お兄さま曇らせIF√ 作:栗鼠
新生アウ子ちゃんと愉快な仲間たち
よく、夢を見る。
そこには私の他にもう一人少女がいて、一緒に花畑の中で遊びます。時には海だったり、山だったり。
その子供の姿は私にそっくりで、さながら双子のようなんです。
でも、私に兄弟は一人しかいません……いえ、後から判明した事ですが、腹違いの兄弟がもう一人いるくらいで、双子の女の子はいません。
もしかしたら私が生まれる前に双子だった可能性も考えましたが、正真正銘私はお母様のお腹の中でも一人でした。
そのお母様と言えば私が生まれて間もなく病気で他界し、私と兄は母方の祖父母に引き取られました。
父は写真で見たことがあるのみで、実際に会ったことはありません。
父は当時、研修医をしていたそうです。お母様とは運命的な出会いを果たし、駆け落ち同然で二人は付き合い、結婚しました。
父が私たちと共に暮らしていないのは駆け落ちの件が一点、さらに、自分の収入で私たちを養っていけないというのが一点。
そして最も大きな理由が、お母様の家系が高貴な身分のお家柄だったからです。
祖父母は一人娘が亡くなり跡取りが居なくなってしまったため、孫が必要だったわけです。
打算的な考えもあるでしょうが、お祖父様とお祖母様はきちんと私とお兄様を愛してくださっています。
父に会いたいかと問われれば、一度は会って見たい気持ちがあります。
でも祖父母は娘を奪われた挙句、結婚したのちに病気で亡くなっているので、そのヘイトを父に向けています。ですから、父の話題を出すだけでも、お二人は良い顔をしません。
対しお兄様も父には興味がないみたいです。お兄様も幼い時の記憶がうっすらある程度だと思うので、当然と言えば、当然の反応なのでしょう。
────っあ! いけません私ったら、話が逸れていましたわ。
夢の中に出てくる女の子は、自身を「ユミル」と名乗っています。
彼女は私で、私は彼女。私たちは一心同体なのだそうです。
そんなユミルちゃんは私が成長するに連れ、現実にも出てくるようになりました。
曰く、夢の中だけで会うのは寂しいのだと。四六時中ずっと私と共にいたいそうです。可愛らしいですね。
ユミルちゃんは他の人間には視えません。お兄様や祖父母、使用人の方達にも視えていないのです。
彼らは見えないところに話しかける私を初めは病気だと思い、のちに「イマジナリーフレンドか…」という形で落ち着きました。
彼女は霊的な何かなのでしょうか。神秘の類に啓蒙が高い私ではありませんので、真実は闇の中……いえ、ユミルちゃんの中です。
《どうしたの アウラ?》
ちなみにユミルちゃんは“キャラ設定の維持”とかで、霊体のクセして看板のような板を持ち、そこに己の気持ちを表してきます。
板に文字が浮かび上がるたび、ファンタジーを感じてしょうがありません。
「ううん…ちょっと、ユミルちゃんのことを考えてたの」
《わたしもいつも アウラのことかんがえてるよ》
「ユミルちゃんは一体何なんだろうな…って。あなたが教えてくれた試しはないけどさ……」
《わたしはアウラ アウラはわたし》
ニッコリ笑って、ユミルちゃんは私に抱きついてきました。本当に触れられるわけではないんですけどね。感触もないですから。夢の中ではお互い手を握ったりできるのに。
《アウラのしあわせを わたしはねがってる》
ユミルちゃんはいつもそう言う。私よりユミルちゃんの方が幸せになって欲しいです。
霊体の彼女がどうやって幸せになるのか、という疑問は今は捨て置いてください。
《アウラのしあわせが わたしのしあわせ》
「そう言われたら、何も言えなくなっちゃうのにな…」
《だいすき アウラ》
「……うぅ、私もユミルちゃんのこと大好きだよぉ…!」
ユミルちゃんの為にも、私絶対幸せになります!
