二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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11_それでも止まらない

 林間学校の日が近づくにつれ、二年生の教室の周りでは浮ついた空気が流れ始めていた。

 生徒たちは皆、予定されているオリエンテーションのことを話題にしては楽しみの気持ちを友達と共有している。

 その中でも女子の間で特に熱量の高い話といえば言うまでもなく、キャンプファイヤーだった。

 

「ねえ知ってる? キャンプファイヤーの最後の瞬間に踊ってたペアは生涯結ばれるんだって」

 

 自分のクラスで姉妹やフー君とは別の女子友達と話していた二乃の耳にも話が聞こえてくる。

 ただ、二乃の記憶によれば──

 

(結ばれるのって手を繋いでたペアよね? ……やっぱり言い伝えなんて所説あるものね)

 

「二乃、どうしたの?」

「え? ああ、なんでもないわ。ごめん、なんの話だっけ」

 

 別のグループから飛んできたキャンプファイヤーの伝説に気を取られてしまい話を聞いていなかった。

 どうやら自分に会話のボールが来たらしいが受け止め損ねてしまっているらしい。

 さっきから話していた目の前の女子たちが、いつの間にか揃ってこちらを見ていた。

 

「だから林間学校の係、二乃は何やるの?」

「二乃ちゃんならやっぱりキャンプファイヤーじゃない? 例の伝説とかもあるし」

「でもそれって踊ってなきゃいけないんでしょ? 係になったら逆に参加できなくない?」

「確かに」

 

 自分に訊かれた話題だというのに、女子達だけで会話が進んでいく。

 よくあることなので気にしない。

 とりあえず自分も訊かれたことに答える。

 

「それならもう決めてるわ。これだけは絶対他の人に譲らないつもり」

「張り切ってるね。何やるの?」

「それはね──」

 

 

 

 

 放課後の図書室。

 今日も姉妹達の勉強会が予定されており、一足先に二乃と三玖、そしてフー君が到着していた。

 しかし、勉強はまだ始めていない。

 代わりに二乃とフー君の二人して段ボールをガサゴソと漁って物を取り出しては、出した物を眺めた後に戻すといった動きを繰り返していた。

 そのうちに、廊下からはおよそ図書室に来るテンションではない能天気な声をこちらまで響かせながら、騒音の元である妹が入ってくる。

 

「林間学校♪ 林間学校♪ 上杉さん! もうすぐ林間学校ですよ!」

 

 先に反応したのはフー君だった。

 図書室に入ってきたのが四葉であることに気が付くと、先ほど段ボールから取り出した金髪のカツラと洋物ホラー映画に出てくるタイプのピエロの面を付けたまま振り返る。

 

「四葉か」

「うわあぁぁ!?」

 

 図書室中に響く声で絶叫する四葉。それに対して反射的に声を荒げる二乃。

 

「うるさいわね! 図書室なんだから静かにしなさいよ!?」

「あなたもですよ?」

「え?」

 

 自分の後に続いた声に振り返ると、図書委員が立っていた。

 一番騒がしい四葉はもちろん、自分まで睨まれている気がする。

 

「図書室ではお静かに!」

「すみません」

 

 注意して去っていく図書委員が遠くまで行った後、小声で四葉へ。

 

「あんたのせいで私まで怒られちゃったじゃないのよ!」

「だって上杉さんが驚かすから!」

「俺のせいかよ! 結構いい感じって褒めたのは二乃だぞ!?」

「私のせいにしないでよ!? 驚かせなんて一言も言ってないのにあんたが勝手に──」

 

「あなた達、追い出しますよ?」

 

「あ」

 

 いつの間にか図書委員がまた来ていた。

 議論が白熱しすぎたらしい。

 次騒いだら今日は追い出すと厳重注意を受けた後、三人はシュンとなって静かになった。

 その様子をただ一人傍観していた三玖は、嘲笑するようにフッとため息をついたのであった。

 

