お兄さま曇らせIF√ 作:栗鼠
「そこまでだ! 軍人の質を落とすようなマネをしおって…!」
「ぐあっ!!」
男は背後から現れた別の軍人により、あっという間に後ろ手で拘束された。
その隣には露店のおじさんと、男の靴踏んじゃった少年もいました。私のお友だちより先に軍の人を呼んでくれたようです。
「だ、大丈夫ですか、イェーガーさん!」
「あなたは私の名前を知っていたのですね。……痛ッ!!」
「あわわ……すみません、すみません!」
少年は私が成績優秀者(体力除く)なので知っていたそうです。まぁ兄が戦士候補生ですしね。当たり前か。
顔も少し赤いあたり、この美少女の可愛さにドキマギしているのでしょう。
露店の男性は私や少年の事情を詳細に話し、さらには他の証人も紹介してくれた。そのおかげで、ひとまず暴力男さんが悪い、という形でおさまった。
後でマガト教官から聞きましたが、やはり裏で違法な麻薬の横流しなど色々と悪事を働いていたらしく、男はお縄になったそうです。
この件で多少のお咎めを受けることを覚悟していましたが、むしろ仲間を勇敢にも守ろうとしたことを、教官から怒られながら褒められました。
………あれ、結局怒られてる…?
「あの…イェーガーさん、一緒に帰ってもいいですかっ…!」
「うん、いいよ〜」
それから私は靴踏んじゃった少年と時折帰るようになった。
「でも…ひどいよね、あの子たち。軍の人を呼びに行かずに、帰ってただなんて…」
「あぁ、一週間休んで訓練に現れた私に謝りに来たあの子たちね」
そのまま彼女たちはお家に帰ったらしい。怖かったから──などと、話していた気もする。
事を起こす前に人選をミスした私にも非がありました。彼女たちは成績優秀者の私を蹴落とそうとしたのでしょう。
我々は仲間ですが、ライバルでもありますから。
「イェーガーさんは優しいね、あんな子たちでも許してあげるなんて…」
「そうでもないよ。もう彼女たちとは関わる気ないもん」
誰が残ろうが消えようが、かまいません。どうでもいいので。
「それに新しい「お友だち」、もうできたから!」
少年は私がそう言うと、露骨に顔を赤くした。照れてるところ悪いですが、君のことじゃないんだなぁ。
ズタボロで家に帰って、事態を知ったお兄さまがメチャクチャ心配してくださったのはラッキーだった。最近一丁前に「僕」から「俺」に変えたはずのジーク・イェーガーくんは、「僕」を連発しまくっていて可愛らしかったです(ニッチョ)
それで、肉体的な疲労でぐっすり寝たその日、私は出会いました。
お兄さまに似た色を持つ、金髪に、蒼目の少女に。
彼女は自分の名を、「ユミル」と明かした。
またの名はユミル・フリッツ。
私と瓜二つの、
枷をつけられた私はその子に出会い、そして抱きしめられた時、無性に泣きたくなった。
その理由は分かりません。でも、欠けていた私の何かのパーツが、ピッタリと埋められた気がした。
⚪︎⚪︎⚪︎
かつてのお友達B、C、Dちゃんたちも、終盤まで残っていた靴踏んじゃった少年も消え、最終的に残ったのは私だけでした。
無事戦士候補生になれた私は体力を除いて基本的に何でもできるので、今のところ女型の継承が有力らしいです。
当初はお兄さまの戦士候補生入りが決まった段階で志願した私を止めていた祖父母も、ここまでくれば大層喜びました。
クサヴァーさんの方は「アウラちゃん……ぐすっ、……大きくなったなぁ…!!」と、少しズレた感想を言っていた。
