翌朝、目を覚ました二乃は頭がずん、と重かった。
隣を見ればフー君がまだ寝息を立てていた。続けて三玖の布団がある方を向けば、すでに起きているようで布団に姿はなかった。
時計は予定していた起床時刻よりも少し早い時間を指している。昨夜は遅くまで起きていたこともあり、深く眠れなかったのだろう。頭の感じもきっと中途半端な睡眠のせいだ。
予定より早いとはいえ、皆ももうすぐ起きてくる時間だ。二度寝したところでたいして体力の回復はきっと見込めない。
自分も気怠さに活を入れて体を起こす。
(外の空気でも吸いに行こうかしら)
そう思い浴衣を整えてから部屋の外へ出た。
通りがかりに隣の部屋を覗くと、五月の姿がなかった。一花と四葉と比べれば規則正しい生活を送っている子だ。起きていても不思議ではなかった。
案の定、玄関へ向かう途中の廊下で五月とすれ違った。
五月もこちらに気が付くと足を止める。
「おはようございます、二乃。昨日はよく眠れましたか?」
「……ええ、まぁね」
「浮かない顔ですね。もしかして、やはり昨日の晩は上杉君と何かしていたんですか!?」
「違うわよ……っていうか"していた"って私も容疑者なわけ?」
「当然です! 今の二乃は油断も隙もありませんからね」
「なら後で三玖にでも確認しておきなさい。本当にお盛んだったら起こしちゃってるはずだから」
「さかっ……! 何を言ってるのですか、もう! ……いいです、この話はやめましょう」
「ふん」
「それで、二乃はどちらへ? 朝食でしたらまだ支度中みたいでしたが」
「外よ。ちょっと眠気覚ましにね。あんたの方は……タオルを持ってるってことは朝風呂?」
「ええ」
「なら私もそうしようかしら。外の空気吸いたかっただけだだし」
ここの温泉は露天になっている。朝風呂でも二乃の用は果たせると思ったのだ。
「でしたら、ここで戻ってくるのを待っていますよ」
「悪いわね。必要なの取ったらすぐ戻るから」
五月が廊下の壁に背を付けて自分を待ち始めるのを見て、二乃も後ろを振り返ると来た道を戻った。
再び自分の部屋の前まで到着すると、そのまま扉を開ける。
直後、窓から雪に乱反射して差し込んできている朝日が視界に飛び込んできて目が眩んだ。
そしてそれと同時に、朝日が眩しくはっきり見えないが、ぼんやりと朝日を遮るように人影も視界に入ってきた。
そのシルエットはしゃがみ込むようにして、フー君の顔を覗き込んでおり──
「!!」
状況を理解した瞬間、扉を閉じた。
反射的にやってしまったため、光の眩しさも相まってあの一瞬ではシルエットが誰なのかは見えなかった。
けれど、あの髪の短さは──
「何してるの?」
「!!」
動揺で固まっている二乃に廊下側から声をかけられた。
驚いて振り向くと、三玖が立っていた。
いつもの無表情だが、自分の部屋の前で立ち尽くす二乃を多分疑問気に見てきている。
二乃は部屋の中の状況を説明すべきか一瞬だけ迷うが、黙っておくことにした。
質問には答えず、別の話題へと切り替えようとする。
「あんたこそ、こんな早い時間にどこ行ってたのよ?」
「これ」
三玖が手に持っていたものを上げて見せた。スマホだ。
「充電器忘れてたから、フロントにあったやつで充電してた」
三玖が言っているのはフロントに置かれた有料の充電機器のことだろう。
料金を入れて備え付けのケースに入れると充電されるというものだ。
最近ではモバイルバッテリーのレンタルが普及してきているが、ここのような古い店では無いようで、むしろ充電してくれる機械があるだけでも優秀な方だろう。
しかし、これはまずい。三玖の様子からして充電を終えた後だ。後は部屋へ戻るだけだろう。
今、中に入らせるわけにはいかないため、何か適当な理由はないかと思考を巡らせたところで自分が何をしにここに戻ってきたのかを思い出した。
