願いを叶える、その為に   作:こまつな

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035 エピローグ A

 聖杯戦争という儀式が胡散臭い何がしかの暗躍により無に帰すことが決定した翌日。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが監督役に代わる事後処理要員の確保や、ホテルの工房化の解除に奔走しているその裏で。

 

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは拠点を抜け出して市街へと赴いていた。

 なんと言うことのない、ただの散歩だった。

 

 ランサーとの別れは彼女にとって予想外の形で襲い掛かった。

 まだその傷は癒えておらず、ケイネスへの恨み辛みも未だ根深い。

 彼が様子を窺いながらも大人しくしているよう懇願しても、それを聞き入れる気にはならないだろう。

 

「お姉さん、どうしたの?失恋でもしたような顔しているじゃない」

 

 そんな彼女に声をかけたのは、軽薄そうな青年だった。

 どこか愁いを帯びた退廃的な雰囲気を醸し出す彼は、言葉巧みにソラウをカフェへと導いた。

 

 聞き上手にして話上手。

 どこかぽっかりと空いていた穴に、青年はするりと滑り込んでいく。

 

 ランサーとは異なる顔、異なる声。

 彼の言葉はこれほど軽くないし、彼の表情はこれほど動かなかった。

 これほどこちらを心配はしてくれず、これほどまでにソラウの魅力を語りはしなかった。

 

 雰囲気に酔ったのだろうか。

 気付けは彼女は木漏れ日の中、まどろみを覚えていて。

 

 

 ――目が覚めたときには、薄暗い廃屋で椅子に繋がれていた。

 

 

 あまりのことに理解が追いつかず、身を捩り床を鳴らし、不安の声を上げる。

 

 本来であれば、このような事態にはならなかっただろう。

 婚約者である彼女の防護はロード・エルメロイにとって最優先事項であり、そのための装備も用意されていた。

 

 だが傷心中の彼女は、ケイネスから送られたアクセサリーを身に着ける気にはなれなかった。

 

 それは彼の不器用な思いの篭った代物であり、同時にその身を守る魔術の込められた礼装でもある。

 自身を守護する最大の防護を、彼女は自ら手放してしまったのだ。

 

「あ、目が覚めたんだ。今行くから待っててよ」

 

 返って来たのは青年の声だ。

 先ほどまでとは空気を一変させた、陶酔したような声音が響く。

 

 彼が彼女を狙ったのにはいくつかの理由がある。

 

 見るからに誘導がしやすそうな精神状態であったこと。

 旅行中の外国人の失踪は、証拠を消すのに有利に働くこと。

 

 そして、生命力というものを飽きるほどに見てきた彼の観察眼が、異なる何かの力を彼女の中に見出したこと。

 

 彼女は深窓の令嬢と言っていい箱入り娘。

 貴人の妻となるべく育てられ、血統も、教育も、それに相応しいものが与えられてきた。

 純粋培養の例に漏れず、世間知らずな部分も多く見られるだろう。

 

 ただしそこには、魔術師の、という枕詞が付く。

 

 本来であれば一節を口ずさむだけで彼の頭は胴から落ちるというのに、恐慌状態に陥った彼女は悲鳴のように助けを求めることしか出来ない。

 既にこの世のものではない男の名を叫んだところで、それは誘拐犯を喜ばせる行為にしか繋がらない。

 

 刃物をちらつかせながら部屋に入ってきた軽薄そうな男の姿を確認して。

 

「私の妻に何をしている」

 

 銀線が走り、青年はそのまま崩れ落ちた。

 

 

 駆けつけたのは婚約者だった。

 普段の余裕綽々といった雰囲気をどこへ置いてきたのか、肩で息をしながらロード・エルメロイは廃屋の中へ飛び込んだ。

 

「遅くなってすまない」

「……本当に。もう一眠りしようかと思っていたところよ」

 

 視線を逸らしながらも、ぶつくさと小言が口をつく。

 

 それはいつもの光景だった。

 ケイネスが必死になって機嫌をとり、ソラウはすげなく袖にするという、婚約を結んで以来続いてきた、日常のような光景だった。

 

 だが今日に限り、彼女が視線を逸らした理由は違った。

 彼の顔を見れなかったからだ。

 なんとなく、気恥ずかしくなってしまって。

 

 いなくなった自分を探しに、威厳さえもかなぐり捨てて必死になり、駆け付けたその姿を。

 ほんのちょっとだけ、格好いいと思ってしまったのだ。

 

 

 ランサーの魔貌に翻弄され、名前も知らない一般人に攫われて。

 死臭の漂う廃屋の中、彼女はこの戦争で、恋の仕方を知ったのだ。

 

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