気が付いた時、二乃は学校の空き教室にいた。
蛍光灯もついておらず、薄暗いままの教室には自分と四葉しかおらず、二人は向き合っている。
二乃はこれが夢であることにすぐに気が付いた。
夢の中の四葉は自分に向かって言う。
「数か月、数年、どれだけ時間がかかるかわからないけど……私が上杉さんをどれだけ好きなのか、この想いの強さを見ててほしい。きっと負けてないから」
これは前世の頃の記憶だ。
学園祭の後夜祭でフー君が四葉に告白したと聞いてから、数日後の学校で実際にあった会話だ。
あの頃は自分が選ばれると信じて疑っていなかった。
だからフー君を待っていた自分の元へ彼ではなく、三玖が終わりを告げに来た時は悔しくて、信じたくなくて、その結果を受け入れることができなかった。
けれども四葉は、その結果を受け入れることを、自分達が結ばれることを認めるように求めてきた。
その行いには当時、本気で姉妹の縁を切ってもいいとすら思うほど腹を立てた。
けれど考えがまったく変わらなかったわけではない。この時の会話がきっかけとなったからだ。
きっと今、こんな夢を見てしまっているのは"今日だから"なのだろう。
夢の中の視界は、まるで録画した映像を再生しているかのように勝手に動き、発言する。
「そうね。たとえ今のあんたに謝られたり説得されたとしても、私は納得できないでしょうね。それをわかった上であんたは茨の道を進むつもりなのね」
「私は上杉さんを好きなのと同じくらい姉妹の皆が好きだから」
「全く……馬鹿ね……だけど四葉らしいわ。五つ子の枷から解き放たれて突き進んでいくあんたの背中が気に入らなくて羨ましかったわ。あんたは、まだ私を競う相手として見てくれるのかしら」
「勿論だよ。私たちはずっとお互いを意識しながら生きていくんだ。時には仲間、時には敵……そんな」
「ライバル」
(ライバル)
夢の中の自分と、それを俯瞰してみている自分が同じ言葉を口にした。
その想いは今でも変わっていない。
だから二乃は、今の世界に来てからは四葉を"敵"だと定めて行動してきたのだ。
どれだけ取り繕おうとも、自分がしようとしていることは四葉から彼を奪おうとしているのだから。
その二乃の考えを裏付けるように、夢の中の自分は四葉へと指を突き付けた。
「ここで勝負は終わってない。少し後ろであんたたちの行く末を見ててあげる。ほんの少しでも隙なんて見せたら、私が彼を奪ってやるんだから!」
今の状況を作り出しているのは、四葉の"隙"ではなく、運命のイタズラを利用した二乃の"ズル"だということを自分でも理解していた。
二乃がフー君と出会うずっと前から、四葉は彼のことが好きだったという事実さえ二乃は知り、出し抜いて、優位に立とうとしている。
きっとそれはライバルがする行いではない。当時の映像を眺めながら二乃はそう自責した。
フー君を自分に惚れさせるだけではまだ足りない。ライバルであるなら、四葉に自分の気持ちを認めさせる必要だってきっとある。
あの時の四葉の気持ちが今、ようやく理解できた気がした。
夢の中の四葉は、そんな今の二乃の心など知ることもなく、夢の中の自分の宣言に対して認めるように頷いたのだった。
「うん」
林間学校の三日目、最終日が始まった。
この日の日中帯は選択可能なレクリエーションとなっており、川釣りとスキーが選べるようになっている。
二乃達五つ子とフー君はスキーを選択していた。
宿泊施設の前で待っていると、建物から四葉によって連れ出されてきたフー君が出てきた。
ゲレンデへと出るなり、アウトドア系のイベントにテンションを上げた四葉がずっと騒いでいる。
「さあ! 滑り倒しますよーっ!」
そしてそんな四葉のハイテンションとは非対称的にローテンションなフー君。
「と言っても俺は滑れないんけどな」
