間桐雁夜は昼夜を問わず駆け回っていた。
その理由は酷く単純で、どうしようもなく焦りを産むもの。
他のサーヴァントが見つからない。
拠点の判明している陣営を片端から訪ねても、参加者達は影も形もなかったのだ。
埠頭での戦闘の後、彼は莫大な魔力消費による消耗に対し、丸一日を回復に当てた。
刻印蟲に貪られる苦痛の中で気絶するように眠りに就き、気が付けば次の夜になっていたというだけではあるのだが。
再び戦闘に介入するためにあてもなく彷徨ったが、結局その日は他陣営も大人しく、サーヴァント同士の戦闘に遭遇することはなかった。
次の日も戦闘は起こらず、その次の日も、そのまた次の日も。
都合五日。
その頃になってようやく様子がおかしいことに気付いた彼は、日中を休息ではなく情報収集に当てることに決めた。
ルポライターとして培った情報収集能力も、苦痛に喘ぎながら頬を引きつらせる今となっては大きく減じている。
今の彼の風貌はあからさまに怪しい男である。
特に人づてに情報を仕入れることが絶望的に厳しくなっていた。
それでもなおと新聞を漁れば、冬木教会の神父親子が他殺体で見つかったという情報を発見した。
息子の方はよく分からないが、言峰璃正は聖杯戦争の監督役のはず。それが何故。
彼は苦戦しつつも、埠頭で名前の分かっている外国籍のマスターから当たりをつけ始める。
冬木ハイアットホテルを訪ねた。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは既に引き払った後だった。
ウェイバー・ベルベットが痴話喧嘩をしていたという噂を耳にした。
遠方から訪ねて来た彼女と共に帰国したと判明した。
郊外にあるアインツベルンの森を訪れた。
迷いの森を四苦八苦しながら突破しても、城には人っ子一人いなかった。
そして、遠坂邸を訪ねた。
呼び鈴を鳴らしても、魔術師としてアポイントメントを送っても、何の反応もない。
いくらなんでも、ありえない。
他の参加者達も聖杯を、どんな願いでも叶う願望機を求めてこの冬木に集ったはずだ。
まだ序盤だというのは分かる。
消耗を厭って他陣営が潰れるのを待っている者も、もちろんいるだろう。
だが、全てがそうであるはずがない。
まさか、彼が意識を失っていたたった一日で決着が付いたのか?
それこそ有り得ない。バーサーカーはまだ残っているのだ。
仮に他の陣営が数を減らしたにせよ、聖杯戦争はまだ続いている。
他の参加者とは違い、彼には明確なタイムリミットがある。
肉体を蝕む刻印蟲は、その命と引き換えに魔力を生み出している。
例え霊体化させているとはいえ、サーヴァントは何もしないでも魔力を消費し続けるのだから。
騙し騙しやっているとはいえ、後どれだけ動けるのかは彼自身にも分からない。
故に無理を押してでも、状況を動かす必要があった。
深夜、遠坂邸の扉が破られる。
雁夜から指示を受けたバーサーカーが屋敷へと侵入する。
あるはずの防護機構は機能を発揮せず、いなければならない時臣やそのサーヴァントも姿を見せることはない。
本当に、どうなっている。
「カカカカカ。無様、無様よなぁ雁夜」
「親父……っ!?」
ぬるりと、地を這うように現れたのは彼の父。
時計塔では妖物とまで称され、事実五百を超える年月を生きる、人外の域に踏み込んだ者。
間桐の当主、間桐臓硯。
「いやはや笑わせてもらったわ。全く気付いておらぬとは。無為に足掻くその様は、実に滑稽なものよ」
「……御託はいい。なんであんたがここにいる!それに何を知ってるって言うんだ!?」
雁夜では逆立ちしても勝てはしない程の研鑽を積み重ねた狂気の魔術師。
だがそんな彼であれ、サーヴァント相手では分が悪い。
勝負が成立しかねないこと自体が偉業ではあるが、供も連れずに他家の敷居を跨ぐのは明らかに不自然だと言わざるを得ない。
「何、遠坂との古くからの約定でな。当主が死んだのであれば魔術刻印を次代へ継承せねばならん。工房の防衛機構をどうするかと悩んでおったが、どうやらそちらも死んでおるようだ」
「………………死んだ?」
彼が愕然と立ち尽くす中、キイキイと声を上げる蟲の群が屋敷の奥からヒトガタを運搬していた。
上品なスーツに身を包んだ、頭部のない、人間の身体だ。
「どうじゃ雁夜、お主の望みであろう?恋敵が知らぬ間に朽ち果てておったのだ、何故笑わん?」
ずいと、肢体が突き出される。
それが遠坂時臣だと頭の中で繋がらない。
あの人を見下したような顔はどこへ消えた?