「ねえ三玖。あんたまだだったら朝風呂行かない?」
「……? 別にいいけど。部屋からタオル取ってくるから待っ──」
「ああ! それが今部屋の中見たんだけどタオル切れてたのよね!?」
言いながら扉を開けようとする三玖。二乃は焦りながら三玖と扉の間に滑り込む。
「……なんか二乃、変」
「全然変じゃないわよ! ほら、フロントで新しいタオル貰いましょ! 五月も向こうで待ってるから!」
「ちょ、ちょっと押さないで……!」
追い返すように三玖の背中を押しながら、二人はフロントと、その通り道で待つ五月の方へと向かったのであった。
温泉から上がった後、朝食の配膳を食堂で待っている時に同じ旅館に宿泊していたクラスメイト達と鉢合わせた二乃達は、学校のバスに乗ると林間学校へと移動したのであった。
出発前に朝食を済ませてはいたが、結局移動で時間を取られたのと、昼食の時間から逆算すると到着後すぐに取り掛からないと後続のスケジュールに影響が出るとのことだったため、すぐさま飯盒炊爨が始まる。
野菜を切るのが二乃の担当だったが、元々家の炊事を担当していた上、かつては調理師免許も持っていたし軽食を提供する喫茶店だって営んでいた。
カレーを作る程度、最早クラスメイトの手を借りずとも一人でできると高を括っていた二乃であったが、何事も慢心というものは油断を生むものらしく軽快な手つきで野菜を切っていたが手を滑らせた。
「いたっ」
指を切ってしまったらしい。深くはないがまな板に血が数滴したたり落ちる。かつての仕事の癖で衛生面のことが脳裏を過ると、すぐさま手を引っ込めた。
同時に、二乃の様子に気が付いた同じ班の女子が血相を変えて寄ってくる。
「二乃大丈夫!?」
「平気よ、ちょっと血が出ただけだから。でもごめん、この手じゃ食べ物触れないから変わってもらえるかしら」
「わかった。二乃は先生に診てもらっておいでよ」
「ええ」
包丁を友達に渡すと、二乃はシンクで指の血を軽く流してから持ってきていたハート模様の絆創膏を指に貼った。
教師に報告すると調理以外の仕事を担当するように言われたが、二乃の班はたいして仕事が残っていなかった。
炊飯は男子が担当。洗い物も二乃が最小限の機材しか使わないよう計画して班のメンバーに指示を出してしまっているため、今のところ積み残りが無い状況だ。
強いて言えば、この後カレーを煮込むための薪を用意しなければいけないくらいなのだが。
「何あの山」
薪置き場を見れば既に山のように割られた後のものが積みあがっていた。
薪の山の麓には、それを作り出している犯人が今も斧を振り続けている。
二乃はその犯人の元へと足を運ぶ。
「こんないらないんじゃないの、四葉?」
「あ、二乃。いやあこれ結構楽しくって。さっきクラスの子からももういいって言われちゃったよ」
「ならやめなさいよ! 何で続けてんのよ馬鹿じゃないの!?」
「でもほら、万が一って可能性もあるかなって」
「足りなくなったらまた割ればいいわよ。ほらやめる」
二乃の言葉にはーい、と返事をしながら素直に従い斧を置く四葉。
そんな四葉を見ながら、二乃は昨晩のフー君との会話を思い出していた。
四葉はフー君が風邪をひく可能性がある未来を知って、それを防ぐための手紙を出していた。
今は人の目も多い。ここで聞くことは難しいが、どこかで話ができる時間がないかと考える。
「ねえ四葉」
「なに?」
「あんたこの後の仕事はあるのかしら?」
「カレー作りの方はもうないかなぁ。でも、仕事ならあれあるし、二乃もおんなじでしょ?」
「え?」
「ほら、あれ」
四葉が指さす。
指された方向を見ると、段ボールが積みあがっており、側面には『肝』という漢字一文字が丸で囲まれていた。
肝試し用の機材を入れた箱だ。
