「いやお前何がしたかったんだよ」
あまりにもあっさりと制圧されすぎたために、この場に広がっているのは疑惑ではなく困惑だ。
ウェイバーの言葉も遠からず他の誰かの口から零れ落ちたことだろう。
「別に話すのは構いませんけど、今更ワタシの言葉なんて信じられるんですか?」
乱れた髪をさすりながらぺたりと座り込み、キャスターはひとりごちる。
それを自分で言うのかという感想は出てくるが、その言葉は尤もだ。
この場に居るのは例外なく彼女に振り回された面々。
一定以上の説得力を持つ何かが飛び出してくるのを否定することはないだろうが、信じられるかどうかはまた別の話。
「貴女を信じられるかは分からないけれど、納得はさせてくれるのよね?」
物騙りの悪魔の下に歩み寄ったのは、白き城の主だった。
彼女を疑い、その名を求めた錬金術師が、それでも確かな意思を持ってその言葉を向けていた。
「……戯曲、ファウスト。それがどのような結末を迎えるのか、ご存知ですか?」
観念したかのように、不貞腐れた様子を隠すこともなく彼女は言葉を紡ぎ始める。
「時よ止まれ、汝は美しい。この言葉を以って、ファウスト博士の魂は堕落を迎えたものと定義されました」
されどその技巧が鈍ることはない。
語ることだけに特化した、悪魔を騙る詩人の言葉は、聴衆の内にするりと入り込む。
「ですがメフィストフェレスは魂を得ることなど出来なかった。既に天国へと旅立っていた彼の最初の妻グレートヒェンの祈りが神々へと届き、その魂は悪魔の手に渡ることなく、救済されたのですから」
それがゲーテの描いた戯曲の結末。
彼女は真正の悪魔ではなく、その役柄に相応しいものとして宛がわれた過去の人間だ。
「死せる乙女の祈りによって、悪魔の求めた対価は踏み倒される。だからこそ」
故にそのあり方を客観的に認識し、自身の願いの為、目的の為に、その逸話を利用する。
「――この場で貴方達に殺されるために。そうやって立ち回っていたはずなのに……ダメですね。どうにも恨みを買うのが下手だったようでして」
彼女の想定外は、その手口の悪辣さに反して、一見誠実な気質から中立に近しい勢力が多数出来上がってしまったことだろう。
相手側の不審、不信を指摘しただけであり、彼女自身が積極的に他者を貶めたというわけではない。
逆に、やり過ぎたという部分もあると言える。
セイバーが手を止めたのはまさにそれ。
あまりにも疑いが濃すぎた為に、止めを刺せば碌でもないことが起きかねないと深読みをばら撒いてしまったのだ。
目の前にいるのが物語の悪魔だとして、もはや積極的に敵意を向けている者はいない。
アサシン、黄金の君は静観しているし、ライダーですら殺意のない行動に留まっている。
「召喚されてしまった以上、魂を奪わずにはいられません。それが契約に縛られる悪魔としての制約です。ですが、それでは困るのですよ」
白の貴婦人に、自身のマスターに。
悪魔である自分を召喚した者に、跪いたまま手を伸ばす。
「だって貴女は願ったでしょう?望んだのでしょう?――
「――――えっ?」
アイリスフィールの小さな呟きが、ホールに響く。
「模範的な悪魔としての悪辣な側面ばかりが取り沙汰されますが、メフィストフェレスとは――
それはあの日、願ってしまったことだった。願ってはいけないことだった
アインツベルンの悲願も、衛宮切嗣の求める世界平和も。
「こうして召喚された以上、マスターの願いを叶えるのはワタシの義務です。ですがその願いは貴女達の生存と幸福。対価としてその魂を貰い受けるのも、まして騙し取るなどもっての他」
当たり前の幸福を求める、小さな家族のひとりの妻の、ありきたりな願い。
「
マテリアルが更新されました
宝具
メフィストフェレスは模範的な物語の悪魔であり、ファウスト博士から言葉巧みに魂を奪おうと試みた。
しかしながら、それは彼の願いを叶えなかったということではない。
メフィストフェレスは彼の魂を貰い受けることを対価に、確かにその取引を全うしたのだから。
召喚時に自動発動。令呪一画分に相当する強制力を受け、召喚者の願いに行動を縛られる。
その願いが全うされたとき、召喚者から魂を奪う。また、願いを叶えなくとも魂を騙し取ることが出来る。
彼女は願いを叶える悪魔として現れた。
呼び出したのはアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
その願いは【家族と共に生きていたい】。
捨てられるはずだった、奥底にしまわれたささやかな願いは、悪魔によって暴かれた。
戯曲ファウストの最終章。メフィストフェレスはファウスト博士の魂を奪うことに失敗した。
その要因となったのは、既に天国へと旅立っていた彼の最初の妻グレートヒェンの無垢なる祈りであった。
自身の宝具による対価の徴収を無効化する。
発動条件は、
キャスター自身がその条件に該当するため、彼女を同意の上で殺害すれば代償の踏み倒しは可能となる。