願いを叶える、その為に   作:こまつな

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 キャスターの理論に誰もが絶句し、無言の重圧が場を支配する最中。

 青の戦装束を纏った少女は静かに立ち上がり、青年へと相対する。

 

「マスター、私との契約を解除して頂きたい」

 

 それはある意味で、至極当然の要求だった。

 

 サーヴァントは己が願いを叶える為、魔術師の従僕となることを許容する。

 であるのなら、それがもはや叶わぬとあらば、反旗を翻すのは当然の帰結と言える。

 

「このようなことを口にするのは騎士として恥ずべきであるのは重々承知しています。ですが、それでも……私は聖杯を諦めることが出来ない」

 

 むしろ誠実に言葉を連ねているのが彼女の清廉なる精神の表れだろう。

 

 マスターを乗り換えるのに当人の同意など必要はない。

 経絡(パス)の切断には一定の魔術的素養を要する。だが、殺してしまうだけでも、契約は切れるのだ。

 

 安全装置である令呪も、完全とは言い難い。

 マスターの意思を必要とする性質上、知覚する間もなく頭蓋を砕かれては起動することもままならないだろう。

 そして、それが出来るのがサーヴァント。英霊と呼ばれる過去の残滓だ。

 

「幸いと言っていいのか、キャスターは聖杯に願いを持たぬサーヴァント。貴方達が敗退を選択する上で障害にはなりません」

 

 にこにこと二人のやり取りを眺めている元凶にジト目を向けながらも、彼女の意思は変わらない。

 

 セイバーとて理解している。

 

 迂闊だったのはアインツベルン本家であり、実働部隊の彼らに責があるわけではないことを。

 仮に彼らと契約を続けても、聖杯を手にすることが叶わないということも。

 

「間桐に与しなければ勝利を与えられないのであれば、私は彼らに剣を預けましょう。そうなったとしても、今日まで共に過ごした貴方達を斬りたくはない。――ご決断を」

 

 例えか細くとも勝利への道筋が残されているのであれば、彼女とてこの選択はしなかっただろう。

 

 だが、ああも論理的に道筋を潰されては信じざるを得ない。

 特にアインツベルンの直系であるアイリスフィールの反応は、その裏付けとして十分過ぎるものだったのだから。

 

 

 セイバーの言葉をかみ締めるように、切嗣の視線が右手に落ちる。

 そこに刻まれているのは聖杯より零れ落ちた奇跡の断片。

 英霊との契約の証であり、回数制限付きの制御装置であり、聖杯戦争への参加権。

 

 大凡叶うものではないと理解させられてしまった命懸けの儀式に更に踏み込むのか。

 失敗成功の如何に問わず、確実に欠けることとなる妻の命を賭けるほどの理由は残っているのか。

 

 深く、ため息をひとつ。

 彼もまた決断を下した。

 

 

「あ、セイバー様。そういえば言い忘れていたことがあるんですよ」

 

 

 その段になって、キャスターは喜色に富んだ声を上げながら立ち上がる。

 

 意識の間隙を突かれた面々の視線が一様に吸い寄せられる。

 いずれの表情も、ものすごく嫌そうなモノを浮かべているのもまた同様に。

 

「陣営など関係ないのです。そんなことをしても何の意味もありません」

 

 どの口が言うのかと誰もが頭によぎったが、彼女の意図は未だに読めない。

 だが強制的に黙らせる選択を取るほど険悪なわけでもなく、自然、その口が言葉を紡ぐのを見届けることになる。

 

「間桐に膝を折ったとしても、貴女の願いは叶わない。貴女には、アーサー王には――聖杯を手に入れることが出来なかったという逸話があるのですから」

 

 

「…………は?」

 

 あまりの言葉に、セイバーの口から呆けたような吐息が漏れる。

 

「そもそもワタシ、キリツグ様は敗北する為に用意された生贄だと思ってたんですよ」

 

 剣士の瞳が茫洋と揺れる中、話題が飛び火したのはそのマスターの方だった。

 

 彼は一度、咥えたタバコを大きく吸い込もうとし、それに火をつけていなかったことを思い出す。

 そして改めてもう一度、諦めたように吐息を漏らし、

 

「――どういうことだ」

 

 固まっているセイバーを他所に、キャスターへと情報を開示するように求めた。

 

「前提として、キリツグ様がセイバー様を召喚したのは意図的なものなのですよね?そして、ワタシが奥様と契約してしまったのは予定されていなかったことだと」

「……あぁ、それで間違っていない」

 

 答えを聞いた口先の魔術師は一つ大きく頷くと、

 

「アーサー王には聖杯探索を命じたという逸話があります」

 

 慣れたように物語を語り出す。

 

「聖杯探索は円卓の騎士達の物語、言い方は悪いですがその伝承におけるアーサー王は端役、彼らの主という以上の意味を持ちません。しかしながら、そこに名前が刻まれている以上、紛れもなく当人の逸話として記録されることになります」

 

 そこに伴奏はない。演奏はない。

 それでも、語りに語り尽くしたその声は誰の耳にも染み渡る。

 

「最終的に三名の騎士が聖杯の御許まで辿り着き、ただひとり、ギャラハッド卿のみがその手に賜ることを許されました。そして、卿は聖杯を天に還し、共に昇天したとされています」

「そ、そうです!ギャラハッド卿は確かに偉業を成し遂げた!私が命じた聖杯探求は、間違いなく成功に終わっている!」

 

 それはアーサー王当人たるセイバー自身も知っていることだった。

 現代に伝わる伝承と実際に体験した史実故に多少の誤差はあるが、否定の言葉を上げるほどの差異ではない。

 

「彼は紛れもない聖者であり、高潔な騎士と呼ぶべきでしょう」

 

 キャスターもまた、かの騎士の素晴らしき精神性を肯定し、

 

()()()()()、貴女は聖杯を得られなかった。騎士達は聖杯を賜りながら、キャメロットへと持ち帰ることはなかったのですから」

 

 それこそがセイバーの枷になっていると断言する。

 

 

「そして、サーヴァントは逸話に縛られる」

 

 英霊とは終わりの瞬間までを確定させた存在だ。

 過去にして未来が既に存在しているが故に、伝承に語られている逸話にどうしようもなく縛られる。

 

 彼らは生前の物語をなぞるのだ。

 矢傷で死んだものは矢傷が致命傷になり、毒で死んだものは毒が致命的に効く。

 

 であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()は、果たしてどうなるのか。

 

「星の聖剣を持つ至上の剣士(セイバー)。なるほど、純粋な戦力としてならばこの上ない選択でしょう。仮に世界の危機に助けを求めるとあらば、これ以上の人選はそうもありません」

 

 彼女は肯定しかしていない。

 ギャラハッド卿の高潔さも、聖剣に選ばれたアーサー王の騎士道も、そのどちらも称えられるべき英雄のあり方だと真っ直ぐに宣言する。

 

「ですがその実、聖杯を求めながら聖杯を得られなかったという最悪の逸話を持つ、聖杯を求める儀式において最も勝利から遠いサーヴァント」

 

 キャスターが告げるのはただひとつ。

 

「それが貴女なのです。アーサー王――アルトリア・ペンドラゴン様」

 

 アーサー王が聖杯を求めて召喚に応じたこと。

 聖杯探求の物語において、それだけがどうしようもない蛇足だったのであると。

 

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