フー君と二乃の二人は肝試しの実行委員のため、昼食後は夕方までに肝試しの準備を済ませないといけないのだった。
「カレー食べ終わったらあれの準備しないとね」
「ああ、そういえばそうだったわね……って、あんたはキャンプファイヤーの係でしょ。まさか手伝うつもり?」
「二乃と上杉さんだけじゃ無理があるだろうし、他の友達にも声かけるつもりだよ!」
「なんであんたがそこまでするのよ」
「勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたし、二乃だってせっかく上杉さんと一緒の係になれたんだもん。私も全力でサポートしないと!」
「……そう」
屈託のない笑顔を向けてくる四葉。
その笑顔を見ると、それまで二乃にまとわりついていた緊張が少しほぐれた気がした。
もしかしたら、四葉は敵ではないのかもしれない。そんな考えすら浮かんでくる。
(フー君も、四葉のこういうところを好きになったのかもしれないわね)
昨晩の手紙のことを思うと、四葉にも何か考えがあるのは間違いない。
自分はおそらく、その考えというのがどういうものか、どこかで確かめないといけないとも思う。
それが自分だけが四葉の気持ちを一方的に知っているという有利な状況で行動している自分ができる、四葉に対するせめてもの誠意だろう。
肝試しの時間になると、意外にも四葉は早々に自分用に用意していた仮装道具を二乃へ押し付けると五月と肝試しの二人組を作ってしまった。
四葉曰く、
『お邪魔虫は退散しますから、上杉さんと仲良くしてくださいね!』
とのことであった。
(気を使いすぎよ、ばか)
ありがたいとは思うものの、いまいち素直に喜べなかった。
現在二乃とフー君の二人は仮装をして肝試しのコースの茂みで次の組を待って隠れていた。
フー君は先日図書室で見せた洋物ピエロの仮面と服を身に着けており、二乃は包帯をぐるぐる巻きにしたミイラの恰好をしている。
既に何組かを驚かした後であったが、存外やってみれば忙しく、そして楽しいものであった。
前者は割とひっきりなしに生徒の二人組が来るので手が空かない程度に仕事があるためだ。
後者については言うまでもない。隣にフー君がいるからだ。
「ふふ」
「何笑ってんだよ」
自然と零れてしまったらしい笑みに、フー君がこちらを向いた。
二乃は上機嫌に応える。
「別にいいじゃない、林間学校を楽しんでるのよ」
「俺たちは面倒ごとの方をやってるのにか?」
「ええ、すっごい楽しいわ。だって、フー君と一緒なんだもの」
そう言って上機嫌な笑みをそのままフー君へぶつける二乃。
「う……!!」
フー君は顔を赤らめると、すぐさまコースの方へと目を逸らした。
すると、フー君にとってはちょうどよいタイミングか、目を逸らした先に次の組が近づいてきたらしく短く言う。
「来たぞ」
「おっけー、次もバシッと決めるわよ」
「ああ、やるからには本気でビビらせてやるさ……このように!!」
二人組が二乃達の潜む茂みの前まで来た瞬間、タイミングを合わせて飛び出した。
茂みから飛び出し、驚かした相手を確認すると一花と三玖の二人であった。
一花が持っていた懐中電灯をこちらに向けてくる。
「フータロー」
「二乃もいるじゃん」
「一花、三玖!」
「なんだ、ネタがバレてる二人か、脅かして損したぜ」
「あ、ごめ……」
「わぁ、びっくり予想外だ!」
「お気遣いどうも」
そう言ってピエロの面を外すフー君。
それと同時に、二乃の目線はスススとフー君の顔を凝視するなり満面の笑みへとシームレスに切り替わる。
「え、二乃?」
「どうしたの?」
その有様には一花と三玖も困惑していた。
二乃は目線はフー君から話さず、にこやかな笑顔のまま一花達に反応する。
「別に? 何でもないわよ?」
