お兄さま曇らせIF√   作:栗鼠

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やっぱり推しが曇るといいですね。肌がツヤツヤします。


蜘蛛曇巣(クモクモす)

 何週間も昏睡状態だったジーク・イェーガーの妹が目を覚ました。

 

 その話を聞き、テオ・マガトは女の病室を訪れた。

 

 看護婦の手を借りてベッドから上半身を起こしたアウラ・イェーガーはやつれており、子供でも簡単に折れそうな程その腕は細く、骨が浮き出ている。

 

「体調の方はどうだ」

 

「あぁ…えぇと、ご想像よりは問題ありませんよ。歩行訓練はかなり骨が折れるだろうと思いますが…」

 

「……そうか」

 

 女は終始落ち着いており、取り乱すことはない。自分の置かれた状況、“楽園送りにされたにも関わらず戻ってきた異例の人間”であることを把握し、冷静に質問に答えている。

 

 イェーガー夫妻が復権派だったこともあり、マーレの上層部は娘の彼女がその意思を継ぐ人間の可能性や、パラディ島から仕組まれたスパイの線をまだ捨て切ってはいない。伝聞で得た二人の戦士の報告から、「(ジーク)への異常な愛を抱えた精神異常者」であることは、うっすらわかっているのだが。

 

 その事実が真か否か、確かめに来たマガトの心中をお察しいただきたい。

 

 

「名前を改めて聞かせてもらおうか」

 

「アウラ・イェーガーです。楽園送りにされた当時は4つかそこらでした。父は医者をしておりましたグリシャ・イェーガーで、母がダイナ・イェーガーです。あの、ところで……」

 

「何だ?」

 

「ジーク・イェーガーは現在どこにいらっしゃるのでしょうか…」

 

「奴は現在任務中だ」

 

「そう……です、か…」

 

 女の元気さが8割減になった後も、質問は続く。

 

 概ねライナーとベルトルトが語ったものと同じだ。フクロウから意思を託された父親が探していた“座標”に関してはノータッチだったようで、エレン・イェーガーに継承されていた件も知らなかったらしい。

 

 父親が行方不明になっていたことから、巨人の力が弟に託されたことは知っていたようだ。

 

 

「貴様は多くの情報を知り得ていた。しかしそれをパラディ島の人類に明かすことはなく、戦士の存在もバラすどころか協力した。自身の不利になることはわかった上でな。それは────」

 

「兄に、もう一度会いたかったからです。………あっ! 巨人のお姿ではお会いできたんですけれど、人間姿のお兄さっ……ん゛んっ!! ……兄とはまだなので、どうかそれまでは殺さないでいただきたいです」

 

「………」

 

 やばい拾い物をしてきた戦士長の男に、恨み言の一つや二つ、吐きたい気分のマガトである。

 

 アウラ・イェーガーという女は確かに精神異常者の、ブラコンモンスターだ。

 戦争で使い潰されてなお生き残り、心が壊れたエルディア人を数えきれないほど見てきたマガトだ、保証できる。

 

 それに、何より。

 

 

「“自己”というものが、貴様には決定的に欠けている」

 

 

 アウラは一瞬目を見開いて、濁った瞳にマガトをありありと映した。

 

 そしてふっと笑い、そうですかね? と他人事のように呟いた。

 

 

 

 テオ・マガトでさえ未だ底知れぬガキだと感じているあの戦士長の男が、その身の処遇を厭わず頭を下げてまで連れ戻した、妹の存在。

 

()()を利用する、か……)

 

 首輪のついていない男には、これ以上ない枷になる。

 

 ────ともあれ、最終的な判断は座標の奪還作戦が終わり、ジーク・イェーガーが戻ってきてからになるだろう。

 

 

「あの…マガトさん。不躾であるのは承知で、最後に一つ、願いしたいことがあるのですが…」

 

「……こちらが許容できる範囲でなら、構わん」

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

 

 こうして、二人の対話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 そしてベルトルト・フーバーが奪われる形で作戦は失敗し、任務を終えた戦士らとマガトが顔を合わせた。

 当時パラディ島に送り込んだ四名のうち、帰還できたのはライナー・ブラウンのみ。

 

 精魂逞しい顔つきになった少年の顔は、死んでいた。

 

 覇気がなく、ライナーに絡もうとしたポルコが唇を噛んで「クソッ…」と毒づく一幕もあった。

 

 対しピークは長期間の巨人化の影響で疲れた様子で、あくびをこぼしていた。

 

 

「ジーク」

 

 

 戦士たちの報告が終わり、ひとまず解散となった中、テオ・マガトは欄干に寄りかかるようにしてタバコを咥える男の横に立った。

 上司を横目で見たジークは慣れた手つきで一本差し出す。

 

「………」

 

