「というわけで降伏勧告に来ました」
「もうちょっと別のやり方なかったのかよ!?」
「やだなぁもう。出来るところで圧をかけるのは交渉の基本じゃないですか」
マッケンジー家の一室。
家主への挨拶もそつなく終わらせ――滅茶苦茶勘ぐられた、というか野次馬の中に居た――ウェイバーが自室として使用している部屋でちょこんと座り、ディアンドルの少女はニコニコと表情を崩さない。
「――降伏勧告、と言ったな?」
「あぁ殺気を向けるのおやめくださいライダー様。いやマジで冷や汗酷いんでやめてくださいおねがいします」
言い訳ではなく実際に冷や汗を垂らしながら、それでもキャスターの余裕は崩れることはない。
「まあ理由はいくつかありますが、そちらにとって一番わかりやすいのは戦力差でしょうか?」
マッケンジー婦人の入れてくれた麦茶のコップを傾けながら、キャスターは指をひとつ真っ直ぐに伸ばす。
「現状、バーサーカー、ランサーは脱落、遠坂の呼び出した英霊は行方不明。残りの三騎、セイバー、キャスター、アサシンは完全同盟を結んでいます」
「いやおかしいだろ!?昨日の今日で何があったんだよ!?」
思わず悲鳴を上げたウェイバーに対し、キャスターは唇の前にその指を動かす。
ナイショですとでも言いたいのか。
「ウェイバー君――敵からの情報を鵜呑みにするのはどうかと思います」
「何しにきたんだよお前えええぇぇぇぇええぇぇ!!!」
思わずツッコミを入れる彼の反応に気をよくしたのか、少女は変わらず楽しそうに笑みを浮かべる。
「ねえライダー様、この子うちに欲しいです!」
「やらん。これで根性だけは人一倍ある。未熟なのは否定せんがな」
調子よく笑いながらも、キャスターは事前の組み立てが崩壊したのを感じ取っていた。
事前情報から予想していた人物像とはあまりにも違い過ぎる。
これではまるで本当に実力の足りない魔術師がたまたま触媒の奪取に成功しただけなのではないかと。
さらりと
嘘の露見は信憑性の低下に繋がるが、逆に言えば、嘘の露見で信憑性を下げることが出来るとも言える。
交渉が上手くいけば良し。
ダメならダメで、夜になれば確実にバレる嘘が混じっていれば、これから渡す情報の価値は暴落するだろう。
「だが、なるほど。つまり貴様は余にこう言っておるのだな。――戦力差に慄き頭を垂れよと」
「あ、すみません謝罪の上で撤回します。普通に食い破られそうなんで忘れてください」
ライダーの獰猛な笑みを前に、魔術師はあっさりと前言を翻す。
いっそ清々しいほどの掌返しに流石のライダーも毒気を抜かれてしまう。
「なんだよ、そんなにライダーが怖いってのか」
「怖いですね。ぶっちゃけ正面戦闘出来るのはセイバー様だけなので、伏せ札が見えないのにオールインなどとてもとても」
やりづらい相手だ、というのがライダーの率直な気持ちだった。
たったこれだけの会話でもあちこちから情報を抜かれているのが分かる。
伏せ札の種類は分からないが存在は察し、ウェイバーの甘さや人となりにも理解を深めている。
その上で、おそらくこちらに勝つ気がない、というのが厄介に過ぎる。
征服王イスカンダルはその名の通り、征服、調略に人生を懸けた男だ。
豪放磊落な益荒男ではあるものの、だからといって交渉戦を不得手としているわけではない。
キャスターのように謀略を張り巡らせる輩など星の数ほど見てきたし、なんなら仲間に引き入れてさえいる。
その彼の観察眼が言っている。
彼女は最初から勝負という土台に立ってはいない。
逆にこちらから降伏を迫れば一も二もなく乗って来るだろう、という妙な確信すらある。
「となると困りましたね、もう何枚か降ろすためのカードはあるんですけど……」
「ほう、そちらにも不都合があると?」
「最悪ウェイバー君が死にます」
「!!?」
アサシンを抱き込んでいるのであればその程度は予想して然るべきだ。
とはいえ、言葉にされてしまっては完全に無視するわけにもいかないのもまた事実。
「ぬぅ……そう言われてしまっては無視できんな」