後ろでどんよりとしているフー君に振り向く四葉。
「上杉さん滑れないならどうしてスキーを選んだんですか?」
「私が呼んだのよ」
「ま、そういうことだ四葉」
「なるほどなるほど二乃のお誘いでですか……上杉さんも素直になりましたね!」
そう言ってにこやかに笑う四葉から顔を逸らすフー君。
顔を逸らした先で、何かに気が付いたようにフー君は周りを見回した。
「他の三馬鹿はどうした?」
「一花と五月はもう滑ってます。私と二乃は教え係で、生徒は上杉さんと──あ、来た」
説明の途中で四葉の目線がフー君の背中を飛び越えて建物の方へと向けられる。
ちょうど出口から三玖が出てくるところであった。
三玖は二乃達の前まで来ると、立ち止まった。
「どーも」
「誰だ!?」
「三玖」
表に出てきた三玖の出で立ちは一般的なスキーウェアを着て、頭にはニット帽とゴーグルをかけたものだった。
顔の一部が隠れているのと、アクセサリーのように常に首にかけていたヘッドホンを外しているせいでフー君には見分けがつかなかったらしい。
三玖は自分であることを伝えるために、返事をするだけでなくゴーグルも外してみせた。
「み、三玖か……顔だけだと本当にわからないな」
そう言いながら不用心に三玖へと近づくフー君に、ぎょっとした三玖が尻もちをついた。
「派手に転んだな。平気か?」
転んだ三玖を立ち上がらせようとフー君は手を差し出した。
しかし三玖は一瞬、悲し気な表情を浮かべると手を借りずに自分で立ち上がった。
「うん、大丈夫」
「……」
せっかく差し出した手が暇を持て余してしまい、そのまま固まるフー君。
いたたまれない空気になりかけるや否や、わざとか分からないが四葉が声をあげた。
「よーし、普段教わってばかりの私ですが、今日は教えまくりますよ!」
そうして始まった四葉と二乃によるスキーのレクチャー。
ちょうど教わる方と教える方で二人ずつのため、マンツーマンでの体制が取られた。
振り分けは意外にもすんなりと決まり、三玖を四葉が、フー君を二乃が教えることなった。
一応、振り分け自体も私情の他に四葉なりの考えがあり、曰く──
『上杉さんは男性ですから、きっと三玖よりは憶えるの早いと思います。ですから二乃から基礎さえ教わればきっとすぐに滑れるようになると思いますよ!』
とのことだった。
昨日の肝試しの時もそうだったが、林間学校に到着してからというもの四葉は妙に二乃とフー君が一緒にいる時間を作ろうとしているように感じられた。
(本気で私のことを応援するつもりなのかしら、あの子)
今朝の夢を思い出す。
あれは紛れもなく前世で実際にあった出来事だ。そこで四葉の想いの強さは再確認させられたし、それは今もきっと大差ないものなのだろう。
大方、前の学校での出来事を引きずっているのかもしれないが、それにしたって自分の気持ちを押し殺してまで姉妹を応援しようという精神性は二乃には理解が難しかった。
けれども今はその提案にありがたく乗らせてもらう。もうフー君の中で答えは決まっているのかもしれないが、夜のキャンプファイヤーまでに彼の好感度を少しでも稼いでおきたいというのが二乃の本音であった。
それからしばらくは純粋にフー君にスキーを教える時間が続いた。
正直滑るのなんて、平地の歩き方と滑る時の姿勢、後は止まり方さえ押さえておけばいいのですぐに一緒に滑る時間を作れると思っていた。
が、しかし、ここにきてまたしても中間テストの魔物ならぬ、スキーの魔物が二乃の前へと立ちはだかったのであった。
「フー君……何で何もないところで転べるのよ……三玖のこと馬鹿にできないじゃない」
「別に馬鹿にはしてない。それに俺は転んだんじゃなく、地面の角度と雪の摩擦抵抗の少なさによって必然的に俺の立っている角度が傾いただけで──」
