お兄さま曇らせIF√ 作:栗鼠
私クソ幼女ちゃん。拉致られたの。
「むぐぐっー!!」
店に入ってきたこのかわゆい幼女ちゃんに目をつけたのは、二人の男。彼らは人さらいのようです。
トイレを出たと思ったらいきなり口元を布で塞がれ、厨房を抜けたレストランの裏手から路地裏に連れ去られてしまった。
おじさんたちが裏手の存在を知っていたのは、それこそ人攫いを生業としているからでしょう。
そして厨房を誰にも見つからずに抜け出せたのは、使用人がそこにいなかったからだ。
何やらエントランスで騒ぎがあったようで、そこにスタッフも駆けつけていたらしい。
付き添っていたはずのお父さまがいなかったのも、その騒ぎが原因ではないかと思います。おそらくですが、急患を助けていたのかもしれない。
(どうしようかな…)
曇らせ的にはおいしいですが、今の状況は困ります。
アウラちゃんはまだ、全人類がお涙必須のお兄さまとの感動の再会を果たしていないのでね。死ぬわけにはいきません。
なのでここは抵抗しましょう。ンッ、ママァ〜〜〜ン!!
「このガキッ、暴れんな!」
肩に担がれるようにして捕まっている現状。暴れるフリをして、相手の両目に指を突っ込んだ。「ギャッ!!」と悲鳴が上がった直後、アウラちゃんは投げ飛ばされる。
(うわ、ばっちい)
そんなに真っ赤な瞳で見つめたって、私が惚れるのはお兄さまだけだぜ。
両手の目玉は投げ捨て、口元の布を解く。手の汚れはそれで拭った。後ろからは怒声が聞こえる。これは捕まったら確実にdead…(イケボ)ですね。
「あっ」
前方は行き止まり。後ろは────、
「ゆるさ、ね゛ェ」
殺意マシマシの二人がいました。
⚪︎⚪︎⚪︎
“アウラッ、アウラ……ああああっ!! ”
グリシャ・イェーガーは路地裏で冷たくなっている娘を抱きしめ、泣き続けた。
なぜ私は娘から目を離してしまったのだろうか、と。自分の行動で、娘は冷たくなってしまった。
“ごめんな、ごめんなっ……”
グリシャはただ、謝ることしかできなかった────、
いやまぁ、これは全部私の妄想なんですけどね。
アウラちゃんが陵辱バッドエンドだと思ったみなさん、
袋のネズミになったあと、私は暴力を受け気絶してしまった。そこからどこかに連れて行かれてしまったようで、今は真っ暗な牢屋にいます。暗すぎて何も見えません。周囲には他にも牢屋があるようで、子どものすすり泣く声が聞こえてくる。彼らの顔を拝めないのが残念でなりません。
(はぁーあ、このままじゃお兄さまに会えないまま死ぬな…)
まぁ、死んでもいいかもしれない。どうせこの体ではもう、お兄さまのあのかわゆいご尊顔を拝むことはできませんし。
脳を支配する激痛と、どこまでも存在する深淵。わずかな明かりさえそこにはない。
おじさんの一人に拘束されたアウラちゃんは口元を押さえられ、目玉をえぐり取った男に報復された。その痛みで私は気を失ったわけです。
悔しいです。せっかくえぐり取るなら、お父さまが見ている前でしてほしかった。そうすればお父さまはどんなお声を聞かせてくれたのでしょう。本当に、人さらい失格ですよ、あのおじさんたち。
「真っ暗…」
心臓から、体が冷たくなっていく。5歳の身には有り余りすぎる暴力だったみたいです。
せめてこの遺体が最終的にお父さまに渡り、彼の人生で一番の悲劇を生み出してくださいますように。神ユミルにお祈り申し上げます。
「暗い、くらいくらい、くらい……」
深淵から、何かが浮かび上がってくる。
何かの形をした、ナニカ。
ソイツはほほ笑み……ほほ笑み?