⚪︎⚪︎⚪︎
私の大まかな人生を説明しますと、学校までの送迎が黒塗りのリムジンな程には裕福な家庭でしたので、金銭面で不自由した事はありません。
幼稚園から大学までエスカレーター式の学校に小・中と通いつつ、家に帰れば習い事の毎日です。
幸い頭のデキが悪いということもなく、大抵は卒なくこなせます。
ですが反対に、御家の嫡男であり将来跡取りが決まっているお兄様は、私が物心ついた時から厳しく教育されてきました。
よく、その厳しさに耐えかねて書庫の奥に隠れて泣いていたお姿を覚えています。とても、可哀想でした。
その時の私は兄が泣いている理由を詳しく分かっていませんでしたから、覚束ない足取りで近づいて「あそぼ!」と要求していました。
何とも空気の読めないガキですが、お兄様は遊んでくださいました。
私と遊んでいる時のお兄様の表情は楽しそうで、一応しっかり妹セラピーにはなっていたのだと思います。
それでも私一人の力では、どうにもならない事がありました。
決して、祖父母がお兄様を毛嫌いしているわけではないのです。
ですがお兄様の顔付きが父に似ている事もあり、どうしても冷ややかな感情が表情に出てしまうことがあるのです。特にお祖父様はそれが顕著でした。
それを言ったら私の髪色も父に似ているそうですが、顔が母親譲りのため、冷たい視線を送られたことはありません。
むしろ高貴な界隈で厳格なイメージを持たれているお祖父様が、孫娘の前では締まりのない顔つきになる程デロデロに甘やかされている自覚があります。
愛は、与えられている。
しかして私とお兄様の受ける愛が平等かと問われれば、それは「否」でした。
その事実を理解できるようになった時、私の胸の奥がツキツキ痛みました。それは、疲れたお兄様の顔を見る程、強くなっていくのです。
暗い表情を陰で私が浮かべる度、ユミルちゃんも辛そうにしました。
そして祖父母をヌッ殺そうと画策し出したので、全力で止めました。どうやって殺害するのかは不明ですが、やめてください。
あるいは、私がいなければお兄様はもっと幸せに生きられたのかもしれません。愛情を受ける
でも自死なんてトンデモではないですが、できません。私の命は私だけのものではないから。
そうやって悶々と過ごしていた折、一つの事件が起きました。
⚪︎⚪︎⚪︎
私が小学生になったばかりの頃。兄、ジークお兄様も同じ学校に通っていました。
お兄様は何でも卒なくこなす私とは違い、努力型の人間でした。大器晩成型です。
はじめはいくら努力しても実力共に結果が伴わず、過剰に期待していた周囲から「〇〇家の人間であるのに…」と、落胆の目を向けられるばかり。我が一族は優秀な人間が多いようで、その視線は顕著でした。
当時のお兄様はまだ努力が実を結んでいない状態で、疲れた様子でした。
ストレスはさらに良い結果を遠ざけます。その悪循環に何年も陥っていたのです。
一方で私はデキた子として、祖父母や(学校とは別の)先生たちからも褒められていました。
私は兄の苦悩を知っていたのです。でも本人ではないので、その艱難辛苦がいかほどのものかまでは、正確に理解してはいなかった。
その私の無知と愚かさが、事件の引き金でした。
その日は12歳未満の子供が参加するとある大会があり、惜しくも一位を逃した私は落ち込んでいました。
けれど家に帰りお祖父様が「よく頑張ったな、アウラ!」と大層喜んでくださったので、つい先程まで濡れ鼠みたいだった私の心境は一転し、内側でふつふつと喜びが顔を出しました。
そして鎮めていた反動で飛び上がった嬉しさは、私から正しい判断を奪います。
ちょうど習い事から帰ってきたお兄様に、私はトロフィーを持ったまま駆け出しました。
思い返せば、その時のお兄様は暗い表情をしていたのに。本当に、あの時の私は愚かだった。
クソ生意気な私は「見てみてお兄様!」と自慢した結果、お兄様に突き飛ばされ、床に落ちたトロフィーがその衝撃で壊れたのです。
