お兄さま曇らせIF√ 作:栗鼠
ジーク・イェーガーくんの喉仏を潰せなかったのは私、アウラ・イェーガーちゃんです。
新たに候補生入りしたのはなんと六名でした。みないい感じに得意分野がバラけているようです。
「さぁさぁ、
私は早速女の子二人と交流を持ちました。アニちゃんにはよく逃げられますけど、ピークちゃんと協力して捕まえて、訓練帰りにアイスを食べに行ったりします。
最初は野良猫のようだった彼女も、回を重ねていくごとに眉間の皺が少なくなっていきました。
「楽しい? アニちゃんは」
「………まぁ」
これまで男女問わず仲良くしてきたこのアウラちゃんですからね。気難しそうな彼女も私の手にかかれば、えぇ、この通りですよ。
男の子たちはよくワイワイしている。ライナーくんとポルコくんが喧嘩をして、兄貴分のマルセルくんが二人の仲裁に入る。ベルトルトくんはその周りでオロオロする感じだ。
お兄さまはどうしてるかって? 年長者としてみんなを見守っていますよ。
嘘です。以前まで一緒だった私がこの通り女子二人とキャッキャしている状況ですので、一人です。ポツンとしています。放置プレイも趣があってとても愉しいです(ニッコリ)
「ねぇアウラさん、お兄さんが仲間になりたそうな目をしてるけど、放って置いていいの?」
「うん。いいんだよ、ピークちゃん」
ピークちゃんがチラチラとお兄さまの方を見ている反面、アニちゃんはガン無視だった。
「にしてもまた喧嘩してるねー、ポルコとライナー」
「ねぇ〜。喧嘩するほど仲がいいって言うしねぇ」
「そう? ……アレが?」
ライナーくんは戦士候補生の中でもドベで、それをポルコくんがからかって喧嘩に発展することが多い。
今日もまた成績のことで一悶着あったみたいで、マルセルくんが間に入ろうとしていますが、激化する少年二人の取っ組み合いに上手く仲裁できずにいる。
ここは優しいアウラちゃんの出番ですわね。間に入ってあげましょう。
「ちょっと男子ィ、いつまで喧嘩してるの〜〜? いい加減にしなさいよぉー!」
大きな声を出すと、少年二人の喧嘩が止まった。ポルコくんはドスドス足を踏み鳴らしながら去って行き、その後を慌ててマルセルくんが追う。その時一瞬、ガリアード兄の方と目が合った。
「う、うぅ………」
「だ、大丈夫、ライナー?」
ライナーくんは地面に転がったままべそべそし出した。膝を擦りむいたようなので、女子二人に更衣室で待つように言って、アウラちゃんが医務室に連れて行ってあげた。
手当てをしている最中、ドベ少年は顔を赤くしたりと忙しそうだった。またこの可愛さが罪なき一人の少年を虜にしてしまったようですね。
「あ……ありがとうござい、ましゅ」
「ましゅ?」
「ッ、ました……!!」
男子更衣室までライナーくんを送った後は、女の子二人と合流して帰路に着いた。
「…ねぇねぇ、アウラさん」
「ん? どうしたのピークちゃん」
あざとく私の袖を引っ張ってきたピークちゃんは、お兄さまのことについて質問してきた。ホホォ?
