お兄さま曇らせIF√   作:栗鼠

13 / 26
「ライナー、やるんだな!?今…!ここで!」

「あぁ!!勝負は今!!ここで決めるッ!!」


「「デュアルオーロラウェーブ!」」


二人はマレキュア【完結編】

「おにーたんは“せんち”になるんでしょ? じゃあアウラのごはんちょっとあげる!」

 

「おにーたん、だいじょーぶ? きょうもないてるの? おとーたんとおかーたんはいないけど、アウラがいるからね。いっちょにねてあげる!」

 

「アウラはどうちていきてるんだろ」

 

「戦士候補生になったんだ! おめでとう、お兄ちゃん………」

 

「私も戦士になる」

 

「嫌だっ! いくら「ダメ」って言っても志願するもん!! するもんするもん!!!」

 

「マガト教官厳しすぎんだけど………マジなんだしあのコワモテ鬼教官、クソがよォ………………ッハ! お、おに、お兄ちゃんいつからそこに……!? ノックくらいしてよ!!」

 

「見てみて、流れ星だ! アウラもパァッと消えたいなぁ!」

 

「ただいま! あぁ、これ? ちょっと色々あってね、へへっ………(気絶)」

 

「早く訓練に戻りたい。早く……」

 

「やった!! 私も候補生になれたよ! あのマガト教官も褒めてくれたんだ! 何か変なものでも食べたのかなぁ……?」

 

「戦場って人がいっぱい死ぬんだね! ほら見て、あの人今地雷を踏んで四肢が爆散したよっ! 怖ァ〜〜ッ!」

 

「いいよね、死ねて」

 

「何? どうして後輩たちにばっかり構ってお兄ちゃんを最近無視してるかって? まったく、あなたはいつになったらお母さん()離れする気ですかァ〜〜? ……っま、暴力反対!!」

 

「アニちゃんが全然懐いてくれない。子どもって難しいなぁ」

 

「マルセルくんが死んじゃったね。お兄ちゃんが死んだらどうしよう」

 

「おめでとう、戦士になるんだ」

 

「軍の決まり? そんなの知らないッ!! 家から出てかないでよアウラを置いてかないでよッ!! ヤダヤダヤダ────ァ!!!」

 

「お兄ちゃん久しぶり! えっ、髪が白い? そんなことよりマガト隊長から聞いたけど、お兄ちゃんって戦士になったの?」

 

「ころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころして」

 

「早く退院したいなぁ。お兄ちゃん大丈夫? 仕事があるのに私のために毎日病院に来て……。無理だけは絶対しないでよ!」

 

「離せッ!! 離せよッ!!! 離せ!!!!」

 

「入院が一ヶ月も伸びちゃった。何でだろ…?」

 

「おにいちゃん、いっしょにいて」

 

「よっしゃ!!! 晴れて私も自由の身だァ──!! ……えっ!? お兄ちゃんと一緒に暮らせるの!!? マガト隊長が手配してくれたの!!? マガト隊長ッ…………何か変なものでも食べたのかな」

 

「ねぇ待って……子どもって二ヶ月も会わないだけで、あんなに身長が伸びるの…?」

 

「戦争に行くお兄ちゃんに言っておくね!! ────死んだら殺すから」

 

「どうして………どうしてどうしてどうしてっ……何でピークちゃんの方が私の胸より大きいのよ!!?」

 

「私も戦士になったぜ、お兄ちゃん。うっかり惚れちまうなよ」

 

「お兄ちゃんは私が絶対に死なせないから」

 

「そうだね。エルディア人(私たち)は罪深い生き物だからね。みんなで死ねたら、きっと幸せだね」

 

「マガト隊長ありがとう! マガト隊長最高!! マガト隊長………誰がマガト隊長の命を狙ってるんだろ…。しょっちゅう食べ物に何かを混入させるなんて………」

 

「マガト隊長に怒られちゃった。私はただ自分の力を正確に把握したかっただけなのに。……お兄ちゃんまでそんな冷たい目で私を見るんだ」

 

「オエライサン、イッパイ。アウラ、エンシュウコワイ」

 

「やだよやだよお兄ちゃんと離れたくない離れたくない離れたくない」

 

「作戦だし仕方がないか…」

 

「………」

 

「大丈夫、絶対に帰ってくるから」

 

「じゃあ行ってくるね、お兄ちゃん」

 

「やめてよそんな泣きそうな顔しないでよぉ…」

 

「お兄ちゃんのために頑張って生きるから」

 

「……あと、まぁ、アニちゃんやライナーくんたちのことも…(ボソボソ)」

 

「うん! いっぱい殺してくるねっ!」

 

「だから、また会おうね、お兄ちゃん」

 

「アウラはお兄ちゃんのこと、世界で一番愛してるよ」

 

「………ううん、何でもない」

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 ジークは泣いていた。懐かしい記憶が次々とフラッシュバックし、最後に作戦に向かう妹を思わず引き止めようとした場面を思い出した。

 

 本当に、懐かしい記憶だ。

 

「ここは……どこだ?」

 

 リヴァイにフルボッコにされ、一か八かで体に刺さった雷槍を爆発させたジークは、胸部から上だけになって死んだはずだった。側にいたリヴァイを巻き添えにできたかは不明である。

 

 いくら巨人化能力者でも、即死を免れないケガだった。事実、ジーク自身も死んだと思った。

 

「アウラ?」

 

 だというのに、不思議な世界に来た彼は、妹に似た少女に体を作られている。

 

「………違う、アウラじゃない。お前はまさか……始祖ユミルか?」

 

 リヴァイが不意に言っていたことを思い出した。

 

 ポツリと呟いた人類最強の男は、「そういやぁ…」と、ヒストリア女王の幼い頃から友だちだった「ユミル」という存在が、アウラ・イェーガーと瓜二つらしいことを話していた。

 

 ジークが何か知っているかリヴァイは探ったようだが、生憎彼もまったく何も────知らない、というわけではなかった。

 

 パラディ島制圧作戦が行われる少し前、アウラは星空を眺めながら、誰かの名前のようなものを呟いていた。

 

 その名前は風で聞き取れなかったが、口元の動きはジークにしっかりと見えていた。

 

 

 ゆ、み、る。

 

 アウラ・イェーガーは、始祖ユミルを知っている。

 

 

 

「ということは…ここが座標か?」

 

 すべてのエルディア人がつながる場所。それこそが今、男と少女がいるこの場所に違いない。

 

 目を白黒させたジークは頭を押さえて、深い息を吐く。

 とりあえず、ユミルに助けられたらしい、というのはわかった。

 

「しっかし、本当に妹に似て──」

 

 ジークがユミルに触れようとした瞬間、バチィンと、手を弾かれた。

 

 俯いていた少女の顔が動いて、蒼い瞳がのぞく。明確な拒絶の色を宿して、それどころかまるで親の仇のように憎しみに染まった色で、少女は男を睨めつける。あまりの形相に、ジークの背筋に悪寒が走った。

