くぐもった音が聞こえる。
なんということはない、吟遊詩人として鳴らしていたというキャスターが、城の談話室でその腕を披露しているということだろう。
魔術的な防音設備と、物理的な距離と、ささやかな抵抗としての耳栓。
そこまで減衰してようやく、ただの美しい語りとなる暴力的な芸術。
剣の英霊は人類史における最高峰の剣の使い手だ。
その技量に並び立つものはなく、高い対魔力も相まって最優の
であれば、吟遊詩人として記録された英霊の放つそれはいかほどのものになるのか。
召喚されてしばし、キャスターは凄まじい勢いで城に馴染んでいった。
元より高貴な身分の輩に振り回される立場であったのだろう。
本家の使用人にすらあからさまに下僕として扱われることを露も気にせず、あっという間に談話室での演奏会の開催にまで漕ぎ着けていた。
彼女に対する令呪を抱えているアイリスフィールは既に絆されてしまっているし、イリヤに至っては最前列で彼女の語る英雄譚に目を輝かせている。
対魔力Aを理由に監視のため同席したセイバーでさえあっさりと賞賛する側に回った。
その犠牲により、魔術によるものではなく純粋な技巧で人を虜にしていると判明したのは良かったのか悪かったのか。
伝承の通りであれば、裏切らなければ無害なのだろう。
本人の言を信じるのであれば、聖杯に願う望みはなく、ただ現代の伝承を集めに来たという。
理性は言う、ヤツは間違いなく合理的に使い潰せると。
召喚された英霊の記憶は、座に戻ったときただの記録と成り果てるらしい。
キャスターは最初から現代の伝承を、記録を持ち帰ることを目的として召喚されている。
つまり自らが最終勝者となることは考えていないし、求めてもいない。
そして、冬の城の書庫に足繁く通っている以上、既に報酬は支払われているのだ。
逸話にある報復の条件を満たすことは、おそらくない。
程なくして曲が終わる。
いつの間にか短くなっていたタバコを片付け、耳栓を外し、大きく息を吐く。
彼女の公演が何らかの下準備なのか、それとも単なる趣味なのかは判別が付かない。
単にアイリたちに請われ、それに応えているだけなのかもしれない。
何にしても情報が足りていない。
分かりやすく騎士であるセイバーと違い、キャスターは何を好むのか、何を嫌がるのか。
最も重要な、彼女がどのような行為を裏切りと認識するのか、それすらも分かっていないのだから。
新たなタバコに火を点し、眼下の紙面に意識を移す。
数ヶ月前から行われてきた聖杯戦争そのものに対する情報――ではない。
それらはキャスターが求めた情報が纏められた資料だ。
本人も語っていたが、吟遊詩人は中世におけるマスメディア。
戦力には期待できないのかもしれないが、情報の扱いに長けているのを捨て置くわけにはいかなかった。
彼の性質上、アサシンやキャスターが召喚できれば手が広がるとは思っていた。
自身とは別の視点で以て聖杯戦争を探るのは、決して悪くない方向性だとすら考えている。
そして彼女がどのような情報を求めたのか、それを知ることもまた重要な要素。
何を求めたか、何を重視するかには間違いなく本人の性格が出るのだから。
ぱらぱらとページを捲り、精査し、そして最後に纏められたソレを目にし、手が止まる。
「過去の聖杯戦争の記録、今回の参加者と家族関係、対外的な聖杯戦争の謳い文句。各地の神話、伝承も、まだ分かる。……だが、何故ここに目をつける?」
それは彼も情報として知っていた内容だった。
知ってはいたが、重要視はしていなかった事象だった。
「ヤツには何が見えている?いやそもそも、何故そんなものが成立していることを想定した?」
――間桐、遠坂間の養子縁組の記録。
彼女の求めた情報の中で、それだけが異質な輝きを放っていた。