「いかん……いかんな。よもや寝ぼけておることにも気付かぬままに財の審美に臨んでいたとは」
黄金の君は重々しく口を開くも、その機嫌を損ねているのは誰にでも分かるほど。
無造作に周囲を威圧する怒気に飲まれ、キャスターは平伏したまま必死に悲鳴をこらえていた。
「雑種」
熱量を持つほどに収束した意識を向けられた英霊と呼ばれるはずの少女は、見た目通りの力無き者として王の言葉を待つことしか出来ないでいる。
「二度はない。――疾く去ね」
悲鳴を飲み込んだまま、それでも必要十分な退場の作法を守りながら、キャスターは逃げるように遠坂邸を後にした。
言葉の通り、二度目の非礼があったのならばキャスターもまた他と同じように儚く消えただろう。
一挙手一投足をねめつける様に注視していた英雄王は、彼女がその居城から去ったことで意識を己へと向け直す。
「ふん。――眠るか。もはや興味も消え失せたわ」
虚空に広がる波紋からひとつの瓶が転がり落ちる。
アーチャーがそれを呷れば、その身には神秘が染み渡り、しかる後に残されたのは彼の面影を残す少年がひとり。
「やれやれ、大人の僕にも困ったものだ。ともあれ気持ちは分かるよ。正直僕だってこれは少々容認しがたい」
どかりと腰掛けていた仮初の玉座に、幼少期の王者は行儀よく身を預ける。
傍らに倒れたマスターだった首のない死体は、それでも宿主を生かし続ける家伝の魔術刻印によってびくびくと生体活動を続けている。
小さな王者はよいしょと小さく声をあげ、丈に合わない座席から飛び降りた。
うごめく肉塊を気に留めることもなく、遠坂邸のあちこちをあてもなく歩き始める。
「サーヴァントはクラスに応じて能力に補正がかかる。――
それこそがキャスターによるただ一度の道化働き。
彼女が告げたのは、彼が王に足る能力を剥奪されているという事実。
もはやその身は王ではなく一介の弓兵に過ぎぬという、これ以上なく癪に障る諫言だ。
それが暴君の逆鱗に触れた遠坂の罪。
「言われてみれば当たり前の話だけど、言われるまでは、僕でさえ気が付かなかった」
歩みに合わせるように、屋敷内の調度品が目に見えて減っていく。
大人であった頃と比べ、少年時代の彼は財へのこだわりもやや薄い。
蔵を道具と割り切り、一時保管の場所として活用するにも否はない。
「そんな細工が必要だってことは、つまりそういうことなんだろう。まったく、魔術師ってやつは強欲に過ぎる」
若返りの霊薬――霊基の再臨によって曇りの晴れた真紅の瞳が、秘められた謀略を暴き立てる。
サーヴァントは共に戦場を駆ける仲間などではなく、ただの儀式の生贄に過ぎないということを。
「でも妙だな。もしクラス補正に謀略なんて分野があるんだとしたら、アサシンは間違いなく該当している」
英霊召喚の呪文は個人、あるいは家系によって細部が異なる。
また、一節を追加することにより、狂気に飲まれたサーヴァントを確定で召喚することさえ可能だ。
であれば、そこには
「だけど彼らが気付いた様子はなかった。ならなおのこと、キャスターだってその能力は抑えられているはずだ。むしろ思考が近い分、魔術師のサーヴァントこそ、これに気付く可能性を封じられるべきだろう」
剣士、弓兵、槍兵、騎兵、狂戦士に暗殺者、そして魔術師。
御三家が願いを叶える為に必要な、七つの白痴なる生贄。
それが英雄と称えられるほどに秀でた能力を持つ者たちに、謀略を気取られないよう用意された枷。
「七騎のクラス、という以前に従僕という属性でひと括りにしているのかな?彼らの価値観なら間違いなくやるだろうし」
だからこそ、それを看破したというキャスターの異質さが浮き彫りになる。
「にもかかわらず、
玄関の扉に手をかけ、そこで初めて足を止めた少年の貌には、既に暴君の面影が片鱗を見せている。
「
彼が去った後の遠坂の屋敷には、蠢くのを止めない死体がひとつ、遺されているだけだった。