 

 

「“お前がいるから、アウラは苦しんでる”」

 

「……!?」

 

 

 いつの間にか男の横に、黒髪の女が立っていた。エレンと同じくらいの髪の長さで、意思の強い瞳もエレン・イェーガーに似ている。

 

 まるでその女はユミルの気持ちを代弁するかのように、言葉を発する。

 

「お前は誰だ…?」

 

「私が誰なのかは、知る必要はありません。私は喋れないその子の代わりに話すだけですから」

 

 ユミルの代わりに、女は語る。

 

「“毎日毎日、自分で自分を傷つけて、アウラは血の中で寝た。お前に会いたいけど会えなくて、夜に一人で泣いていた”」

 

「………」

 

「“朝になったら、後何日でお前が死ぬか数えてた。それでまた、少し泣く”」

 

「…仕方ないだろ、それが任務だった」

 

「“そう、仕方ない。アウラは縛られてる。生きることに縛られてる。でも、この世界で生きる選択を強いているのは、お前だ。お前が大切だから、お前を守りたいから生きている。アウラを縛ってるのはお前だ”」

 

 そして、ユミル()もまた縛られている──と、女は続けた。

 

 ユミルを縛っていたのが初代フリッツ王なら、アウラを縛っているのはジークだ。

 

 その事実が、ユミルは羨ましくて、妬ましい。

 心が壊れきっても双子の片割れを探し続けた『アウズンブラ』が、今世で執着するのはユミルではなく、ジークだ。

 

 どうしてと、彼女は思う。

 

 あんなに、母の腹の中で分かれてしまったユミルの中に還りたいと願って、ユミルに食べてほしいと願って、ユミルだけを愛することしかできなかったのに、どうして「アウラ」になった『アウズンブラ』は、ユミルだけを愛さないのだろう。

 

 

「“私が悪い。全部私が、私が、私が悪いの”」

 

 女はユミルの気持ちを話しながら、その少女の頭をあやすように撫でる。

 

 

『アウズンブラ』のユミルに向けていた感情が愛なのだと理解して、ユミルが彼女を愛することができていたら、その後にアウズンブラが死んでも、回遊魚に取り憑かれることはきっとなかったのに。

 

 ユミルにもう一度だけ会うために、壊れ果てることはなかったのに。

 

 

「“ごめんねアウラ。許してアウラ。ごめんね、ごめんね”」

 

 

 ユミルはジークの足を作っていた手を止めて、女に促されるままその胸に顔を埋めた。震えて、呻き声のような音を漏らす。

 

「“……お前なんか、死ねばいい”」

 

「じゃあ何で助けたんだよ」

 

「“お前が死んだらアウラが悲しむから”」

 

 鼻をズビズビさせて、ユミルはジーク作りを再開した。

 際どい場所の制作になると、すっ…と女の方は視線を逸らして、そのまま顔を戻すことはなかった。ジークもジークで気まずかった。

 

「……まぁ、アイツが俺を是が非でも死なせないために、何か企んでるのはわかったよ」

 

「“お前にアウラは救えない。私にだって救えない”」

 

「…救うとかさ、救わないとかの話じゃないだろ」

 

「“ハ? 何だとこの”…………汚い言葉はやめてね? ユミル」

 

「結局アイツが生きようと思えなければ、何も変わらないんだ」

 

 どうやったらアウラ・イェーガーを死の魔法から解くことができるだろうか。

 

 ジークだってずっと考えてきた。それでも、解決策は出なかった。

 

 たとえ何か有効打が見つかっても、世界はこのように何かに縛り、縛られて生きなければならず、呆気なくまたアウラは死にたがりに戻るかもしれない。

 

 

「それでも、方法は分からないが、俺は妹に死んでほしくない」

 

 

 ユミルと、ジークは違った。

 

 ユミルがアウラとともに死のうと考えているなら、ジークはともに生きたいと、願っている。

 

 その願いを叶えることは、しかしとても難題だ。

 

 だって世界は、残酷にできているから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 巨人の腹から復活したジークに待っていたのは、考える暇もない多忙な展開だった。

 

 お迎えに来ていたイェーガー派とともにシガンシナ区にいるエレンと合流しようと思ったら、あらびっくりマーレからのお客様が登場していて、そこに調査兵団も加わって、鬼むずい弾幕ゲーのような状況になった。

 

 さらに弟くん(エレン)が突如建物の下を掘り出したと思ったら、結晶の物体を「獲ったどー!」し、地鳴らしパレードの開幕である。

 

(ぁ………)

 

 一瞬チラッと見えたアウラの顔は半分欠けていた。戦犯である男の心は死んだ。

 

 

 

 しかし皮肉にも、地鳴らしが始まれば考える時間ができた。

 

 エレンの地鳴らしに賛成するイェーガー派は「イェーガー派」と言いながら、安楽死計画を持つジーク・イェーガーはお呼びじゃなかった。

 

 さらにマーレを裏切った男は当然そこに居場所がなく、かといって調査兵団にも表は彼らに都合のいいことを言いながら、裏では「エルディア人安楽死計画」を企んでいたことがイェレナによってバラされている。

 

 まさしく四面楚歌。

 

 最終的にジークはマガトに捕まった。

 

「手足を拘束し、口にも布をかましておけ。コイツの処遇は後で決める」

 

 ちなみにジークの脊髄液を摂取した人間たちを巨人にする方法はまだ取っておらず、最悪のヘイトは買わずに済んだ。

 

 

 そこから地鳴らしを止めるべく、調査兵団とマーレの合同メンバーが結成した。

 

 残っていたイェーガー派はピクシスが指揮をとり、捕縛が進んでいる。

 脅威であった脊髄入りワインの効果がジークの拘束で無効になったことで、それを飲んでいた兵団の者たちが自由に動けるようになったのだ。

 

「戦士候補生のお前たちは、マーレ兵とともにシガンシナで一時待機を命ずる」

 

「で、ですがマガト隊長! 私たちも何かお力にっ……」

 

「ガビ、貴様たちにできることはない。それに地鳴らしが発動した以上、皮肉にも今はパラディ島(ここ)が安全圏となっている」

 

「……わかり、ました」

 

「俺がいない間、ファルコやガビのことは任せたぞ、コルト」

 

「…了解しました!」

 

 コルトの敬礼にマガトは小さく頷き、彼らの元を後にした。

 

 ジーク・イェーガーはシガンシナ区に残しておくわけにはいかない。人間の時でもこの男は脊髄液を摂取済みの者を巨人化できる。お荷物になってしまうが、そのまま作戦に連れていくしかない。

 

 ジーク派閥の義勇兵はあらかた捕まっており、唯一、調査兵団と親交を深めたオニャンコポンのみ参加している。

 

 隙を見て彼がジークを逃がす可能性はない。『安楽死計画』を知り、そして賛同していたのはイェレナだけだからだ。

 

 

 

「んん…!!」

 

 そして話し合いが行われる中、ジークはずっとボロ荷車に乗せられた男と目が合っていた。

 

(怖ェよ…瞬きすらせずに俺のこと見てくるよ、コイツ……)

 

「………」

 

(つーか何で生きてるんだよ、あの爆発で……!)