真っ黒な口を、開けた。
***
アウラ・イェーガーが誘拐された数日後のこと。グリシャの元に届けられたのは、“小さな”娘だった。
「お子さんの特徴と、一致しているかと思われます」
「あっ……」
グリシャを見つめる見慣れた瞳。白銅色の小さなそれが、彼を見つめている。
「ああっ……!!」
グリシャは、その場で泣き崩れた。
⚫︎⚫︎⚫︎
そこは深淵。
いのちが存在しない、終わり続けている場所。
その深淵では、一匹の巨大な回遊魚が廻っている。
────オオ ユウシャョ マタ タヒンデ シマゥ トハ ナサケ ナイ
そんな悍ましい異形の姿を、一人の少女は睨みつけていた。
***
誰かが呼んでいる。必死に、誰かが誰かの名前を呼んでいる。
その呼びかけに応えるように、一人の少女は目を覚ました。
「だぁれ…?」
檻から顔を覗かせ、少女は周囲を見渡す。するとそこに、彼女を呼んでいると思しき少女がいた。
「うん、いま…行くね」
少女の指示を聞くと、確かに牢屋の中に鍵が転がっていた。それを拾い上げ、中から外へ手を出し錠を開ける。
彼女の他にも牢屋があったが、その中の子どもたちはみな倒れていた。その子どもに気を取られていると、少女が手を握り急かす。そこで彼女は、少女が透明なことに気づいた。
「どうしてあなたは透明なの?」
彼女の言葉に、少女が止まる。蒼い目が限りなく開かれ、彼女をとらえる。その唇はかすかに震えていた。
透明の少女は恐る恐るという様子で彼女の名前を尋ねる。
「わたしの、名前?」
『(コクッ)』
少女に「アウラ」と呼ばれた彼女は、ふんわりと笑って言う。
「知ーらない」
その仕草は、まるで少女の──ユミルの記憶にある、『×××××』のようだった。
⚪︎⚪︎⚪︎
人間じゃない少女と恋の逃避行中なわたしは、『アウラ』ちゃん。
子どもは眠っていて、大人は一か所に集まっていた場所から脱出したわたしは、空に天上ではなく、天井がある世界にいた。
「あなたのお名前、なぁに?」
わたしがそう尋ねると、透明な彼女は長い沈黙の後、「ユミル」と答えた。不思議だね。彼女の声が頭に響いてくる。
不思議だね。そこら辺にも人間がたくさんいるのに、ユミルだけがキラキラしている。
「…えっ、「ユミル」ちゃんって呼ぶのは万が一があるから、別の呼び方にして欲しいって?」
『(コクッ)』
「じゃあ……マイフレンド?」
『………』
「マイベストフレンド?」
『!』
ユミルちゃんの呼び方は、
「巨人、ウォールマリア、ローゼ、シーナ、地下街……」
服は裏の道にあった死体から剥ぎ取り、体をすっぽり覆えるマントを羽織った。死んだ人間の体液で尋常じゃない臭さがあるけど、まぁそのうち慣れるだろう。
ここは治安が最底辺らしいので、武器になるものを探す。候補になったのは割れたガラスと、ビール瓶。ガラスはポケットに忍ばせ、ビール瓶は服の中に忍ばせた。瓶は便利だ。水を入れて持ち運べるし、いざという時は割ってそれを武器にできる。もちろん、わたしでも割れるか確かめてある。
あとはユミルの案も採用する。
同じく死体から剥ぎ取った服をガラスの先で切り取り、袖を切り離す。その袖に石を詰めて、両口を縛る。これを振り回して人間に当てれば、十分に凶器になるらしい。試しに死体にぶつけてみた。みるみるうちに体がボコボコになっていく。かなり楽しい。ただ、楽しいけど…。
「なんか物足りないな…」
結局途中で疲れ、その日は死体の中に隠れて眠った。臭くて眠れないかと思ったけど疲れには勝てず、ぐっすり眠れた。
その後、不思議な世界でもユミルちゃん講座は続き、わたしの頭がパンクしてきたあたりで一旦終わった。
翌日目覚めてからは、ゴミを漁って食べものを探す。
どの道子ども一人では生きられない。まぁユミルちゃん講座でここが地下街なる、スラムということがわかった。ということは、当然孤児も多くいるだろう。そういった子どもは必ず徒党を組む。その中にわたしも入れてもらおう。
『……?』
「え、親の元に帰りたくないのかって?」
その親をわたしは覚えていないしな…。第一この地下街からその親がいる場所まで、かなりの距離がある。また、子ども一人で行くのはまず不可能である。
「それに、マイベストフレンドがいるし」
