冬木市新都。そこに聳え立つ冬木市一の高さを持つ高層建築、冬木ハイアットホテル。
そこではつい先日より、海外の大富豪が最上階を丸ごと貸し切るという、とんでもない事態が発生していた。
当然ながら高級ホテルとしては最高のサーヴィスを提供する義務がある。
かの富豪に求められるあらゆるモノを提供し、満足してお帰りいただく為に。
――表向きはそうなっている。
冬木ハイアットホテルは、今日も何の問題もなく事業を展開している。
「そんなっ!えっと、その……なんとかならないんですか!?」
その日、ホテルの受付では少女が悲鳴のような声を上げていた。
大きなトランクを携え、片手には封書を抱えた、ドイツの民族衣装に身を包む黒髪に橙の瞳の少女だ。
受付は通常の業務どおり――脳内に刻まれた命令文に従って否を返す。
最上階、魔術工房と化した領域へは誰も通してはならないと。
「じゃ、じゃあこれだけ、このレポートだけでも提出させてください!これを届けてもらうだけでいいんです!」
受付は通常の業務どおり――脳内に刻まれた命令文に従って否を返す。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトへの外部からのあらゆる干渉は遮断せよと。
うあーと頭を抱える少女ははっと何かに気付いたように、更に言葉を走らせる。
「それなら……普通にチェックインさせてください。ロビーで先生が出てくるのを待ってればいいんですから!」
「失礼、レディ?少しよろしいですか?」
それでもと粘る少女に背後から声がかけられる。
振り返った先にいたのは目元の黒子が特徴的な美貌の男性。
黒のスーツは仕立て上げられたばかりなのか、だがその立ち振る舞いに着られている風ではなく非常に様になっている。
「たまたま、耳に入ってしまいまして。主に御用であれば私が取り次ぎましょう」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ほっとしたように喜色に沸いた少女は青年へと向き直る。
「とはいえそのトランクは……受付に預けておいてはいかがでしょうか?」
「ふむ、それもそうですね、よろしくおねがいします」
それが明らかに不自然なやり取りであることに、受付は気付かない。
少女からトランクを受け取り、連れ立ってゆく二人の背を見送り、
何もなかったかのように、日常的な業務に戻る。
彼にとっては、真実、何もなかったことになったのだから。
そして、二人を乗せて、エレベーターの扉が閉まる。
「――何用ですか、キャスター」
「交渉戦を少々。――今斬り捨てておくのがベストですがいかがなさいますか、ランサー様?」
「私は主の命に従うまでです」
「あらつれない」
箱は登る。向かう先は冬木ハイアットホテル最上階。
ロード・エルメロイの魔術工房、異界と化したその先へ。