 

「(ニコッ)」

 

(ヒィッ!!)

 

 そんなロマンチックに見つめ合う二人の横で、膝を抱えていたアニが呟く。

 

「……アウラ・イェーガーは、私と同じで結晶化してたんだね」

 

「あぁ…アニたちは知らなかったよね。僕らからすれば、君の結晶が解けてたのも驚きだったけど」

 

「気づいたら解けてたんだ。私にも詳しくは分からない」

 

 アニ・レオンハートは窮地に追い詰められ、本人の意思に呼応するように結晶化した。その後、顎の巨人に攫われている。

 

「………私は、どうしてあの(ひと)がマーレを裏切るような真似をしながら、私を助けたのか悩んできた」

 

 瞳を伏せて、アニは九年前のことを思い出す。

 

「でも、結晶化したあの(ひと)がエレンと接触したのを見て、何となく、わかったんだ」

 

 矛盾だらけの行動の理由は何だったのだろう。

 それはきっと、(ジーク)に関連するもののはずだ。そこまでは、アニも思った。

 

 アニを助けた行動が、「戦士たち(仲間)に死んで欲しくない」という理由だったかは、分からなかったが。

 何せベルトルトは死んで、その力をアルミンが継承したから。

 

「……俺は、彼女が俺たちを大切に思っていたと思う」

 

 ジャンのタコ殴りで顔が血だらけになったライナーが言う。

 

「アウラさんは最初こそ俺たちにまったく関心がなかった。だが、ずっと見ていたからわかるんだ。時間が経つにつれ、浮かべる笑顔が…こう、自然なものになった」

 

「ハ? キモ………何? 「ずっと見てた」って……」

 

「あ、アニ、落ち着いて! これ以上ライナーを殴ったら死んでしまう!」

 

 アルミンの制止が入り、間一髪でライナーは助かった。

 

 

「……あの(ひと)は、こうなることが分かってたんだよ」

 

「それは君の勘かい、アニ?」

 

 ハンジが尋ねれば、アニは頷いた。

 

「フゥー…我々は今までエレンの行動に振り回されてしまったわけだが、その始祖様の存在も注視しなきゃいけないのかもね」

 

 ヒストリアは女王になった今も、ユミルが現れるのを待っている。ここ数年はめっきり現れなくなったそうだ。

 

「んんんっ」

 

「……ン? 何かそちらの戦士長さんが喋りたいみたいだね。クソでも漏らしそうなのかな?」

 

「コイツは裏切り者だ。もう戦士長ではない」

 

「あぁ、そうでしたね、マガトさ………うおっ! リヴァイ起きてたの!? その傷なんだから寝てなってェ!」

 

 マガトに口布を外されたジークは、何度か咳き込む。

 そして雷槍を食らった後に起こった出来事と、座標らしき場所で始祖ユミルと遭遇したことを語る。

 

「あぁー……考えることがいっぱいで忘れてたけど、そう言えば雷槍の件もあったね…」

 

 ハンジが苦笑いし、しかしすぐに真剣な表情に戻る。

 

「…うん。つまり要約すると、理由は不明だけれど、始祖ユミルはアウラ・イェーガーのことが大好きで、彼女の願いを叶えようとしているってわけかな?」

 

「多分、妹は俺の代わりに始祖の力を使うカギになったんだ」

 

 (ジーク)を、何が何でも死なせたくないから。

 

「でもアンタ、あと一年で死ぬじゃん」

 

 アニの言うとおりである。

 あまりにもドストレートな発言だが、だからこそ、そこがアルミンに引っかかった。

 

 あと一年で死ぬ。

 

 13年の、巨人化能力者の寿命。

 

 地鳴らしに加担してまで、アウラ・イェーガーが起こそうとしていること。それは結果的に「ジークを救う」ことになるはずだ。

 

 ならば考えられる可能性は、一つではなかろうか。

 

 

「………もしかして地鳴らしを行った末に、13年の寿命を解決する方法があるんじゃないか…?」

 

「“その方法”って何?」

 

「ソレは、うーん…分からないけど………」

 

 

 アルミンも考えたが、その方法とやらは思いつかなかった。

 

 結局エレンを止める話に戻り、二つの案が出た。

 対話の道はすでにアルミンとミカサがエレンに行い、失敗している。

 

 一つはアルミンの超大型であのバカでかい巨人のうなじを吹き飛ばし、エレンに直接攻撃するか。

 

 もう一つはあの巨人のどこかにいるであろうアウラ・イェーガーを殺し、始祖の力そのものを使えなくするか。

 

 エレンがわざわざ彼女を取り込んだことから分かるように、始祖の力を使い続けるには、王家の血を持つ巨人化能力者との持続的な接触が必要である。

 

 何回目だろう。ジークの心が死んだ。

 

「アウ、ラを?」

 

「悪いが、アルミンの方法が通用しなかったら、その方法しかない。心中お察ししたいところだが、私たちだってあなたに仲間を殺されているからね」

 

「……俺の故郷の村の人間は、アンタに巨人にされたんだ」

 

 震える声で言ったのはコニーだった。彼の家族は巨人になった母親しか残っていない。そのほかの家族や村の人間は巨人になった後、全員掃討された。

 

「待ちなよ。加害者って言うなら、それは私やライナーも同じだろ」

 

「……随分とアウラ・イェーガーは、仲間から大切に思われているみたいだね」

 

 アニは真っ直ぐにハンジを見る。拳まで握って、唇を引き結んでいた。ライナーも似た様子で、車力のピークは静かに顔を伏せている。

 

 そこで、口を開いたのはマガトだ。

 

「いや、一番の責任は当時のマーレ政府にある。俺はその中の一人だった。何も知らない子供たちを戦士として育て上げ、地獄に送り出したのだからな……」

 

 イェーガー兄妹も、ガリアード兄弟も、アニも、ベルトルトも、ライナーも、ピークも、今の戦士候補生たちも、結局マーレの命令に従って行動した。

 

 そもそもマガトさえ、パラディ島制圧作戦で子供たちを使うことに反対だった。

 

「……一つの目的を前にして、仲間同士で争っている場合じゃないよね…よしっ!」

 

 ハンジは自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 

 

「私たちはエレン・イェーガーを止めなければならない。……だが、最後まで諦めずにその他の方法も考えよう」

 

 

 みな、その言葉に力強く頷いた。

 

 

 

 その後、彼らは列車を使い、港に移った。

 

 イェーガー派の捕縛も済み、安全安心なアズマビト家による空の旅である。

 

 その最中に、エレンの「あたしを止められるもんなら止めてみなさいよっ!」と、アルミンたちに煽りが入った。

 

