特級呪霊『鬼人正邪』 作:天邪鬼
人の嫌がることをするのが好きだった。
人から嫌われるのが好きだった。
そんな性格の捻じ曲がったどうしようもない奴、それが俺であり──私という生き物だ。
数日前、私がまだ俺だった頃。
友達なんて当然いない訳で、その日も独り自室でただ只管にゲームをすることに没頭していた。
最近出たばかりの新作……なんてものに興味はない。その代わりもう何年もやり込んでいるゲームがあった。
タイトルは『弾幕アマノジャク』。
天邪鬼と呼ばれ揶揄されることの多かった俺にとっては至極お似合いのゲームと言えるだろう。
普通ならば逆に嫌いそうなところだが、どこまでいっても天邪鬼な俺だ。その逆をついて大層このゲームが好きになってしまった。
そしてこの日、漸く俺は成し遂げた。
成った訳だ、あの究極反則生命体に。
ほとばしる気持ちを抑えきれず、快哉の叫びをあげようとした。その時、何かがプツリと切れるように意識が途絶え、気がつくと次の瞬間には"私"は独り森林の中に突っ立っていた。
誘拐、夢遊病、健忘症……、いや明晰夢?
まず始めにそんなことを考え、次に経緯は後回し、助かることが優先か。そう思い立ちスマホの有無を確認すべくポケットに手を入れようとして、気づいた。否、気づいてしまった。己が、スカートを穿いている事実に。
思わず「は…?」なんて裏返った声が出てしまう。
更に驚くべきは、そのスカートの模様、これが妙に見覚えのあるものだった。
赤と黒で上下それぞれ反対の矢印が描かれた奇抜で特徴的なデザイン。もう幾度と見てきたあの立ち絵、鬼人正邪のものと同じ柄がそこにはあった。
気絶、森林、コスプレ……この3点セットで思い浮かぶ現象。それを、私は1つだけ知っている。
「……憑依、転生?」
発せられたやけに高い声がそれをほぼ確信へと変えた。
んな馬鹿な、明晰夢の方がまだ現実味がある。
そう最後の望みをかけて頬をつねるが、返ってきた痛みが無慈悲にもそれを否定する。
なら、いつだ。
紅霧異変前か、それとも後?
確認できるものはないかと辺りを一瞥する。
そうして目に入ってきたのは付近に散乱している地蔵やら折りたたみ傘やらこれまた見覚えしかないアイテム一式だった。
(……なるほど、指名手配中と)
溢れ出る絶望感、それと少しばかりの高揚感。
不可能弾幕は世にも恐ろしいが、究極反則生命体の称号を持つこの私なら逃げ切れるのではという微かな期待、そして自信と矜持があった。
無論、大人しく捕まってやる気など更々ない。
転がっていた全てのアイテムをひらり布に包み肩で抱えると、私はその場を後にしたのだった。
時は戻って現在。
私は、絶賛混乱の最中にある。
理由は単純明白、ここがどうにも幻想郷の外らしいことが分かってしまったからだ。
数日歩いて*1森を抜けた先、これが問題だった。
そこは私の思っていた景色、所謂日本の原風景やらとは真逆の、民家が建ち並ぶ閑静な住宅街。
明らかに幻想郷なんかではなく、現代日本のそれだった。
(……これ、捕まって追い出された後だったりする?)
もし、そうなら死活問題。
スペルカードルールのない世界で妖怪と出くわすなんざ不可能弾幕より恐ろしい、待っているのは血腥い純粋な殺し合いである。
「鍛えなきゃ死ぬな……」
半ば諦めの思いでそう独りごちるのだった。
─────
その日以来、私は森に戻って己ができることの確認に時間を費やしていた。
この体、鬼人正邪は能力も経歴も情報が少ない。分かっていることは生まれ持っての天邪鬼ということくらいなもの。
『何でもひっくり返す程度の能力』なんて如何にも強大な力をうたっている割には雑魚扱いされている時点でお察しの妖怪である。期待はできない。
数日かけて分かったのはどこぞのベクトル操作よろしく物理反転なんてチート性能は持っていないことだった。他にも色々*2と試したがどれもうまくいかない。
ただし妖力の方は問題なく使えるらしい、体にまとわせて身体能力を上げることや弾幕として打ち出すことはできた。犠牲になった木々には感謝しておこう。
しかし原作スペルカードのような軌道操作、これが如何せん思うようにいかない。できたのは精々カーブを描かせるくらいなもの。
加えて致命的な欠点が1つ、それは空を飛べないことだった。
幻想郷では飛行なんて当たり前、これができなければ話にならない。ましてやここは外の世界、空中戦ができないことほど痛いことはないだろう。
ところがこれ幸い、私には反則アイテムがある。この世界でも究極反則生命体になってやるなんて馬鹿げた考えを掲げるほどに生憎私はイカれてはいない。
妖怪と鉢合わせた際にはお構いなく活用させてもらうことに決めたのだった。
そんなこんなで自己研鑽を続けていたある日。
虫のような見た目をしている一匹の妖怪と出くわした。
サイズは私より一回りほど大きく、頭からは2本の触手がだらしなく伸びている。
顔らしき部分には6つもの目を付け、そのどれもが焦点を合わせていない。体の方は甲殻類のような外皮で覆われ、そこからムカデの如き足が何本も生えていた。
あげくジュギギギと耳障りな唸り声をあげながらこちらに肉薄してくる様は幻想郷のような生易しい世界とは違う、正しく妖怪と言えるものだった。
戦慄しながらも考えている余裕などない。
私は横に大きく跳ねることで迫りくるそれを大袈裟に躱し、一旦距離を取る。
私の膂力がこいつにどこまで通用するのか分からない以上、接近戦は避けるべきだろう。
まずは一発。
手のひらを妖怪に向け弾幕を放つ。
が、呆気ないことにそれが当たると妖怪はもののみごとに爆散し肉塊と化した。
「うぇ…?」
ついそんな間の抜けた声が漏れる。
あまりの呆気のなさに幻術か何かか?なんて疑ってすらいると、その肉塊は次第に溶けて消えてしまった。どうやら、言葉も話せない単なる低級妖怪だったみたいだ。
(次から同程度の妖怪を見つけたら実験台にでもしてみるか?)
そんな構想を練れるくらいには今は心に余裕がある。なんて楽観していると、いきなり肌でピリピリとした異変を感じとった。
明らかな異常、恐らくは妖力に関するもの。
直感でそう感じ、その方向……上空を見上げる。
そこには黒く閉ざされた空があった。