願いを叶える、その為に   作:こまつな

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 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトにとって、キャスターとの対談は実に有意義な時間だった。

 

 彼は万能の願望機を求めてこの地に訪れたわけではない。

 ロードが求めたのは聖杯を巡るその過程、そこに集う極北の魔術師達との魔術比べ。

 

 経歴のひとつとして優れたる武功を立てること。

 それこそが彼がこの戦争に参戦した動機である。

 

 術理こそ交わさなかったものの、その時間はまさに彼の望んでいた魔術師同士の闘争に他ならない。

 

 更に言えば、彼女が言外に漏らした情報が三つある。

 

 ひとつ、ロード・エルメロイの築いた魔術工房を正面から突破するのを諦めたこと。

 これは別段おかしな話ではない。

 よほど隔絶した実力差でもない限り、守りを固めた魔術師の拠点に侵入するなど自殺に等しい。

 ロードたる自身であれ、キャスターの築き上げた工房に踏み込むとあらば万全を期して望まねばなるまい。

 

 ふたつ、キャスターがアインツベルンのサーヴァントであること。

 彼女は聖杯で願いを叶えることが出来ないと承知の上で招来している。

 そして遠坂と交渉を行い、間桐とは敵対の予定があると。であれば所属の推定は可能だ。

 聖杯の薪とされることも承知の上なのだろう。むしろ、それこそが望みなのだろう。

 自分自身が座への道筋として加工される経験を得るなど、どれほど研鑽を進めることになるか想像も付かない。

 

 そしてみっつ――ランサーへの魔力供給を、彼女は見誤った。

 真名こそ解放していないが、魔術に対し特攻を持つ魔槍の力は昨晩の戦闘で認識されたはずだ。

 であれば、魔術師である彼女にとって厄介極まりないランサーの消耗を望むのは自然な流れ。

 キャスターの狙いが他陣営の消耗なのはまず間違いない。

 既に令呪も一画喪失し、更にこちらの損耗が嵩むのであれば、確かにアインツベルンを優位に運ぶだろう。

 

 ――だがそれも、使い魔への供給が通常であればの話。

 ランサーの維持を婚約者ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが負担し、ケイネスは自身の戦闘に魔力を消費する。

 主従双方が全力で戦闘を行えるようにと施された変則的な契約。

 それは彼からランサーへの本来の経絡(パス)を使用できなくなるというものではない。

 昨夜のようにサーヴァントのみを前面に出す運用ならば、事実上負担は半減し、回復量は倍となる。

 ランサーの持つ不治の魔槍(ゲイ・ボウ)も合わされば、消耗戦において彼らは他の陣営とは隔絶した戦果を挙げるだろう。

 

 キャスターの目論見は大きく外れている。

 ロード・エルメロイの施した絶技は、英霊と呼ばれる存在を、一部とはいえ出し抜いたのだ。

 

 それらの事実が彼を上機嫌へと導いていた。

 

 

 昨夜のライダーとランサーの戦いは記憶に新しい。

 サーヴァント同士の、神話に近しい英霊の闘争。

 なるほど、であれば確かに、この儀式を戦争と呼ぶのも過大であるとは言い難い。

 

 最後の横槍で小さな傷こそ付いてしまったものの、まだ十分に取り返せる範囲。

 そしてなにより、あれらと同格たる魔術師のサーヴァントとの交渉戦は、実に心踊るものであった。

 

 アインツベルンが保有する魔術師のサーヴァント、キャスター。

 

 事前情報では魔術師殺しとかいう傭兵を身内に引き入れたという話ではあったが、所詮は下賎な魔術使い。

 錬金術の大家であるアインツベルンとは反りが合わなかったのであろう。

 

 ああも魔術師めいた魔術師であるキャスターとの相性も、言わずもがな。

 その契約の主はアインツベルンの愛娘、アイリスフィール・フォン・アインツベルンで間違いないだろう。

 

 

 そこまで思考を進めたところで、見送りを終えたランサーが拠点に帰還する。

 

「ふむ、何か言いたそうだな」

「……召喚の折に申し上げた通り、私に聖杯への願いはありません」

 

 普段であれば使い魔の機嫌如き気にも留めない彼であったが、このときばかりは機嫌が良かった。

 道すがらキャスターに何かを吹き込まれたのか、神妙な面持ちをした槍兵に声をかけるくらいには。

 

「ですが主は当初、別の英霊を召喚する予定だったと。その者が勝利の暁に聖杯を求めたのであれば……」

「なんだ、そんなことかね」

 

 ケイネスは不出来な生徒を諭すように、言葉を続ける。

 

「所詮、サーヴァントなど使い魔に過ぎん。だが使い魔と言えど、その献身を無碍にするほど私は狭量ではない。もとより私が求めるのは名誉のみ。聖杯を望むのであればくれてやろう」

「何も叶わぬ器を、ですか?」

「それは器を用意した御三家とやらの不祥だ。私に責はあるまい」

 

 にやにやと、頭の足りぬ愚者をなじる様に。

 傲慢な魔術師は使い魔風情と見下す輩でも理解が及ぶ様に、解説を続ける。

 

「そもそも聖杯戦争というのは、未完成の儀式なのだよ。第一次――最初のそれは英霊の数すら規定に満たぬ、不完全なものだったそうだ。第二次、第三次と不備は続き、此度は四度目。どんな願いでも叶うと謳いながら、願いを叶えた者などいない夢幻の器。それがこの地で語られている紛い物の聖杯だ」

 

 英霊には聖杯から前提知識を与えられるはずだが、ランサーの様子を見るにこの程度の知識すら抜けがあるようだ。

 

 それもまた、当然といえば当然の話。

 贄が揃わねば儀式として成り立たないのは過去が証明している。

 

 御三家が用意した聖杯がそれを事細かに説明するかどうかなど、考えるまでもない。

 

「納得がいかんのならば仕方がない。アインツベルンは少々遠いが、遠坂、間桐はこの地に居を構えている。鬱憤を晴らそうというのなら、共感はせんが理解は示そう。その結果両家が断絶したとしても、それは彼らの求めた結果に過ぎん」

 

 隙を見せたほうが悪い。

 魔術師同士のやり取りについては、結局のところそれに尽きる。

 

「しかしこれほどの大儀式が行える極上の霊脈だ、管理者不在と言うわけにもいかんだろう。なに、時計塔の君主(ロード)の名において、適切な管理者を用意しようではないか」

 

 彼は海千山千の魔術師達の総本山、時計塔において君主(ロード)の位を冠するひとりだ。

 当然ながら政治力という分野においても、その類まれなる能力を発揮する。

 

「納得はいったかね?」

「……やはりケルトの戦士にそのような分野は荷が重いようです。今後も違わず、主命に従いましょう」

「騎士道なる考えは私にも理解が及ばんが、主に忠実である一点においては評価をしてやろう」

 

 

 懸念も晴れたのか、傍に控えるように佇むランサーに、ケイネスはふとした思い付きを呟いた。

 

「……ふむ、キャスターはお前に何を吹き込んだのだ?一語一句違わず繰り返してみろ」

「はっ!『英霊は逸話に縛られる、くれぐれもご注意を』と」

 

 それは聖杯戦争において、公開されてすらいる当たり前の情報だ。

 だが、あのキャスターが口にするというのであれば、それなり以上に重い意味が込められていることになる。

 

 それが何らかの仕込であることも考慮に入れた上で、思考を回し、

 

 しかるのち、ケイネスから表情が消えた。

 

「……主?」

「なるほど」

 

 

 

「――【自害せよ、ランサー】」

 

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