「主っ……何故……っ!!?」
「ふむ、では講義をしよう」
自らの槍で己を貫き血溜りに沈みつつあるランサーを見下ろしながら、しかしケイネスの瞳にはもはや侮蔑の感情すら込められていない。
ランサーという使い魔に何の価値も見出していない、否、価値がないことに気付いたからこそ、そこにあるのは虚無に等しい。
語り聞かせるような口調とは裏腹に、彼の言葉は思考を整理するための独り言に過ぎない。
「英霊は逸話に縛られる。その言葉を正しく理解したまでだ」
それは聖杯戦争の大原則。
英霊とは伝承に語られる存在だ。
それが有名であればあるほど、伝説上の存在である彼らは現世にて確固たる力を振るうことが出来る。
「ランサー、貴様に悪意はないのだろう。主に仕えようという意思も本物だろう。だが、もう一度言おう。英霊は逸話に縛られる」
同時に、その逸話に記された弱点や死因といった欠点も、明確に再現される。
「フィアナ騎士団の大英雄フィン・マックールの妻となるはずだった婚約者グラーニアは、愛の黒子を持つディルムッド・オディナの魔貌に誑かされ、恋に落ち、婚約者を捨て逃避行に出る」
それがランサー、ディルムッド・オディナという英雄の物語。
今度こそ主と最後まで戦い抜くと望んだ彼の、逃れられない過去の事実。
「そもそもがおかしかったのだ。私は何故、そんな逸話を持つサーヴァントを召喚しながら、婚約者のソラウを同伴させるなどと考えた?同伴せざるを得ない細工を施した?何故、私はそのことを疑問にすら思わなかった?」
当然ながら、英霊を運用するに当たってその伝承は調べ尽くしている。
にもかかわらず、どういうわけか、ケイネスが全く気にも留めていなかった逸話でもある。
キャスターに指摘されたことで彼は初めて気付いたのだ。
――あまりにも不自然過ぎるのではないかと。
「答えはひとつ。ディルムッド・オディナの傍には、彼に誑かされる主君の婚約者が必要とされたのだ」
それが逸話に縛られるということ。
聡明なるロード・エルメロイはそのように結論を下した。
「それが英霊、それが逸話に縛られるということなのだろう。貴様だけでなく、その周囲に到るまで、ディルムッド・オディナという英雄の物語をなぞる様に配置がなされたのだ」
「そんな……馬鹿な……っ!それでは……っ!」
ランサーとて愚かではない。
自身の望んだことは、聖杯戦争という新たな闘争の中では叶わないと。
察するには余りある状況に、またも主に見限られたのだという事実に、彼は打ちのめされていた。
「馬鹿な話だというのには私も同意しよう。だが、現実としてそうなっている」
しかしながら、たかが使い魔の悲愴など、ケイネスには何の関係もない。
「次に呼ばれるときはその黒子を抉り取ってから招来するがいい」
無念のうちに消えていったランサーを見送り、ロード・エルメロイは深くため息をついた。
「まったく、大損だな。今回の為に用意した何もかもが無駄になった」
見下ろした右手には、使うことのなかった令呪の一画がそのまま残されている。
主を失ったサーヴァントとの再契約、という可能性もないわけではない。
「ホテルの工房化は解除せねばらんし、いやその前に監督役への連絡が先か。……約定を違える事になったと、キャスターにも謝辞を入れねばならん。それがあちらの手の内であろうとな。――だが、すべてを失ったわけでもない」
だが、そんなか細い道筋に賭けてソラウを危険に晒すのでは本末転倒だ。
「武功ひとつ立てるのにこうも見事に躓くとは。だが、それはサーヴァントでハズレを引いたまで。私の、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの力は、英霊にすら通用すると証明は為されたのだ」
彼は気付かない。
優秀過ぎるが故に見落としてしまっている。
対談したサーヴァントは確かにキャスターであったが、魔術師として優れた者などではないことを。
呪いを見抜いたのも、封書への仕込みも、彼にそう判断させたことさえ、魔術師としての技量など何一つ使われていないことを。
それらは全て、純粋なる洞察と予測の結果に過ぎないことを。
そして何よりも。
別室から絶句したまま覗いていた婚約者が凄まじい形相で彼を睨みつけていることも。
彼はまだ気付くことが出来ないでいた。