「はいはい、言い訳はいいから立って。手を貸してあげるから」
「……サンキュ」
本日"十回目"のフー君の転倒から起こしてあげる二乃。
最初などは起こすために手を握る瞬間にドギマギしてたものだが、今となっては完全に作業と化している。
そう、この二人のやり取りを百人が見れば百人揃って同じことをいうのだろうが、オブラートに包まず言うとフー君は超が付くほどポンコツだった。
一歩歩けば右へと転がり、少し滑れば左へ転がる。立ってるだけでも後ろへ転んで、止まろうとすれば前へと転んだ。
(前後左右コンプリート。フー君の前世はボールだったのかもしれないわね……)
などと真面目に考え始めてしまう始末である。
少し離れた隣を見れば四葉に教わった三玖はゆっくりではあるが、既に軽快に滑り始めている。
確実にあちらの方が上達が早い。
ことスポーツに関しては四葉は優秀な教師なのだろう。
このままではたいして滑ることもなくレクリエーションが終わりかねないと危惧した二乃は四葉の方へと向かった。
けれど、タイミング悪くというべきか四葉と三玖の二人は本格的に滑り始めようとしたのか、麓での練習をやめてリフトがある方へと歩き出してしまった。
その場でフー君を待つように言いつけると、二人の後を追う二乃であった。
向こうが歩いているのに対して、リフトに乗る前に追い付かんと走ったおかげでなんとか二人に追い付いた。
そこでようやく四葉も追ってくる二乃に気が付いたらしい。
「あれ、二乃どうしたの?」
「四葉、チェンジ」
「え?」
「私が三玖を見るから、あんたがフー君を教えなさい」
「なんで?」
「あのポンコツにこれ以上付き合いきれないからよ! 何でフー君あんなに勉強できるのにスキーになった瞬間にIQ3くらいまで下がるのよ!?」
「えぇ……」
二乃の悲痛とも表現できる叫びに三玖まで若干引いていた。
四葉の方はやや困った顔をしていたが、二乃と同じく滑れないまま終わる可能性に考えが思い至ったのだろう、少ししてから頷いてくれた。
「しょうがないね。三玖、ここからは二乃と一緒に滑ってもらえる?」
「いいよ」
「悪いわね三玖、わがまま言って」
「別に、私ももう滑れるようになったし普通に一緒にやろ」
「三玖も朝の時はフー君と同じで立ってられないくらいだったのに、あいつは何で……」
「あれはフータローが急に近づいてきたから……!」
三玖と比較して出来の悪さを再確認してしまいぶつぶつと呪詛を吐く二乃と、顔を赤らめて否定する三玖。
四葉が割って止めに入ると、そこからは二乃と三玖は二人でリフトへと乗っていった。
四葉は二乃からフー君の場所を聞いたため、来た道を戻ってゲレンデの麓まで向かったのであった。
「おい二乃、俺たちにはまだ早いんじゃないのか?」
「何言ってんのよ。もう教えることは全部教えたわ。後は体で覚えるだけよ」
二乃が一度、風太郎を置いて四葉達を追って行ってから少しすると、"二乃が"戻ってきた。
戻ってくるなり二乃は──
『私たちも上から滑りましょ』
と言い、半ば強引にリフト乗り場へと引っ張られていった。
まだ自分は禄に滑れていないというのに、本当にやるのかという疑念が未だにぬぐえない。
何よりも、先ほどまで二乃の指導を禄にこなせずイラつかせていたはずだというのに、今目の前にいる二乃はどういうわけか平常運転に戻っていた。
「さ、行きましょ。フ、フー君……」
そう言って二乃はリフトに乗る列に並び始めたため、不安に駆られながらも、ここでは自分が生徒なのだからと言い聞かせて後に続いたのであった。
「はあ!? フー君がいなくなった!?」
『そうなの。上杉さん達がいた場所に来たらどこにもいなくて、周りも少し探してみたけど全然いないんだよ』
(何やってんのよあいつ……!)