一部始終を見ていた祖父母や使用人が私たちの元へ飛んでくる間、呆然とする私の目に入ったのは、涙をポロポロと流すお兄様の姿。
瞬間、私は私を殺したい衝動に駆られた。なんて、私はバカなのだろう、と。
──────僕だって、がんばってるのに。
お兄様は逃げるように部屋を出て行った。私の元に駆け寄ったお祖父様は使用人にお兄様を追うよう命じ、私に心配の言葉をかけました。
でも、そんな心配要らなかった。私にかける言葉があるなら、お兄様にかけて欲しかった。
だって、お兄様死にそうな顔をしていたんだもの。
私、ユミルちゃんが大好きだけど、お兄様も大好きなの。
優しく抱き留めてくれるお兄様の体温が、そして太陽みたいな笑顔が、大好きなの。
それからしばらく、私とお兄様の距離は遠ざかった。普段なら空いている時間、よく遊んでいたのに。
侍女から聞いた話によると、お兄様はお祖父様から厳しく叱られたのだろう。「嫉妬で妹を突き飛ばす兄がいるか!」とか、「それでもお前は我が一族の人間か!」とか。
ちなみに私の一族の隠された姓は「フリッツ」と言います。
しかしこの名は歴史的に色々と隠さざるを得ない経緯があるので、普段は別の姓を名乗っています。
お兄様は成長する毎に、父に似ていく。それが余計にお祖父様は気に食わないのだと、お祖母様から聞いた事がある。
けど、だからって、その感情をお兄様に向けるのは間違っている。
私がそれを言ったところで、お祖父様は「あの男がダイナを殺したのだ…」と言って、終わってしまうのですが。
私とお兄様が仲直りするまで、時間がかかった。一応形式上は事件があってすぐ、お祖父様が兄に頭を下げさせました。
お兄様は私を避け、私もお兄様を避ける。
怖かったのです。お兄様に嫌われてしまったのでは? ──と考える度、夢の中のユミルちゃんに抱きついた。
それに突き飛ばされた事実もショックで、何より、兄を傷つけた私自身が許せなかった。
だからこそ、どう謝っていいのか分からなかったのです。侍女やお祖母様がファイトしてくださいましたが、それでも行動に移せませんでした。
でも、一人の「先生」が来てから、お兄様は変わった。
クサヴァー先生。巨人学に精通している著名な先生なのだそう。とても失礼ですが、私はそれまで先生の書かれた御本を読んだ事がありませんでした。巨人学には専ら興味がありませんでしたから。
対しお兄様は歴史に興味があるついでで、巨人学に高い関心を抱いていた。
お兄様はその先生と出会い、本当の親のように思うようになった。私もクサヴァー先生のヘンテコ眼鏡は好きではありませんでしたが、毎回お菓子をくれるので餌付けされました。
彼曰く、「私にもこんな可愛い娘がいたらなぁ…」と。
先生には妻子がいたそうですが、事故で二人とも亡くなってしまった過去があるそうです。
だからこそ、お兄様とクサヴァー先生はデコボコを補うように親しい関係になったのだと思います。
私も懐いてはいましたが、彼を父親と呼ぼうとは思いませんでした。私の父親は、この世でただ一人ですから。
クサヴァー先生がお兄様の精神的な支えになってくださったお陰で、お兄様は明るい表情を取り戻す事が増えた。
そして、私に再び謝ってくださったのです。私も壊れたようにお兄様に抱きついて、謝り続けました。
それを物陰から見ていたクサヴァー先生は号泣していたそうです(侍女談)。
それから仲の良い兄妹に戻った私たちは、すくすく成長しました。
私が中学に入った頃にはお兄様の努力が実を結んで、高い評価を受けるようにもなっていました。
その頃には、クサヴァー先生は彼の都合で我が家の「先生」をやめてしまったのですけれどね。今も現役で巨人学の第一人者として活躍しております。
またお兄様とも交流が続いているそうで、私も偶にお兄様について行って、餌付けされています。
一つだけ、クサヴァー先生を許せない事はありますけどね。
どうして「先生」を辞める時にお兄様にあのへんちくりんな眼鏡を渡したのでしょう。お兄様のご尊顔が台無しではありませんか!