 ジークだけ、別の煽りが入ったのだが。

 

 

 

「お兄ちゃんが殺してくれなきゃ、アウラもっといっぱい人間を殺しちゃうからね!」

 

 

 

 少女の姿をした(アウラ)は、無邪気な笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 推測したエレンの現在位置に向かい、飛行船が進む。地鳴らし発動から日が過ぎている。

 

 大型巨人が長い列になって壁のあった位置を歩いていたため、その列が絶えるまで彼らは動けなかった。その分の時間がロスしている。

 

 エレンはすでに、マーレへ到達していると考えられた。

 

 

「……なぁ、ピークちゃん」

 

「手足の拘束を外せと言うなら、無理ですよ」

 

「いやぁ、そうじゃなくてさ」

 

 口の自由だけ解かれたジークは、飛行船の中で寝転がりながら考えていた。側には監視目的でピークが置かれている。

 

 ヒゲの下で開いたり閉じたりした口は、話す言葉を失う。部屋の中が静まった。

 

 ピークは、ハァーと、息を吐く。一時間前にエレンの煽りがあって、その際ジークがポツリと呟いてから、ずっと上の空だった。そこからようやく考える思考が戻ってきたらしい。

 

「アウラさんは、ジークさんに殺されるのを望んでいるんですよね?」

 

「……そうみたいだなぁ」

 

「なら、覚悟を決めておくしかないですよ」

 

「ピークちゃんは俺の妹が死んでもいいって言うのかよ」

 

「死んで欲しく、ありませんよ。でも私の一番は彼女じゃない。命には順序があります。そこに私たちは大義を掲げて、人を救わなければならない。今も刻々とエレン・イェーガーによって失われている人間の命を、です」

 

「………」

 

「それにあの人は、一度言い出したら曲げないところがあるじゃないですか」

 

 (ジーク)にアウラは殺されたいと言う。ほかの人間じゃあ嫌だ。

 

 駄々を捏ねて転がる妹の姿が容易に想像できて、泣きたいのか苦しいのか、ジークの頭はわからなくなった。脳みそが熱くて、死にたいと思った。

 

「何で俺に殺されたいんだよ…! 理由くらい言えよッ!!」

 

「ヒゲ面が嫌だったんじゃないですか?」

 

「だったらいくらでも剃ってやるよ!!!」

 

 ふざけんなふざけんな────と、ひとしきり怒って、ひとしきり泣いた男は、体を起こす。

 

「どうしたんですか、ジークさん」

 

「ちょっと漏れそうなんだ」

 

「そうですか。仕方ないですね」

 

 ピークは足だけ拘束を解き、男の後ろに続く。

 

 飛行船の中は狭く、出歩くジークにチラリと視線を向ける者もいた。まだアウラの件は、側でジークの独り言を聞いたピークしか知らない。

 

 

「よぉ、リヴァイ」

 

「……何だ、クソヒゲ」

 

 

 ジークが向かったのは死に損ない(リヴァイ)の部屋だった。

 

 ボロボロの体でなおブレードの感触を確かめる男は、作戦に参加する。

 これまで死んできた仲間への、最後の手向け(たたかい)にする気だ。

 

「テメェを殺して欲しいって相談なら、いつでも引き受けてやる」

 

「おぉ、怖いねぇ。そんなお前に一つ頼みがあるんだが」

 

「頼みだと?」

 

「何、おたくにとっちゃ、そんなに悪い話じゃねぇさ」

 

 二人の背後で、ピークは何か察したように口を引き結んだ。

 

 

「エレンがさっきお前たちに接触してきた時に、俺だけ妹が接触してきてな。それで……」

 

 

 青い瞳に、揺らぎはない。

 

 ジークの頼みを聞いたリヴァイは黙って男の瞳を見つめる。

 

「それがテメェの「悔いのない選択」って奴か?」

 

「バカ言うなよ。悔いだらけの人生だ、ずっとな」

 

 自重げに男は笑う。

 

 一つも悔いのない人生を送れる人間なんて、この世にいないだろう。

 

 悔いだらけで、それでも一つくらいは間違っていなかった──と、人生を見返した時に思える選択があるなら、それなりに良い人生になるのではなかろうか。

 

 

「頼む……リヴァイ・アッカーマン」

 

 下げられた金髪のつむじを目にしたリヴァイは、ブレードをジークの喉元に突きつけた。

 

 

()()()が来れば、いささか納得のいかねぇ殺し方になるが………一瞬でテメェを殺してやる」

 

 

 喉をかすめたブレードから血が伝って、ポタリと、地面を汚した。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 やぁみんな、アウラちゃんだよ。いつもとテンションが違う気がするって? まぁ誤差だよ、誤差。

 

 ジーク・イェーガーのヒゲ面のせいでかける言葉を一瞬忘れたアウラちゃんだけど、殺してもらうようにお願いはできた。「約束守れなくてごめん」の方は言い忘れちゃったけど。

 

 いやほんと、ヒゲ面がポカンとしたと思ったら、血走った目で走ってくるんだもん。びっくりしちゃったぜ。襲われるかとすら思ったぜ。ほら、アウラちゃんってば可愛いから。ボディもなぜか、ユミルちゃんの仕様で小さいし。胸はほとんど変わってな…………ハ? (ブチ切れ)

 

 

 とりあえず今は、何だか温かくて暗くて狭い空間の中で、ユミルちゃんといっしょに丸くなっている。

 

 こうして二人でいたら、自然と前世の記憶が蘇ってきて、「アウズンブラ」の記憶を私は思い出した。

 

 アウラちゃんよりも生まれた時から壊れていた女の子は、双子の片割れの中にいつも還りたがっていた。

 

 アウズンブラちゃんは不完全な欠陥品だったから、余計にユミルちゃんに執着したのだろう。

 双子ってことは元は一つだったわけで、その一つはアウズンブラちゃんからすれば“完全”なる存在だったわけだ。

 

 そんなぶっ壊れたアウズンブラの異常で、一方的すぎる愛は、当然片割れに受け入れてもらえるはずもなく、というか理解さえされず、彼女はユミルの背を押して息絶えましたとさ。

 

 

 無数の矢が当たって、犬に体をボロボロに食い漁られて、でもそんな痛みより最後までユミルが振り返ることなく走っていったことに傷ついて、死にましたとさ。おしまい。

 

 

 それがアウラちゃんの前世だった。

 

 正直思い出したくなかった。

 

 何だそれ、バッドエンドすぎるじゃないか。アウズンブラちゃんがおかしすぎたのも悪いと思うけど、ちょっとくらいさぁ、好きになってあげても良かったじゃん。

 

 というか何で私はまた生まれ変わったのか。そこらはずっとわからずじまいだ。

 

 まぁ、私がユミルに執着する理由はこれで分かった。お兄さまに執着しているのも、私が目覚めた時にはじめて見たのがユミルの血を継ぐ直系の人間だったからだろう。動物の刷り込みと同じものだ。髪も金色で、目も青色だったし。

 

「なぁーんでさぁ、そんなにアウラちゃんのことが好きになったのさ。ユミルちゃんは私が「アウズンブラ」ってことを、きっとわかってるんでしょ?」

 

『………』

 

「あっ、ギュッとしてきちゃって。そんなんで私が前世のあれやそれを許すと思ってるの? そもそもユミルが家畜を逃がさなきゃ、あの王冠を被っただけのクソッタレの野郎に追放されることもな」

 

『(ギュゥ…!!)』

 

「許しちゃう」

 

 許しちゃうぞぉ! ユミルが私を何億回殺したとしても全然許しちゃうぞぉ! 