「まあ降ろしたいので勝手に言うんですけどね。ウェイバー君、遺書を用意するなら今のうちですよ?」
ウェイバーにとっては降って湧いた死刑宣告である。
いや、聖杯戦争に参加する以上は命の危険も承知の上だ。
だが日中の交渉で、しかもとって付けたように迫ってくるのは想定などしていない。
キャスターは穏やかな表情を変えないまま、なんでもないかのように言葉を紡ぐ。
「それではライダー様――聖杯に願いを叶える力などないと知ったら、貴方はどうします?」
「はああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!?」
それはあまりにも致命的な毒――に、なるはずだった。
ウェイバー・ベルベットが未熟な魔術師でさえなければ。
「待て待て待て待て!お前僕らを降伏させに来たんだろ!?最終勝者になって聖杯で願いを叶えるためじゃないのかよ!?」
「違いますよ?そもそも三組で等分出来るのなら御三家は最初から組んでます。よほどの事情でもない限り、完全同盟なんてものは成立しません」
ウェイバーは気付いていない。
その未熟さが自身を守ったのだということに。
優れたる魔術師であり、キャスターの語った聖杯戦争の裏に感付いた上で、願いなど叶えられないと承知の上で召喚に臨んだのであれば。
それはサーヴァントに対する最大の裏切りだ。
場合によっては、ライダーが激情のままにその命を奪っていても不思議ではない程に。
「――――何故だ?」
「非常に馬鹿馬鹿しい理由と、やっぱり馬鹿馬鹿しい理由と、合理的な理由。どれから聞きます?」
重々しく言葉を返したライダーに対し、少女はいっそあきれ返るほどに軽々しい言葉を返す。
「聖杯に願いを叶える機能自体は確かにあるんですよ。ただ……御三家のせいでデッドロックがかかっています」
キャスターの細い指がみっつ、顔の横に掲げられる。
「聖杯戦争のルールを制定したのは彼らです。ですが、利害関係で結びついているだけの魔術師たち。御三家はそれぞれ自分だけが絶対優位に立つルールを作ってしまったんですよ。なのでこの儀式、御三家ですら願いを叶えられない詐欺みたいな代物に成り果てています」
実際呆れているのだろう。そんなくだらない理由で願望機が機能不全に陥っているなど。
「次に、七騎のサーヴァントでは数が足りません」
ひとつの指が畳まれ、次なる言葉が紡がれる。
「どうにも土着の遠坂、間桐の両家がアインツベルンを出し抜いて聖杯を密造したみたいなんですよ。その結果、現在この冬木には聖杯が二つあります。なので折角呼び寄せた英霊の魂ってリソースが分散しちゃってるんですね。願いを叶えられるだけの燃料が溜まらなければどうしようもありません」
勝つ気がないのも当然だ。そもそも勝ったところで何の意味がないと知ってしまったのだから。
「最後に合理的な話。仮にデッドロックがなかったとしても、数に不足がなかったとしても……
そして、人を食ったような意味深な笑みと共に、両の手が閉じられる。
「だってそうですよね?六のリソースを二人で分けても使える量は僅かに三。けれど、七を捧げればその全てが手に入る。あら、こんなところに三度使える絶対命令権が!――なんて、魔術師の考えそうな、実に合理的な話だと思いませんか?」
ウェイバーでさえ、あまりの情報に開いた口が塞がらない。
だが己の右手とライダーを見比べ、それでも怯えることなくキャスターに視線を返す。
ただ一度の共闘だ。振り回されてばかりで信頼関係なんて築く暇もなかった。
それでも、それでもだ。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトではなく、ウェイバー・ベルベットに召喚されてよかったと、ライダーは確かに言ったのだ。
そのたった一度が、どれほど彼の中で大きな出来事だったのか。
彼はまだ未熟なまま、自覚すらないままに、ライダーへの信頼を貫いた。
それを見届けた征服王は毒を食らわば皿までと、悪辣な魔術師の策に乗る決意を固めたのだった。