明朝、遠坂邸。
キャスターは一人、困惑した様子で佇んでいた。
彼女達アインツベルン陣営は遠坂陣営を放置は出来ないと即座に行動を移した。
だが、時間を与えるとマズイというのはキャスターのクラスにも同じことが言える。
キャスターのクラススキルは拠点作成と道具作成。
魔術師として工房を構築し、ひたすらに手札を蓄えるのがその基本戦術とされている。
対魔力が付与される三騎士に対しては魔術が主体であることが不利に働くものの、時間をかければ覆る可能性も否定できない。
準備の整っていない序盤に捕捉されれば、無理を押してでも排除を試みる可能性も十分にあった。
遠坂陣営はアサシンの脱落偽装を用いたように、十分な知略を持ち合わせている。
そして彼らは知ってしまっている。十全な能力を持つ分身を作り出す宝具が存在していることを。
魔力が
彼らはその可能性を絶対に無視できない。自分達で既に証明してしまっているのだから。
キャスターはそのような能力など持ち合わせていないが、そうであることを相手はまだ把握していない。
であればあからさまな捨て駒に対し、どれほどの札を開示するのか、してもよいのか。
優れたる者であればまずそれを考えるはずだ。
確かに先触れは出した。
無視はしないにしても迎撃の準備を整えているだろうとは考えていた。
普通に応接室まで招かれるのは彼女にしても想定外である。
上座で踏ん反り返っている黄金の弓兵は、ニヤニヤと隠すことなくこちらを卑下している。
頭痛を抑えるようにして傍に控えている遠坂家当主の顔が印象的だった。
「して」
圧が、加わる。
存在感とでも言うべき、圧倒的なオーラ。
ただそこにあるだけであらゆるものを平伏させる、絶対的なカリスマ。
「
厳かに、
「その大口に免じて一度だけ機会を与える。物にしてみせよ」
さもなくば、などという当然の言葉が紡がれることはない。
キャスターはぺこりと一礼、魔術を展開する。
少女の背後に、半円を描くように氷の鍵盤がずらりと並んだ。
それに対し反応を示す遠坂時臣をアーチャーが手で制し、
圧倒的な吟唱がその場を支配した。
最も警戒していたはずの時臣が呆然と聴き入るのも、
気配の遮断を維持できなくなったアサシンが部屋の隅に現れるのも、
職能を顕にしたキャスターには気に留めるべき事象ではない。
彼女がただひとつ注視するのは、詩を捧げる相手であるアーチャーただひとり。
彼が感心したように僅かに表情を緩ませるのを認識しながら、全力で音を紡いでゆく。
歌い、唄い、謡い、謳う。
氷柱の楽器を淀みなく走らせながら、霊体であるはずのその身体には汗が奔る。
刻は周り、
太陽は既に中天に差し掛っていると、聴衆たちはようやくその事実に気が付いた。
「ふむ――及第点はくれてやる」
アーチャーは満足げに頷くと彼女の吟唱をそう評価した。
「時さえあれば
それは彼にとって予想を外されるものであった。
英雄王の
現世を満喫する為に意図的に権能を抑えてはいるが、それでも目の前に現れた存在を見紛うなど彼にとっては有り得ない事。
何から何まで嘘で塗り固めたような汚物がどのような詐術で取り繕うつもりなのかと嗤っていたが、まさか真に迫るモノが転がり出てこようとは。
価値ある物を愛でる者にとって、汚泥の中身を気にする事など極々稀な話。
さしもの彼であっても、見落としてしまうのも無理はない。
「――褒美を取らせる。
肩で息を吐き、全身から汗を滴らせたキャスターはその言葉に息を呑み、姿勢を正し、
「ただ一度、道化として振舞うことをお許しください」
恭しく頭を垂れてその望みを口にした。
「許す。ただし二度はない」
「ありがとうございます。アーチャー様」
道化とは、人を笑わせる滑稽な振る舞い、あるいはそれを成す人物を差す。
そしてもうひとつ、
感謝を述べた後、言葉を続けることもなく、跪いたまま微動だにしないキャスター。
アサシンは再び姿を消して様子を窺っており、遠坂時臣もまた、キャスターの発言如何では令呪の使用も視野に入れるべきかとその右手に意識を移した。
そして、彼が認識するよりも早く、その頭部は石榴のように弾け飛んだ。
同時にアサシンにも虚空より宝剣が突き刺さり、応接間には黄金の射手と魔性の語り手だけが残された。
詳細は次回