 

 アウラちゃんってばいけないね、こんなチョロインだなんて。だからお姫様抱っこしたアニちゃんにうっかり堕ちかけたのよ。

 

「ん…どうしたの?」

 

 赤ん坊みたいにユミルは擦り寄って、この美少女ちゃんの首に顔を埋める。

 

 いっしょにいよう、とユミルは言う。

 

 いっしょにいこう、とも。

 

「いいよ。もうすぐエレンくんたちを止めるために、ライナーくんやアニちゃんたちが来るだろうから。そこでお兄さまに殺してもらったら、一緒に終わろうね」

 

 小さく頷いたユミルは、ポロポロと涙をこぼして目を瞑る。

 

 

「………どうして双子だったのに、アウズンブラとあなたは分かり合えなかったんだろうね?」

 

 

 ようやく分かり合えたのがお互いに死んだ後じゃ、どうしようもないでしょ。

 

 生きて二人で幸せになれなきゃ。

 

「……いや、生きてても、二人で幸せになるのはできなかったかもね」

 

 前提として、ユミルとアウズンブラは奴隷だったから。

 あの王の血が自分にも流れていると思うと吐き気がしてくる。ユミルちゃんの血もあるから、僧愛が半々で悶え苦しみそう。

 

「少し、寝ようかなぁ…」

 

 次に起きたその時には、お兄さまに殺してもらえるんだろうな。最後はどんな表情で、お兄さまは私を殺してくれるのかな。愉しみだ。

 

「…ユミルはさ、薄々気づいてるのかな?」

 

 私は確かに君を愛しているけど、『アウズンブラ』の記憶を思い出しても、激情を覚えるほどに感情が揺さぶられていないことに。

 

 どこか、他人事だった。

 その記憶は所詮前世のアウズンブラちゃんが体験したものだ。今の私が経験したものじゃない。

 

 

「私はアウズンブラ()()()けど、今は「アウラ」なんだよ、ユミル・フリッツ」

 

 

 アウズンブラの過去が他人事のように思えても、ユミルへの愛情だけは変わらずなんだから、それほどアウズンブラちゃんはさ、ユミルのことが大好きだったんだね。

 

「大丈夫だよ、一緒に行ってあげるから。泣かないで、ユミル」

 

 アウラちゃんが死にたがりなのは、前世の時からだったじゃない。

 

 始まりもしなければ、終わりもなかった。

 ユミルと(はら)の中で別れなければ、私は存在せずに済んだのにね。

 

 どうして私は、生まれてしまったんだろう。こんな欠陥品が、生きる価値もないのに。死ぬ価値すらないのに。

 

 

「……アウラ、ごめんね」

 

 意識を手放す前に、私の名前を呼ぶ声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

「……あれ、ここは?」

 

 エレンに追いつき、巨大なその上に飛行船から降り立ったはずのアルミンは、不思議な世界に来ていた。

 

「作戦どおりにエレンのうなじを狙おうとする前に、確か始祖の体から歴代の九つの巨人が現れて、それで……」

 

 彼らは戦闘になり、アルミンはその一体に丸ごと飲み込まれたのだ。

 混乱する彼に、妙齢の落ち着いた女性の声がかかる。

 

「えっ、誰……」

 

「こんにちは、アルミンくん。この顔を見て、誰かに似てると思わない?」

 

「………あっ! ヒ、ヒストリア…?」

 

「そう! やっぱり似てるでしょ、私とヒストリアは!」

 

 女性が笑うと、さらにヒストリアの爛漫な雰囲気と似る。

 彼女は、フリーダは自分の名を明かすと、この場所が座標であることも明かした。

 

「私があなたをここに招いたの。ユミルは今巨人を操って戦ってるから」

 

「……!!」

 

「あの子の“本懐”は、もうすぐ叶う」

 

「始祖ユミルの本懐…ですか?」

 

「えぇ。でもそれはもう以前のものとは違う。あの子を縛るものも違う」

 

 フリーダはアルミンの横に座り、光の柱を見つめた。

 

 女王と同等の美人の横顔に、少年の喉仏が無意識に動く。何かいい匂いもする。

 いや待て、アルミンの心はすでに、シャイニーアニナスにハートキャッチマレキュアしていたはずだ。

 

 

「あの子を縛るものはもう、初代フリッツ王じゃない。かつて自分の双子だった少女に縛られている」

 

「…始祖ユミルは、双子だったんですか?」

 

「えぇ。とても昔のことよ。でも二人はお互いを理解できずに別れてしまった。もう一人の子供は死んで、ユミルだけが生き残った」

 

 その子供は長い時を経て、生まれ変わった。それがアウラ・イェーガーである。

 

「あの子はアウラと死のうとしている」

 

「ともに死ぬために、地鳴らしが必要だったんですか? 多くの人間が無為に殺される必要があったんですか…!?」

 

「必要だったの。ユミルはアウラの願いを叶えてあげたいから」

 

「………やっぱり、地鳴らしの末に巨人化能力者の寿命を解決する手段が、あるんですね?」

 

「……それは、私にもわからない。でも、エレン・イェーガーはきっと知っているはずよ。私を殺したグリシャ・イェーガーは、「進撃」の力が未来の記憶を一部視ることができる──と、語っていたから。だから、彼はどの段階かで見たの。自分が地鳴らしを起こすことを」

 

「………」

 

 アルミンは黙りこんだ。

 エレンの様子が急激に変わったのは、思い返せばヒストリアの戴冠式が行われてからだった。

 

 あの時からすでに、エレンは。

 四年も前からずっとこうなることを知っていて、それでもあがこうとして、でも…………ダメだったのだ。

 

「……友達、失格じゃないか。苦しんでいたエレンの何の役にも立てなかったんだ、僕は…!!」

 

 うずくまって、地面を叩いて、アルミンは歯を噛み締める。

 全部抱え込んで進んでしまったエレン・イェーガーが腹ただしくて、それ以上に不甲斐ない自分が情けなかった。

 

 

「ねぇ、アルミンくん。人にはね、優先順位があるんだよ」

 

 自分の価値観の物差しではかって、順位を決める。

 

「アルミンくんが選ぶのは、どっち? エレン・イェーガーか、それとも人類の生命か」

 

「……僕は、エレンを止めたい。だからきっと、それは後者になる」

 

