冬木市の郊外、地元の者からは迷いの森と呼ばれることさえある森林の更に奥。
そこにはアインツベルンの拠点となる、日本の土地には場違いな古城が佇んでいた。
元来魔術的防護に守られた城であり、その整備も自動的に行われている。
前回の使用から約六十年。今日もその魔術は例外なく発揮されており、この白亜の城を守り抜いていた。
「掃除を、しましょう」
しかしてアインツベルン陣営がその居城に辿り着いたとき、言の葉を紡ぐキャスターはまず最初にそう言った。
「とりあえず談話室と寝室は手分けしてやりましょう。廊下はあとでもいいですけど……」
「ホールも整えた方がいいんじゃない?お客さんをお迎えするなら顔が大事よ?」
「奥様、出入り口には切嗣が罠を配備します。彼に任せておくべきかと」
「あら、でもひとりでやるにはちょっと広すぎるわ」
「正直現地での合流が舞弥さん一人ってのが想定外です。何考えてるんでしょうかアインツベルン」
「アイリスフィール、食料の備蓄はどちらに運べばよいのでしょうか?」
女が三人集まれば姦しく、まして四人ともなればその比ではなく。
その場に残されたただ一人の男はされど疎外感など感じることもなく、黙々とブービートラップの作成に精を出していた。
日が傾き始め、談話室に火が灯る。
セイバー、キャスター、アイリスフィール、そして衛宮切嗣と久宇舞弥。
魔術の大原則として、神秘は秘匿される。
故に聖杯戦争が本格化するのもまた、夜の帳が下りてから。
「舞弥、資料を」
「どうぞ」
当然、ブリーフィングを行うのであればその前だ。
先に冬木の地で情報を集めていた切嗣の手駒、久宇舞弥。
彼女が事前に纏め上げた紙の資料が各自に行きわたり、
「キリツグ様、その前にお話をさせていただいても?」
誰もが紙面に視線を奪われたそのタイミングで、キャスターが静かに声を上げた。
「……手短に頼む」
「すみませんたぶん長くなります」
申し訳なさそうな、しかし決して引く気はないという意志もまた、橙の瞳に込められている。
「キャスター、それは今でなければならないのですか?」
「セイバー様の疑問も尤もですが、今話すべきだと判断しました。というより、場合によってはこの資料が意味を失う可能性すらあります」
まだ見てもいない資料をそう評するのはいかがなものかとセイバーも困惑する。
彼女は王として一国を纏め上げた者。虚言を弄する者を見抜くなど造作もなく、それ故にキャスターが嘘を言っている様子でないことも分かってしまう。
「何故そんな重要なことを今になって……」
「キリツグ様には先にお伝えしていますが、アインツベルンに聞かせるわけにはいかなかったのです。ここにいる5人と、アインツベルン本家では目的が異なります」
続けてちくりと突くも、マスターは知っている話だと告げられては返す言葉もない。
「……あの、掃除の前じゃダメだったの?」
「残念ながらダメでした。……舞弥さんからもなにかありますか?」
「いいえ、時間が押しているので手早くお願いします」
一通り全員からの抗議を聞き流した後、キャスターは佇まいを直し、
「それでは改めまして」
普段のたおやかな笑みも鎮めた真剣な表情で、
「――敗戦処理を始めましょう」
アインツベルン陣営の敗北を宣言した。
前説は終了、本編開始です。