 四葉に何をしていたのかを説明する。

 二乃とフー君の二人は、それぞれ自分達のクラスで肝試しの実行委員になったのだった。

 フー君がこの係になったのは前回同様成り行きらしいが、二乃は確信犯である。

 無論、狙いはフー君との二人だけの時間を確保するためだ。

 今回のように前世でフー君がこの係を担当することを知っていたから利用するといったような、"知識"を活用してアタックをかけるのは初めてかもしれない。

 似たようなことは花火大会でもやったが、あの時は姉妹達と花火を見る方を優先してしまった。

 考えて見れば、史実通り姉妹に店の場所を教えずはぐれていれば、フー君と貸し切りの店で二人っきりで花火を見るというかなりロマンチックなシチュエーションを作れたと後になって気が付いたが、後悔の気持ちは湧かなかった。

 

 話が逸れたまま考えているうちに、フー君達の実行委員の話は終わり次の話題へ移っているようだ。

 四葉が説明口調で言う。

 

「では、林間学校が楽しみになる話をしましょう。クラスの友達に聞いたんですが、この学校の林間学校には伝説があるのを知ってますか?」

 

 二乃は聞き覚えがあった。自分もついさっきクラスで聞いた話だ。

 三玖とフー君は初耳という顔をしている。

 説明を続ける四葉。

 

「最終日に行われるキャンプファイヤーのダンス。そのフィナーレの瞬間に踊っていたペアは、生涯を添い遂げる縁で結ばれるというのです」

 

(生涯添い遂げる……ね)

 

 二乃は前世でのあの日のことを思い出す。

 結局自分はキンタロー君と踊ることはなかった。

 それどころかキャンプファイヤーの場に最後までいることもなく、体調を崩したフー君の病室まで忍びこんでいた。

 同じことを考えた姉妹達と鉢合わせたが、結局最後には五人で一本ずつ彼の指を掴んで林間学校の終わりを迎えた。

 もしあれで結びの伝説の条件を満たしているのであれば、自分も四葉も同じはずだ。どこで差がついたのだろうか。

 

「非現実的だ。くだらないな」

「うん」

 

 話しながら乙女モードになっていた四葉をフー君と三玖は一蹴した。

 自分との温度差に四葉は抗議の声を上げる。

 

「冷めてる! 現代っ子!」

「学生カップルなんてほとんどが……いや……」

「上杉さん?」

「何でもない」

 

 四葉になおも伝説などという迷信じみたもののくだらなさを説こうとしたフー君だったが、言いかけて止めた。

 言い淀んだ時、二乃へと視線が向いてきていた。

 今まさに否定しようとした、学生カップルにならんと告白してきている人物を目の間に強く否定できるほどフー君も人の心が無いわけではないらしかった。

 

(別に今更何言われたって気にしないけどね)

 

 前世の頃から自身の恋愛観をボロカスに否定されるような言葉を言われ続けていた二乃は、さほど気にしてはいなかった。

 だが、自分とフー君以外の第三者の発言によってキャンプファイヤーの話題へと移ったのはラッキーだ。

 しかも伝説もフー君の耳に入っているなら、なおさら都合が良い。

 

「ねえフー君」

「なんだ」

「キャンプファイヤーのダンスの相手、どうせあんたまだ決まってないわよね?」

「どうでもいいからな」

 

 念のための確認だったが、万が一知らぬところで先約がいたらどうしようという不安は消える。

 ならばこの千載一遇の機会を取り逃さないようにと、二乃は意を決して口を開く。

 

「なら、私と一緒に踊りましょ」

「……!」

 

 言いながら、頬が上気する。

 祭りの日の告白は自然と口から出たものであった。花火の余韻が気持ちを後押してくれていたのもあるが、今は違う。

 例えるなら、あの時は空気に酔っていたが今は完全にシラフで姉妹達の前で告白しているようなものだ。

 二乃の発言にフー君だけではなく、三玖も表情を変える。

 横目でそれを確認した後、続いて四葉を見る。四葉は申し出に対して多少驚きはしているようだが、三玖ほど動揺の色が見えない。

 視線をフー君へと戻す。

 

「キャンプファイヤーの伝説、おあつらえ向きじゃない。なら私の選択肢は一つしかないわ。好きな人と踊りたい。どう、フー君?」

「……」

 

 沈黙するフー君。何を考えているのかは想像がつく。

 ここで誘いの返事をするという事は、告白の返事をする事と同義だとでも考えているのだろう。

 だが、まだ早い。

 まだ二乃はフー君に対する手応えを感じていない。

 だから保険の追撃をする。

 

「勘違いしないで。これはこの前の……その、告白の返事と一緒に考えないでいいわ。ただ純粋に、フー君との時間が欲しいの」

「……わかった」

 

(やった!)