「そうだよね。私も多くの命を救うことが、正しい道だと思うわ。けれど何が正しいか悪いかなんて、それこそ本当にわからないものじゃない?」

 

「………」

 

「エレン・イェーガーはただ、選んだのよ。多くを殺して、小を救う道を。それほど彼にとってその小さきものが尊く、自分の手を汚してでも変え難いほどに守りたいものだった」

 

「……だからこそ、僕は……僕たちはッ! エレン(アイツ)を止めなきゃいけない!!」

 

 拳を握りしめて、涙をグッと堪えたアルミンは言う。

 

 エレン・イェーガーが守りたいものは、仲間だ。ミカサやアルミン、ジャンやコニー。そんな仲間たちを守りたいのだ。

 

 アルミンはフリーダの意図せんことを察した。

 

 

「僕たちに、力を貸してください」

 

 

 差し出された手を、フリーダを微笑んで握り返す。

 

 二人の後ろにはウーリやグリシャ、クサヴァーなど彼らに味方せんとする歴代の巨人化能力者が佇んでいた。

 

 こうして反撃の狼煙が、幕をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 食われたアルミンが吐き出され、そこから地鳴らしを止めんとする歴代の巨人たちが始祖の巨人から姿を現す。

 

 懐かしい羊の姿を見たジークは、あぁ、と独りごちた。

 恩人のメガネは、人類最強の男との戦闘の最中に紛失し、もうない。

 

 その事実が、これまで望んできた計画との決別ともいうような────そんな喪失感を、ジークの胸のうちに抱かせる。

 

 

「おいクソヒゲ、さっさとテメェの妹を見つけろ」

 

『……わかってるよ』

 

 獣の巨人の肩に乗っているリヴァイ。普通では考えられない組み合わせの二人は、巨人の間を縫いながらアウラ・イェーガーを探している。

 

 しかしてその姿は一向に見つからない。

 

「いっそバカみてぇに妹の名前を叫んだらどうだ」

 

 リヴァイの提案を聞き、「えぇ…」と内心躊躇しがら獣の巨人が叫ぶ。

 近くにいたグリシャの巨人がその名に反応した……が、ジークは気づかなかった。

 

『………!』

 

 始祖の巨人の背骨から突き出すように複数生えている骨の先端から、人間の手らしきものがのぞいている。

 それに気づいたジークは獣の手足を生かし、登った。

 

 彼らに襲い掛かろうとした巨人がいたが、グリシャとクサヴァーが横から入って止める。

 

『クサヴァーさん! ──と、誰だ?』

 

 妙に湧き上がってくる胃のムカムカを抑え、ついに獣の巨人は骨の先端にたどり着く。

 手だけだった人間の体は、腰あたりまで浮き出ていた。

 

 白い髪が、標高のある風を受けて横になびく。

 

 閉じられていた瞳は獣の巨人の手が触れたことで、開いた。

 

「ここは…………あっ、お兄さま!」

 

 アウラの表情は無邪気な笑顔から、安息の地を前にしたような安らかなものへ変わる。

 

 獣のうなじから上半身だけ出たジークは、妹を直接見た。

 

 あぁ、おぞましいほどに変わっていない。その容姿も、その精神も。

 

 

「殺しに来てやったよ、アウラ」

 

「ふふ…ありがとう。長かったよ、ここまで」

 

「……殺す前に聞いとくが、何で俺に殺されたいんだ、お前は」

 

「殺されるならお兄さまがいいからだよ。それで、ずっとアウラちゃんのことを覚えておいてほしい。死ぬその時まで、「あぁ、俺は妹を殺したんだ…」って、悔い続けて、一生忘れないでほしい」

 

「気持ちの悪い野郎だな…」

 

 リヴァイが思わず眉を顰める。

 

「お前の言うとおり、死ぬまでお前のこと忘れねぇよ」

 

「そっか! じゃあ、早く殺して」

 

「………」

 

「殺して、お兄ちゃん」

 

 ググッと、獣の手に力が入る。体に嫌な音が走ったアウラは苦痛にうめいたが、それでも幸せそうに微笑む。

 

 

「俺もすぐに、行くよ」

 

 

 その瞬間、(アウラ)から感情が消えた。

 白銅色の瞳が大きく開き、「ハ、ァ?」と声にならない声をあげる。

 

「何、言って……」

 

「だから、死ぬって言ったんだ。お前が死んだらな」

 

「ふざけ…………ふざけんなッッ!!!! ふざけんなふざけんなふざけんなッ!!!!!」

 

「ふざけてねぇよ、本気だ」

 

 獣の肩にいたリヴァイが移動し、ジークの背後に回って首元にブレードを当てる。微かに減り込ませた喉元からは血が流れて、白いシャツを汚した。

 

「安心しろ、先にどちらかを置いて死ぬんじゃ寂しいだろ。俺が同時に殺してやる。このクソヒゲが妹を肉塊(ミンチ)にするのと同時にな」

 

「ふざけんなよ!! ケニー・アッカーマンの甥のくせして低身長のドチビ野郎がよォ──ッ!!」

 

「………テメェ、ケニーを知ってるのか?」

 

「フッ、ドチビって………っま、死ぬ前に死ぬ!!」

 

 ブレードがさらに数ミリほどジークの首をえぐり、血が軽く噴出した。

 

 

「……何で、何で? お兄さまに生きてほしいのに、何で死ぬの? そのためだけに生きてきたのに、救いたいから、ただそれだけのために頑張ったのに、何で?」

 

「そんなことも分からないのか?」

 

「わからないよ。どれだけ私が死にたいのか、お兄さまにはわからないよ。早く殺してよ、殺してよ……」

 

「……あのな、俺だってお前に生きてほしいんだよ」

 

「無理だよ。私死ぬもん」

 

「じゃあ俺も死ぬ」

 

「だから、だから何でッ……!?」

 

 アウラはわからなかった。ジークが妹に生きてほしいと話す気持ちはわかるけれど、でもアウラは死にたいのだ。

 

 死にたくて仕方ない。この世に存在したくない。どうしてその気持ちを(ジーク)はわかってくれないのだろう。

 それに妹が生きてほしいと願っているのに、なぜ死のうとするのだろう。

 

 思考そのものがチグハグなアウラを、ただじっと青い瞳は見つめる。

 

「ようやく死ねるんだよ。ようやく終われるんだよ。殺してもらうのは、お兄さまがいいの。私を殺して、それで末長く幸せに生きてよ……。ほら、ピークちゃんあたりとでも結婚してさ、だから、だからお兄さま……」

 

「死ぬよ、もう決めた。それが俺の選択だ」

 

「………ッ、ひどいよ」

 

「あぁ、ひどいお兄ちゃんだよな。お前の頬を叩いたし、精神が不安定になるのを分かっていて家を出て行ったし、お前の顔面の一部を吹き飛ばしもしたからな。他にもたくさん、お前にやらかしてきた自覚があるよ」

 