「ジークさんは誘ったら、私と帰ってくれるかな?」
「喜んで帰ってくれると思うよ。…いや、女の子に誘われてあからさまに喜んでたら気持ち悪いか。年齢差があるわけだし………。うん、カッコつけて了承すると思う」
「………」
アニちゃんが胡乱な目で私とピークちゃんを見ている。幼かったお兄さまは生き天使で、抱きしめたくなる国宝級の可愛さでしたが、今のお兄さまも好青年の美男子です。ピークちゃんがうっすら頬を赤らめるのも無理もない。
「……恋、かぁ」
ポツリと、アニちゃんはつぶやく。
そして、その数日後、私はマルセルくんと二人で帰ることになった。
⚪︎⚪︎⚪︎
私に相談がある──とのことで、その日はガリアード兄の方と待ち合わせした。
「告白か?」と思いましたが、違ったようです。
「あの…アウラさんもさ、ジークさんと兄妹だろ? 相談っていうのは、ポルコについてなんだ」
マルセルくんはまず、私が持つポルコくんの評価を尋ねた。
アウラちゃんから見て、ポルコくんはタフガイであるので、鎧向きの性質である…と思う。
マルセルくんなら機転を利かし、場をコントロールするのが上手いので、顎に向いているでしょう。
「ピークちゃんは頭も良くて、判断能力もあるから車力かな。アニちゃんは女型ね。消去法でベルトルトくんは超大型かな。消去法と言っても彼は潜在能力が高いから、十分にあの超大型を使いこなせる……って意味で、相応しいと思う」
「……ライナーは?」
「ライナーくん? 彼は…………マーレへの忠誠心が誰よりも高くて素晴らしい!」
「そ、そうですか…。じゃあお兄さんや、ご自身についてはどう分析しますか?」
「ジーク・イェーガーは戦士入りするでしょうね。私は…うーん、………後輩がすごいから、残っちゃう気がする」
「そっ、そんなことないですよ!! ……でも、本当によく人を見てるんですね」
「まぁ、大切なことだからね」
そう、人はよく観察しておくに越したことはないの。
私は君のことだってよく見ていたのよ。私と同じ兄弟を戦士候補生に持つから、気になってね。
だから、頑張るポルコくんの裏で、辛そうにその姿を見つめていたのも知ってるんだ。
「マルセルくんはさ、弟くんが戦士になるの、嫌?」
「………ッ!? え、何で…」
「いや、私もお兄ちゃんに戦士になって欲しくないからさ。君がこうして私に接触してきたのも、何となく察してはいたのだけれど…」
「……アウラさんも、嫌なんですね」
「うん。だって、お兄ちゃんに死んで欲しくないんだもの」
13年の呪いはどうやったら解けるのだろう。クサヴァーさんを頼って色々と調べてもみたけど、何の手がかりも得られなかった。
もしかしたらあの少女が何かの鍵になるかもと思ったけど、最初に接触してから出会えていない。
どうすればいいのか、わからない。もどかしくて、どうしようもない。
「俺も、ポルコに死んで欲しくない…」
「弟想いの、優しいお兄ちゃんだね」
「……そんなこと、ないですよ」
「ううん、優しいよ。私にはお兄ちゃんの戦士入りをどうにかすることが、できないんだもの。
「………」
マルセルくんは、黙り込んでしまった。手を強く握りしめて、思い詰めたように地面を見つめる。
「俺は…俺は家族のためにどうしても、戦士にならなきゃいけないんです…!」
「うん」
「でも、ポルコのことも守りたい。俺は…俺はどうすればいいと思いますか?」
「……そうだねぇ」
アウラちゃんは優しいからなぁ。だからマルセルくんも、私に相談したんだ。
戦士候補生になってから、戦地で実戦を積む過程で人を殺したこともある。
それでも、仲間には天使で居続た。これまでに色々とやっかみを受けたことがあっても、その“カワ”をかぶり続けてきた。
そんな天使ちゃんに、マルセルくんが望むものといったら、一つだ。
「ふふ。ずるいね、マルセルくんは。私の方から言わせようとしてるんだねぇ」
「……何が、ですか?」
「自分から発言するのは、そりゃあ躊躇われるよね。君は優しい兄ではあるけど、ひどい兄でもあるんだ」
「………」
「私に戦士にならないで──って、お願いしたいんだね」
「……ッ」
「ポルコくんを守ることは、君はもうすでに行動を起こしているじゃないか。私はちゃんと
「………アウラさんは、お兄さんが戦士になると思ってるんですよね。俺も次の獣はジークさんになると思います。そうなれば、あなたは名誉マーレ人になる」