 

 二乃の保険の言葉になおも熟考する様子を見せた後、フー君はゆっくりと頷いた。

 途端にパッと表情を明るくする二乃と、反比例するように絶望的な色を瞳に宿す三玖。

 けれど三玖は自分の後に続いて何かを主張するでもなく、黙ったままだった。

 前世の修学旅行の班分けでも同じようなことがあったが、あの時は少なくとも何か抵抗しようという素振りはあったが、今だとこんなもんだろう。

 

 そんな三玖の様子に、やや罪悪感を覚える。

 焦っているだろうかとも内心で自問する。

 しかし、今の世界に来て知ったことだが姉妹達のフー君への恋心の成長速度は二乃の想像を超えて早かった。

 それに最大のライバルである四葉には遅れすら取っている。

 何より、ここで芋を引いて長期化しあの頃と同じ時期までフー君の争奪戦がもつれこめば、泥沼化するのは目に見えている。

 だから二乃は、勝負を急いではいるが焦っているわけではないと自身の作戦に評価を付けた。

 思考を林間学校のことへと戻す。

 

(これで二日目と三日目の夜のフー君との時間を確保できた)

 

 二乃の頭の中には林間学校のスケジュールが網羅されていた。

 いつ、何が企画されているのかを最早しおりを読まずとも暗唱できる。

 何故そこまで林間学校のことに詳しくなっているかといえば、今までの自分が立てて来た数々の作戦とその結果を思い返せば想像に難くない。

 

 家庭教師初日は運命のイタズラか三玖に薬を盛られた。

 実力テストでは頭の良さで優位に出るつもりが一人だけ仲間外れにされた。

 花火大会では店の場所を姉妹達にしか連絡しないという片手落ちの対応を行ったせいで、結局フー君とはぐれた。

 そしてそれらの失敗を糧に作ったノートですら四葉に目撃されてしまっている。

 中間テストでは結果だけ見れば成功だが、その裏で何一つ役に立つことがなかった徒労も経験している。

 

 パッと思いつくだけでもこれだけの失敗を自分はしている。

 今まさに、フー君が自分を見てくれるかどうかの瀬戸際でこれ以上の失態は見せられない。

 故に二乃は、ガラでもなく入念の下準備と計画を練っているのだった。

 

 その時であった。遅れていた一花が到着した。

 

「おつかれー……あれ、また雰囲気変になってる……?」

 

 二乃達のテーブルに到着するなり、異様な雰囲気を漂わせている一同に一花が困惑しながら姉妹達とフー君を見渡す。

 特に、俯いてしまっている三玖には心配そうな表情さえ向ける。

 一花の疑問に答えたのはフー君だった。

 

「林間学校のキャンプファイヤーで、俺と二乃が踊ることになった」

「……!!」

 

 目を剥いて驚く一花。

 

「っていうことはフータロー君、まさか二乃と──」

「違うわ。ただ踊るだけよ」

 

 一花を遮って補足する二乃。

 しかし、だからといって一花の表情は変わらず──

 

「三玖……」

「……」

 

 一花の呼びかけに返事をせず、固まったままの三玖。

 その様子に、一花は少し目を細めると二乃の手を取った。

 

「ちょっとこっち来て」

「何よ!?」

「いいから!」

 

 手を引かれたまま二人は廊下へ出た。

 文化部と教室棟の間に位置する図書室前の廊下は、放課後になってしばらく経ったこの時間になると人通りもおらず閑散としている。

 それを一花は確認してから、二乃の手を放し代わりに詰め寄る。

 

「三玖の前で誘うなんて、ちょっと酷いんじゃないかな」

「悪いとは思ってるわ。でも避けられないことよ。今ここでやらなくたって、後で三玖は知ることになるもの」

「だからって目の前で誘うことないじゃん。三玖、凄い顔してた」

「だから悪いと思ってるって言ってるじゃない! でも私だってフー君と──」

「ねえ二乃」

「何よ!」

「そんなにフータロー君と付き合うことが大事なの? 私たちのことを蔑ろにしてでも? そんなの二乃らしくないよ」

「……!!」

 