「殺して、殺して、殺して……」

 

「なぁアウラ、俺はずっとお前にしてやれてないんだよ」

 

「……何がっ…?」

 

 

 ──────兄貴らしいこと。

 

 

「お前は俺の年上ぶってたよな。それで慰めたり、甘やかしたり、俺の方が確かに弟みたいだったさ」

 

「……知らないよ、殺してよ」

 

「だからせめて、お前が死んでも寂しくないように一緒に死んでやる、って言ってるんだ。なぁ……ハハッ、ちょっとは兄貴らしいだろ?」

 

「………やだ、死んじゃうのは、やだ」

 

「アウラ、お願いだ。俺はお前を殺したくないし、死んで欲しくない」

 

「しらない。ユミルと、しぬの。約束したもん、いっしょに行くって」

 

「じゃあその間に割り込んで俺も行く」

 

「………何でっ…」

 

 かきむしって、顔を血だらけにしながら、アウラは泣いた。

 わかってもらえない。どうしてだろうと。生きることもできないのに、死ぬことも許されないのだろうかと。

 

 ジークは体を移動させて、妹のすぐ側に迫る。一歩分離れたリヴァイは時折下の様子を見つつ、静かに二人の様子を見守る。

 

 

「久しぶりだな、こうして抱きしめてやるの」

 

 

 母親譲りで細過ぎて、言っちゃあ悪いがヒンソな体で、そこに人の温もりがある。

 死にたがっているその体はまだこうして脈を打っていて、生きている。

 

「九年前と何も変わってないな。胸も」

 

「ヒゲ面不審者老け顔三十路詐欺男」

 

「なぁ…………泣くぞ?」

 

「…もう泣いてるじゃん」

 

「お前も泣いてるだろ」

 

 アウラは縋るようにして、兄の首に腕を回す。そこから本格的に泣き始め、整った顔を鼻水や涙で汚した。

 

「さぁ、どうするんだ。とっとと地鳴らしを止めないといけないんだ、決めろ」

 

「……死ぬ」

 

「…わかったよ」

 

 ジークが視線で促すと、リヴァイがブレードを走らせた。

 

 

 

「でも、お兄さまが死ぬなら………死んだように生きるよ」

 

 

 

 鈍く光る刃の先は人肌の寸前で止まり、行き場を失ったそれは獣の体に深々と突き刺さる。

 

 リヴァイはその時、青い空の、どこまでも遠い先を眺めていた。

 

 

「兄妹喧嘩に人を巻き込むんじゃねぇよ、クソが…」

 

 

 

 

 

 

 

 ところで。

 

 アウラの下半身は始祖の骨から生えるようにして完全に癒着している。

 ジークが引っ張ってもまったく離れないそれを、どうするかという話になった。

 

「大丈夫だ、俺は胸から上だけになっても……まぁ、生きてたから………多分……大丈夫だよな?」

 

「嫌です嫌です嫌ですッ!!!」

 

「一瞬で終わる、斬るのはな」

 

「り、リヴァイ………やっぱ別の方法にしよう?」

 

「一、二の三でいく。一、二」

 

「ギャアアアアアアァァァ!!!」

 

「三を言ってねぇだろテメェ!! あ………アウラッ!!!」

 

 ズバッと体を切り裂かれたアウラは、そこで気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 誰かが、泣いている。

 

 暗闇の中で、女の子が泣いていた。うずくまって「アウラ、アウラ」と呼んでいる。

 その背中を見ていた私はその子に泣いて欲しくなくて、声をかけようとした。

 

 でも、伸ばした手は後ろから伸びてきた真っ白な手につかまれたことで止まった。

 

 白いと言っても、それは人間がしていい色じゃない。

 どこまでも白くて、背後にいるその存在が耳元で囁く。私とまったく同じ声で。

 

 

『ユミルは『アウズンブラ』()のユミル。「アウラ」(あなた)のユミルじゃない』

 

「えっ……?」

 

 その直後、私の体は足元から暗い地面に飲み込まれた。

 その子の名前を呼ぶと、彼女は泣き腫らした顔を驚きに変えた。腕を広げて、彼女は白い女の子に抱きつく。

 

 待って、待って、待って……!! 

 

 

「ありがとう、アウラ」

 

 

 最後に白い女の子の肩口から顔をのぞかせたその子は────ユミルは、笑って私にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⚪︎⚪︎⚪︎

 

 

 起きた時にはすでに全部終わっていて、唖然とした美女はだぁれだい? えぇ、アウラ・イェーガーちゃんですよ。ちゃぁんと足も生えています。

 

 私が痛みで気絶した後に始祖は停止して、アルミン・アルレルトが超大型を使ってエレンくんのうなじを吹き飛ばしたそうだ。

 

 ベルトルトくんの…………。

 

 彼は、どんな最期を迎えたのだろうか。せめてその姿を見届けたかった。助けられたけど、今後のことを考えて見殺しにしたのは私だから。

 

 せめて……来世はアニちゃんと結ばれることを祈ってあげよう。代わりに死んであげてもよかったのに。というかどうして私は死んでないんだ? おかしいなぁ。

 

 あぁ、そうだ。死んだように生きることを選んだんだ。死にたいなぁ。

 

 

 それで、さらにその後、始祖から出てきた白いムカデ(?)のようなものを、透明な黒いエビ(?)のようなものがバリムシャ食べたらしい。

 

 黒いエビは、お兄さま曰く私を切除した部分から噴き出てきたとのこと。

 何か知っているか聞かれたけど、あいにく私は何も知らない。

 

 エレンくんは生首だけ発見されて、ミカサちゃんが今は抱きしめている。その周りには調査兵団の人間も集まっていた。弟には思うところがあるけど、今私がそちらに行くのは無理だ。

 

 そして一人だけその輪から外れ、私を真っ二つに刻んだ野郎は、もの憂げな感じで座っている。

 

 

 私はというと、お兄さまにお姫様抱っこされていた。全裸だった体にはお兄さまのシャツが着せられている。下半身は何もない。スースーする。

 

 というか、上裸のヒゲ面男と血まみれのシャツ一枚な美女の絵面って大丈夫? サイズが二回りくらい違うせいで、余計に犯罪臭が増してるぞ? 

 

 つーか、何だこの胸筋? 私より大きくない? 殺すぞ? 