「うん、なるね。だから私に下りて欲しい?」
「………」
「口に出しては、言ってくれないか」
寿命の件がいくら探しても解決策を見出せない以上、確かに打つ手がない状態なんだよね。
どうしようもないから、お兄さまが死ぬ前に私も死ぬしかない。
できるなら情けでお兄さまに殺して欲しい。そして、死ぬその時まで殺した私を想って欲しい。
「ちょっと、考えさせて」
力なくそう言った私に、少年の丸い目が二つ、こちらを凝視した。
彼的に、無理も承知な提案だったから、一縷の望みがあるだけでも驚きなんだろう。
「……帰ろうか、お互いの家に」
「…はい」
ただ、お兄さまを曇らせて生きられればそれでいいんだけれど、世界は複雑にできていて、その中で私は生きていかなければならないから、思うようにいかない。
いる人間の数の分だけ、さまざまな思惑が絡み合っている。
結局答えは出せないまま、私やお兄さまにとっては何度目かの実戦。
他六名にとっては初めての戦地に赴いた。
ドッカンドッカンと賑やかな場所だった。敵も味方も死ぬ死ぬ。その味方は兵役に出されているエルディア人や、その他のマーレに侵略された民族の人間なんですけども。
死臭とお友達になれるそこでは精神を病む者も多い。そりゃあ自ら志願した兵士ならまだしも、味方側は無理やり戦場に立たされている者がほとんどですから。エルディア人なんて、マーレの上層部から肉盾扱いされてるんじゃなかろうか。
班は二つに分かれており、私の方にはマルセルくん、ポルコくん、ライナーくんである。
そこで、事件は起きた。
「あ゛あああああっ!!!」
発狂したエルディア人兵士が、味方である我々に銃を向けた。
固まる候補生の中で、私は伏せるよう叫び、兵士のどたまに銃の焦点を合わせる。脳髄をまき散らしてお死になさい。
しかし男が撃つ方が早く、パンパンと、立て続けに銃声が鳴った。
一発目は向こう。二発目は私。
倒れ行く男を見ていた私の背後で、悲鳴が聞こえた。
「あっ……兄貴!! 兄貴ッ!!!」
ポルコくんが悲痛な声で倒れたマルセルくんに声をかけている。側にいたライナーくんは固まっていた。
「ぽる、こ…」
「だっ、大丈夫だ!! すぐに手当てしてもらうから!!」
銃撃を受けたマルセルくんの腹は、どんどん赤く染まっていく。
ポルコくんが止血を行っている間に、私は近くにいたマーレ兵に状況を説明した。彼がマルセルくんの容体を確認すると言うので、私は衛生兵を呼びに行く。あの状態ではタンカで運んだ方がいい。下手に人で運ぶと余計に出血する。
そして元の場所に戻った時には、マーレ兵士が静かに首を振った。
「この傷じゃあもう助からん」
少年の、ついさっきまで健康的だった肌が、青白くなっている。ポルコくんは兄の手を握ったまま動けない。
「アニ、キ……」
「……ご、め……ポル…」
開いている目に宿った命の色が、蝋燭の火を吹き消した時のように、フッと消え去った。
そしてそれきり、マルセルくんは動かなくなった。
「ぁ」と小さな声をポルコくんは漏らして、血が滲むほど唇を噛み締める。直後、射殺さん目付きでライナーくんを睨んだ。
「テメェが!!! テメェが伏せなかったから!! 兄貴が、兄貴がお前をかばってッッ!!!」
「お、れは……ちがっ」
「何も違わねぇだろ!! 俺がッ……! 俺がテメェを殺してやる!!!」
「やめなさい」
過呼吸寸前の呼吸を漏らすライナーくんに殴りかかろうとしたポルコくんを、羽交締めにして止める。
それでも少年は暴れて、持っていた銃の先や足が私の体にぶつかる。
「ここは戦場よ、冷静になりなさい」
「黙れ!! アンタだって、もっと撃つのが早かったら……!」
「落ち着けと、言ったの」
少々手荒ですが少年の首をつかんで、土嚢の壁にその体を叩きつけた。
そこで私を見たポルコくんの顔がこわばる。ライナーくんも固まった。
「────ゴホッ!!」
タイミングを見計らって首から手を離す。顔を真っ赤にしたポルコくんはゼェゼェいって、笑いながらこちらを見る。
「ハッ……ハハ…!! 仲間が死んだのに、アンタ、無表情なんだなァ……!!」
うっかり私は、表情を変えるのを忘れていたのでした。
お兄さまが死んだら、狂ったように狂う自信しかありませんけどね。