 一花の問いに、二乃は絶句した。

 一花の言っていることは正しい。自分だって、フー君と同じくらい姉妹の一人ひとりを大事だと思っている。

 けれど、前述の通り進展が遅くなればなるほど事態は悪くなるのだ。

 むしろ自分は、自分が幸せになると同時に姉妹達が悲しまないようにと動いているというのに──

 

「人の気も知らないで……!」

 

 未来のことを知らないから言えることなのだろう。自分だけが未来を知ってしまっているから感じる憤りなのだろう。

 それらの表に出すことができないフラストレーションが溜まっているのが、顔にも出ているのだろう。

 対して一花は、さっきからずっとそうだが二乃に対しても怒っているのではなく、寄り添うように優しい表情を浮かべ──

 

「何か二乃にも事情があるのかな? だとしたら話してくれたら、私も手伝えるかもしれないよ?」

「あんたが……?」

「言ったじゃん。私は二人の味方だって。今はちょっと三玖を優先して協力しちゃってるけど、二乃が困ってるなら当然手伝うよ」

「それは……言えない」

 

 前世ではなく、今の世界でも同じようなことがあったと思い出す。

 四葉からタイムスリップしてきたのではないかと疑われた時だ。

 今となっては四葉にはバレているかもしれないが、だからといって全員に共有する気にはなれない。

 事故のことを伏せて打ち明けようと考えたこともあった。

 しかし、その点だけを伏せたところで別の部分でも姉妹達から疑問は出てくるだろう。

 例えば未来では誰がフー君と付き合っているのか。その結果を知りながら二乃がフー君を手に入れようとしていること、つまり本来の組み合わせを捻じ曲げようとしていることを知られれば非難をうけるであろうことを考えると、やはり話せないという結論にどうしてもなる。

 そのせいもあって、一花は本心からこちらに歩み寄ってくれようとしているであろうにも関わらず、二乃はそれを拒絶してしまった。

 残念そうな表情をする一花。

 

「そっか、わかった。なら無理には聞かない」

「ごめん……」

「でもその代わり、事情が分からない以上は私は三玖を悲しませないようにしないといけないから」

「……」

「三玖を泣かせるようなことしたら、お姉さん怒るからね」

「……ええ」

「じゃあもどろっか」

 

 そう言って最後に朗らかに笑みを見せると、一花が先に図書室の中へと戻っていく。

 二乃もその後に続いていった。

 

 

 

 

 廊下から一花と二乃が戻ってきた。

 二乃は出て行った時よりも暗い面持ちをしている。

 一花は出て行った時と変わらないままだ。

 三玖はおそらく、自分のために何かを言ってくれたのだと想像した。

 

(二乃は悪くない……)

 

 この状況は自分の勇気の無さが招いた結果だと自覚している。

 風太郎に告白の返事を待つように言って、遠まわしに四葉に咎められた。

 二乃がキャンプファイヤーに風太郎を誘ったのだって、こんなところで言わなくてもいいのに、とは思うが二乃自身のためにまっすぐ行動を起こしているだけにすぎない。

 対して自分はなんだ。何をしているのだと自分自身が問いかけてくる。

 二乃の邪魔をしておいて、自分自身のためになることは何もしないでただ固まって、周りばかりが自分を気にしてくれてどんどん空気が悪くなっていく。

 

(私なんて、いなければいいのに)

 

 そんな考えすら脳裏をよぎった。

 少なくとも、今自分はこの場にいない方がいい。

 そう考えて、三玖は席を立った。

 

「三玖?」

 

 隣に座っている四葉が声をかけてきた。

 四葉だけでなく、皆に聞こえるように三玖は言う。

 

「ごめん、ちょっと具合悪いから、先に帰るね」

「大丈夫? 一緒に帰る?」

「ありがとう四葉。でもそんなにひどいわけじゃないから、一人で大丈夫」

「ごめん、仕事が無かったら私も一緒に帰ったのに」

「一花も、本当に大丈夫だから」

 