そしてあの鬼教官も「よくやった」と褒めてくださった。
────しかしまだ戦士になると決まったわけではない、とのお話も受けましたが。
唯一、お兄さまだけ複雑そうだった。
でもアウラちゃんがお兄さまがいないと死んじゃうのは、すでに知っているのでね。諦メロン。
そんな、私が戦士候補生に選ばれた日の夜。夕食にはご馳走が振る舞われて、たらふく食べた。
食器の片付けを手伝って、お風呂に入り、「さぁ! 今日の夕食のお兄さまのステキなお顔を思い浮かべながら、安眠するぞ!」──と張り切っていたタイミングで、扉がノックされた。
枕を脇に抱えたジーク・イェーガーくんが、手にトランプを持っている。
「…入っていい?」
「いいよ、お兄ちゃん」
私は最近成長期が来て、ぐんぐん背が伸びている。お兄さまとは三つ違いですけど、そこまで大きな差があるわけではない。
まぁお兄さまもすぐに第二次性徴期に入るでしょう。
ババ抜きをしながら、ベッドの上でポツポツと会話を紡ぐ。大人用のベッドでも、子ども二人で座ると手狭だ。
「…俺、お前に戦士候補生になって欲しくなかった」
「最初からぶちかますねぇ、お兄ちゃんは」
「だって、俺がもう戦士候補生になれてたのに…!! どうしてそこまで……ッ」
「……お兄ちゃん」
「俺がいつかいなくなっても、お前には爺ちゃんや婆ちゃんがいる!! 俺は…俺はお前に、普通の幸せを手に入れてほしかったのに……」
「ねぇ、ジークお兄ちゃん」
お兄さまがここ数年で色んな葛藤をしてきたのを、すぐ側でニコニコしながら見ていた私だから、知っている。
苦しいですよね、辛いですよね。だってお兄さまは私が大好きですものね。
お兄さまは、私がお兄さま以外のものにとんと執着が薄いのを知ってから、さらにお父さまを憎まれましたものね。
妹を壊したのはグリシャ・イェーガーだと。フェイ・イェーガーと私を重ねて、誰よりも家に縛りつけたのはお父さまでしたから。
「アイツが……全部、グリシャ・イェーガーのせいだ…! 俺もお前も、父親の被害者なんだ……」
「そんな悲しいこと、言わないでよ」
「だって、本当のことだろ。俺もお前もこんなに苦しいのは、アイツのせいだ」
お兄さまの残り少ないカードがクシャクシャになって、歪んだ。
うふふ。可愛らしいお顔を寝る前に拝めるなんて、思いもしませんでした。
「とりゃ!」
私はトランプを置いて、毛布を飛翔するモモンガのように広げた。
二人で包まるようにして、小さく震えるその背をあやすように叩く。
「お兄ちゃん、人はいつか死ぬの。遅かれ早かれ死んで、やがてその肉体は腐ってなくなり、なーんにも無くなるの」
「………」
「そうしたら、人の心はどうなるんだ、って思わない?」
「死んだら…それで終わりだよ」
「そう? アウラはきっと死んだ後にも、世界があると思うよ」
きっとそこは肉体に縛られない世界で、心だけで存在する。死んだ者たちは肉体の器がないから、液体のようにそれぞれが混ざり合っている。
「ずーっとどこまでもサラサラとした土が続いてて、空は夜空が広がってたらいいよね。みんなそこで一つになっているんじゃないかな」
「……そんな、天国みたいな場所、あるかな?」
「あると思うよ。そう思えば死ぬのも怖くない」
「俺は嫌だ、お前が死ぬの」
「アウラもやだよ、ジークお兄ちゃんが死ぬの」
でも死んでも、その世界には一人の少女がいるんだ。“みんな”は寂しくないのに、その子だけは一人ぼっちなんだ。ひどい話でしょ?