 

 

「ねぇ、自分で歩くから離して」

 

「……気をつけろよ」

 

「大じょ、わっ!」

 

 足に力がうまく入らず、そのままぶっ倒れそうになった。寸前でお兄さまが手をつかんでくれたけど、子羊みたいにプルプル震えてしまう。

 あのチビ野郎が真っ二つに切りやがった後遺症かもしれない。許せねェ…。

 

「言わんこっちゃない…」

 

「やだ、一人で歩けるもん」

 

 兄妹で騒いでいたら、マーレ組が近づいてきた。

 

 わぁ……! マガト隊長は何にも変わってないけど、アニちゃんも何にも変わってないけど、ピークちゃんは胸がさらに大きくなってる…。

 

「お兄ちゃん、あのヒゲ面の、いかにもくたびれている男は……ライナーくん?」

 

「何だ、俺を「お兄さま」って呼ばないの………()ッ…!! 人のヒゲを引っ張んじゃねェよ!!」

 

 ライナーくん? ど、どどっ、どうしたんだ…? 君ってまだ21歳くらいだろ? 妻子持ちの30代に見えるぞ。お兄さまは40代くらいに見えるけど。

 

 

「おーい! 美女アウラちゃんのお出ましだぞぉ〜!」

 

 

 まぁ、ひとまずここは元気に挨拶しておくことにした。

 

 マガト隊長は盛大にため息を吐いて、相変わらずか、みたいな顔をされる。

 アニちゃんには胸ぐらをつかまれて、殴られると思って目を瞑ったら、なんとまぁ抱きしめられた。はわわ、恋の音…。

 

「このッ、バカ野郎が…!! よくも、今まで散々人を………っ」

 

「………ごめんね」

 

「謝るなら最初からするんじゃないよッ!」

 

「許して、殺していいから」

 

「おい」

 

 殺されるのはお兄さまが止めたせいでダメだった。何で死んじゃダメなんだ? アニちゃんもそんな怖い顔をしなくていいのに。アウラちゃんが死にたいのは、これからもずっと変わらないだろうから。

 

「なんか何も変わってないですねぇ、アウラさんは」

 

「やっほーピークちゃん。その胸の脂肪、私にちょうだい?」

 

「あはは、できたらいいんですけどねぇ」

 

 アニちゃんに肩を支えてもらっていたら、マガト隊長が来た。今度こそ殴られるかな。

 

「アウラ・イェーガー」

 

「はい。何でしょう、マガト隊長」

 

「色々と追求したいことが多いが……ひとまず、よく帰ってきた」

 

 頭を、撫でられた。

 

 

「え……?」

 

 

 何かが胸の奥から込み上げてきて、それが瞳から出てくる。

 

 自分でも形容し難いこの感情は何だろう。お兄さまが死ぬとか、自分が死にたいとか、そういう感情とはまた違う。

 

 よくわからなくて、袖で涙を拭うしかできない。

 隊長はいつしかしてくれたように、背中を優しく叩いてくれた。

 

「ご、ごめんなさ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」

 

「泣くな。後でいくらでも叱ってやる。その後にしろ」

 

「ゔぅ………!」

 

 みんな、変わったようで、変わってないんだな。それが妙に嬉しかった。

 

 

「ふぐぅ……グスッ、ライナーくんも久しぶり。大きなおじさんになったね…」

 

「………え!? はっ、あ……わ、はい…」

 

「……? どうしたの、そんなに顔を逸らして?」

 

 目が泳ぎまくっているけど、どうしたんだろ。抱擁していないのはあとライナーくんだけなんだけど。

 

「…ピーク、ちょっとこの(ひと)のこと支えてて」

 

「うん、いいよ〜」

 

 服の袖をまくったアニちゃんは、ファイティングポーズを決めて、ライナーくんを襲いに行った。

 二人とも元気だなぁ。相当戦ったはずなのに、よく体力が残ってるよね。

 

「…アウラさん、サイズは合わないと思うけど、私の軍服のコート貸すよ」

 

「ハ? 喧嘩を売ってるなら買うぞ、ピーク・フィンガー」

 

「いや、サイズって身長の方ね。その格好だとちょっと、男子には刺激が強すぎるなぁ……って」

 

「別にマガト隊長もお兄さまも、何とも思ってないと思うよ?」

 

「あぁ! 変なところで鈍いのも変わってない!」

 

 ピークちゃんに服を着せられて、歩けない私は再度お兄さまに回収された。

 その間、ライナーくんはアニちゃんにボコボコにされていた。傷はもう治らなくなったんだから、程々にしてあげてほしい。

 

 

「そっか。傷つけたらもう治らないのか、不便だな…」

 

「………おい」

 

 体にミシッと力が入った。か弱い妹をその無駄にある筋肉で圧迫するのはやめろ。

 

「でも、傷つけたら痛いもんね」

 

「………」

 

「……大丈夫だよ。少し、頑張って生きてみるから」

 

「お前の「大丈夫」が大丈夫だった試しが今まであったか?」

 

「ははっ、なかったかも」

 

 

 でも、本当に大丈夫だよ、お兄さま。

 

 みんなの顔を見たら、もう少し頑張っていいと思えたから。

 

 だから、ユミルちゃんはもういなくなってしまったけれど、生きるよ。

 

 

「私が死にたくなった時は、止めてね」

 

「……死にたくなくなるほど、幸せにしてやるさ」

 

「そっか。楽しみだなぁ」

 

 

 

 生きる道を選んだ私には、これから何が待っているのだろう。

 

 この世界は残酷だ。けれど、それでも生きていかなくちゃいけないのなら、何かに縋って生きるしかない。

 

 だったら私も縋ろう。みっともなく縋って、「死にたい死にたい」と言いながら、生きよう。

 

 

 それが私、アウラ・イェーガーだ。

 

 

 

 

 

 IF√[何かが欠けている戦士(あの子)]-end -






【補足】
・二人はマレキュア~MAXハート~
 構成メンバー。ライブラック、ベルホワイト、シャイニーアニナス。
 シャイニーのポジにジークを入れようと思ったけど、さすがに絵面が地獄すぎるのでやめました。

・リヴァイVS獣の巨人(巨大樹の森)
「えっ、お兄さまが人類最強の男とモテる、モテないの話で戦いになるの!?それ本当にッ本当?ユミルちゃん……!!?」
『(コクン)』

・どの√でもかなり不憫なグリシャ
 あなたのお子さんたちは立派に苦しみながら育ちました。

・イェーガー兄妹の今後
 ジークの裏切りがあったけど、マガト隊長が裏で色々と手を回してくれたおかげで罪には問われなかった。
 そしてお兄ちゃんは妹の評判が悪すぎるのでヒゲを剃った。
 アウラは歩行が難しい状態なので車椅子。完全に治りきる前に巨人の力が消えたので、今後も自力で歩くのは難しい。
 二人はしばらくのんびりと旅をする。リヴァイと遭遇することがあるかもしれない。二人とも人類最強がトラウマになってる。

・ライナー
 シャツの下の太ももをガン見してしまったところをアニに見られた。これは違……グハッ!!
 ヒストリアに揺らいだことはあったけど、割と本気でアウラをずっと好きでいる。
 歳を取っていないアウラと一つ違いなので、この√だと二人がくっつくかもしれない。ライナーの頑張り次第。


【余談】
 前話でバッドエンドで終わらそうと思ったものの、考え直して、やたら文量の多くなってしまったのこの一話を足しました。
 本編でもこのくらいのアウラちゃん成分で書いてたらよかったな。そうなるとド鬱主人公が爆誕するけど…。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。