「お招きいただきありがとう御座います、ロード」
「次からは先触れを出して欲しいところだがね」
「これは失礼を。昨日の今日で、時間の都合が出来ませんでしたので」
「構わんよ。こういった交渉戦も聖杯戦争の華だろう。掛けたまえ」
冬木ハイアットホテル最上階。
魔術師を冠する英霊と、
キャスターは勧められた通りに着席する。
歓待のために用意されたであろうティーカップは軽く持ち上げ、
「おや、熱病の呪いですか」
「――ほう、分かるかね?」
そこに仕掛けられた術式をあっさりと看破してのける。
「イスカンダル大王の死因は熱病。触媒の元の持ち主がロードなれば、対策は用意してしかるべきでしょう」
カップをソーサーに戻し、にこりを笑みを浮かべながら少女は続ける。
「体調こそ崩しても死に到るほどではない呪い。アポイントメントも取らぬ無礼な輩であれば、この程度はご愛嬌というもの。あると分かりきっているモノに警戒もしないのは、交渉相手として不適格と言わざるを得ません」
この程度は出来て当たり前、いや出来ぬのであれば相手にすべきではないと、淡々と告げる。
その言葉にケイネスも満足げにうなずきを返す。
「なるほど、確かに魔術師たる英霊のようだ。非礼を詫びよう」
「いいえ、不躾に訪ねたのはこちらのほうです。……代わりをいただいても?」
「すぐに用意させよう。一騎を狙った特攻とはいえ、解析されては敵わんのでな」
「あらあら――どうにも侮られているようで」
フロントで見せたありきたりの少女の面はどこにもない。
新たに用意されたティーカップを優雅に傾け、少女は静かに言葉を紡ぐ。
「まずはそうですね……この聖杯戦争で願いは叶わないと、ロードはご存知でしょうか?」
「無論だとも」
「なっ!?」
その言葉に、傍に控えていたランサーは驚愕に眼を見開く。
キャスターも、ケイネスも、その程度の無様な反応など気に留めることもない。
彼があまりの情報に思考を停止させている間にも、交渉戦は進んでいく。
「であればこれは捨て札ですね、他に分かりやすく有益なものであれば、ウェイバー・ベルベットの隠れ家、なんていかがでしょうか?」
「それは実に興味深いな。奴の戦車は後を追うにも厄介極まりない。……して、君はこちらに何を望む?」
「間桐への包囲に、一手お貸しいいただければと」
「ふむ、口約束に過ぎないが、約定は果たそう」
「では、詳細はこちらに」
そうしてキャスターは最初から抱えていた封書を静かにテーブルに載せる。
「ランサー、槍を」
「はっ!」
主君からの命が彼を無意識的に動かした。
突き出したるは赤の魔槍。
それが紙一枚の厚さで封書を貫き、そこに込められたあらゆる魔術効果を無力化する。
「あると分かりきっているモノに警戒もしないのは、交渉相手として不適格、だったかね?」
「まあ、お上手」
くすくすと上品に笑うキャスターを他所にロード・エルメロイは封を切る。
そこに記されていたのは彼にとって想像もしなかった情報だ。
霊地ですらない、魔術とは一切かかわりのない人間の住居に潜んでいるという、頭を抱えたくなるような言葉の羅列に、思わず口から言葉が零れる。
「……これは確かなのかね?」
「ロード、貴方の唯一の欠点は、優秀でありすぎることなのでしょう。想定を遥かに下回る愚行も、時としてその警戒をすり抜けてしまうものですよ」
「そのようだ。肝に銘じておこう」
ケイネスが一方的に情報を獲得し、キャスター側が得られたのは口約束のみ。
だがその実、ランサー陣営はライダーに仕掛けざるを得ず、約定により三度目の戦いも確約されている。
サーヴァントの戦闘には膨大な魔力を消費する。
戦闘回数が積み重なれば宝具の不全やステータスの低下など、無視できない影響を及ぼしかねない。
当然ながら戦闘が発生すれば、その消耗は両者にのしかかる。
それこそがキャスターの利であると言い切っても過言ではない程に。
「キャスター、これは興味本位なのだが、遠坂との交渉で優位を得たのはどちらだったのかね?」
「さてどうでしょう?あちらとの約定もありますので、ご容赦をば」
「そうか、忘れてくれたまえ」
そして、言葉が途切れる。
互いに心象は悪くない。最初の交渉であれば、この程度に納めておくべきだろう。
「さて、そろそろお暇させていただきましょう」
「有意義な時間だった。今後も良好な関係を望みたいものだ」
「そこが戦場でなければ、喜んで」
「ランサー、彼女を出口へ。……言うまでもないが、まともに口を開くな。お前では丸め込まれるのがオチだろう」
「はっ!……自覚はあります。キャスターの強さは私のような武人とは別の位置にあるものだと」
「分からぬことが分かっているのであれば上出来だ」
彼らのやり取りにくすりと笑みを浮かべたキャスターは席から立ち上がると優雅に一礼し、
「それでは、良き聖杯戦争を」
それを締めの言葉とした。
ロード・エルメロイは一瞬虚を突かれたように瞼を瞬かせると、
「ああ、良き聖杯戦争を」
自信に満ちた不敵な笑みを浮かべ、同じ言葉で少女を見送った。