だからね、お友だちになった。
私はお兄さまのために全てを捧げられるけど、あの子のためにも全てを捧げられるよ。
私の心を揺さぶれるのはね、お兄さまと、あの子だけなんだよ。
「じゃあ最後の二枚ね。どっちか引いてよお兄ちゃん」
「………」
お兄さまは、私から見て右のカードを取った。絵札を裏返してみたお兄さまは、安堵の息を吐く。この勝負に負けたのは、ジョーカーが残った私だった。
「負けたからお前は、俺の言うこと聞かなくちゃダメだ」
「…えっ、後出しでそれはずるくない?」
「一緒に寝よう、今日は」
「…………枕、最初から持ってきてたじゃん」
「うるさいやい」
偶にツンツンするようになっていよいよ反抗期かと思いましたが、杞憂だったようです。まだまだ妹に甘えたいジーク・イェーガーくんというわけですね。このまま成長させずに永久保存したい可愛さだ。
「おやすみ、アウラ」
「うん。おやすみ、ジークくん」
「──────えっ?」
「何今の? ねぇ、何!? 何なの!!?」と騒ぐお隣を無視して、私はおやすみモードに入った。
こうして手を繋いでいると、とても安心する。
そのまま溶けて、消えてしまいそうな不思議な感覚さえあります。温かくて、それが愛しい。
でも、同時にどうしようもなく泣きたい気持ちになるのは、なぜでしょう。
あの子を、ユミルを思い出すからだろうか。
それとも別の理由があるのだろうか。わかりません。
◻︎◻︎◻︎
「今回の志願者は粒揃いだな…」
テオ・マガトは顎に手を当て、走り込む少年少女に目をやる。
課された厳しい訓練の中、さまざまな分野で頭角を表す者たち。
ガリアード兄弟やアニ・レオンハート。それとベルトルト・フーバーに、ピーク・フィンガー。彼らに次いでライナー・ブラウンという少年も、忠誠心の面で目を引く。
「仮にアニ・レオンハートが戦士候補生入りした場合、あの体術ならば女型の硬質化による打撃技を最大限に活かすことができる」
これまでアウラ・イェーガーが女型の継承に有力か、と考えられていたが、アニ・レオンハートの登場で流れが大きく変わった。
「アウラ・イェーガーか……」
最近のアウラ・イェーガーは、訓練の合間でどこか思い詰めた表情をすることが多かった。
残り任期の少ないトム・クサヴァーの獣の巨人を兄が継承する可能性が高いと考え、それを憂えているのか。
はたまた、後輩たちに先越され、自分の継承順が回ってこないかもしれないと考えているのか。
何か悩みがあれば話を聞くのも、教官の仕事である。
そんなあくる日、訓練終わりのアウラはマガトの元を訪れた。
すっかり成長した少女は、彼が少し視線を下げる程の身長の違いになった。
ジーク・イェーガーにはもはや同じか、ミリで抜かされている。かつてはマガトの腰ほどしか無く、ベソをかいていた少年がである。
「マガト隊長……その、相談があるのです…」
「何だ?」
「兄のことで…」
「ジークが?」
軍人の勘と言うべきか、信頼のおけぬ少年にマガトは「何か奴の隠し事を知ったのか?」と、眉を寄せる。
白銅色の瞳は宙をさまよい、躊躇いがちに薄い唇が開いた。
「喉仏が、出てきて……」
「…………喉仏が、何だと言うのだ?」
「声が、低くなってしまって………」
「それが……何だ?」
「……ッ! どうにかして元の声に戻せないものかと、ずっと悩んでいるのですッ!!」
「………」
二人の後ろから、間伸びした声で「アウラー、おいアウラどこだー? 帰るぞー」と、声変わりした少年の声が響く。兄の方が妹を探しているらしい。
「お聞きになりましたか、マガト隊長! あの声です!! 私は……私は、前のお可愛らしい声が良かったのです!!」
「貴様はなぜ、時折妙なことで思考を割いているのだ?」
「おっ、いた。あ…マガト隊長、お疲れ様です」
「あ、あぁ……!! 天使の、私の天使のお声がっ……」
「何言ってんだお前?」
ジークは妹に頭を下げさせ、その手を引いてさっさと帰って行く。
一人残されたマガトは、深いため息を吐いた。