その名乗りを聞いて、最も早く動いたのはセイバーだった。
ホールの踊り場から一足に駆け下り、驚くこともなくこちらと目を合わせたキャスターに不可視の聖剣を――
振り下ろしてもいいのかと、脳裏によぎってしまった。
彼女との付き合いは長くはない。深いわけでもなく、だがしかし、妙に濃い。
名も隠していていたのであれば表面的な人となりなど演技の範疇だろう。
ましてその名はメフィストフェレス。典型的な物語の悪魔。
今、この場で斬り捨てるべきだと、直感は叫んでいる。
だが、本当にそうか?
数多の陣営を手玉に取り、こうして名を晒されることさえも予定通りと笑みを浮かべている文字通りの悪魔。
そのような存在が、セイバーに、あるいはこの場に居る誰かに、あからさまに自身を害させようとしているのは、何故だ?
そして何よりも、近接戦闘においては
刹那の間、少女の笑みが深まったように幻視して、
「――――ッ!!」
振りかぶられた聖なる刃は、ただ空を切るだけに終わった。
「あら、残念」
暴威に晒されたはずの悪魔は醒めたように呟く。
「――聖杯で願いは叶わないと、それも貴女の嘘ですか、キャスター」
的を外した剣の英霊は振り切った態勢のまま、視線も合わせず、呻くように囁いた。
「セイバー様、その問いに意味はありません。貴女はワタシを信じられないからこそ刃を向けたのですから」
「…………くっ!」
笑みを湛えたまま、諭すように、悪魔の口から言葉が紡がれる。
問答のために動きを止めてしまったセイバーは、もはや脅威になり得ない。
遠目に観察しているアサシンと意味深に視線を交じり合わせ、それもすぐに終える。
次に黄金の少年を一瞥し、二度見をして、三度目に視線を向けたとき、彼の口から苦笑が零れる。
「お気になさらず。劇の配役にケチをつけるほど野暮ではありませんよ」
言葉にされてようやく落ち着いたのか、キャスターは改めて頭を下げた。
そしてくるりと優雅に振り向くと、
「さて、ライダー様はどうされますか?」
「憤っ!」
「ぶべらっ!?」
煽った相手に普通に殴り飛ばされて崩れ落ちた。
「はっ?」
「へっ?」
「えっ?」
「ブフッw」
それを見送った面々の反応は様々だ。
あまりのことに呆然とする者。
手を止めたのは何だったのかと視線を逸らす者。
ああすればよかったのかと遠い目をする者。
ポップコーンとコーラを装備して大笑いする者。
「ちょっ!?まっ!?はなしを」
「はっはっはっ!聞こえんなぁ!」
キャスターはこの戦争において、一度たりとも戦闘を行っていない。
七騎によるバトルロイヤル。戦闘は原則的に夜間のみ。更に開始直後という誰もが消耗を嫌う時期。
同陣営の中でも明確に主従関係と目的の差があり、もっと言えば儀式自体に不審な点が多数見られるという不安定な状況。
彼女が能力を発揮出来ていたのは聖杯戦争の最序盤という極めて限定的な状況であったからだ。
バーサーカーとは相性が悪いと語っていたのも紛れもない真実。
対話を行わず、知るか殺すと殴りかかられてしまえば、彼女は無力なのだから。
「いったああああぁぁぁぁあぁぁっっ!?やめっ……やめてええぇぇええぇぇぇ!!?」
「AAAALaLaLaLaLaie!!」
そしてボロ雑巾のように成り果てる涙目の少女の姿に、みんなの思いはひとつになる。
――いいぞ、もっとやれ、と。
・補足
前回のマテリアルあるでしょ?
戦闘系スキル、一切ないよね???