 二乃は何も言ってこなかった。気まずいのだろう。けれど逆に少し安心した。一緒に帰ることになったら、どんなことを話せばいいか今はわからなかったからだ。

 風太郎へも顔を向ける。

 

「フータローも、ごめん。続きはまた今度お願い」

「あ、ああ。無理するなよ」

 

 困惑気に返事をする風太郎に頷いて返すと、床に置いておいたカバンを手に取り図書室の外へ出た。

 廊下を少し歩いていると、後ろから走ってくる音がする。

 振り返れば一花が後を追いかけてきていた。

 カバンは持っておらず手ぶらだ。やっぱり一緒に返ろうなどと言いに来たわけではなさそうだ。

 

「三玖! ほんとに大丈夫!?」

「うん、大丈夫。ちょっとだけ頭が痛いくらいだから」

「そうじゃなくて……フータロー君のこと……」

 

 そう訊いてくる一花の声は、徐々に尻すぼみになっている。

 心配で訊かずにいられないが、訊いていいことなのか不安でもあるのだろう。

 

「大丈夫……じゃ、あんまりないかも。二乃のことを見てたら自分が嫌になっちゃって……だから少し、逃げた」

 

 一花には世話になっている。それに自分の気持ちを唯一赤裸々に語った相手だからこそ、質問に対しても多少正直に答えられた。

 

「でも心配しないで。あそこに居づらかっただけだから。今はそんなに辛くない」

 

 そうは言ったが、実際は大分精神的に来ていた。しかしここで今も辛いなどと言えば一花は家までついてきかねない。

 先ほど『仕事がなければ』なんてことも言っていたから、そんなことをさせれば迷惑がかかるだろう。

 

「そっか、それならいんだけど」

「うん、ありがと」

「それと……本当に大丈夫だったら悪いんだけど、実はお願いも一つあるの」

 

 言いながら一花はブレザーの懐からウィッグを取り出してきた。姉妹の変装セットで、一花に化ける時のものだ。

 

「クラスの子たちに呼び出されちゃったんだけど、もう仕事行かないといけなくて。林間学校でまだ決めてないことがあったみたいなんだって。だからいつものお願いしたいの」

「わかった」

 

 それくらいなら問題ないだろうと快諾した。

 一花にはテスト期間中にこっちのお願いを聞いてもらったこともある。

 よくやっていることだし断る理由もなかった。

 

 受け取ったウィッグを持ってそのまま女子トイレで一花の変装をすると、一花のクラスの教室へと向かった。

 教室の中は蛍光灯がついておらず、窓から差し込む夕日の光だけが室内を照らしていた。

 クラスメイトと思われる人は一人しかおらず、その一人だけで教室で待っていた男子(確か、名前は前田だったはず)は教員用の座席に座っていた。

 向こうも一花に化けた三玖の存在に気が付くと、勢いよく席を立ちあがった。

 

「な……中野さん。来てくれてありがとう」

「あれ? えーっと、クラスのみんなは?」

「悪い、君に来てもらうために嘘ついた」

「一……私に用って?」

「俺とキャンプファイヤーで一緒に踊ってください!」

「!!」

 

 呼吸が止まった。

 同時に先ほどの二乃と風太郎のやり取りがフラッシュバックする。

 その異変は前田も気が付いたようで、

 

「中野さん? 大丈夫ですか?」

「え!? ……あ、うん。大丈夫、だよ」

「本当ですか……? 急に顔色悪くなりましたけど……もしかして、俺と踊るのそんなに嫌──」

「そんなんじゃないよ!」

「じゃあ、OKってことですか!?」

 

 完全に反射で出た言葉であった。

 失言したと口を覆う三玖。

 このままでは一花に迷惑がかかると、必死に言葉を探す。

 

「ありがとう、返事はまた今度……」

「今答えが聞きたい!」

「えっとぉ……」

 

 断ることはできる。しかし断っていいかが分からなかった。

 最近、二乃と自分の恋愛事情ばかり考えていたが、他の姉妹達がどうなのかはあまり知らない。

 一花も風太郎に対して少なからずの好意はあると思っているが、それも三玖の予想の域を出ない。

 今目の前にいる前田など、名前しか知らず一花とどういう関係なのかまるで知らなかった。

 三玖のプロファイリングでは、一花はこういう男性はタイプじゃなかったと思うが、絶対とは言い切れない。

 むしろ二乃の方がこういうワイルドなのがタイプだと思うのだが、あろうことか正反対の風太郎を好きになっているのだから、なおさらだ。

 

