もはや誰も言葉を発しない。
この空気を作った元凶は、気にした様子もなく冷めた紅茶を優雅に傾けている。
「話は分かりました」
その中で、誰よりも早く立ち直ったのは久宇舞弥だった。
彼女にはアインツベルン千年の悲願など関係がない。
存在自体を全否定されて膝を屈しているセイバーとも、何も知らなければ意気揚々とセイバーを引き連れて聖杯戦争に臨んでいただろう自身に頭を抱えている切嗣とも違う。
彼女はもとより目的のために用意された道具のひとつ。
「それで、貴女は私たちに何をさせたいのですか?」
驚愕こそあれ、それ以上に感情を揺さぶられることなくキャスターに目的を問うていた。
「聖杯戦争の大原則、ご存知ですか?」
「貴女がたった今、散々に罵った諸々でしょうか?」
もはやキャスターの口から何が飛び出そうと驚きはないだろう。
――たぶん。
「英霊には英霊でしか対抗できない、というやつですよ」
苦笑を浮かべながらキャスターは言葉を続ける。
「つまり――冬木の地を離れれば、ワタシたちに敵はいません」
それでも聖杯戦争をすっぽかす、などという発想は誰も想定していなかった。
マジかこいつという思いを視線に乗せてもどこ吹く風。
肝心の少女は気にも留めず、両手をぽむと合わせると、
「二騎程落ちればワタシたちの現界に必要なリソースは確保できるはず。わざわざこんな詐欺みたいな儀式に付き合う必要はありません、持ち逃げしちゃいましょう」
前提そのものをぶち壊す外法をさもあっさりと言ってのけた。
だが、言っていることに一定の理はあるのだ。
運用コストさえどうにか出来るのなら、サーヴァントは魔術世界において最上位に位置する兵器と言っても過言ではない。
今までそのようなことをするマスターがいなかったのは、サーヴァントは願いを叶えるために招来し、願いを叶えるためには冬木の地に集わなければならなかったから。
最初から願望機に興味のない者も、聖杯の獲得が事実上不可能だと打ちのめされた者も、過去に類を見ないと言っていい。
聖杯を得られない、獲得しても願いは叶えられないと告げられたマスターもまた、同様に。
「猿の手、打ち出の小槌。北欧神話のティルフィングや中東の劇中劇には魔法のランプというのもありましたね。七夕の短冊にサンタクロース、あるいは流れ星に三度の願いを、なんてのも願いを叶える伝承と言えるでしょう」
彼女はあらかじめ用意していたのであろう、手製の冊子をテーブルに乗せる。
切嗣はそれに見覚えがあった。
ドイツの冬の城で、読書と共に書き物を行っていた彼女の手元にあったものだと。
それは世界中の願いを叶える伝承が纏められたレポート。
キャスターはあの時点で、この着地点を見据えていたということ。
「こんな地に縛られているから悪いのです。紛い物など求めるに値しません」
無理矢理こじ開けられた隙間に、甘い声音が染み渡る。
「地方都市で影に紛れて殺し合いをするのが英雄?いいえ、いいえ!そうではないでしょう!?」
手振り身振りでオーバーに示しながら、内側からの意思を呼び起こすように、少女は語りかける。
「故に、探し出しましょう。本物の願望機を!世界に名だたる望みを叶える伝承の正体を!」
本来の目標を否定され、明確な代案を用意され、そちらを選ぶ者こそが英雄足るのだと。
それは、あまりにも甘美な毒。
誘導されていると理解してなお、拒絶しがたい誘惑の言葉。
「ワタシはこの時代に、英雄譚を見に来たのですから」
以前語った言葉の真意はそれであると。
語り手の少女は蠱惑的な笑みを浮かべていた。