「いや別にって、ていうか返事する時もフータロー君ガン見じゃん」
「いやぁ、イケメンだなぁって」
本心である。
二乃の趣向というか、癖とも呼べるそれは高校生の当時から何ら変わっていない。
流石に今となっては気持ちはフー君へと切り替わっているものの、元キンタロー君と呼んでいた金髪のカツラを付けたフー君の姿は二乃のタイプど真ん中であり、目の保養以外の何物でもなかった。
下手をすれば林間学校で一番楽しみにしていた、かつ今まで頑張ってきた自分へのご褒美として考えていた。
しかし、そのあまりにもド直球な物言いにフー君はと言えば──
「──!!」
さっき茂みで話してた時以上に顔を赤くするなりカツラを取ろうとしたが、フー君の手はカツラを取る前に二乃によって止められた。
二乃はにこやかな笑顔を向けながら、
「トッタラコロス」
と、告白中の相手なのか疑わしくなるほどの信じられない圧をかけながら言った。
フー君は半分引きながらも手を下した。
なおこのやり取りは本日三度目である。
「あー、こういうタイプ二乃好みだもんね」
「フータローは普段の方が格好いいと思うけど」
「あんた達わかってないわねぇ。こういうワイルドなのが男らしさってやつなのよ。だいたいね──」
「おい、長話になるようなら後にしてくれ。次の組が来ちまう」
長話になりそうな二乃の言葉を遮って、再びピエロの面を被るフー君。
それに応じて二乃も元のテンションに戻る。
「わかったわよ」
「な、何だか忙しそうだし私たちも行こうか」
「うん」
「あ、そうだ二人とも」
見慣れない様相の二乃に困惑しながらその場を立ち去ろうとした二人に、フー君が呼び止めた。
一花と三玖が振り返る。
「看板が出てるからわかると思うが、この先は崖で危ない。ルート通り進めよ」
「分かってるって」
一花が手をひらひらさせると、今度こそ道の先へと消えていったのであった。
二乃達が長話をしている頃、後続である次の組では四葉と五月がコースを進んでいた。
五月は四葉へしがみつくようにしながら歩いているが、四葉はさほど歩きづらそうにもせず持ち前の体幹の良さで逆に五月を引っ張っていく。
「うううう……やはり参加すんじゃありませんでした……」
「大丈夫! お化けが出たって私が守ってあげるから!」
「お化けが出ること自体嫌なんですぅ! ……クラスメイトが言ってたのですが、この森は出るらしいのです。森に入ったっきり行方知れずになった人が何人もいるのだとか」
「あー、ここって近くに崖があるから、もしかしちゃったら落ちちゃったのかも」
「それはそれで怖いですぅ!!」
「私上杉さんの手伝いをしてたから道も知ってるし大丈夫だって!」
さっきからずっとこの調子で、怖さに耐えながら進む五月を四葉が励まし続けていた。
そうしてここまで何とか進んできた二人であったが、矢印が書かれた看板の少し前まで差し掛かったところで茂みからピエロとミイラが飛び出してきた。
「やってやらぁ!」
「たべちゃうぞー!!」
「わあああ! もう嫌ですぅ!!」
「五月ストップ!」
一瞬、パニックになって走り始めた五月であったが四葉の神業的な反射で伸ばされた手によって止められた。
腕を掴まれて無理やり停止させられた五月はカクンと後ろへつんのめる。
けれど、その腕を掴まれたという事自体も恐怖に拍車がかかり更にパニックを起こそうとする五月の耳に四葉の声が届いた。
「大丈夫! 上杉さん達だから!」
「ぇ……?」
間抜けな声が思わず出た。
四葉の言われた通り、後ろを振り返ってみると風太郎と二乃が立っている。
風太郎は先ほど五月の視界に一瞬だけ映ったピエロの面を持っており、風太郎自身は素顔を晒している。
二乃も申し訳なさそうにしていた。
「悪い、本当に苦手とは思わなくて……」
「少し加減したつもりだったんだけど……」