お兄様はすっかり第二次性徴期を迎えて、周りの女子からモテモテみたいです。デバフの眼鏡があっても虫が寄り付く。
というかあの眼鏡を取った時のギャップが、余計にお兄様の元の魅力を際立たせてしまっている!
くぅ……。お兄様は、私だけのお兄様なのにぃ……!!
可愛い妹として複雑な心境の私は、適当な理由を作りお兄様にかまってちゃんしに行きます。かまえ。
「おにいしゃまぁ…宿題のねぇ、ここがねぇ、わからないのぉ…」
「ホォー…中間も期末も毎回一位のお前が、ねぇ?」
高校生のお兄様はすでに変声期を終え、女子が聞いたら卒倒するボイスを得てしまった。
これを世間では「えっち」と言うのです。ユミルちゃんに教えてもらいました。えっちお兄ちゃん! (ド偏見)
「えっちおに………ジークお兄様」
「聞き捨てならない言葉がお前の口から聞こえた気がしたんだが」
「ジークお兄様は、その、付き合ってるお方とか、もしくは想いを寄せているおなごとかいるんですか…?」
「何だよ急に」
私にとってはメチャクチャ重要な問題なのです。もしお兄様と付き合う、あるいは付き合っている女性がいるなら、一度妹である私の査定を通さなければならない。
私以上のスペック持ちでないと認めませんからね! このアウラ・フリッツは!!
「別に俺が誰と付き合おうが、好きになろうが、お前には関係ないだろ」
「関係あるもん! 私以上の女子じゃないと、アウラちゃんは認めないんだからねっ!!」
「お前は本当、俺のことが好きだねぇー…」
「だって好きなんですもの」
そっぽを向いた私に、笑う兄。私の視線の先にはいつの間にかユミルちゃんがいて、一瞬驚きました。
目元に影を作って、彼女はジークお兄様を睨め付けています。
思えば彼女、私のことは大好きなのにお兄様のことはやたら目の敵にしてるんですよね。
「ヒゲヅラヤローのクセに…」とか、「ちょっとすかれてるからってちょうしにノってんじゃねぇぞ この
絶対に、可愛い女の子が出しちゃいけない汚い言葉だと思うの。そも、お兄様に髭は生えてないんですけど…?
ユミルちゃんが飛ばすガンには気付かず、お兄様は笑いながら私の頭を撫でた。
そして、言います。
「俺もお前が好きだよ、アウラ」
私の顔は淑女としてあるまじき! にへへ……という感じで歪んでしまい、お兄様に笑われました。
「お前、おねいさんにデレてるし〇のすけみたいだぞ」と言われる始末。これは仕方ありません、全面的に兄が悪いです。
《………》
しかし、冷ややかな気配がしてそちらを向くと、ご丁寧に「…」を板に浮かばせたユミルが近づいて来ていました。
空いた片方の手にはいつの間にか、巨大なハリセンが握られています。嫌な予感がする。
(ユ、ユミルちゃん……?)
言い忘れていましたが、彼女とは脳内でも会話可能です。
戸惑う私を尻目にユミルちゃんは私たちの元に辿り着くと、静かにハリセンを振り上げた。咄嗟にお兄様との間に入ろうとしましたが、体がなぜか動きません。
そのままハリセンはお兄様の頭に振り下ろされ、瞬間、パァン! と、イイ音がした。
「ッ………!!?」
衝撃で椅子に座っていたお兄様は床に転がる。
果たしてどんな原理でユミルちゃんはハリセンを食らわせたのでしょうか。勝手に物が動くみたいな、ポルターガイスト的方法なのでしょうか。
────いや、そんなことよりお兄様!!