どうして彼が死んでいる?そもそもいつ死んだ?
魔術師としては間違いなく優れていることを否定など出来ないこの男が、アサシンを瞬殺した黄金のアーチャーが。
思考が廻らない。現実を理解できない。
「しかしなんだ、まさかサーヴァント共が願いも求めず冬木から逃げ出すとは儂も想像しておらなんだ。次回までに術式の改良が必要じゃろう。連中には生贄の羊だという自覚をしっかりと持ってもらわねばなぁ」
雁夜の醜態をひとしきり眺めて満足したのか、妖怪は顎を撫でながら本命のための問題を模索し始める。
「まったく、僕の屋敷で何をしているのかと思えば。扉の修理費用はしっかりと請求させてもらいますよ」
そこに現れたのは、品のいいブランド物の洋服に身を包んだ、金髪赤眼の少年だった。
声に釣られるがままに視線をやった雁夜の視界に、彼が入る。
「――サーヴァントだと!?」
聖杯戦争のマスターに与えられた霊視の力。
それが目の前の存在が人ならざる超越者だと伝えている。
「ほう、他は尻尾を巻いて逃げ出したかと思っておったが、まだ盤面に使える駒が残っておったとは」
老獪な魔術師は足元の死体に手をやると、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべ、
「【儂に従え】【従属せよ】【余計なことなど考えるな】」
令呪の開発者、間桐臓硯は死体に遺された奇跡の断片を行使する。
「え、嫌に決まってるじゃないですか」
そして虚空より飛来した宝物に貫かれ、あっさりと絶命した。
分身と本体を繋げるもの。魔を払うもの。不死を殺すもの。
それらを中心とした無数の宝具の原点が、生きた妄執をたちどころに消滅させる。
「これだから無知は怖い。僕は神命にすら背いて自由に生きた王ですよ?たかが魔術師風情の命令に従うだなんて、どうして考えてしまったのか」
二転、三転する状況に、雁夜は完全に置いていかれてしまっている。
だがそれでも、刻印蟲の主の死は容赦なく彼へと襲い掛かる。
全身を蝕まれ、それでも活動を続けられたのは曲がりなりにも肉体を維持する要素が存在していたからだ。
無数の蟲たちの制御など、下駄を履かなければ彼には不可能。
もはや彼に従う理由がなくなった彼らは、新鮮な肉を貪り始める。
「がっ、ごっ、ぐがあああぁぁぁああぁぁぁ!!?」
バーサーカーへの魔力が途絶える。
逸話に語られるサー・ランスロットの死因は餓死。
サーヴァントの身でそれが何に該当するのか、考えるまでもない。
「ぐがっ、ああぁぁああっ!?桜ちゃん……桜ちゃんを……っ!!」
もはや彼に残された時間はない。
必死に手を伸ばし縋るように言葉を紡いでも、狂気に呑まれた英霊に時間は残されていない。
「桜……ちゃんを……たすけ…………」
そして、間桐雁夜だったモノは動かなくなった。
バーサーカーは声を上げることもなく静かに消滅していく。
最後の忠義として、幼き王に傅いた姿で。
「やれやれだ。彼ほどの騎士に礼を成されては無視もできないじゃないですか。庭に住まう虫の一匹程度、気にするつもりもなかったっていうのに」
王者の圧に恐れをなし物陰へ消えようとしていたムシケラ相手に、宝物の群が大盤振る舞いに襲い掛かる。
「ま、三流の喜劇とはいえ、それなりに笑わせてもらいました。舞台に残った道化にチップを弾む程度、やってみせるのが度量というものでしょう」
ここにひとつ、悲劇が覆ることが確約された。
彼の名は英雄王ギルガメッシュ。
数多の英雄達の祖であり王。
たかだかひとつの不幸など、王の前には塵芥に過ぎないのだから。