「あぁ、そういえば言い忘れていました」
遠坂邸からの帰り道。
諸々の要素から滴り落ちていた汗も落ち着き、高級住宅街を抜けた先。
人通りも少ない、閑散とした小道に差し掛かったとき、キャスターは思い出したかのように声を上げる。
「ありがとうございます、アサシン様。マスターへの報告を遅らせてくださったのですよね?」
立ち止まり周囲を見回す。
その視線の先には、誰もいない。
――真昼間の市街地。入り組んだ小道の影から、無数の影が滲み出る。
遠坂邸で姿を晒したそれとは背格好の異なる、されど違わぬ髑髏の面を携えた怪人。数は八。
「――当て推量か。これはやられたな」
「ええ、気配を探るなど、ワタシのような素人にはとてもとても」
キャスターはにこやかに対応を重ねるが、影達の反応は鈍い。
「あの場で魔術の気配は稚拙な氷結の術法のみ、まして宝具が発動されたのなら気付かぬ道理もない」
「失礼な。綺麗な音階を出すのがどれだけ難しいか、やってみないと分からないものですよ」
最初に声をかけたアサシンのひとりはそのまま言葉を続ける。
「故に――たった一言でアーチャーが離反するほどの何かを、彼奴らは隠蔽していた」
その予想に、キャスターは無言の笑顔で以て肯定を返す。
「ワタシは敵対勢力の魔術師のサーヴァント。よほどのことでもなければその言動全てが信用に値しないでしょう」
髑髏の面は無言を返す。
目の前の少女は詩人であると同時に交渉に秀でた存在であることは想像に難くない。
「ただ、貴女方のマスターへの信頼、信用を、ワタシ以下へと貶めることは容易です」
だが彼らこそ山の翁。
暗殺教団を率いた、人の裏側を見続けた者達に、生半可な謀略など通じはしない。
「アサシン様、ひとつお尋ねします」
キャスターはほんの一呼吸だけ、間をおいて、
「
あまりにも致命的な
「「「「「「「「「――――――ッ!!?」」」」」」」
瞬間、アサシンたちは氷柱を差し込まれたかのように、言葉なく立ち竦む。
「魔術世界において、神秘の模倣とは珍しいものではありません。そして模倣とは、模倣元が真であることの証拠を重ねるひとつと成り得ます」
これは毒だと、言葉の刃を生業とする貌が主張する。
「この儀式が模しているのは、聖書に記された聖杯。それは、かの教えにおいて、神の子の血を受けたとされる杯」
何も聞かず黙らせてしまえと、怪力を誇る貌が主張する。
「聖杯とは神の子、ひいてはその父たる神の証明そのもの」
だが言っていることは間違っていないと、魔術を繰る貌が主張する。
「そんなものを求め、願いを掛けるということは、かの教えの
そして総括にして教主たる貌は、静かに憤りを昂ぶらせている。
言の葉を武器とするキャスターは、何も反応を返さないアサシンを諭すように投げかけ続ける。
「アサシン様、貴女がそのことに気付かないはずがない」
――気づかなかった。誰一人として、気に留めることさえなかったのだ。
「もし気が付いていなかったのであれば、あるいは、気に留めることすら出来なかったのであれば」
――そうだ、理由がなければならない。百の貌の中には真に無知なる者も確かにいるが、我らの全てが信仰に関わることを見落とすはずがない。
「それは一体、どのような理由があってのものなのでしょうか?」
――それはカソックを着込んだ
「あなたの願いが何であるのか、ワタシには分かりません」
そこに立つのは無知なる少女などではなく、悪辣な魔術師そのものだ。
「なのでこれは酷く無責任な言葉です。何も知らぬ小娘の見当違いな指摘かもしれません」
こちらを利用しているのは疑いようもないが、それ以上に許せぬ者がいる。
「それでもなお、偉大なるハサン・サッバーハの名を継ぐ貴女に問わせてください」
それは、ハサン・サッバーハという暗殺者のはじまり。
信仰を守るために刃を走らせたという、名の表れ。
「貴女の抱く願いとは、信仰よりも重いものなのですか?」
百の貌のその全てが、同じ答えを導き出した。