「だっ、大丈夫ですかお兄様!!」
「イッテェ…! 何か、ビリって来たんだけど、一体、何が………」
ユミルちゃんはやり切った顔でドヤっている。「わたしのほうがアウラに愛されている」だ、そうです。
私のために、争わないで……!!
暫く蹲っていたお兄様は、頭を押さえながら私の顔を見た。
そして長い沈黙ののち、私の名を呼びます。
「アウ、ラ?」
「はい、大丈夫ですか?」
「………アウラ、イェーガー?」
「………? もしかして、頭の打ち所が悪かったんですか?」
心配する妹を他所に、お兄様は何度も目をパチクリさせて、何か確認するみたいに私の顔に触れてくる。
私のかわゆい顔は今更見慣れていると思うんですがね。…いえ、お兄様が仰った「イェーガー」の方も気になるんですけど。
「イェーガー」は確か、父の姓だったはずです。その姓はお兄様も知っているはずですが、私が「アウラ・イェーガー」でないことは当然分かっている。
なのに「イェーガー」と呼んだということは…………だ、大至急救急車ッ!!
ユミルちゃんのおバカっ! でも好きです。
《しょぼん…》
ついさっきまで「しまった…!」みたいな顔をしていたユミルちゃんは、落ち込んだ。
「はわわわ……」
ポイポンの暗証番号を押そうとして、焦りから大苦戦している私。いやお待ちなすって、ポイポン民の我。
確か、緊急時用に簡単に通報できるやり方があった。サイドボタンと、いずれかの音量ボタンを同時に長押しして、そしてスライダーが表示されたら緊急SOSのカウントダウンが終了するから────。
しかし行動を起こす前に、私の手からポイポンが奪われた。
お兄様は奪った妹のポイポンをテーブルに投げ捨て、私を抱きしめる。
突然の行動ですが嬉しい。でも体が軋む音が聞こえる程妹を抱きしめるって、どういう神経してやがるの。
「お、お兄様…?」
「ハァー…………」
「う゛っ……く、苦しいです、ジークお兄様。もの凄く嬉しいですけど、メロセリ(メロスとセリヌンティウスの熱い抱擁)プレイをするなら、もう少し、優しく…」
「少し黙ってろ」
「はひぃ……」
耳元で即死ボイスを聞いた私は無事屍になった。骨は拾ってください。
お声が普段の柔らかいものと一転して、とても刺々しい。聞いた事がないくらい冷えていて、でも、何だかもっと底の見えないものを感じさせる。
それから軋みは緩まず、数分のようにも数時間のようにも感じる抱擁が終わり、お兄様が離れた。
見えた顔は一気に老け込んだようにも見える程、暗い。体も少し震えている。
「有言、実行ってわけか……」
「有言実行ですか…?」
「お前は……本っ当の本っ当に、相変わらずか。
そんなわけ、ない。
そう言おうとしたけれど、額に手を当てて苦笑いするお兄様の様子に、何も言えなくなってしまった。
過去のことを思い出してしまう。私の軽率な発言で、お兄様をひどく傷つけてしまった過去。
それが枷となって、私を閉口させる。ごめんなさい、こんな妹で。
「あくまでお前は、知らぬ存ぜぬで演技を続けるってわけだな」
「……ごめんなさい、仰っている意味が…」
「いいよ、別に。それがお前の幸せの在り方ってことは、知ってるから」
どうしよう。急いでお兄様を病院に連れて行かなきゃ。だってユミルちゃんにぶっ叩かれてから絶対変だもの、お兄様。
《ごめんなさい…》
ユミルちゃんは土下寝していた。美しい土下寝だった。
「
「……? 私がお兄様を幸せに、ですか?」
存在するだけでお兄様を傷つけてしまう私が、お兄様を幸せにする?