「あれ、中野さん雰囲気変わりました?」

「!」

 

 答えが出ず悩んでいるうちに、前田の方が三玖の変装に気づき始める。

 

「髪……ん? なんだろ……中野さんって、五つ子でしたよね。もしかして……入れ替わってます?」

 

 ────この時、三玖は当然として、前世のことを知る二乃すらその場に居合わせなかったため知らないことだが、前世の世界では風太郎がこの後助けに入っていた。

 ────しかし、風太郎がこの場に居合わせることができたのは、一花と三玖のやり取りを見ていたからであって、図書室を後にしてから一花と取り交わしをした現代では風太郎は知らないこととなる。よって、壁を挟んだ向こう側の廊下に風太郎はいない。

 

「やっぱりそうだ。お前、中野さんじゃないだろ!」

 

 止める者がいない状況で、疑念が確信に変わった前田は怒鳴り、三玖の肩を掴んだ。

 迫る剣幕。男性からそのような詰められ方をした経験のない三玖は恐怖した。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 震える声で言う三玖。同時に目尻に涙が浮かぶ。

 毎朝チェックしている占いではそんなに悪くなかった結果だったのに、今日は何て日だと自分を呪いたくなった。

 最早抵抗する意思も消し飛び、自らウィッグを外すと前田に地毛を晒した。

 

「三女の、三玖です……」

「やっぱり。何で入れ替わりなんてしてんだよ?」

「そ、それは、一花に頼まれて……」

「中野さんに頼まれて……?」

「!!」

 

 最後、くぐもるような声を出した前田に対し、直感的に怒鳴られると予感した三玖は目をギュッっと閉じた。

 しかし、そんな予感とは反して、続いた前田の反応はと言えば──

 

「やっぱりダメかー!? 変わり身されたってことは、脈無しってことだよなー!?」

 

 前田の声はデカいにはデカかったのだが、三玖を問い詰める様な怒気をはらんだものではなかった。

 うっすら目を開けて見れば、前田は頭に手を当てて天を仰いでいた。

 

「あの、怒ってないの?」

「え? 別に。あ、でも中野さん……ってお前も中野か。一花さんの代わりに勝手に断られてたら、まあちょっとは怒ってたかもしれねえけど、そんくらいだよ」

「そうなんだ」

「にしても断られるどころか、来てさえくれないって……俺、そんなにあの人に嫌われてんのか……?」

「それは分からないけど、元々ここに来たのって林間学校の決め事があるって聞いてきたんだよ。大事な話だって最初から聞いてたら、一花も自分で顔を見せたんじゃないかな」

「あ、そういやそんな嘘ついたな」

 

(この人馬鹿なのかな)

 

 ついさっき自分でそう言ってたのにもう忘れていたのか、と余裕が出てきた頭で思った。

 しかし思ったより悪い展開にならずに済んで良かったと安堵する。

 一時はどうなるかと思ったが、すんなり話は終わらせられそうだ。

 

「じゃあ、私は帰るね。騙してごめんね。ちゃんと一花を誘いたいんだったら、伝えるだけ伝えておこうか?」

「いや、それには及ばねえよ。あんたの手は借りねえ。こういうことは自分でなんとかすっから。次は嘘もつかねえ」

「そう、じゃあ頑張ってね」

 

 思った以上に気持ちのいいやつだ。というのが三玖の感想だった。

 教室を後にした三玖は、やはりどこも林間学校を前に勇気を出しているんだなと思うと自分もできるか、という考えと自分はどうして、という考えの二つがせめぎ合い始めた。

 結局自分は図書室のあの場から逃げただけだから、何も変わってない。しばらくこの悩みは解決できそうにない。

 こうして、新たなキャンプファイヤーの組み合わせが決まることもなく、三玖は学校を出たのであった。

 

 

 

 また余談であるが、後日前田は一花にしっかりフラれたらしい。

 

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