「はっきり言って、早期に遠坂陣営を瓦解させないと詰みます。というか今の時点で全滅していないのが奇跡的な幸運だと思ったほうがいいです」
キャスターがブリーフィング用の資料から抜き出したのは、判明しているマスターの情報が記されたものだ。
遠坂家当主、遠坂時臣。
元聖堂教会代行者、言峰綺礼。
その両名が手を組んでいることはまず間違いない。
「過去の聖杯戦争で使用されなかった令呪は、監督役である聖堂教会の管理者が保管しています」
そして聖堂教会より派遣された、聖杯戦争を中立の立場から見守る監督役。
「そもそも彼らが監督役として身を置いているのは紛い物とはいえ聖遺物を確保するため。そのためには聖杯に完成してもらわねばなりません」
脱落したマスターを保護する役割も担うその人物の名は、言峰璃正。
言峰綺礼の、実の父だ。
「であれば遠坂が抱える令呪の総計は推定十画前後。先ほども言いましたが、アサシンと六画の令呪があれば順繰りにマスターを暗殺して廻ることさえ可能なのですよ」
「でも聖堂教会は中立を理由に監督役を任せられているはずよ。特定の陣営に肩入れなんてしたら……」
「他に誰もいなくなってしまえば、唯一挙げられた報告が真実と成り得るでしょう。監督役は真に中立でありましたと」
「君が言うと説得力が違うな」
潤沢な令呪という本来不可能な前提は既に達成されている。
数を増やせるアサシンであれば全マスターの調査など容易なことだろう。
「それにもかかわらず、拠点まで割れているアインツベルンに被害が出ていません。ましてアサシンが退場したという下手な芝居までして他の陣営を動かそうとしています」
冒頭で彼女が語ったのは誇張などではない。
今現在、アインツベルンのマスターが暗殺されていないこと自体がある意味で不自然なのだ。
「となると分かることがあります」
そこまでを前提とした上で、語り手の少女は更に奥へと思考を進める。
「おそらくアーチャーには令呪が効かない」
「事実上の制御不能か。――だが理由としては少し弱いな」
「彼らの本命は次回のはず。今回は能力調査、英霊との縁の獲得という側面が強いのでしょうね。だからこそ、良好な関係のまま戦争を終わらせなければならない」
「遠坂陣営は、奴の機嫌を損ねることは出来ないと」
命令を無視して多大なる戦果を上げた、などという逸話は、英雄譚においてある種のテンプレートに等しい。
それが再現されるのであれば、程度の差はあれ令呪に抗うことは難しくはないだろうと、キャスターは語る。
「数こそが力であるアサシンでは、雨霰と武器を撃ち下ろすアーチャーとは極めて相性が悪いはずです。それこそ、無数の令呪を以ってしても勝ち切れるとは言えないほどに。それでは令呪でアサシンを処分出来ても、アーチャーが残ってしまう」
「なっ!?」
それに強く反応を示したのはセイバーだ。
彼女は、彼女だけは、そこに込められた意図を正しく理解することが出来ないでいる。
「何故です!?何故自陣営のサーヴァントを処分など!」
「願いを叶えるのに必要なのは七騎ですよ、セイバー様」
静かに言葉を返すのは例によってキャスターだ。
マスター二人も把握はしているはずだが、余計な不和を招くのを嫌って伏せていたという負い目もあるのだろう。
「第一次、最初の聖杯戦争ではサーヴァントは五騎しか降臨しませんでした。それが第二次以降は七騎に修正されています。となれば自然、その数では願いを叶えるには不十分だったということです」
「そうであれば、六騎という可能性も……」
「六のリソースをマスターとサーヴァントで分け合えば三しか残りませんよ。五でも足りないのに、たった三では言わずもがな。仮に必要量が六なのだとしても、それではサーヴァントが願いを叶える余裕などないでしょう。どちらにしても、私たちには最初から願いを叶える権利など与えられていなかったというわけです」
あまりの言葉に絶句している彼女に、マスターが淡々と補足を告げる。
「キャスターの言葉には一部間違いがある。御三家の目的――根源に到る為に必要な数が七というだけだ。六の生贄でも聖杯は願望機として機能する。……願いの容量という考えを失念していたのは否定出来ないが」
「おっと?それはちょっと想定外ですね。ま、どちらにしてもこの地の聖杯は使いようがありません。他陣営がそれを前提としている、という以上の深入りは避けたほうが賢明でしょう」
もはやこの戦争から降りることは確定しているのだ。
地味にショックを受けているセイバーを置いて、会議は進行していく。
「あの言動から、アーチャー様は気位の高いお方に見えました。となれば、自らが生贄として用意されたという事実を把握していないはず」
「それも含めて演技だという可能性は?」
「ないとは言えませんが、おそらく違うかと。もしそうならあんな分かりやすい演劇で他を騙そうとは考えません」
話題の中心は、アサシンからアーチャーへ。
僅かに見えた人となりから、攻略の隙を見出すのは先ほどまでと同じこと。
「彼らはアーチャーが脱落するまで他の陣営を下手に暗殺することが出来ない。もしかしたら理由は違うのかもしれませんが、何らかの事情でアサシンを直接的に動かせない状況にあるのは確かです。その間隙を突きましょう」
それが主観的な感想に過ぎないことを、誰も指摘することはない。
希望的観測などではなく、客観的な情報を元にした鋭利な推測であるからだ。
もはやこの段になって彼女の洞察力を疑う者はひとりもいなかった。
「マスター、遠坂に先触れを出していただけますか?」
「『明朝、黄金の君に芸を奉じに参ります』と」