「間一髪でしたね、上杉さん」
「ああ、よく捕まえてくれたな四葉」
ひとまずは落ち着いた自分を脇目に、胸を撫で下ろす三人。
対して五月はようやく状況の咀嚼が進み、自分が風太郎にしてやられたことに考えが行きつく。
続けて湧き上がってくるのは怒りの感情。
頬を膨らませながら五月は風太郎へ詰め寄った。
「上杉君! あなたという人は限度というものがあるのではないですか!?」
「そ、そんなにビビらせちまったか……? さっき通ってった三玖達なんかは平然としていたが」
「あれはネタが事前にバレてましたからねぇ。実際は結構イイ線いってるみたいですよ。私たちと入れ替わりで帰ってきた松井さん達のペアも結構怖がってますし」
ペアである自分が怒っているというのに、にこにことしながら補足する四葉。
確かに、四葉の言う通り自分と入れ替わって出てきた男女のペアもかなり怖がっていたが、女子の方はどちらかといえばペアの男子に怖がっていたような気がする。
「怖がってくれたってことは仕事をできてる証拠だ。五月も悪く思うなよ」
「思います!」
未だ怒りの矛を収めない五月に対して、二乃が一つ溜息をついた。
「五月、あんたそんなに嫌なら最初から参加しなかったらよかったじゃないのよ」
「だって、私以外みんな参加するって言うものですから、それはそれで寂しかったんですよ……」
「だったらさっき一花達も行ったばっかりだ。今なら急げば追い付くんじゃないか?」
「そうね、あの二人も肝試しのネタが分かってて退屈そうにしてたから、あんた達が行ってあげた方が喜ぶかもしれないわ」
「いいねそれ!」
風太郎と二乃の提案に、手を叩いて賛成する四葉。
善は急げとでも言わんばかりに、再び五月の手を掴むと今度は四葉が先へと進んでいく。
五月もその後に引っ張られるようにして歩き出した。
最後に四葉は歩きながら風太郎達へと振り返ると、五月を掴んでいる手とは反対側の腕を上げてぶんぶんと振った。
「それじゃあお二人は頑張ってくださいねー!」
「ちゃんと前向いて歩きなさいよ!」
後ろからは見送ってくれている二乃の心配する声がしたが、その直後に四葉は木の根に足を躓かせ転び、自分も引っ張られて倒れたのであった。
風太郎達を後にして、四葉と二人で急ぎ足でコースを進んでいくと、言われた通り一花と三玖の後ろ姿を見つけた。
四葉がすでにいるとはいえ、ここに来るまでにも飾り付けられている脅かしのアイテムたちにかなり怖がらされていた五月は安堵した。
大分近くまで来ると、どうやら向こうは立ち止まっているらしく二人で向かい合っていた。
おかげですぐに傍まで寄れ、手を上げて声をかけようとした瞬間に五月の口は四葉によって塞がれたのであった。
「五月ちょっと待って!」
「むぐっ!?」
後ろから片手で口を塞がれ、もう片方の手で腰に手を回されてそのまま木の影へと引きずりこまれる五月。やってる相手が四葉とわかっていなかったら今度こそパニックになっている構図だ。
木を背にするようにして二人から隠れると、そこでようやく四葉は手を放してくれた。
そして放した手を続けて口元まで持っていくと、静かにというポーズを見せてくる。
「?」
なぜ二人に声をかけないのかと疑問に思う五月。
しかし、四葉は答えてくれずに、その代わりに木の向こう側にいる二人の声が聞こえてくる。
「?」
「どうしたの三玖?」
「今、来た道の方から誰かが来てたような……」
「なになに、二乃達がいまいちだったからってお姉さんを怖がらせようとしてくれてる?」
「別に」
どうやら三玖にバレかけていたらしいが、間一髪だったようだ。
四葉が木陰から覗き込むようにして二人を見始めるので、事情はわからないが五月も真似をした。
一花が三玖へと言った。
「それで、質問には答えてくれないのかな?」
(質問?)
