「まずは感謝を。状況が状況ですから、邪険にされても仕方がないと思っていましたので」
少年の所作は貴人のそれだ。
かつて王だったセイバーからは、間違いなく王族に連なる者だという見解が伝えられる。
名乗った真名が正しいのであれば、少なくともバーサーカーではない。
古代メソポタミアの王だと語る少年は、城主たちへの挨拶を終えると部屋の隅に佇むアサシンへと視線を向ける。
「アサシン、君の取り分だ」
宙に浮かぶ波紋からどさりと落ちたのは中身の詰まった上品な鞄。
そこに丁寧に納められていたのは、上質の魔力が籠められていると一目で分かる、宝飾品の数々。
同時にそれは身の証明にも繋がる。
虚空から物体を取り出すその様は、出現したモノさえ違えど遠坂の屋敷で迎撃に赴いた黄金のサーヴァントのそれであると。
「……これは?」
「遠坂から徴収した慰謝料ですよ。バビロニアの法典は流石に知っているでしょう?」
目には目を、歯には歯を。
現代においては歴史の授業で学ぶ機会すらある、ハンムラビ法典。
それが等価に見合っているかは彼の物差し次第なのだろう。
かの法典で同等と定めているのは身分に差がない場合のみ。
奴隷と主人ではその身の価値に大きく差があるのは、どの時代でも変わりはない。
王と家臣であっても、それは健在。まして裏切り者であれば、言わずもがな。
「霊廟に向かうのなら、それがあってもギリギリのはずだ。余ったら滞在費として彼女達に渡せばいい」
「――確かに賜りました」
鞄を抱いたまま、アサシンは姿を消す。
とはいえ彼らはひとりにしてひとりにあらず。
気配を感じられないだけで監視に残っている者は少なからずいるのだろうが。
「ええと、聞いてた話と随分違うわね貴方……」
「ははは、キャスターは暴君の僕しか知りませんからね。必死に歓待を訴える姿が目に浮かぶようだ」
品のいいブランド物の服に身を包んだ金髪赤目の少年は苦笑を返す。
あの夜に見た他者を見下す傲慢な姿とは、もはや面影が残る程度の別人のようにも見える。
だが遠坂の被害者という共通項でアサシンを事実上買収し、同時に姿を消す口実も与えられてしまった。
彼女を同席させる切嗣の判断は裏目に出たと言ってもいいだろう。
「それで、今更何用ですか、アーチャー」
「――すみませんセイバー。弓兵などと称されるのは、はっきり言って不快だ。ギルガメッシュと、あるいは気安くギル君とでも呼んでください」
明らかに気分を害するギル君に対し、事前に言い含められていたにもかかわらずそう呼んでしまったセイバーへと一同の視線が集まる。
バツの悪そうに視線をそらすセイバーは、それでも律儀にすみませんと小さく零す。
観測されている限りでは、彼の戦法は波紋から射出される無数の武具が主だと言える。
何故性格や体格が大きく変わっているのかは不明だが、それが戦闘能力に影響を与えているとは考えづらい。
万が一を考えると、アインツベルン最大の戦力であるセイバーを同席させないわけにはいかないのも現状だ。
「ま、いいです。
にこりと笑みを浮かべながら、黄金の少年はその目的を彼らに告げる。
その瞬間、歓待を行っている城主達の間に緊張が走った。
彼の表情がどこか既視感を覚えるモノだったからだ。
そう、この数日間、散々に振り回されてきた、キャスターの浮かべる笑顔をどことなく思い出させるものであった。
「当面の目的はあのキャスターの観察ですよ。……いや、
それを意図的に行っている本人はどこ吹く風、飄々と笑顔を撒き散らしながら言の葉を紡ぐ。
「貴方達を含め六の陣営を言葉のみで無力化する程の弁士だ。その逸話には一体どれほどの偉業が語られているのか、興味が尽きません」
「……っ!」
反応を示していたのは当初より疑念を抱いていた切嗣だ。
セイバーが剣技で活躍をするのは自然なことだろう。
ランサーが槍働きで力を示すのに違和感はないだろう。
キャスターがその頭脳でもって周囲を圧倒するのも、分からないわけではない。
しかしながら、その類稀なる交渉能力は彼女の逸話において一切語られていないのだ。
伝承とはあまりにもかけ離れた外見も含め、だからこそありえると考えもしたが、それが不自然であることは紛れもない事実である。
ただ、伝承通りの演奏技術を持ち合わせていたからこそ、疑い切ることは出来なかった。
「あの手の輩が容易に胸襟を開くことはないでしょう。たとえ主であってもだ。彼女がこの戦争で成したことと、伝承に語られる姿と。貴方は違和感を覚えたりはしませんでしたか?」
サーヴァントは逸話に縛られる。
アインツベルンのマスターたちはこの言葉を重く捉えるべきだった。
とはいえ、セイバーという史実とは性別が異なる英霊の存在もあり、キャスターの違和感にも一定の納得を得てしまった。
それ故に思考を深めることが出来なかったのだ。
英霊にとって逸話とは、後付の創作であってさえ影響を受けるものだ。
仮に事実と異なる話が後世に残っていたとしても、それは召喚された英霊に一定の影響を与える。
逸話に語られていなかったことであれば、その能力を持っていることがないとは言えない。
だが逆に語られてしまったのであれば、影響を避けることを出来はしない。
ハーメルンの笛吹き男。
それは1284年6月26日に起きたと記録されている史実であり、伝承だ。
当時のドイツ、ハーメルンの町でネズミが大繁殖していた。
そこに訪れた一人の男が、報酬と引き換えに鼠を退治してみせると持ちかけた。
男が笛を吹くと町中のネズミが彼の元に集まり、そのままヴェーザー川へと誘引、一匹残らず溺死させた。
――そして報酬を渋った町への報復として、彼らの大切なものを、子供達を笛の音で誘い、洞窟の奥へと消え去った。
「――彼女には報復の逸話がある」
「だから深入りはしなかったと?」
これが彼女を示しているはずの民話だ。
そこには報復の逸話が確かに記されている。
彼らが最も警戒していた部分でもあり、警戒していたからこそ、見落としてしまったことでもある。
「そうじゃない……報復を、行ったんだ……っ!」
笛吹きは報復を行ったのだ。その理由は、町から報酬を得られなかったから。
「伝承の中のあいつは、
それが、逸話が成立する為に必要不可欠なひとつの事実。
例えそれが歪められて後世に残ってしまった虚偽であれ、逸話として成立している以上、彼女はその影響を受けなければならない。
彼女が本当にハーメルンの笛吹き男であるのならば、その交渉能力に陰りを見せなければおかしいのだ。
「あれの正体に気付いていたのなら、君たちがここまで重んじることなんてなかっただろう」
未来を見通す真紅の瞳は全てを理解した上で、盤上の者達に選択を委ねる。
視線の先にいるのは赤き瞳を携えた、純白の貴婦人。
「令呪なんてもう無用の長物でしょう?聞いてみてはいかがですか?その紋様がある限り、彼女は貴女に従わざるを得ないのですから」
一流の悲劇となるか、三流の喜劇となるか。
幼き王者は閉幕の時を待ち望んでいた。