「バカな!まだ始まってすらいないではありませんか!」
その言葉にいの一番に噛み付いたのはセイバーだ。
だがキャスターは淡々と、当たり前のことを当たり前だと諭すように、静かに言葉を続ける。
「戦術、戦闘レベルではセイバー様がいらっしゃれば勝ち抜くことは容易でしょう。ですが、これは戦略レベルの話。端的に言ってしまえばアインツベルンの怠慢です。セイバー様にも、キリツグ様たちにも何の非もありません」
「――説明を」
押し殺したように、男の声が響く。
余りにも鋭すぎる眼光はそれだけで重圧を放ち、だがディアンドルの少女は平然と受け止め、言の葉を紡ぐ。
「そもそも疑問の発端はイリヤちゃんでした」
話題に上がったのは、ここにはいない、二人の娘。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
人間とホムンクルスのハーフという奇跡の子。
彼ら夫婦にとって愛してやまない、どこにでもいる当たり前の少女であってくれという願いの先。
「アインツベルンは既に次に備えているのですよ。まるで今回敗北したとしても、次があることを確信しているかのように」
「……聖杯は60年周期で隆起する。次に備えること自体は不自然じゃない」
「いえ、不自然です。だってそうでしょう?
いいですか、と前置きして、キャスターは指を順繰りに折り始める。
「他の参加者も、間桐が勝っても次はあります。ですが、遠坂だけはダメです。地脈を管理する彼らが勝利してしまえば、もはや聖杯に魔力が注がれることはない。そうなってしまえば、聖杯が隆起することは、二度とありません」
ひとつふたつと折れ曲がり、逆の手に差し掛かったところで残りも全て折りたたむ。
「アインツベルンは次の用意をしています。自分達が負けることを想定するのは悪いことではありません。ですが、遠坂が勝つことを一切想定していないということは、本来ありえない」
そして瞑目し、首を振る。
所作の一つ一つが目を引く動きであり、聴衆に聞かせることにあまりにも慣れているそれは、彼女が生前に培ってきた技能。
吟遊詩人。歌と語りを本領とする彼女は、こと対話という分野で真価を発揮する。
「つまるところ、話は単純です。アインツベルンは、
その言葉に、アイリスフィールは答えない。答えられない。
「これだけであれば問題ありません。ワタシたちはアインツベルンに召喚されてますからね」
答えるわけにはいかないからだ。
既に気付いているだろうキャスターはともかく、この場にはセイバーも居る。
彼女の予想はある意味正しく、ある意味間違っている。
聖杯戦争の勝者となるにはアインツベルンの用意した小聖杯の確保が必要不可欠。
ただし、それがどんな形状をしているのか知っているのは、アインツベルンの人間のみ。
「既に察しは付いているかもしれませんが、アインツベルンの失態はここです」
自衛のために用意された人の姿をした外装が聖杯の降臨により崩れ落ちることなど、高貴なる騎士に伝えるべきではないはずだ。
「細工を施したのが、
「……えっ?」
そう考えていたからこそ、続く言葉への理解が遠のいた。
そして小さく零れた彼女の呟きこそが、その証明そのものだった。
「聖杯戦争最大の問題点は、御三家そのもの。ルールを制定した者達が、別々の陣営として儀式に参加していることです」
キャスターの言葉は止まらない。
衛宮切嗣、久宇舞弥、そしてセイバーも、この場に居るものたちは決して無能などではない。
「利害関係だけで結びついている、自分達に絶対有利なルールを仕込むことさえ出来る陣営が、三組」
アイリスフィールの呟きが何を意味するのか、それを看破していたキャスターの言葉がどれほどの価値を持つのか。
「アインツベルンだけが知っていて、アインツベルンだけが利用できる、アインツベルンだけが勝利できる仕組み」
「遠坂だけが知っていて、遠坂だけが利用できる、遠坂だけが勝利できる仕組み」
「そして、間桐だけが知っていて、間桐だけが利用できる、間桐だけが勝利できる仕組み」
分からない者がいないからこそ、その言葉は誰にも止めることが出来なかった。
「お分かりですか?この聖杯戦争という儀式、そもそも最初から破綻しているのですよ」