「…おっ、マガト隊長が一服付き合ってくださるとは、珍しいですな」

 

「火はあるか」

 

「どうぞ」

 

 ライターの火がゆらゆらと揺れて、一度消える。カチカチと音が鳴り、ようやく安定した灯火が白い筒の先を焼いて、独特の匂いを辺りに漂わせた。

 

「ところでジーク」

 

「はい、何でしょう」

 

「貴様はタバコを逆から吸う趣味でもあるのか?」

 

「えぇ? …………これはうっかりしてました」

 

 タバコ逆さまだぜ、な一本は携帯の灰皿に仕舞われ、新たな一本が取り出される。

 マガトは切り込むならここか、とアウラ・イェーガーが目覚めたことを打ち明ける。

 

「………そ、うですか」

 

 トム・クサヴァーの遺品であるメガネの奥の瞳が、あからさまに揺らいだ。発汗し、こめかみから雫が垂れる。

 

 はたまたどうして、ここまで顕著な反応をするとは。

 マガトはアウラ・イェーガーの枷としての有用性を確認すると同時に、ふいに少年時代のジークの顔が脳裏によぎった。

 

 人が本当の絶望の底に叩き落とされた時、涙さえ流すことができない。

 

 齢七歳でその現実を知った少年はしかし、たとえ涙を流せたとしても、泣くことは許されなかった。

 地獄に落ちた少年は、自分自身の行動でその結果を作り出したのだから。

 

 

(信頼のおけない男ではあるが……コイツもまた、地獄を知る一人の子供(ガキ)というわけだ……)

 

 

 ならばその地獄の一番の原因はマーレの、それも腐った上層部にある。

 

 会話がなくなった中、マガトは紫煙を吹かし、隣の青年の背を大きく叩いた。

 

()っ……!?」

 

「アウラ・イェーガーの処遇についてはまだ不確定だが、上に「所詮はエルディア人だ」という甘い認識がある以上、殺されるようなことはないだろう。様々な懸念事項があるゆえに、政府の目の届く場所で管理されることになるだろうが…」

 

「………」

 

「今は諸々を忘れ、ただ会いに行ってやれ。後悔は後にしかできない。逆に言えば、後からいくらでもできる」

 

「…………わかり、ません」

 

 ズルズルと体が下がり、ヤンキー座りの形で小さくなったジークはまた、わかりません、と呟く。

 

「許されるわけがありません」

 

「これまで多くの同胞たち(エルディア人)をバケモノにし、敵の命を奪って来た者の言葉としては、何とも甘いものだな」

 

「……えぇ、そうでしょうね」

 

「これは俺のおせっかいに過ぎん」

 

 マガトは、精神異常者(アウラ・イェーガー)に同情しているわけではない。

 彼は時間で言えば20年近くなる程その姿を見てきた青年に対し、一種の親心をもって接する。

 

 ジークの胸ぐらをつかみ立たせた男は、泣くこともできないジーク(ガキ)の顔を見る。

 

 

「俺は貴様をそこまでの軟弱者に教育した覚えはない」

 

 

 胸ぐらを離されたジークは欄干に腰をぶつけたが、再び座り込むことはなかった。

 

 どの道会いに行くにしろそうでないにしろ、思考する時間が必要だろう。

 青年に背を向けたマガトは深い息を吐き、その場を後にした。

 

 精神不安定者はほかにも二名いる(ライナーとポルコ)。特にライナーの方が重症だった。

 

「何とも、ままならん立場だな」

 

 ひとまずアウラ・イェーガーに頼まれたことはやった。

 確かにあの状態の男に()()を話していれば、更なるダメージを負っていただろう。

 

 後悔の皺寄せは後からやってくる。

 

 それはしかし、逃れようのないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◻︎◻︎◻︎

 

 

 ちょうど軍管轄の病院にジーク・イェーガーが訪れた時、妹は歩行訓練中で病室にはいなかった。

 

 その日だけで数えきれない程の「帰ろっかな」にあらがい、何とか足を止めて看護婦に案内された部屋に入る。

 そこにはマーレ兵と思わしき傷痍軍人も何人かいた。腕章をつけているのはしかし、一人の女だけだ。腕章は腕章でも、名誉マーレ人がつけるものだ。

 

 看護婦に左肩を支えられるようにして松葉杖をついていた女は、ジークに気づくなり「あっ!!」とかなり大きめの声を上げた。

 

「おにっ………」

 

「あっ…イェーガーさん!」

 

 走り寄ろうとしたアウラは、看護婦の手が離れた瞬間に倒れた。

 それに血相を変えてジークが駆け寄る。色々と考えていたものがすべて吹っ飛んだ。

 

「あ………っぶないだろ!!!」

 