ビギナーコースへ到着した二乃は四葉と電話をしていた。
このリフトの乗り降り口はゲレンデとなっている山の中腹に位置しており、ここから更に上ることも可能だし、降りることも可能な場所だ。
横では二乃の発言で状況を察したらしい三玖が心配そうな顔をしている。
『どうしよう、上杉さんもしかしたら遭難しちゃったんじゃ……』
「落ち着きなさい四葉。フー君はまだ生まれたての赤ちゃんくらいしか動けないはずよ。自分から変なところに行くなんて考えられないわ」
『だとしたら戻っちゃったのかな……あ、もしかしたらお腹いたくなっちゃってトイレに行ってるのかも!?』
「まぁ、無いとは言い切れないけど……一応確認だけど、フー君には連絡してみたのよね?」
『うん。でも繋がらなかったよ』
「でしょうね……」
連絡先を五つ子達は交換しているが、基本的にフー君とのやり取りはメールだった。
フー君の携帯電話は滅多に鳴らないせいで、文字通り携帯するという習慣が彼にはないらしい。なんのための携帯なのかと言いたい気持ちと、現代っ子としてあり得ないという信じられない気持ちが沸くのは今に始まったことではない。
しかし、連絡もつかないとなるといよいよマズくなってくる。
先ほど四葉とも話した通り、フー君が自発的に変なところへ行く可能性は低いが、ゼロとは言い切れない。
戻っている可能性もあるが、今から探しに行ったところで入れ違う可能性もある。
一花と五月に連絡して探してもらうように頼むかとも考える。
広いゲレンデだけれども、フー君が行動できる範囲に絞って五人で探せば流石に見つかるかもしれない。
そこまで考えた時だった。
(そうだ、この状況って確か前にも──)
『ねえ二乃』
「なに?」
『二乃なら分かるかもしれないけどさ、二乃って似たような経験したことなかったっけ?』
(──!!)
意表を突かれた一言であった。
"それを四葉から言ってくるか"という気持ちが瞬間的に湧き上がる。
おそらく顔にも出てしまったのだろう、三玖が大丈夫かと問いかけてくるが、反応できずに固まってしまった。
一度、深呼吸をした。
三玖に一度頷きだけ反応を返すと、電話へと意識を向け直す。
「あんた、それ意味わかって言ってんのよね?」
『もし上杉さんが本当に遭難しちゃったら、命に関わってきちゃうから……それに、もうすぐ答えが出るんでしょ?』
「あんたそこまで知って……! ……分かったわ、あんたの言うことも最もだし、四の五の言ってられないわ。一つだけ心当たりがある、そこを探してみるから、あんたは泊ってる場所の方を探してみてもらえる?」
『うん、わかった!』
「それと四葉」
『なに?』
「あんたが言い出してくれなかったら、きっとこの作戦は取れなかったわ……ありがと」
『うん』
「フー君を見つけてから合流した後、少しだけ話す時間もちょうだい」
『……うん、わかった』
四葉の返事を最後に、通話を切った。
それまで黙って様子を見ているだけだった三玖が詰め寄ってくる。
「フータロー行方不明なの……!? 私、レスキュー呼びに行ってこようか?」
「横で聞いてたでしょ。私に探すあてがあるわ。それでもし、私も四葉も見つけられなかったら呼んでもらいたいから、いつでもそうできるように戻っててもらえる?」
「うん」
「悪いわね、せっかくのスキーなのに」
「平気。それよりフータローの方が心配だから……二乃、見つけてね」
「ええ、任せなさい」
そう言って二乃はリフトの乗り降り口の外へ一人で出た。三玖も二乃から離れてリフトの下りへと乗っていった。
三玖が下っていくのを見届けてから、二乃は再びスマホへ向くと通話ボタンを押す。
最初のあて先は一花だ。数コールもしないうちに電話は繋がった。
『はいはーい、どうしたのー?』
「出るの早いわね。滑ってたんじゃないの?」
『ちょうどリフトから降りたところだよー』
「私も今ビギナーコースにいるんだけど、あんたは今上級者コースかしら?」
『そうだよー』
「悪いけど、そこの写真を一枚取って送ってもらえるかしら?」
『……? 別にいいけど、二乃だって滑れるでしょ? インスタにアップする用の写真だったら自分で滑りにくるついでにでも取ればいいのに……あ、フータロー君のお世話してるんだっけ』
「別にSNS用じゃないわよ。いいからお願いね」
それだけ言って通話を切ってから数秒後、一花の自撮り写真が届いた。