肉体的辛さはあるものの、精神的には安定している。この精神の安定は、ユミルの存在のおかげだとも思っている。彼女がいると、心が落ち着くとでも言えばいいのか。
『 、 ?』
「…うん? うん、わたしにとって、あなたが一番だよ」
『………!!』
ユミルちゃんはパアッと笑顔を咲かせ、わたしの手を取りうさぎのように跳ねた。それからわたしを抱きしめ、またジャンプして──としばらく忙しなく動き、天に向かって人さし指を掲げる。「私が一番っ!」だそうである。めんこいな。
とりあえず今後の目標は決まった。生き抜くためにナイフといった本格的な武器も調達したい。それと、信頼できる大人に武器の有効な使い方を学びたい。
「うーん、この長い髪は邪魔かな」
つかまれたら逃げにくくなるしね。
そう思ってガラスでばっさり切ったら、上機嫌だったユミルちゃんが一転し、口を開けて固まる。そしてわたしの肩をつかみ、「ねぇ、ねぇなんで切ったの!?」とでも言いたげな表情をする。
「髪が長いと手入れも大変そうだし」
『!!』
ユミルちゃんはその後、怒りながら空気に溶けていった。
と見せかけ、こちらをチラッ、チラッ──と見ていた。
⚪︎⚪︎⚪︎
地下街で暮らすようになってから数年経った。
孤児のグループに入ることができたわたしは、主に盗みをしながら暮らしている。
わたしの容姿は可愛いらしく、人身売買や娼婦にする目的でさらわれかけることも多かった。
しかしそこは磨いた技術で相手を倒し、それでもどうしようもない時はユミルちゃんが始末している。さすがエルディア人の神様と言われるだけの彼女だった。わたしが牢屋から逃げた後に見つけた首吊り死体たちも、ユミルちゃんが行ったらしい。その時の彼女は、「おこ!!!!!」だったそうだ。かわゆいね。
そして、みんなには伝えなければならないことがある。それは、わたしが「恋」をしてしまったことだ。
あの温もり。高揚感。胸のドキドキ。これが恋と言わずして、何が恋というのだろう。
「恋」するわたしを、ユミルちゃんは微笑んで見守る。
「たず、げっ……!!」
最初に急所を狙って、相手が怯んでから逃げられないように足の腱を切る。そうして倒れたら腕も動かせないように両手に握ったナイフを同時に突き立てて差し上げ、命を乞うそのお顔を見て差し上げる。涙と鼻水や血で汚れているその顔。ドキドキします。わたしは恋をしている。恋は盲目だそうで、わたしははじめて人を殺めてその絶望に染まった顔や悲鳴を聞いてから、恋の虜になってしまった。
「死にたくない、死にたくない死にたくない死にたっ、あ゛」
喉にナイフを刺し、ゆっくりと、ゆっくりとゆっくりとゆっくりと、横に動かす。
絶命していく名前も知らないアナタ。そんなアナタを想ってわたしはあなたを殺します。最高ですね。
「はははっ……ふふふふ」
血生臭いにおいを感じて、全身に温もりを感じて、恋に我が身を堕とす。
この感覚を一度知ってしまったら、もうやめられなかった。
この恋の衝動は時折訪れる。この衝動が来てしまうと、わたしの普段の精神が一気に崩れて、気がおかしくなってしまう。このおかしさを鎮めるには恋をするしかなくて、恋をすると人間が死んでいる。不思議ですね。
でも、グループの子どもたちにはバレないようにしています。さらにちゃんと人さらいなどの悪人を選んで殺しているので、罪のない人間を殺すよりはいいでしょう。この衝動のままでいると、無差別に殺し始めてしまうんでね(1敗)。
また逃げのアウラーでもあるわたしは防御力は紙ですが、俊敏力は高い。
地下街の複雑な造りとこの小柄な体格、それと速さを活かせば殺しているところを見つかってもすぐに逃げられます。まぁそうならないよう、時間帯や場所は選んでいますがね。絶対に見つからない、とは言い切れない。それでもでかいマントで体や顔を隠しているので、反抗が子どもであるとバレても、それがどの子供かまではわからないでしょう。最中は念のためヅラもかぶっていますし。
「はぁ……イイ恋だった」
またいつ恋したくなってしまうだろう。この衝動には困らされるけど、わたし自身はこれを肯定的に思っている。
それほど恋している時は、自分のすべてが満たされているのだ。
だがしかし、そんな素晴らしき日常も続かないものです。
「テメェか。最近
わたしは、こわいおじちゃんに捕まったのでした。