちゃったんだ…。

 

 アウラちゃんはほら、結晶にいたから22歳だから。そしてそのまま死ぬから、永遠の22歳でございますよ。

 

「約束守れなくてごめん、くらいは言っとこうかなぁ」

 

 まぁ絶対に帰ってくるとは言ったけど、「(生きて)帰る」とは言ってないしね。

 

 最期はお兄さまに握りつぶして殺してもらえるよう、「お兄さまが来ないと絶対に地鳴らしは止めないから!!」って念も押しとこう。

 

 それで本当に最期にお兄さまを曇らせることができて、私がこれまで生きてきたことも報われる。

 

 

「じゃあたくさん人間を殺しましょうね、エレンくん」

 

「………」

 

「あっ、空気読めないこと言っちゃったかな? ごめんごめん」

 

 

 仕切り直して、私は弟に手を差し出した。

 エレンくんはジッとその手を見つめた後、握り返す。

 

 そしていつの間にか出現していたユミルちゃんも、握られた手の上にそっと自身の手を乗せる。

 

 

 

(あぁ、ようやく────)

 

 

 

 (「アウラ」)が、終わる。




【補足】

エレンはミカサたちと決別済み。エレン(自分)を殺してアルミンたちが英雄になることも織り込んで行動する。アウラの言葉を忘れてたのは、職人ユミルの仕業。

巨人のエレンが結晶を発掘して、本体のエレンが触れた瞬間、バチバチィ(語彙力)ってなった。

ウォールマリア奪還作戦の時にアウラを結晶化させたのは、そのまま四年後のシガンシナ区での一線の時にエレンと接触できるよう、ユミルが考えて配置した。説明は大雑把だけど、やることは結構計画している。

というかユミルは戦鎚もラーラの結晶を解いてエレンに食わせて、瀕死のジークも助けて大忙しだった。
アウラが死にたがり過ぎたせいでヤンデレ度が高まって、「一緒に私と逝こうね♡」と思っている。

そりゃあ好きな子が毎夜毎夜治るからって自傷を繰り返して、死にたいよぉ…ってなってたら、ユミルの心も死ぬし、ヤンデレも加速しちゃうよね。
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