背景には一花の言う通り、上級者コースの看板が映っている。
(SNS用じゃないって言ったのは私だけど、だからってそのままネットに上げられない写真寄越すんじゃないわよ。髪の加工するの面倒なのよ)
余談であるが、時々姉妹達はSNSへ一花の写真を上げる時、他の姉妹へ加工してアップロードすることがある。
嘘の投稿をしようなどというものではなく、単純に姉妹達の個人用アカウントに女優のプライベートを晒さないようにするための配慮をする場合の話だ。
しかし、これで"一花が嘘を吐いている可能性"は消えた。
事前に準備していた可能性はゼロではないが、そもそも一花は二乃が考える二人の容疑者の可能性が低いほうでもある。
二乃が疑っているのは、一花と五月のどちらかがフー君を連れ去った可能性であった。
前世でも五月が、何を思ってか一花に変装していた。
あの時はフー君を連れ去ることもしなかったし、何故そんなことをしようとしたのかも理解していなかったが、今なら分かる。
五月は無堂と彼を重ねて、彼が誠実な人間か図ろうとしたのだろう。
姉妹の誰かに変装し、フー君がそれを見分けられることで五月なりに彼を試そうとしたのだろう。
早々に次の容疑者へと連絡をかける。
五月だ。
電話をかけたがしばらくの間繋がらなかった。
二乃が使っているのは携帯回線での電話ではなく、通話アプリであった。そのため留守番サービスに切り替わることもなく、諦めるまでコールが続くため、かなりの長時間そうして待機しているとようやく繋がった。
「遅いわ。さっさと出なさいよ」
『すみません。リフトに乗っていたもので、落としたら拾うのが大変なので着くまで出れませんでした』
「あっそ、今どこ?」
『ですからリフトを降りたところです』
「あらそう、ちょうど私も滑ろうと思ってたところなのよ。今"上級者コース"にいるんだけど、よかったら一緒にどう?」
『あなた上杉君を教えてたんじゃないんですか? ……まあいいです、すみませんが私はそこまで上手くないので"ビギナーコース"で降りてしまいました。ですのでご一緒できません』
「あらそう、残念」
二乃は話しながら後ろを振り返った。
二乃がいる位置からは、まだ"ビギナーコースの降り口"は見えている。
次々と見知らぬ人々が下りているが、その中に五月の姿はない。
(ビンゴ……!)
五月が嘘をついていることが確定した。
世間話のように『なら後で一緒に滑ろう』、などと会話が不自然にならないよう流すと、通話を切った。
続けて二乃は歩き出すと、コースの滑り口の周辺でスキー場の係の人間の姿を探す。
少し歩いたところで、名札を付けたパトロールの男性が滑り口のところで客たちを監視していた。
二乃は近くまで寄ると声をかける。
「すみません」
「はい?」
「さっき"ここから私と一緒に滑った"男の子とはぐれてしまって、見かけていませんでしたか?」
二乃はこれ見よがしに自分が頭に付けている髪飾りを強調しながらパトロールへと訊いた。
前の世界では一花に変装していた五月、だがあの時とは状況が違う。
あの時は前日の夜に一花とフー君でひと悶着あったらしいから一花に化けたのであろうが、もし今の世界で五月が姉妹に化けるとしたら自分だ。
そのため二乃は、自分に化けた五月とフー君を見かけていないかをパトロールに確認しようとしていた。
「ああ、あんたさっき危なっかしく滑ってた子と一緒にいた子だね。その髪飾りも思い出したよ。あの男の子とはぐれちゃったのかい? 悪いが君たちが滑っていった後は見てないよ」
「そうですか」
「それにこれは注意だけど、見つけたらリフトで降りた方がいい。君は大丈夫そうだが、あの男の子は初心者コースもまだ早いよ」
「すみません、そうしますねー。ありがとうございましたー」
礼を言いながらパトロールから離れる二乃。
確認してみた結果は想像以上の成果であった。
髪飾りを見せたものの、最悪姉妹の見分けまではつかない可能性も考えていたが、見覚えがあると言って貰えたのは幸いであった。
そして間違いなく、五月とフー君は二人でこのビギナーコースから滑り始めている。
フー君の実力を考えれば、おそらく最後までの完走は無理だろう。
どこかの難所辺りでコケでもして、脇の林で休憩している可能性があるというところまで想定すると、二乃は二人の姿を探しながら自分もビギナーコースを滑り始めたのだった。