「本当に本物のジークお兄さまだぁ…………えっ、おヒゲがモジャシックワールド……?」

 

「俺のヒゲなんか別にどうでもいいだろ!」

 

「いや、超重要な問題ですよ!?」

 

 重要です! 重要じゃない! ────とかなりトンチキな言い争いが始まり、場にいた看護婦や傷痍軍人が全員そろって「何だこれは…?」と首を傾げた。

 

 我にかえったアウラの歩行の手伝いをしていた看護婦が、落ちていた松葉杖を拾う。

 

「ダメですよイェーガーさん、今は補助なしに歩けないんですから…!」

 

「すみません…人類の秘宝(お兄さま)が目に入ったので、つい突貫したくなったんです…」

 

「突貫って……まったく、困りますよ」

 

 呆れた様子の看護婦は、男の軍服と腕章から“戦士”であることに気づき、頭を下げた。

 

「歩け、ないんですか?」

 

「え? あっ、はい……右足はこの通り欠損しておりまして──」

 

 新緑の長いスカートから出ているのは左足のみで、時折かけた部分の右足が当たることで、スカートの形が大きく変わる。

 

 ジークは、顔を上げられそうにない。“ソレ”に気づいてしまったから。

 

 

「────左足は脊椎の損傷で、中度のマヒが残っているんです」

 

 

 それはアウラが右足を食われた後、巨人に噛まれた衝撃で傷ついた影響だった。

 

 ある程度動かせるようにはなっても──、歩行できるまで回復するのは可能だとしても──。

 かなりの時間を要し、車椅子での生活が当面は余儀なくされるだろうと。

 

 

「お兄さま、おかえりなさい!」

 

 

 かつて家の中を駆け回っていた元気な子供のように、妹は無邪気に笑う。

 その無邪気さがかえって、女の壊れ加減を無慈悲に強調していた。

 

「ただいま」と言おうとしたジークの喉元はかすれた声を漏らすのみで、何も言うことができない。

 

 力を失ったように座り込んだ男に、アウラは「お兄さま…?」と不安げな声を上げ、看護婦に断りを入れて手を離してもらった。

 

 縋るようにして、アウラはジークの首元に抱きつく。

 

「私は怒ってないですから、大丈夫ですよ」

 

「………」

 

「全部ぜーんぶ平気ですから」

 

 力なく妹を抱きしめ返した男の手は震えて、メガネがズレるのも気にせず、華奢な肩に顔を押し付けるようにして、小さく声を上げる。

 

 

「お兄さま、アウラはですね、お兄さまのことが大好きですよ!」

 

 

 じんわりと濡れていくシャツの感覚を感じながら、アウラは周囲が色々と察して離れてくれたのをいいことに、手で隠すようにして歪に上がる口角を押さえた。

 

 

 

 

 複雑にできあがった蜘蛛(くも)の巣にからまった男は、地獄を見るだろう。

 

 兄の(くも)らせを至上に恍惚と笑む、女郎蜘蛛のエサとなるのだ。

 

 

-IF√[獣との邂逅]end-

 

 


 

【補足】

 

 ジーク→子供の頃に枯れたはずの涙がちゃんと出た。地獄へどんどん突き進んでる。エレンに会った時「お前を救ってやるからな」って言えず、思わず出たのは「ごめんな…」だった。妹のことを救うどころか、傷つけちゃったからしょうがないね(無慈悲)

 

 ライナー→アウラに目をつけられて優しく微笑まれながら地獄に落とされていく。アニの尻蹴りがないから、立ち直らせてくれる存在がいなくて精神が中々回復しない。候補生ズセラピーは有効。

 

 ポルコ→ピークがいるので割と早めに立ち直る。

 

 ピーク→戦士長と副戦士長の精神がヤバいぞぉ、な未来が待ち受けてる。

 

 マガト→人格者。

 

 アウラ→足はアレだけど、トイレは問題ない。のちに自分をやましい目で見てくるマーレ兵を利用してレ◯プされて、「安楽死計画」を知らない状況でジークの最大にして最強の地雷を踏んでくれるかもしれない。子供までできたらお兄ちゃんの心はもうぐちゃぐちゃで死ぬ。

 

 

 ・始祖奪還作戦が終わり、イェーガー家の地下室が明らかになって、グリシャの手記で「寵愛の子」の話が出たことで「もしかしたらアウラ・イェーガーは生きている可能性が…?」が浮上する。巨人の腹の中から出てくるなんて奇跡が起こってるんだから、あり得なくはない。

 エレンはジークの「ごめんな…」の言葉が妙に引っかかってる。姉ちゃんが生きてるとわかるのはまだ先。

 

 大体原作と同じで、死ぬ人は死ぬ形でこの√は終わる。ジークだけはアウラが全力で生かして曇らせエンド。

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