分かりません。人ってどうやって幸せになるのでしょう。そう言えば私はそんな事も、知らない。
ユミルちゃんがいれば、お兄様がいれば、祖父母がいれば、それに友人や先生。そんな人たちの笑顔を見れば、私は幸せになれます。私の幸せなんて二の次でいい。そんなことを隣の少女に言ったら、すごく怒られてしまうでしょうけどね。
でも、私の根底にあるのは、私を蔑ろにしている私なんです。
言ってしまえば、私は私が嫌いです。戦争を嫌うように、私が嫌いです。
────“こんな私”。
お兄様を傷つけてしまう、最低な私。
そんな私が、私は大嫌い。
「ジークお兄様は、お兄様を傷つけてしまう私が、お兄様を幸せにできるとお思いですか?」
「……でもそれが、お前だ。アウラ・イェーガーだ」
「私はアウラ・イェーガーではありません、アウラ・フリッツです。お兄様はジーク・フリッツ。頭に受けた衝撃で多少おかしくなっているようですが、そこは間違えないでください」
「……くれ、………か?」
「え?」
俺を、幸せにしてくれないのか──────?
私の大好きな蒼い瞳が、濁っているように見える。
私が今まで見て来たお兄様の比にならない。
どうして、何が、恐ろしいまでに傷つき、壊れているお兄様がいる。今、私の目の前に。
クサヴァー先生セラピーですっかり回復していたのに。いったい誰がお兄様にこんな酷いことを! ユミルちゃんじゃないとは思いたいですが。
この兄の手を振り払ってしまったら、もう取り返しがつかない程壊れてしまう。
そんな予感が、私の胸中にある。
もう一度私は恐々とした気持ちで、こんな私がお兄様を幸せにできるのか、尋ねた。
「………お前は俺を、
「チョー愛してますけど」
「こんな時まで俺を弄んで愉しいかよ……」
「楽しくはないですけど…でも、これは私にとって大切な質問なんです。だから、答えて欲しいです」
「………」
お兄様はポツリと、できるよ、と答えた。
なら、私がすることは一つ。
自分を一番にはしてあげられない代わりに、大切な兄を、ジークお兄様を、めいいっぱい幸せにしてあげようと思います。
もちろんそれと同じくらいユミルちゃんも幸せにしてあげたいです。
「じゃあ、この不肖アウラ・フリッツが、お兄様をたくさん幸せにしてあげますね!!」
「……あぁ」
安堵と、諦観と……何だか色んな感情を抱えているお兄様は再び私に抱きつく。
今度は苦しくない。優しく私を抱きしめてくれた。
不思議と、心がポカポカしてくる。ユミルちゃんも負けじと私の背中に回って腰に抱きついて来た。
「幸せだなぁ……」
気づけば私はそんな言葉を、漏らしていたのでした。
【人物】
・アウ子(アウラ・イェーガー→アウラ・フリッツ)
ヒロイン。
新生アウラちゃん。オマケで融合されたユミルちゃんが付いている。新生アウ子は無自覚に周囲を曇らすマンと化している……のかもしれない。
人の悲劇より喜劇を愛す(誰だキサマ)。一方で自己愛が病的に希薄。
兄は今の所家族としてのラブ。ユミルのことは友愛が一番強い。
※彼女が過去の記憶を取り戻さないとは言ってない。
・ユミル
ヒロイン。
アウラと融合召喚された。エレミカとアウラ至上主義の少女。前回の分、というかこれまでにアウラに尽くされた分、絶対に幸せにしてやるからな(頑なな意思)
霊どころか神格に近い存在になぜかグレードアップされている。ので、かなりやりたい放題。ジークの記憶をうっかり取り戻させてしまった。まぁ、いいか、なフリーダム具合。
・ジーク
ヒロイン。
第一新生アウ子被害者(ユミルの被害者とも言う)
記憶を取り戻すまではよかったが、取り戻して以降、前世の分も踏まえ毎日精神が死んでいる(ニチャ)
色々勘違いしたまま、アウ子と兄妹愛以上を越えるか否かで勝手に一人悩んでいる。ユミル教には入らないようだ。
・クサヴァーさん
ヒロイン。
妻子を亡くしたけど、ジークと出会って生きる希望を持った。今は幸せに巨人学を研究しているよ。
何やら彼に師事する眼鏡女もいるみたいだ。サイエンスの道は開かないらしい。