木陰に隠れたままの五月は首を傾げた。
話を最初から聞いていないせいで何の話か見えなかった。
「三玖、肝試しの間たまに変だよ。隠してるつもりみたいだけどさ、もしかして昨日の晩に何かあったんじゃないかって、心配してるんだけど」
(昨日の晩……!)
昨日の晩といえば、旅館に泊まった夜のことだ。
五月にも心当たりがあった。朝会った時に二乃の様子がおかしかったのだ。
あの時は下品な話ではぐらかされた上に、二乃自身から疑うなら三玖に確認してみろなどという申し出があったため深く掘り下げるほどのことでもないと思っていた。
それに、三玖とも朝は一緒にお風呂に入っている。その時は五月から見た三玖は特におかしいと感じるようなところはなかった。
一花が五月にも気づけなかった三玖の異変を鋭敏に察知できたのは、肝試しの間二人だけで過ごす時間があったからうっすらと感じるものがあったのかもしれないと思われた。
そうしてしばらく三玖は黙ったままであったが、根気強く待つ一花に根負けしたかのように重く口を開いた。
「……昨日の夜のことなんだけど、フータローが二乃に言ってたの」
「どんなこと?」
「明日、告白の返事をするって」
「え……」
(なっ!?)
三玖の言葉に、一花だけではなく、隠れていた五月と四葉までもが目を見開いて驚愕した。
つい先ほど、自分達は風太郎と二乃の二人に会ったばかりだ。あの二人からはおかしな様子はなく、気にするところも何もなかった。
そんな宣言が風太郎の方からあったなどと、毛ほども想像ができなかった。
一花は驚きのあまりしばらく固まっていたが、やがて我を取り戻したのかようやく返事をする。
「お、驚いたなぁ。フータロー君の方が、そんな宣言をわざわざしちゃうんだ……しかも、三玖の前で」
「ううん、私が聞いたのは偶然。部屋から出た時にこっそり二人で話そうとしたみたいだったんだけど、私がタイミング悪く戻って聞いちゃったの」
「なるほどなぁ、確かにそれは困ったね」
「うん、これは二乃とフータローの問題だから、私たちには何もできない」
「でも、気にはなるよね」
「うん」
「このことは四葉と五月ちゃんには?」
「まだ言ってない」
(ごめんなさい、聞いてしまいました!)
隠れたまま五月は頭を二人の方へと下げた。
「なら、二人にはこのまま言わないでおこうよ。特に五月ちゃんには……もし知られたら明日のキャンプファイヤーを邪魔しようとしちゃうかもしれないし」
そうしたいと思う気持ちだけは否定できなかった。
結局二乃とは夏祭りの時の口論の続きはできていなかった。
五月の中では、キチンと見極めた男性でないと男女の仲へ発展すべきではないという考えが今も残っている。
とはいえ、あの祭りの日からもう一か月近く経とうとしているのも事実であり、風太郎に対する人間像というのは未だに掴めていないが、二乃がどれほど強く風太郎を思っているのかは嫌というほど見せられた。
それを台無しにするような真似は、二乃に申し訳なく流石に出来そうになかった。
であれば、自分ができることは『答えが出てしまうまでに見極めること』だと結論付けた。
その後、結局五月と四葉の二人が姿を見せたのは二人の話が終わった後であった。
※料理で指を切っただけですが、流血表現があるためこの話以降、必須タグを追加しました。